ーーゼルテニア、場末の教会。
「本当にこんな教会に……ヴォルマルフが来たっていうのか?」
色々なものを失ったベルベニアでのあの戦いを経て。
俺たちはヴォルマルフの目撃証言を追い、ゴルターナ公のお膝元である領都ゼルテニアまで来ていた。
ヴォルマルフの出入りを見たと聞かされたのは、大都市ゼルテニアでもかなり端の方にある古びた教会である。
俺たちは半信半疑で、その教会へと足を運んでいた。
中はお祈りをする民で溢れている。別段、神殿騎士団の秘密アジトっぽい雰囲気はしない。
ラムザがおのれの服を引っ張り、ぼやいた。
「待ってくれ。……本当にこんな格好をする必要があったのか?」
「そもそもディリータが異端者として追われてるだろ」
「いやそうだけども。別に、顔隠せばそれで良くないか?
教会に入るのに、わざわざ聖歌隊の格好する必要なかったんじゃないか?」
「木を隠すには森の中、って言うだろう?」
周りの礼拝者たちが俺たち聖歌隊をじろじろと見ている。
「やっぱり目立ってるって!普通の礼拝者らしい格好に着替えよう!な!」
「それはそれで多分、勇者一行としてまたもみくちゃにされるだけだぞ?」
「うーん……周囲からスルーされる程良い格好、というのが無いものか……」
しばらく思案していたラムザだったが。
やがて名案を思いついたようにぽん、と拳を打ち付ける。
「そうだ!木を隠すには森の中!それだよ!」
「うん?家畜を隠すには家畜小屋が一番って話か?」
「誰が家畜だ!違うよ!異端者を隠すには異端者の中!
ーーつまり!僕たちが異端審問官の格好してればいいんだよ!」
「ラムザお前いま異端審問官を異端者扱いしたからな……?後でどうなっても知らんぞ……?」
「これで教会に近づいても不審じゃない上に、みんな恐れて誰も視線を向けてこない!
完璧だ!」
この国の異端審問官って特高警察みたいな扱いなのか? まあそうか。
「でも、どうやって異端審問官の服なんて手に入れるつもりなんだ?」
「ここも教会だし、更衣室とか探せば異端審問官の制服くらいあるだろ?」
「オイ勇者よ。これ以上罪を重ねるな」
「大丈夫だよ。ちょっと借りるだけさ」
言葉のデッドボールを交わしながら俺たちは教会奥、「更衣室」と書かれた扉を潜る。
中は大急ぎで着替え中の半裸の人間で埋め尽くされていた。なんだろう、祭典30分前とかかな。
「あっすいません。通ります。ーーん? おあつらえ向きに異端審問官の制服が一揃え、綺麗に畳んで置いてあるじゃないか」
「しかもまだ暖かいぞ。これ、ついさっきまで誰かが着てたんじゃないか?」
「オイ誰か、白のローブ余ってないか?こっち全然足りンぞ?」
「あっ僕ら持ってます。……貸してあげてもいいよな?」
「まあ俺らも服借りるわけだしな。お互い様ってやつだ」
そして俺たちは着替えを終えた。
俺たちは異端審問官に。そして着替えてた人たちは聖歌隊に。
「「「「「ん……??」」」」」
そこで気づく。
目の前にいるのが、異端審問官ザルモゥの一行だという事に。
「「「「「ッ……!!!」」」」」
どすんばたんと更衣室を飛び出し、俺たちは古びた教会前で対峙する。
「……。一体どういう状況ですか、これは……?」
ただひとり女子更衣室で着替えていたティータが出てきて、驚きに足を止める。
どういうことかこっちが聞きたい。
聖歌隊の格好をしたザルモゥがーー仕切り直すように胸を張る。
「ふっ。異端者ディリータよ……まさか包囲が完了する前に来るとはな。少々、想定外だったぞ!」
ーー包囲?
俺たちがここへ来ることは事前に察知されてたのか?
その俺の疑問にはガフガリオン(聖歌隊)が答えてくれる。
「誰のものかはわからンが、タレコミがあってなぁ。
“異端者ディリータ一行は必ずこの教会を調べに訪れる“とな。
半信半疑だったが……信じてみるもンだぜ!」
あ。
これ多分、ガセ情報流したヴォルマルフにハメられたな。
ヴォルマルフを追う俺たちに、異端者ディリータを追ってる異端審問会をぶつけて、足止めがてら潰し合わせようって腹だ。
前もドーターで傭兵を値切って雇って襲わせたり、ホント手を選ばんやつだなアイツ。
「ところで……なんで聖歌隊の格好を?」
「ーーそれはこちらこそ聞きたいところだが……。
異端者を捕らえようにも、まず勝たないといけない。
この白ローブはーーお前たちの強さを研究した結果だ」
閃光魔帽を傾けて、ザルモゥはニヤリと笑った。
「お前たちの戦術について。詳細な情報提供を受けたのだ。
……自分たち全員を巻き込んでの算術魔法攻撃。
被ダメージを極力抑えて回復しつつ、弓使いの極意で全員のスピードを同時に上げてゆくーーそれがお前たちの戦術の本質、だったな?」
俺らはザルモゥの後ろにこそこそと隠れている人間めがけ、一斉に声を放った。
「「「「裏切ったなラッドぉ!!」」」」
「、〜♪」
ラッドは下手な口笛を吹いている。野郎。
ザルモゥは周囲の聖歌隊たちを見回し、そして俺たち全員の立っているーー教会前の平らな地面を指差す。
「同じ算術使い。同じ弓使いの極意。同じ装備。同じハイト。
これで条件は五分だ。
お前たちが攻撃を放つたび、そして自らを強化するたびーー我らも同じだけ強化されてゆく。
さあ……一方的優位は崩れたぞ。どうする?」
なるほど。俺は感心した。
セットアビリティと装備をこちらとほぼ同一に揃え、ハイトも合わせておけば……確かに一方的な展開にはならない。
加えて回復もザルモゥは白養魔法の使い手、まったく不安はないだろう。
長期戦にくらいついてゆければーーガチンコ勝負の潰し合いにまで持ち込める。後は消耗戦の泥試合だ。
だが。ひとつ抜けているのはーー
「審問官どのッ!ーー通報にあった異端者とは、こいつらですかッ!?」
声に振り向けば。黒獅子の紋章をつけた一隊が、こちらへ駆け寄ってくる。あれは南天騎士団の都市警邏隊だろう。
チッ。教会を包囲するため、事前に援軍を呼んでいたのか。
ザルモゥが読み通り、みたいな笑みを浮かべる。
これで。五分だった戦いの天秤は、相手側に傾いたーー
「よし!全員、その聖歌隊もどきを包囲しろッ!
審問官どの! ご指示を!」
ーーと。思ったんだが、そうでもなかったらしい。
駆け寄ってきた警邏隊はそのままザルモゥ達を包囲し、そして隊長は俺の指揮を求めた。
あれ?
「神の庭たる教会に隠れ潜むとは、この罰当たりがッ!
観念しろ! 神をも恐れぬ異端者めッ!」
「ばッーーばか者! 我々は異端者ではない! 異端者はそっちだ!」
ザルモゥの釈明に、隊長は軽蔑の眼差しを向けた。
「しらばっくれるな! ネタは上がっているんだ!
“異端者は聖歌隊に化けている"という話なら、事前に聞かされているんだ!
ーーこちらの異端審問官の皆様からなぁ!」
隊長は得意げにそう言い、俺たちーー全員異端審問官の制服を着ているーーを指差した。
あ。
こいつ顔までは覚えてないんだ。
制服で判断してるんだ。
異端者扱いされたザルモゥが必死に弁明する。
「違う!そもそもその情報を提供したのは私だ!異端者はそいつらだ!
異端者の一行が、たまたま偶然、異端審問官の制服に着替えているだけだッ!」
隊長はやれやれといった様子で両掌を上げる。
「白々しいウソをッ! そんな偶然があるかッ!
だいたい、そんな都合よく、異端審問官の制服が五着も六着もーーこんな場末の教会に置いてあるワケがないだろうッ!?」
うん……。
ちょうど着替えようとして脱いでたからね……。
「それにどうして異端審問官がわざわざ聖歌隊に着替えねばならんのだ!その理由は!?
さあーー言ってみろッ!」
うん……。
それはシステム的な最強を追求する俺らに合わせる為で……。
ラムザが今日のMVPみたいな顔をしている。ウザい。
「……、ッ……」
ザルモゥは一切の反論を封じられて、震えている。
法廷で無敗を誇っていそうな筆頭異端審問官どのが弁護不能に陥っている。
「さてーー何か反論はあるかね?」
ミツルギっぽい胸の貴族ネクタイを直しながら、隊長は哀れな被告人を見下ろした。
ザルモゥは初めておのれに土を付けた相手を見上げる。
「……このザルモゥ・ルスナーダ……一生の不覚ッ!
皆の者! ここは弁舌ではなく、力で正しさを示さねばならぬようだッ!
算術ハイトファイアーー発動用意ッ!」
「本性を表したな異端者めッ!総員、突撃ッ!」
あらたな宿命の敵を見出したらしいザルモゥが警邏隊長と争い始めた。もうこっちは眼中にないようだ。いいのかそれで。
とはいえここに突っ立っていたら算術ハイトファイアに巻き込まれるし、そもそもこいつら全員どうにかしないといけない。
ハイトファイアが飛んでくる前に俺は編成画面を開き、仲間全員の装備を変える。
異端審問官の制服の上から、ふわりと被さる透明素材のローブに驚く仲間たちにーー作戦を伝える。
ハイトファイアの流れ弾に被弾しつつ……俺らも全員で算術を起動した。
「「「「「ハイト:ホーリー」」」」」
「「「「「グアアアアーーッ」」」」」
聖属性吸収のカメレオンローブ(白のローブの半額くらいで安い)を装備した俺らは全員回復したが、その他の人間は聖なる白い光に打ちのめされ全員戦闘不能に陥った。
ザルモゥ達の模倣戦術は確かに脅威だが。そもそも対応属性を外した上で、回復が追いつかない程のダメージで殴ればまったく関係ねえのである。
ザルモゥ達、警邏隊、それに騒ぎに集まっていた礼拝者や見物人まで全員である。算術ハイトで撃ったせいでみんな巻き込まれてしまった。教会前は阿鼻叫喚の有り様である。
たぶん「ゼルテニアの悲劇」とか歴史に残ると思う。
みなで手分けして拳術の蘇生術で蘇生してまわる(金がない)。おかげでどうにか、死人は出さずに済んだ。
「くっ、流石は異端審問会……食らいついたら離さぬ狂犬よ……。
我らまで巻き添えに、異端者を仕留めるとは……」
隊長はそんな言葉を残して気絶していった。ちょっと満足げなのは何なんだよ。
その一方で。
治療を終えて立ちあがろうとしたディリータの手を、ザルモゥがーー強い力で掴む。
「聞け……
降聖の巫女の容態については……シモン先輩より聞いた……」
どうやらザルモゥは、アルマがオーボンヌで解呪を試みられていたことを突き止めていたらしい。
また、シモンは既に引退したとはいえ上級異端審問官としての大先輩でもある。その見解は信用に値するだろう。
「人ならぬ呪いから切り離したくば……王族守護のため、破呪の結界の……幾重にも張られた……ルザリア王宮を置いて、他にない……
あの少女を真に救いたくば。その身を王宮へ移すのだ……」
意外な提案に、俺とディリータは顔を見合わせた。
ザルモゥはもしディリータからアルマの身柄を取り戻したら、どうするか……そこまで考えた上で追っていたのか。
アルマの例の覚醒症状は、既に複数回を数えている。このまま放置していたのではーー恐らく何も変わらない。
ザルモゥは遠ざかる意識を繋ぎ止めるように目を見開くと、急にーー俺へと顔を向け。
一言一言、区切るように口にした。
「ライオネル。フォボハム。……ずっと暗躍し続けている、ヴォルマルフ……
……私の読みでは……やつの狙いは、ベスラだ……。
やつはきっと……二頭の、獅子を……」
節くれだった手が力を失い、だらりと垂れる。
ーー意識を失ったザルモゥを前に。
俺たちはただ、顔を見合わせるばかりだった。