アルガス転生 〜家畜に神はいない(俺以外)〜   作:葛葉狐

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詰みポイント36:死都ルザリア

 

 ーー王都ルザリア郊外、北天騎士団公邸。

 洪水に潰された街道を小船で渡り、夜に日を継いで王都ルザリアへ駆けつけた俺たちが……まず真っ先に訪れたのがここだった。

 騎士団公邸の表玄関は、およそ人とは思えない力で破壊されており、往時の面影はない。

 痛々しい流血の跡、戦いの痕跡は残っているが……戦える人手はすでに出払っているのか。荒れた屋敷には、既にひと気が絶えている。

 

「アルマ! アルマーッ!」

 

 ラムザが叫びながら、壊れた玄関の中へ駈け込んでゆく。

 ひときわ目立つ血の痕は、奥の団長室へと続いているようだった。

 ラムザの顔が歪む。

 強まりゆく血臭の中。団長室へ駆け込み、奥の私室へと続く扉を押し開けると……

 ーーそこには。

 アルマの寝ていたはずの寝台に、真っ白な顔色で横たわるザルバッグと。

 憔悴しきった顔でその手を握る、王妃ルーヴェリアの姿があった。

 

「兄上ッ!! ご無事ですかッ!?」

 

 ベッド脇へ駆け寄る弟に。ザルバッグは無念の表情のまま、弱々しく頷きを返した。

 次々と駆け寄るティータやディリータにも場所を譲ってやりながら、王妃は優しく微笑みかける。

 

「安心して。お兄さんなら無事よ。ただ重傷を負ってしまって、ここからは動かせないの……」

 

 血色の失せたザルバッグは無理して上体を起こし、ティータとディリータに両側からその背を支えられている。

 

「ーーこの一大事に騎士団の指揮も取れず、誠に不甲斐ない……。

 ルーヴェリア様の供回り含め。戦える者はみな、王都内の応戦に行ってもらっている」

 

 その単語を聞きとがめ、ラムザが呟く。

 

「応戦……」

 

 俺はここまで来る途中に通った、公邸内の様子を思い返していた。

 床の血痕は生々しくも、室内で戦闘が行われた様子はなかった。

 

「ーー教えてください。ここで一体、何があったんですか?」

 

 俺の問いかけに。ザルバッグとルーヴェリアは揃って、沈痛の色を深める。

 口を開いたのはルーヴェリアだった。

 

「……きっかけは。

 アルマを王宮に移送する手はずが整って、ここから連れ出そうとした時だったの……」

 

 ザルモゥの構想と等しく。

 やはり王妃ルーヴェリアは、自分たち王族が数多の呪いより護られて暮らす王宮へとーーアルマの身柄を移そうと考えたようだった。

 

「途端ーーアルマが覚醒した」

 

 後を引き継いだのはザルバッグだった。苦しそうに続ける。

 

「いや……あれは。目覚めたのは、アルマではなかった。

 まるでーー呪いの届かぬ王宮へと連れ込まれるのを避けようとする。

 そう考える誰かが、アルマの身体を操り……動かしているように見えた。

 あれはーー誰だ? 灰色の髪の……」

 

 灰髪ーー聖アジョラか。俺は考える。

 アルマはここまで、変貌する事はあっても、髪色までは変わっていなかった。

 理由はわからないが。アルマの覚醒はーー最終段階に近づいているらしい。

 漆黒の双翼を生やしたアルマは、無数の黒羽根を弾丸の如くまき散らし、騎士団に大変な被害を齎したらしい。

 おかげで不意を打たれこのざまだ、とザルバッグは血の滲む包帯を示した。

 

「公邸前で大暴れしたアルマはーーそのまま。

 突如現れて跪いたひとりの男に連れられ、姿を消した。

 あれは……神殿騎士団長ヴォルマルフ、だったと思う」

「……アルマ……!」

 

 ラムザが悔しげに歯噛みする。アルマはすでにヴォルマルフの手に落ちたか。

 咳き込むザルバッグの背を擦って、ルーヴェリアが後を引き取る。

 

「ーーその直後に。

 王都内の部隊から、『黒獅子の紋をつけた怪物に襲われている』との報告が次々に上がってきて……。

 ザルバッグはみなを応戦に向かわせたのだけれど。未だに誰も、帰ってはこないの……」

「ダイスダーグ兄上とも連絡が取れない……。ラーグ公と、ゴルターナ公とも……。

 おそらくは。やつらの近づけぬだろう、破呪の力に護られし王宮に籠って、応戦を続けているのだろう……。

 この事態に。指揮を取るべきものがことごとく動けぬ有り様では……城下の部隊にも、いたずらに混乱が広がるばかりだ……」

 

 おおよその事情はわかった。

 怪物とは恐らく、ルカヴィの眷属のことだろう。たしかに並の兵では歯が立たない。

 召喚した眷属に。黒獅子、あるいは赤獅子の紋章を見えるよう背負わせ。異なる陣営を襲わせる。

 これで北天騎士団と南天騎士団は疑心暗鬼に陥りーー互いに争い始めるだろう。

 王都の凶報に接し、各地から駆け付けた部隊もまた、事情がわからないまま争い始めるしかない。

 べスラ要塞を水で封じ込めたのはーー南天騎士団の到着を遅らせたかったからだろう。

 国元に留まっており、冷静に情報を分析できる立場にある雷神シドが、大軍を率いて王都へ向かえばーーさほど数も多くはない眷属による偽装攪乱などたちどころに見破られ、撃破鎮圧されてしまうと警戒したに違いない。

 だが到着前に被害が拡大してしまえば……赤獅子紋を付けた敵に大勢の仲間を屠られれば。いかな名指揮官のシドとて、また事情や敵の策や狙いを把握していたところで、もう兵達を抑えるのは難しくなる。戦争は理屈では止められず、また感情から始まるものであるからだ。

 戦争。獅子戦争。

 いささかどころではなく強引だが……確かに獅子戦争は、始まってしまった。

 これを収めるためには、もうーーアルマを取り戻し、ヴォルマルフを倒すしかない。

 苦しい息の下。ザルバッグはふとディリータに目をやりーーその頭を下げた。

 

「すまん……ディリータ。

 ーーお前が、死んだはずのアルマを連れてきてくれたあの日。

 もう二度と妹を殺さぬと、誓ったのに……」

 

 ディリータは無言で首を横に振り、その強く光る瞳でザルバッグを見つめ返す。

 目指すアルマとヴォルマルフの居所はーー王都。

 

「もはや、お前たちだけが頼りだ……。

 頼む……この国を、救ってくれ……」

 

 傷つきし聖将軍の懇願に。

 俺たちは、揃ってーー力強い頷きを返した。

 

* * *

 

 ーールザリア王宮前広場。

 平時であれば多くの市が立ち、無数の市民が行き交って、喧騒に満ちていたはずのその場所には。

 今や人影のひとつも見られない。

 ただ破壊と殺戮の痕跡だけが残るーー戦場跡と化していた。

 

「ひどいな……」

 

 その惨劇の中央。 

 人々が憩いと安らぎを求めて立ち寄るはずのーー大噴水の泉が。

 ただ黒を一面に塗りたくっただけのような……漆黒の池へと、その姿を変えていた。

 その、およそ水とは思えぬほどーー不安定にたゆたう、黒い表面に。

 俺は一つの可能性を思いついた。

 

「これはーーまさか、『次元の門』か……!?」

「ご名答。厳密には“次元の窓”でしかないがね。

 よもやーー気づく者がいようとは」

 

 響いた言葉に顔を上げれば。

 いつの間にか、その黒い池の向こうにはーーひとりの男が立っていた。

 男のいう“次元の窓”。『狭間』に通じるそれを開き続けるために、男は時空魔術を行使し続けている。

 だがーーその魔力は弱々しく。今にも尽きようとしていた。

 

「この時空魔術に気付いた褒美として、教えてやろう。

 本来ならば門を開くには、設置型の魔法陣と、その起動鍵が要る。

 だが『狭間』に通ずる窓を開くくらいならーー短時間とはいえ。魔術でも代用が可能だ」

 

 男ーー神殿騎士クレティアンの額に、また一筋の汗がにじむ。

 口で言うほど簡単なものではないのだろう。おそらくはその命を代償としている。

 

「依代は既にーー絶望と悲憤を味わい、あとは聖天使の魂を容れるのみ。

 魂の漂う『狭間』にさえ繋げれば……魂の方から器へ寄ってくる。そうヴォルマルフ様は仰られた。

 残るは……聖天使の再降誕に必要なだけの。流血と落命、無数の悲劇をささげるだけよ……!」

 

 俺は否定するように首を振る。

 ーーそんな供物を捧げて蘇るものが、『聖天使』などであってたまるものか。

 遠くから響く叫喚の声が、王都での凶行が拡大し続けている現実を証明している。

 やがて力尽きたのだろう。大地に両膝を落とすクレティアンの後ろから、誰かが歩み寄ってくる。

 王宮へと続く長階段をゆっくりと降りてくるのはーー神殿騎士ヴォルマルフだった。

 

「ーーうむ。よくやったぞクレティアンよ。お前の血も肉もすべて、聖天使復活の礎となろう」

「有難き……幸せ……」

「ーーさて、諸君。愛しい『アルマ』に。会いにきたのかね?」

 

 ヴォルマルフは俺たちに視線を転じると、愉快そうにーー王宮へと続く階段を見上げた。

 

「生憎だが。『アルマ』なら今ちょうどーー王宮の守護結界を相手に、大暴れの最中だ。

 聖アジョラ転生の軛より己を切り離し、永久に守ってくれるはずだった、守護結界を……壊すためになぁ!」

 

 フハハハハハハーー 

 実に楽しげな高笑いを残すと。ヴォルマルフはぱちん、と指を鳴らした。

 それが合図か……命を使い果たしたクレティアンがどう、と倒れ伏す。その身はみるみる解けて魔力と化し、黒い池ーー『次元の窓』へと混ざりこむ。血も肉も魔力として捧げ、今しばらくこの魔術を維持するのだろう。

 同時に……黒い池の周囲の空間へ無数の歪みが生まれーー数多の怪物が姿を現す。

 有翼の巨体。巨大な爪牙。悪魔の角。ーールカヴィの眷属、アルテマデーモンだ。

 

「『眷属』召喚か……ッ!!」

 

 その召喚者たるヴォルマルフは。まるでドレスコードを合わせるように……人身だったその姿を、ルカヴィへと変えてゆく。

 巨大な翼に持ち上げられ、悪魔の痩身はすうーーと宙へ浮く。長い手はだらりと下げられ、まるで供物を待ち受けるように、その掌が上を向く。

 ルカヴィーー「裁定者」ハシュマリムだ。

 

「さてーーせっかく、そちらから来てくれたのだ。

 聖天使に捧げる贄の列に……貴公らも加わってもらおうではないか!」

 

 ーーハシュマリムの指呼の元。

 数えるのも嫌になるほどのアルテマデーモンが、一斉に俺たちへと襲い掛かるーー!!

 

「師匠!ーーいくら何でも!

 数が多すぎやしませんかッ!?」

 

 背中合わせに構えるティータが、声に焦りを滲ませた。

 

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