アルガス転生 〜家畜に神はいない(俺以外)〜   作:葛葉狐

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詰みポイント3:一度撃ったティータは生き返らない

 

 

「ーー兄さーん!」

 

 親しげな呼びかけに振り返れば。

 中庭の人工池を挟んで向こう、黄金の髪の快活そうな令嬢がラムザへ手を振っていた。

 アルマ・ベオルブーーラムザの同腹の妹だ。長く修道院にいたが、今は実家に戻り貴族学院に通っている。

 その傍らに佇む、帯剣の武人はーーラムザの一回り上の次兄、ザルバッグ・ベオルブ。言わずと知れた北天騎士団団長だ。

 そして、もう一人。木陰から歩み出る三人目はーー

 俺は池の向こうを凝視し、くわっと眼を見開く。

 

「見つけたッ! 恐るべき才!」

 

 俺の突然の絶叫に、またもダイスダーグの笑い声が響く。

 池の向こうの三人は、こちらへ来かけた態勢のまま固まっている。いきなり知らん人に叫ばれたんだからそりゃそうだ。

 俺は三人のいる方へと、池の飛び石をシュバってゆく。

 それを見てまたダイスダーグが腹を抱えている。

 俺が目的の人物へと歩み寄ると、さすがにザルバッグが割って入った。

 

「待て。ーーきみは一体誰だ?

 この子に何の用だ?」

 

 ザルバッグの身体の陰から、そいつは恐る恐る二つの瞳を覗かせている。

 俺は自分の胸板を親指で指差し、自信満々に答えた。

 

「俺はサダルファス流の伝承者、アルガス・サダルファス!

 我が流派を継承するに足る、恐るべき才の持ち主の存在を感じ取り、こうして会いに来た!」

「……は?」

 

 ブフォ、と池の向こうでダイスダーグがまた噴き出す音がする。

 ザルバッグは告げられた言葉を噛み締めると、恐る恐る自身を指差した。

 

「まさかこの私がーーその才の持ち主、だと……!?」

 

 まさかの勘違いである。でも結構こういうノリ嫌いじゃないんだろうなこの人。確かに、男子がみな一度は妄想してそうなシチュエーションではある。

 俺は歯切れよく否定した。

 

「違う! その後ろに隠れている者だ!」

 

 ザルバッグが目に見えてちょっとションボリした。すまんな。

 ダイスダーグの笑い声はもはや悲鳴のようだ。

 

「ティータ・ハイラル! 恐るべき才を持つ者!

 ……ずっと会いたかったぞ!」

 

 フルネームで呼ばれて、ようやく。

 びくりと肩を震わせながらーーティータは俺の眼前に、おずおずとその姿を現した。

 兄のディリータと同じ栗色の髪。瞳。そこは平民らしいものの、それ以外の見た目格好服装はただの貴族令嬢にしか見えない。

 この姿に武術の才を感じ取るやつはいないだろう。

 

「ええと、貴方は……?」

「自己紹介がまだだったな!俺のことは師匠と呼べ!」

「いや貴方に弟子入りするなんて一言も言ってないんだけど」

「俺の名はーー『お前の師匠になるもの』だ!」

「まってこの人話が通じない」

 

 ダイスダーグの笑い声をBGMに、俺はチラリとザルバッグを見遣った。

 才があるのは自分じゃなかった、うわ恥ずかしい勘違い、しかも滅多笑わないダイスダーグ兄上にまで爆笑されてる、という普段あまりない衝撃に硬直している隙をつく。

 ザルバッグの身体を盾にし。

 俺はティータにだけ見えるよう表情を真面目なものに変えーー背後のザルバッグに聞こえないよう、こそっと耳打ちする。

 

(訳わからんだろうが、ここはとりあえず話を合わせてくれ)

「一体何なんですか、貴方……」

(俺はお前を連れ出しに来た。お前、このままここに居ると死ぬぞ?)

「!!!」

 

 死の宣告に、ティータの顔から血の気が引くのがわかった。

 俺はその顔が見えないよう自分の身体で隠す。

 

(表情を変えるな。俺はーー少しだけ先の未来を見る事ができる)

(はぁ!?そんな与太話、誰が信じるっていうの!?)

(証拠か。そうだなーーお前がベオルブ家に通わせてもらっている貴族学院で、平民だからと陰湿ないじめを受けているのも知っている)

(!!?……なんで知って……でも、あの程度のことで死んだりはしないでしょッ!?)

(落ち着け。お前が死ぬのは別の理由だ。ーー近く、ベオルブ邸が骸旅団の襲撃を受ける。家族に犠牲者は出ないが、お前だけがその巻き添えで攫われる。そのまま骸旅団の人質にされ……、お前は死ぬことになる)

(はぁ!? だったらそのことを、あそこで笑い転げているダイスダーグ様にでも伝えればいいじゃない! 警備を強化すれば襲撃なんてされないでしょ!?)

(ダメだ。信用されない。警戒されるだけだ。それにそもそも、骸旅団とベオルブ家は繋がっている)

(!? まさか、そんな……)

(ーー襲撃の理由だって、自分達に依頼して要人誘拐までさせた上に切り捨てた、その復讐だ。たとえどう転んでも止まるとは思えない。もし仮にここで防いでも別のタイミング、別の場所でおそらく同じことが起こる。その未来までは俺には見えない)

 

 そう。俺のアドバンテージは原作シナリオを知っている事だけだ。

 もしもそのレールから外れてしまった場合、松野がどんな新たな鬼畜シナリオを新規書き下ろしするか、想像するだに恐ろしい。

 松野……。

 

(松野め……)

(誰よ松野って。ちょっと待って頭が混乱してきた……。

 そうだ。貴方が骸旅団の密偵とかなら、今の話だってでっち上げられるわよね。

 貴方が骸旅団で、私を誘拐しようとしている可能性は?)

(だったらこんな変な接触してないだろう)

(そうね。だいたい、目立ち過ぎだしね)

(いいからとにかく俺に着いてきてくれ。イグーロスを離れるぞ。ーーお前に死なれると)

(お前に死なれると、何よ)

(お前の形見のペンダントを握って、お前の兄貴が復讐のため、大勢死なせる未来しか見えない)

(なんでペンダントのことまで知って……。でもまあディリータ兄さんなら、そうよね。もしそんな事になったら、貴族の首を片っ端から刈ってまわるくらいしそうよね?)

(兄への造詣が深くて何よりだ。

 あと加えて言えばーー俺も。真っ先に殺される)

(っ、フフ。それは大変ね?)

(他人事みたいに。とにかく。いいか。死にたくなければ、兄を復讐鬼にしたくなければ、この俺についてーー)

 

 と、そこで俺は襟上を引っ掴まれ、ティータから引き剥がされた。

 振り返ればそこに立っているのは、憤怒の表情のディリータ。

 俺がいきなりティータをスカウトし始めたのを見かねて、池の向こうからすっ飛んできたのだろう。

 

「アルガス、一体どういうつもりだ!? いきなりうちの妹を、変な流派に勧誘するなんて!! そのうえお前はこれから死地に赴こうとしてるんだろう!? ティータの弟子入りなんて、兄として絶対に認められないぞ!!」

 

 俺は優しく微笑み、ディリータの肩に手を置いた。

 

「ディリータ。お前の妹の才は、本物だ。

 俺が約束するーーティータを必ず、『最強』にすると」

「しなくていいッ!」

 

 振り払われた。ダイスダーグが過呼吸起こしている。

 その時、対峙する俺とディリータの背後から。

 だしぬけにティータが明るい声を放った。

 

「ーーわかりました!

 わたし、サダルファス流に入門します!

 今日から弟子としてよろしくお願いしますね!お師匠様!」

「!!!……ティータ……!?」

 

 茫然、といった様子で振り返るディリータ。

 視線の先で、ティータは莞爾とした笑みを浮かべている。

 あ。とうとう、ダイスダーグの呼吸が止まった。ヤバいんじゃないかあれ。

 

「兄さん」

 

 すたすたすたと中庭隅の柱の影へ歩いていったティータが、ちょいちょいと手招きをする。

 それを見て、ひとつ大きな溜息をつくとーーディリータはそちらへ歩いていった。二人の姿は大きな石の柱の向こうに完全に消える。

 

「……」「……!」「……」

 

 やがてーー押し殺したような声での、聞き取れない問答がしばらくの間続けられ。

 それすらも止んだ、一瞬の静寂の後。

 唐突に。ドスッボカッという打撃音が交錯しーーすぐに、晴れやかな表情のティータが柱の陰から出てきた。

 ディリータもその後に続いて出てくるが……なぜかその顔面は、盛大に腫れあがっている。

 

「……ええぇ……?」

 

 涼しい顔で戻ってきたティータに、俺はこそっと訊ねる。

 

(お前。何やった)

 

 ティータは人差し指を立てて答えた。

 

(ハイラル家、家訓。"分かり合えないときは、拳で決めろ")

(まさかの武闘派……!)

 

 よく見ればティータの顎にも小さな擦過傷がついている。

 兄妹なりに真剣に、進路を巡って「話し合い」をしたということか。

 恐ろしい家族会議もあったもんだ。

 顔を腫らしたディリータは、不承不承といった様子で口を開く。

 

「ーーティータの意志も固いし、遊びじゃないようだから。

 弟子入りについては仕方ない……認めるしかない。

 けどーーうちの大事な妹に、傷ひとつでもつけたらアルガス!お前を絶対に、許さないからな!」

 

 うん。よく分かってます。

 シナリオ通りだとまさしく、それが死因なんで俺。

 俺は神妙にうなずく。

 

「わかった。

 誰にも傷つけることのできないーーそんな妹に。

 必ずや育成する」

「そういうことを言ってるんじゃない……!」

 

 そこでようやく硬直から解放されたザルバッグが割って入ってきた。

 

「……。嘘をついている者の目ではないが。

 脅されてるとか弱みを握られてるとかじゃなく。

 ティータ。本当に、本気なんだな?

 自分の意思でそうしたいんだな?」

「ーーはい。わたし、お師匠様へ弟子入りします。

 親を亡くしたわたし達を引き取ってくれて、生活の面倒を見てくれて、学校まで通わせてくれて。

 今まで本当にお世話になりました、ザルバッグ様」

 

 ティータはきちんと感謝を述べ、深く頭を下げる。

 何だかずっと別れのタイミングを窺っていたような、そんな用意の良さを感じる。まあ貴族籍も貴族学院もコイツにとっちゃずっと居心地悪かっただろうからな。

 ザルバッグはしばし無言になってから、改めて俺と正面から向かい合い、話し始める。

 

「……この子の庇護者はベオルブ家だ。たとえ兄のディリータが承知しても、ティータの行く末には責任があるんだ。

 アルガス君といったか。

 ーーひとつだけ、聞かせてくれ。

 君はティータを……一体、どうするつもりなんだ?」

 

 目の前にいるのは大勢の人生に責任を持つ、北天騎士団長。

 とは言えもしここで引いたら恐らく、ティータ本人はそのまま死ぬ。

 ティータが初対面の俺の話にわざわざ合わせてくれたのも。日々の貴族生活との不和から、その予兆を否定できなかったからだろう。

 俺は深く息を吸いーー胸を張って答えた。

 

「ーー『最強』に」

 

 ダイスダーグと違い、笑わない。

 ザルバッグは慎重に俺の目を覗き込んでから、静かな驚きをその面持ちに浮かべた。

 

「……。君は、本気で言っているのだな……。

 なるほどーーティータが無茶な提案にあっさり頷いたのは。

 兄のディリータまで説得したのは。

 それが、理由かーー」

 

 武人なりの判断基準があったらしい。佇むバルザッグに、後方から笑い声が飛んでくる。

 

「そうなのだザルバッグよ! その男は本気なのだ!

 常に本気で『最強』になる、と口にしているのだ!

 そんなーーたった一本の剣のみ携えてな!ぷふっ!」

 

 ダイスダーグ。生きとったんかワレ。

 俺は振り返り、言及された腰の剣に手をやる。

 

「ああ、この剣ですか?使いませんよ?

 そもそもいま俺、弓使いだから使えませんよ?」

「フヒュッ!まさかの素手ッ!素手で最強にッ!?ーー」

 

 あ。またダイスダーグの呼吸が止まった。大丈夫かな。

 そんな俺を、ザルバッグは心配そうな目で見ている。

 

「さすがにベオルブの身内たるものを、丸腰で送り出すわけにもいかない。

 見たところ襲撃を受けて、そのまま急ぎ来たようだ。

 ろくな準備もないだろう」

 

 ザルバックの目は俺のズタズタの鎧を見ている。

 いやこれはJP稼ぎに戦闘を長引かせてたせいでーー

 

「せめてーー新品の弓使い装備一式と。

 薬に野営道具、路銀くらいは、せめてもの餞に用意させてくれ」

 

* * *

 

 その後、ベオルブ邸に移動した俺たちはーー

 ともに真新しい弓使い装備を身につけられさせ(ティータも弓使いへの転職条件を満たしていた)、野営道具一式と、ポーション99個(これは俺の希望だ)、それに、遠慮したんだが結構な額の路銀を持たされーー

 そうして、イグーロスの街を後にした。

 

『戦争が終わってよりこのかた。

 貴殿のような、小気味よい馬鹿をーー久々に見た。

 アルガス殿。約束だ。……また必ずお会いする、と!』

 

 見送りに出てきたダイスダーグは、そんな失礼な事を言いながらーーとてもいい笑顔でサムズアップしていた。

 いや随分気に入られちゃったなあ。あいつ黒幕なんだけどなあ。

 

 

 

 

 

 

 

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