アルガス転生 〜家畜に神はいない(俺以外)〜   作:葛葉狐

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詰みポイント26:偽らザル者

 

 ーー王都ルザリア郊外、北天騎士団公邸。

 

「王妃様……!こんなにも突然のお渡りとは……!」

「久しぶりねザル! 会いたかったわ!」

 

 愛称それかよ。もっと他になかったんか。

 早打ちを受けたか、自ら公邸前に迎えに出たザルバッグ団長を、さあさあと肩を押すようにして。

 勝手知ったるザルの家、王妃はあっという間に俺たちを団長私室まで押し込むとーー「ここからは親しい身内同士、水入らずで」と人払いを命じた。

 護衛騎士から執事メイドまでぞろぞろと退出してゆき、部屋には俺らだけが残される。

 途端。ふう、と吐息をもらしてハイヒールを脱ぎ、ソファへ飛び込むルーヴェリア。だらしなく伸びをする。立ったままの俺たちに着座をすすめる。

 

「さあ、貴方達も座って座って! ここでは遠慮はいらないわ!」

「北天騎士団本部に来てそこまで羽を伸ばせるのは。ルーヴェリア様だけですよ……」

 

 呆れ顔のザルバッグ。随分と気安い間柄のようだ。

 俺はホスト席に腰掛けるザルバッグに続き、ルーヴェリアの寝そべるソファーの対面、もうひとつのソファーへ腰掛けた。気まずげな顔のティータも隣に座る。

 俺はまず深々と頭を下げ、非礼を詫びる。

 

「ザルバッグ将軍。突然の訪いにて、誠に失礼致しました。先年のお手合わせ以来ですね。ティータもこの通り、元気にしております。その後ーーお変わりございませんか?」

「ザルバッグ様お久しぶりです! 師匠が定期的に五十発殴ってくる以外は、わたしは元気です!」

「やめろぉ……」

 

 せっかく非礼を詫びたのにさらに非礼を重ねてくるな。

 ザルバッグはそんな俺たちを見て、困ったように笑っている。少し老けたか。

 

「相変わらずだなきみたちは。……ルーヴェリア様?」

 

 ルーヴェリアは猫のように起き上がり、うんうんと肩を捻った。凝っているらしい。

 

「さてーー久しぶりの再会といきたいところだけど、私疲れてるから面倒くさいのナシね!」

「自由すぎますよルーヴェリア様……」

「ザルの小言も久しぶりね!」

 

 と。そこでルーヴェリアは、俺らを前にやりにくそうにしているザルバッグに気づいた。指をさす。

 

「あ、この子達なら別に心配いらないわ! 多分全部勘づいて、ここへ探りに来たみたい!」

「本当ですか……!? ああ。当事者でしたねーー足取りくらいは。見当がついてもおかしくはないか……」

 

 そう言って急に肩から力を抜くザルバッグを、ルーヴェリアは冷静な瞳で観察している。少し顎が尖ったか。

 

「あれ、ちょっと痩せたかしら? それにいつも詰めてる部下たちもいなかったわね? どうして?」

「まあーー『身内殺しの聖将軍』は、それなりに効きましたよ。

 おかげですっかり嫌われ者でして。皆、なんのかのと理由をつけて寄り付かず。

 ……この有様です」

 

 ザルバッグは自ら客に冷めた茶を注いで周り、そして湿気ったクッキーをかじった。

 聖将軍としての張り詰めた印象はそこにはない。

 ザルバッグのかじるクッキーを、ルーヴェリアは興味深そうに見ている。

 

「でもまた食欲が出てきたのよね? だって『身内殺し』じゃないとわかったものね?」

「さすが。今も昔も、ルーヴェリア様のご慧眼には恐れ慄くばかりです。

 正直に言って救われましたーー『妹を殺していない』、と知ることができて」

 

 その決定的な言葉に、俺たちは身を乗り出す。

 

「!ーー」

「それって……!」

 

 俺たちの食いつきを眺める王妃は、余裕の表情で奥の部屋へ続く扉を指差した。

 

「アルマなら。ーー奥の部屋で、寝ているわよ?」

 

* * *

 

 ーー天蓋付きのベッドの中。

 夢見るように眠るアルマの姿が、そこにはあった。

 

「アルマ様……!良かった……!」

「ここにいたかーーやっぱり」

 

 ベッド脇にしがみついて離れないティータを追って。

 優しい表情で近づいてきたルーヴェリアが、事の次第を説明してくれる。

 

 きっかけは、ディリータの来訪だった。

 三月前の逃亡から、ディリータはまずオーボンヌ修道院を訪ねたのだという。

 アルマが囚われたまま意識を戻さない、黒翼を生やす変貌の呪いを解くべく、シモン院長へ相談したらしい。

 しかしその呪いは既に、シモンが一年もの間解こうと試みて果たせなかったものだった。解呪の専門家である異端審問官にも解けない強力な呪いは、もはや人の手によるものではなくーーそれこそ、俺たちの異端審問裁判で言及されたようなーールカヴィ。伝説の、おとぎ話の悪魔の施した呪いとしか思えなかった。

 聖石を手に入れていた枢機卿が変異したように。強力すぎるその力の源が、聖石であるのならば。

 聖石をいくつも入手して願えば、アルマの呪いは解けるのではないかーーディリータはそう考えたらしい。

 しかしオーボンヌ修道院は過去にも王女の拉致を許しており、眠る少女を護るには心もとない。

 そこで……ディリータは散々に迷った結果。

 妹の死に苦しんでいると見えたザルバッグだけにーーアルマの生存を打ち明け、アルマの身柄を託したのだという。

 "もう二度とーー妹を殺さないように“

 それだけ言って、ディリータは新たな聖石を探しに旅立ったのだという。

 

 一方、ザルバッグは贖罪の気持ちも深く、自分なりにできることを探したらしい。

 そしてーー呪い対策の集大成とも言える王宮へ護られて暮らす、ルーヴェリアへ連絡を取ったのだという。

 二人は年齢も同じで、上の兄弟のダイスダーグとラーグ公がそうだったようにーー幼なじみだった。

 ルーヴェリアが王家に嫁いだ後もその親交は続き、また王妃と北天騎士団長と接点も多く、子供の頃からの気安い仲もあって秘密の相談もし易かったのだという。

 ルーヴェリアは王室御用達の破呪の専門家を幾人も紹介するなど、ザルバッグに密かに協力し……そして現在に至る、というわけだ。

 

 事情を聞き終えた俺は、まず気になったことを訊ねた。

 

「しかしーー異端者と、それに降聖の巫女と呼ばれる存在ですよ……?

 お身内のザルバッグ様はともかく。

 王妃様が。よく庇護を与える気にーーなられましたね?」

 

 噂から感じられる印象とかけ離れた人柄だ。

 王妃の専横に異を唱え、ブナハンへ蟄居させられた王太后がほどなく亡くなり、毒殺の噂が流れていたのを俺は知っている。

 俺の考えていることを察したのか、王妃が唇を尖らせる。

 

「あっ。貴方も、王太后を殺したのが私だと思ってるんでしょう?……まったく。

 私はただ、あの人が“息子もいなくなったし、これからは真実の愛に生きる“と言うから協力してあげただけよ。

 政争にかこつけて、死んだことにして。好きな人と二人で逃がしてあげたわよ。田舎でのんびり暮らすんですって」

 

 憧れるわね、という王妃。固まる俺。なんだかとんでもない情報をサラッと知らされてしまった気がする。

 

「でもーー異端者とか、降聖の巫女なんて関係なく。

 ……ステキだとは思わない?」

 

 そう言って、王妃は夢見るような瞳になった。

 

「女の子を助けるために、一生懸命戦うナイト様。

 正直それだけでーー手を貸す理由には十分だわ?」

「あぁ〜わかります! 女の子なら一度は憧れますよね!」

 

 そういうものだろうか。男の俺にはわからない。

 同意するティータに微笑みを返し。王妃はいたずらっぽくーーザルバッグへ流し目を送る。

 

「……もしも私が、あの時。

 “王家になんて嫁ぎたくない“と泣いて喚いて縋ったら。

 ナイト様は私をーーさらって助けて戦ってくれたのかしら?」

「……」

 

 年をとってしまったナイト様は、ただ困ったような顔で立ち尽くしている。

 ふーん。こいつらにも青春があったんだな。

 甘酸っぺえなあ、と思って見ていると、不意にーー王妃が笑みを深くし、妙な動きをしてみせた。

 

 ザルバッグを見つめ。静かに微笑みながらーー片手で自身の下腹を撫でている。

 それを見て。ザルバッグはふいと顔をそむける。

 

「……?」

 

 俺が首を傾げていると、隣のティータが急に目を逸らし顔をうつむけ物凄い量の脂汗を流し始めた。

 

「おい。どうしたティータ……、!!!」

 

 俺もそこでようやく気づいた。

 気づいてしまった。

 

* * *

 

 王妃ルーヴェリアは二人の王子を恐らくは暗殺で失っていること。

 夫のオムドリアⅢ世は生来病弱で本来第三子は望むべくもなかったこと。

 ヴォルマルフは「種を他から用意したのかも知れない」と言っていたこと。

 二人が幼なじみであること。

 同じ陣営に属し口が固いこと。

 ダイスダーグやザルバッグに妻子の影が見えないこと。

 北天騎士団を継ぐべき子にして王であるならば、当然騎士団の威信にかけて腕利きが暗殺をよせつけず育て上げるであろうこと。

 王妃が騎士団公邸を勝手知ったる様子であったこと。

 ラーグ公暗殺後もダイスダーグは教会の講和を突っぱね、まるで、幼帝オリナスを擁したベオルブ家だけでも王政を普通に牛耳れる確信があるような態度だったこと。

 

* * *

 

 謎は全て解けた。解けてしまった。

 

「……松野……ッッッ!!!」

 

 なんてことを……ッ!!!

 目を逸らし顔をうつむけ脂汗を顔中から流しながら、俺はそう叫ぶことしかできない。

 俺たち二人の異変に気づいた王妃が。うっそりと歩み寄り、耳元で妖しく囁く。

 

「……あらぁ。気づいちゃったぁ……?

 勘のいい家畜は。嫌いよぉ……?」

「「ヒッ……!!」」

 

 自分で気づかせておきながら。

 貞淑の国母……王妃はそんなことを言う。

 

「「ぜッ、絶対に口外しませんッ!!」」

 

 俺とティータはがくがくと頷き合いながら、そう誓った。

 

「ち、誓います!

 この秘密は絶対に墓まで一緒に持っていきます!

 なあ、ティータッ!」

「え。……、……はい。」

 

 王妃の脅迫に怯える俺にーー

 ティータはなぜか顔を赤らめ、嬉しそうに答えたのだった。

 

 

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