「……なるほど。
お前の言いたいことは理解したわ」
海の上に浮かぶ盗賊どもの砦。
目の前に仁王立ちする女騎士は、腕を組みーー冷たく宣告した。
「だが、諦めなさい。
お前の主を救う理由などーーどこにもないのよ」
俺とティータは縄で縛り上げられたまま、その顔を見上げるしかない。
話は一日前に遡る。
* * *
マンダリア平原から海沿いへ南下すると、海上に漁師たちが非常時につかう避難港が見える。
俺たちはそこを目指していた。
「ちょっと師匠! 正気ですか!?
ーーたった二人で骸旅団の拠点に殴り込むなんて!」
後ろからティータがわめくが、その顔は結構うれしそうだ。
近頃その避難港は骸旅団の一部隊に占拠され、誰も近寄れなくなっている。
そういうところに師匠と弟子が二人で突っ込んでいくのはいかにも往年のカンフー映画っぽいが……目的は戦闘ではない。
「人助けに行くんだが」
「全員ぶちのめすのが救済になるんですね!わかります!」
「話し合いに行くんだよ」
「肉体言語でですね!わかります!」
ダメだこいつわかってない。
というか手にした力を試したくて仕方がないらしい。
悪役かな?
「ティータ。事情はちゃんと話しただろ?」
急に静かになるティータ。授業の時間だ。
「……骸旅団副団長、ギュスタブ・マルゲリフ。
コイツが密かにベオルブ家の依頼を受けて、俺の主のエルムドア侯爵様を襲撃、誘拐した。
ベオルブ家の目的はランベリー領主の首のすげ替え。
ギュスタブはベオルブ家の見届け役が来ないと侯爵様を殺せない。
でもその動きはすでに、骸旅団団長ウィーグラフ・フォルズに勘付かれている。
そもそも骸旅団はーー」
俺の言葉を引き取って、ティータが答え合わせを始める。
「ーー貴族主義そのものに抵抗する武装集団。
ベオルブ伯爵家の走狗となるを良しとするはずもない。
目先の金に釣られ大義を見失ったギュスタブは、ウィーグラフにより粛清される……でしたっけ?
未来が見えるってのも、便利ですねえ」
手を後ろに組み爪先を蹴り上げながら、ティータは呟く。
「なら、砂ネズミの穴蔵でしたっけ?
ウィーグラフを尾けていって、ギュスタブが討たれたところでーー侯爵様を助けちゃえばいいんじゃないですか?」
俺はシナリオを思い出し、苦い顔になる。
「ああ。『本来の』俺はそうした。ラムザ達、北天騎士団の力も借りてな。
だがーーそのせいで。侯爵様は、ラーグ公陣営に大きな借りをつくることになってしまうんだ。
自分を亡き者にしようと企んだはずの、連中にな」
首のすげ替えこそされなかったが、大きな譲歩条件を飲まされたことは想像に難くない。
その後の獅子戦争で侯爵がゴルターナ陣営に属していたことを考えると、サボタージュやあるいは寝返りを含まされていたのかもしれない。
まあフス平原で流れ矢に当たって戦死してしまうんだが。
「そうさせないためには。けして北天騎士団の力を借りずーーまた、証人も確保しておく必要がある。
ベオルブ家の使嗾を証明するための、証人を」
「それが……直接仕事の依頼を受けたはずの、ギュスタブ、というわけですね」
「ああ。だがギュスタブはウィーグラフに粛清されてしまう。
俺たち部外者が乗り込んでいって止めても無駄だろう。
そこでーー」
「妹、ですか」
俺はティータを振り向いた。
「ミルウーダ・フォルズ。ウィーグラフの実妹。
骸騎士団では兄の補佐役として辣腕を振るった。
骸旅団でも一部隊を率い、海上に拠点を築いている……」
「ーーすべての兄が妹のいうことを聞くとは限りませんよ?」
「それでも。俺たちよりは可能性があるだろう」
ティータは険しい顔のまま、懸念を列挙する。
「そもそも兄とまったく同じ考えかも知れない。
そもそも貴族の師匠の話なんて聞かないかも知れない。
……あるいはもう理想家の兄に愛想をつかして。放っているのかも知れない」
三つ目を口にする時だけ、ティータは背を向けた。
「それでも師匠が会いに行こうとするのはーー」
「ーーああ。お前と同じだ」
俺はようやく彼方に現れた、海をみつめる。
「このままだとーー彼女は死ぬ」
* * *
(説得失敗じゃないですか。
どーすんですか師匠。せっかく大人しく縛られて、ここまで来たのに)
同じく縛られたままのティータが、横でぶちぶち言っている。
(もう、わたしの時みたいに。
このままだとお前死ぬぞ、って教えたげたらどうですか?)
それが効くのは死ぬのが怖いやつだけだ。
理想に殉じようとしている目の前の女騎士には通じないだろう。
俺は荒れ果てた避難港の内部を見回した。賊達の顔は暗い。
そうでなくとも状況が詰んでて、自分達はほどなく追討を受けて全員死ぬ。そんなことはもう皆分かっているはずだ。
けれどもう何処にも行きようがない。たとえ何処まで逃げ落ちても、そこは貴族主義とどこまでも地続きの地獄でしかないのだ。都合よく使い捨てられる運命からは逃れられない。
「兄さんの……。
兄さんのやり方が甘いから……」
飢えた仲間を眺めて、女騎士は長い髪をぐしゃりとかき上げた。爪を噛む。
「落ち着けッ、ミルウーダ。お前は頭のいいやつだから分かろうがッ。」
気づいたら俺はミルウーダに声を掛けていた。
ロンウェー公爵構文で。
「なに?今さら命乞い?」
「違う。状況を考えろと言ってるんだ。
ギュスタブのせいでランベリー領はボロボロだ。領主はさらわれ、近衛騎士団も壊滅した。普通に考えたら北天騎士団に頼らなければ領主の救出すら危ういだろう」
「恨み言なら聞かないわよ」
「だから、違う。今なら恩が売れるだろうって言っているんだ」
「……恩? ランベリーに? そんな状態にした、骸旅団が?ーーハッ!笑わせないで!」
「ランベリー領のことはランベリーが決める。ランベリーはガリオンヌに借りなどつくりたくない。当然、領主のすげ替えなんて重大な内政干渉を受けたいはずがないだろう?
ここでお前と兄が、侯爵を助け出したとしたらどうだ?
さらにはベオルブの関与を示す生き証人、ギュスタブも添えて、だ。
ランベリー侯爵領は独立自治を守るためーー強い交渉カードとなるお前たちを。保護すると思わないか?」
「っ、舐めないで。利用されるのはまっぴらよ。貴族の施しなど受けない……」
「違う。何を聞いていたんだお前は。
俺たちも同じなんだよ。いいように踏み躙られている。
それをやったのは骸旅団じゃない。ラーグ公とベオルブ家なんだ。
戦うために。抵抗するために。もう二度と踏み躙られないために、お互い手を組もうと言っているんだよ」
「私達のような盗賊と?ーー信じられないわね」
「だったら騎士に戻ればいい。
ーー幸い、席には大量に空きができたところだ」
横のティータまで愕然とした表情を浮かべている。
そう。これが俺の考えた……一章生存までのプランだった。
近衛騎士見習いたるアルガスは仲間を討たれ、主君を攫われ、もうホント立つ瀬がない。一章はじめから詰んでいる。松野くんさぁ。
それゆえ原作ではザルバッグに取り入ってパイプを作り、ラムザと違って物の役に立つ男、として立ち位置を確保したかったのだろう。救出によりラーグ公の影響力が無視できなくなると踏んだエルムドア侯爵麾下ーーひいてはランベリーにおいて、ガリオンヌの意向を伝えるスピーカー役……でも務めたかったのかも知れない。
アルガスの場合、ラーグ公や北天騎士団くらいはバックにいないと、もとより自分勝手と悪評のある男、さらには祖父が味方を売ったと醜聞のつきまとう家門である。故郷のランベリーにて「仲間を犠牲にして生き延びた」と袋叩きに遭ってしまうのかも知れなかった。それゆえの北天騎士団への接近だったのかも知れない。
もちろん、ただ侯爵を助けるだけならば。それこそティータの言った通り、原作通りに動けばいい。
だがその後の事まで考えるのならーーエルムドア侯爵に損をさせる選択は、到底許容できない。その損はすべて、ラーグ公への借りという形で埋めさせられることになる。
侯爵を誰の手も借りず助け出し、そして襲撃により失われた側近たち、近衛の戦力も補填する。俺はこの足りないピースにーー彼ら骸旅団をあてがうつもりだった。
侯爵と骸旅団は殺し合うべき対立関係であるが、命の恩人という関係性がそこに入れば、手を取り合うくらいのことはできるはずだ。
加えて、これ以上のラーグ公の干渉を防ぐ要因……侯爵誘拐の陰謀の証言者を自領に擁してさえいれば、牽制となるためもうこれ以上ランベリーに手を出すのは難しいだろう。
あと、恐らく五十年戦争では幾度も肩を並べて戦っている。政治に疎そうで苦労させられている武人同士、エルムドア侯爵とウィーグラフは、政の世界で網を貼る毒蜘蛛どもに対し、息をするように共同戦線を張れるのではないかとも思っている。
とにかく。骸旅団の残党を秘密裏に吸収し、政治と武力両面で、ランベリーの備えとしたいのだ。
それが第一章を生き延びるためのーー俺の構想である。
ミルウーダはそんな夢物語を、鼻で笑った。
「は? 自分が何を言っているのかわかっているの?
私達はすべての貴族と敵対しているのよ?
そんな埋伏の毒を、よりにもよって近衛騎士団に呑ませようというの?
ランベリーの人たちが私たちを許すと思うの?
ーー正気とは思えないわね」
「正気であろうとなかろうと。今のランベリーにはお前たちのような力が必要なんだ。
程なく、大きな戦いが起きる。その時ーー」
「ラーグ公とゴルターナ公のこと?」
「……。もっと大きな争いだ。
人と人とが、争っている場合じゃないような戦いがーー起こるんだ。
その事でーーお前の兄さんにも。伝えておかなきゃいけないことが、あるんだ……」
連綿と続く人と人の争いを、隠れ蓑にして。
実はこの世界にはーー大いなる危機が忍び寄ろうとしている。
まあそっちはラムザが人知れず片付けてくれたおかげで、ディリータなんか危機の存在に気づきもしなかったらしいが。
……犠牲者は少ない方がいい。
なんか横でティータがクソデカ溜息をついている。なんだよ。
「ーー無駄よ。どのような理由があれ、あの兄さんが貴族の軍門に下るなんて。それこそーーあり得ない」
言下にはねつけながら、しかしミルウーダの表情には迷いがある。
「でも……人同士が争っている場合ではない、ですって……?
答えなさい。ーーお前は何を掴んでいるの」
そうだ。貴族とは全然別の脅威が、間近に迫っているならば。平民の味方のこいつらは、無視できないはずなのだ。
「ウィーグラフと話をしてくれたら。すべて打ち明ける。
ーー約束する」
俺の保証を、ミルウーダは髪を振って受け流す。
「骸騎士団からこっちーー貴族の約束なんて、守られたためしがないけど。
信じるかどうかは……鉄の掟にたずねることにするわ」
「鉄の掟……?」
妙な言葉を口にしたミルウーダは、軽く片手を上げた。
それに応じて後方から、二人の人影が歩み出る。
「ーーすなわち。
欲しいものがあるならば。
自力でもぎ取ってゆきなさい」
ミルウーダの語る普遍の掟とはーー戦って実力を示せ、と言うことか。
その両脇に控える二人の被るフードが、冷たく雨を弾いている。
「私に十分な力を見せる事ができたならば……その時は。
兄と話くらい、してあげる。
さあ!ーー始めなさい!!」
ーーその時。
フードの中の人物と目を合わせた俺は。絶句した。
「!!!……貴族全員謝罪要求白魔……ッ!!」
「うん?なんて?」