べスラ要塞へ向かって移動しながらーー俺らはザルモゥの残した言葉についてずっと考えていた。
先頭を歩きながら、ティータが首を捻る。
「『二頭の獅子を』……?
あのダイイングメッセージーーどういう意味でしょうね……?」
死んでないっつうの。
まあ、ザルモゥの視点から考えれば。何が言いたいかはだいたいわかる。
ーー教皇の掣肘すら受けない、筆頭上級異端審問官。
まったく政治に関与しない現場主義の執行者でありながら、位階が高いせいで様々な情報が入手できる立場にあり、しかもイヴァリース各地をまめに飛び回って、各陣営の動きも大体俯瞰できる。もうこいつ主人公でいいんじゃないかな……。
もちろんザルモゥは異端者を追い回してしばくのが仕事だから、自分には関係のない話なんだが。神殿騎士団長ヴォルマルフの影が、ライオネルやフォボハムに散々ちらつくのは見えていたことだろう。またそれらを、すべて教皇の意思によるものーーと思考停止して流すのも違和感が限界だったことだろう。
となれば教皇の威を借り名を借りて、ヴォルマルフが私的に何を企んでいるのか……どうしたって、そこに考えが及ばざるを得ない。もともと不正を糺す役を担う部署の人間でもある。俺もてんで動きゃしねえ上の代わりにわざわざ自腹で弁と警いったのは縁採の中途が調子こいて七桁横(以下略)
さまざまな情報を得られる立場でもあり、現場の空気にも触れ、その答えを出すのは容易かったのではないだろうか。
その答えとはおそらくーーラーグ公とゴルターナ公との敵対。北天騎士団と南天騎士団との全面衝突。
「獅子戦争……?」
俺はこの世界では起きていない、その大殺戮の名を呟いた。
五十年戦争終結後もイヴァリースでの最大戦力を保有し続ける、北天騎士団と南天騎士団。
ラーグ公とゴルターナ公を相争わせ、この大きすぎる戦力同士を衝突させ消耗させ、教皇率いるグレバドス教会が講和仲介に入って政治の実権を握るーーと思わせつつ。
ただ単純に、この世に大量の流血、悲憤、絶望を垂れ流させる。
それらの供物を捧げることによって、聖アジョラこと聖天使アルテマの再降臨をうながす。
それこそが、原作シナリオにおけるーーヴォルマルフの真の目的のはずである。
だが両陣営は、俺の提案した摂政宮……オヴェリア=オリナス、ゴルターナ=ラーグの二元体制によって武力衝突を免れ、異端審問会勢力を代表する摂政補佐・エルムドア侯の監視もあって、少なくとも表面的には仲良く協力的にーー共同の合議にて治世を行っているはずである。
さらには、フォボハムをけしかけてバリンテン大公をそこへぶつける作戦も失敗した。
もはやーー対抗者はいまい。
二頭の獅子は仲良く王権の元に侍っている。ラーグ公とゴルターナ公、いまさら両者をぶつけ合わせる策などないはずだ。
……それに。
ザルモゥはもうひとつ、言い残していた。
「ーーアルマ様のことも。心配ですね……」
ティータの言葉に、ラムザとディリータもその顔を曇らせる。
王妃の尽力で、王室御用達の破呪の専門家を紹介してもらってはいる。
だが。結局、人のものならぬ呪いは強すぎ、専門家でも解呪には至っていないという話だった。
であるならばーー
「きっと今頃はーー王妃様も、同じ考えに辿りついて。
アルマを王宮内へ移そうとしてくれているんじゃないか……?」
俺の憶測に、多少は安堵した表情を浮かべる三人だったが。
ーー俺の脳裏には、また別の懸念が浮かんでいた。
* * *
ーーべスラ要塞。
「うん……? 南天騎士団と北天騎士団を、武力衝突させる策……?」
たまたま探索調査から戻っていたらしいオーランを呼び出してもらい、話を聞いてみるも。
各地を巡り、教会の動きを探っていたオーランでさえーーそんな手は思い浮かばないらしい。
「ーー王の崩御直後ならいざ知らず。今さら熾火を掻き回すのは、もう無理じゃないか……?」
オーラン・デュライ。シドルファス・オルランドゥ伯爵の義息である。
ゴルターナ公の懐刀と呼ばれるオルランドゥ伯は南天騎士団長を務め、ラーグ公陣営でいうところのべオルブ家に相当する。
その息子であり、自ら情勢探索にも赴くオーランに想像がつかないのであれば、……俺たちにはもう想像しようもない。
「ルスナーダ審問官が、それを……? ……。」
オーランは疑念の内容よりも、発言者が気になったらしい。
俺がどうしたのか尋ねるとーーオーランはまだ調査中の話だが、と前置きしてから続けた。
「南天騎士団に関する話でもあるので、今回の調査で小耳に挟んだ事だが……ルスナーダ審問官はオーボンヌ修道院の襲撃について調べていたらしい。
それも、南天騎士団を装って襲撃してきた部隊について調べていた、という話だ」
オーボンヌ襲撃は二度発生している。二度目は明白な神殿騎士団による襲撃だが……一度目は、南天騎士団を装った教皇・神殿騎士団側ーーやはり教会勢力の襲撃である。こう見るとオーボンヌ身内にしか襲撃されてねえな。
ちなみに原作シナリオでは終盤で三度目の襲撃まで発生しており、しかもまた神殿騎士団に襲われているため、もう完全に身内にしか襲われない修道院と化している。神殿騎士団はよほどオーボンヌ修道院が大好物らしい。
まあそれはさておき……身の潔白を証明しなければならない南天騎士団ならともかく、教会の使嗾が疑われる襲撃をきちんと調べるなんて。ザルモゥも清廉なことだ。
しかしそれがどうしたというのだろう? 俺の疑問顔に、オーランもまた疑問顔を向ける。
「……分からないのはここからだ。
審問官が調べたところ、南天騎士団を装った部隊がつけていた黒獅子の紋章、その製造元を探ったところーー発注者は不明ながら、あまりにも大量すぎる発注記録が出てきたらしい。
それこそ騎士団がもう一つ作れるくらいの量だとか。数も膨大、サイズもばらばら。しかも南天騎士団だけではなく、北天騎士団の赤獅子紋も同数発注されていたというんだ」
大量の……両騎士団の紋? オーボンヌ襲撃以外で、一体何に使うつもりだったのだろう?
「審問官は業者から聞き出したその納入先も押さえてみたがーー大量にあるはずの在庫は存在せず、もぬけの空。既にどこかへ移送された後だったらしい。
ーーわかっているのはここまでだ。
二頭の獅子の、争い……?
今の調査結果から、ルスナーダ審問官は、一体何を警戒していたんだ……?」
そうオーランに訊かれるが、当然俺だってわからない。
しばらく皆で首を捻ってみるがーー結局何も思いつかなかった。
俺は礼を述べ、要塞を辞す。
近くを流れる水の匂いが鼻をついた。
「……一応。べスラの水門を見に行ってみよう」
「水門? ボエスカス湖からの本流に設けられた水門ですか? 師匠、なんでまた?」
仲間たちは半信半疑だったが。
もしかするとーー
* * *
ーーべスラ水門。
「……やっぱりか……!」
俺の悪い予感は的中してしまった。
警備巡回の兵がいない。そこかしこに倒れている。
要塞からは少し離れた場所にあるから、小規模の警備部隊は、変を知らせる前に全員倒されてしまったか。
その時ーー水門を流れる水音がひときわ大きくなる。
透明な水がうねりを上げ、のたうつ蛇のように川面をせり上げ、下流をまるで上書きするようにーー多すぎる大量の水を叩きつけ、流れてゆく。
このままでは川は決壊してしまうだろうーー原作での展開と同じように。
「師匠! あそこ!」
ティータの指さす先を見ればーー水門上の作業用足場に、レバーを操作する人影が見える。
「このままだと下流域が決壊するぞッ! 水門を開けている奴を止めろッ!」
岸からあふれだす水を迂回し、俺たちが駆け付けるとーーレバーを操作していたその人影は、ゆっくりと振り返った。
フードを深く被ったその口元が、笑みの形に歪む。
「やはり追ってきたか……読み通りだ」
耳を弄せんばかりの水音を、圧して響いたその声はーーヴォルマルフではなかった。
「そしてーーお前たちはまんまと、我らの策に嵌ったというわけだ」
青いフードを脱いだその顔はーー神殿騎士ローファル。
腰の剣を抜き青眼に構えるその姿は……強敵を予感させる。
「答えろ!ヴォルマルフは何処へ行ったッ!?」
つい先日まで仲間だったはずのラムザの詰問に、ローファルは眉を上げた。
「そう吠えるな野良犬。我らに拾ってもらった恩、もう忘れたか?
ヴォルマルフ様の行き先だったな。お前たちがそうやすやすとは辿り着けないところさ。
いや……たった今そうなった、というべきか?」
そう告げると、ローファルは今も大量の水を吐き出す水門を見降ろした。
その水の行く先は……
俺はローファルを正面から見据え、宣告する。
「ーーどちらにせよ。下流が決壊すれば大勢の民に迷惑がかかる。
お前を倒して、この水を止める」
「面白い。やってみろーー“家畜暴力王”」
ローファルは不動の切っ先の向こうより、俺の二つ名を呟いた。
対峙する俺たちの間。水門の上を、熱混じりの風が吹き過ぎてゆく。
ーーしかし戦いの前に。
俺達には確認しておくべき、大事なことがひとつだけあった。
「……。ひとつ確認しておくがーー
神殿騎士ローファル。お前は確か……『ディバインナイト』だったな?」
「? そうだが」
ローファルは不思議そうな顔で答える。
ああーーやっぱりなのか……。
こいつとは、聖地ミュロンドと『狭間』で二回戦う。
原作知識通りなら。こいつは……。
「……ローファル。
お前は。
『剛剣』使い、だな……?」
「? それがーーどうした?」
あ。
あああ。
その返答を聞き。
俺たちの顔から。一切の表情が抜け落ちる。
表情をなくしたティータが、ローファルへと呟く。
「女の敵……」
「ええーー!?」
いきなり理不尽に罵られたローファルがうろたえる。
ティータはそれに構わず、黙って後ろを向く。
表情をなくした俺たちは、黙って衣服を脱ぐ。
「ちょッ!? ちょっと、何やってんだッ!? お前らッ!?」
黙れ。
地の底からうめくような俺の返答に、ローファルは言葉を飲み込んでしまう。
「お前の攻略法ならもうわかっているんだよ……。残念なことにな……ッ!!」
「な、なんでそんな、嫌そうな顔なんだッ!? そもそも、その恰好は一体なんなんだッ!?」
下着一丁に盾を構え。もう準備は万全だ。
俺は悪夢の記憶を再生しようとする頭を押しとどめーーローファルに告げた。
「ローファル。……ひとつ、教えておいてやる」
「な、なんだーー?」
「俺の。新しい二つ名はーー
"姦雄"だあああッ!!!」
うわあああああああ。
水面に、俺たちの喊声とローファルの悲鳴が響き渡った。
* * *
「水門を再び閉ざしてくれて礼を言う。
街道はしばらく使えんがーー下流への被害も、最小限に抑えられたことだろう。
しかしーーなぜ皆、下着一丁なのだ?」
「……あまり気にしないで下さい」
駆けつけてきたベスラ要塞司令官、オルランドゥ伯の前にーー俺たちは全裸だった。
初対面の印象最悪じゃねえか。
「おお。そちらはラムザか。いや大きくなったな。
ーー服装はあの頃と変わらないが」
赤ん坊以来の再会となる人物もいたようだが、印象最悪なのは変わらない。
"雷神"オルランドゥ伯は表情を引き締めた。
「ーーして。下手人は……?」
「既に『ルカヴィ』の眷属と化していたらしく……倒したところ、消えました」
最終的に素手格闘でボコボコにしたところ、ローファルはとうに眷族化していたらしく、死体を残さず消えていった。
その報告を笑い飛ばされるかな、と思ってオルランドゥ伯を見つめるとーー伯はごく真剣な色を湛えて、溢れ出した水に潰された街道方面を見ていた。
「うむ。
……やはり『敵』の目的は。
洪水を起こして付近の街道を潰し、我が要塞を孤立させーーしばらく大軍の移動を不可能とする事にあったようだ」
湖とつながりその一部となったかのような街道跡は、船を使えば渡ることはできるだろうが……例えばこの要塞に駐留している大部分の、南天騎士団主力部隊の大規模動員などは難しそうだ。
伯は瞑目した。
「今。王都で起きている事を思えば、是非もない……」
「!?ーー王都で何かあったんですか!?」
俺の問いに。
伯は握りしめていた、二つの書状を差し出した。
どちらもひどくーー血まみれ。そしてずぶ濡れだ。
「街道が洪水で潰される寸前に……王都方面から水に追われた二名の伝令がそれぞれ、どうにか要塞へ駆け込んだ。
二人の兵が命を賭して届けた報告によるとーー
“王都ルザリアにて南天騎士団駐留部隊に、突如、赤獅子の紋章をつけた化け物が襲い掛かり、隊は壊滅“。
……そして……
“隊を壊滅せしめた化け物どもは、紋章を黒獅子のそれに付け替えると、今度は北天騎士団を襲い始めた“……とある」
「「「「「ーーーーッ!?!?」」」」」
伯の読み上げた伝令書に。俺たちの間に、声ならぬ衝撃が走る。
なるほどーー
俺はローファルの言葉を思い出した。
ローファルが。ヴォルマルフが狙っていたのは。
南天騎士団と、そして俺たちの『足止め』かーー!