ーー貿易都市ドーターのはずれ、荒野のキャンプ。
俺は火を挟んで向かい合うウィーグラフに、長い長い説明を終えた。
「うむ。エルムドア侯爵近衛のアルガスくん。きみの話は全て理解した。
その上で、きみの提案についてだがーー」
「ーー貴族の軍門に降るのは、犠牲者たちの為にも認められないというんだろう? だが。かつての五十年戦争のように、異なる強大な敵に対し肩を並べ共に戦うことはできるはずだ。その為にもーー」
「ーーきみの提案、受けようと思う」
「えっ……?」
ギュスタブの身柄確保、ランベリーへの骸旅団吸収。
てっきり強硬に反対されると説得の準備をしていた俺は(ちょうど話術士だ)、ごくあっさりと承諾され、拍子抜けする。
「まさか。兄さんが、貴族と手を取り合うなんて……」
「ーーミルウーダ。私が侯爵の救出に向かうのも、同じ理由なのだ」
驚愕する妹にひとつ頷きながら、ウィーグラフは瞳を厳しくする。
「信用できる為政者は少ない。
私は戦場働きでしか。それを見抜くことはできない。
民の為にもーーメスドラーマ・エルムドアは失えない。
……それだけだ」
まさかランベリーに来て欲しいなんて言われるとは思わなかったが、とウィーグラフは笑った。
やはり、武人は武人なりに分かり合うものがあるようだ。
俺は頭をかく。
ランベリーへ骸旅団を秘密裏に迎え入れたいというプランは、あくまでも俺が提唱してるだけの空手形、って事もわかった上で。ウィーグラフは受け入れてくれている。
それも見越したような顔で、ウィーグラフはひとつの推測を口にする。
「我々のような行儀の悪い野良犬まで。きみがランベリーに招き入れようとする理由は。
ーー『教会』……だろ?」
これから話そうとしていた事を言い当てられて、俺は少なからず驚く。
「……気づいていたのか?」
「まあな。
近頃のやつらときたらーーまるで戦場のハゲタカのようだ。
我々の苦衷を知りながら、つきまとい監視を続けるばかりで、何ら助けようとはしない。
まるで我らの破滅するその瞬間を待っているかのようだ。
その時に手を伸ばされる先が一体どこなのか……見当もつかなくて、正直気味が悪い」
俺の考えていた通り。
やはり教会勢力は、ウィーグラフに接触済だった。
だが欲しいのはウィーグラフの身柄ひとつだろう。
ああ、同志をすべて討たれた絶望も与えたいのか。
であれば教会は、骸旅団の壊滅をただ見守るだろう。
けして助けたりはしない。
「エルムドア侯も異端審問官の資格を有し、ランベリーの隣領はライオネル。ドラクロワ枢機卿領だ。この時勢下に親教会はいかにも危ない。何を考えてるかわからない蠢動をくりかえす教会の影響力は、削いでおきたいところだろう」
お。さすが歴戦の勇士、戦場の嗅覚は伊達じゃないな。
「……ああ。
奴らの目的はもうわかっているが。
万一がないようにーー備えておきたい」
俺はルカヴィの話をしなくて済んでホッとしていた。
この空気の中で急におとぎ話始めても信じてもらえんからな。
打ち明け話は役者が揃ってからにしよう。
「しかしーー未来の王は平民、か。
我々の戦いも無駄ではなかったのだな。
その未来を守るために、預言者どのを護るとしようか」
ウィーグラフもやはりそこに感銘を受けていた。
理想のためなら節も曲げる、柔軟な革命家だ。
「……しかし。
王に相応しいのは。てっきりーー」
ただし、膝を折る相手は厳選するつもりだったらしい。
俺は最後に。聞きそびれていたことを訊ねた。
「ところでーー侯爵様にそれだけ理解があるにも関わらず。
なんで侯爵様は、あなたに訊ねなかったんだ?
民の目指すものについて」
ウィーグラフは妹と顔を見合わせ、ああ、とお互い納得するように頷きながら、笑みと共に答えた。
「味方の頃ならいざ知らずーーいまの私と出食わせば。
どちらかが死ぬまで斬り合うしかない、と。
もう……わかっていたからだろう」
* * *
ゼグラス砂漠の集落跡地、通称「砂ネズミの穴蔵」。
ついにそこへ辿り着いた俺たちはーー特にモメることもなく、集落地下へと案内されていた。ウィーグラフとミルウーダが連れ立ってやってきたのがやはりデカいようだ。
伝令の兵が走りそうになるのを止めて、そのままギュスタブのもとへと案内させる。
ギュスタブは地下の一室で貧乏ゆすりをしていたがーー団長以下四名もドヤドヤと入ってくるのを見ると、すぐ諦めたように両手を上げた。革命に疲れたギュスタブ。
ちらっと目を走らせた、奥への扉ーーそこに侯爵がいるのだろう。
俺はギュスタブに剣をつきつけるウィーグラフと目で頷き合い、奥の部屋に入る。
そこには。はたしてーーメスドラーマ・エルムドア侯爵が、縛られて転がされていた。意識がない。
縄を解き、名前を呼ぶ。侯爵はうっすら目を開いた。
「……う、うう……アルガスか……?
他の近衛は、どうした……?」
「ーー全員死にました」
それから俺は、ことの次第ーーここへ来る途中にウィーグラフと話した憶測を、ひとつひとつ話していった。
侯爵が貴族の腐敗に絶望し、長年の戦友である、骸騎士団の解体追放処分を内心では不満に感じていたこと。
ギュスタブに手紙を出し、暴れる骸旅団の真意、追求する民の理想を直接聞き出そうとしたこと。
ギュスタブはそれを信じられず、討伐されると恐れたこと。
侯爵はラーグ公に手紙を出し、ガリランドで非公式に会談し、骸旅団の秘密裏での自領への引き取りと、ランベリーに多い荒地の屯田兵として再雇用を提案するつもりだったこと。
ラーグ公もまたそれを信じられず、ゴルターナ派貴族として暗殺しに来ると恐れたこと。
ラーグ公とベオルブ家はギュスタブに命じ、自領外で侯爵を襲わせようとしたこと。
ギュスタブは本当に侯爵が来るのか半信半疑なうえ、どうせ相手は向こうから来ると指示通りにしなかったこと。
そして、本当に直接侯爵が来てしまい、追い詰められたギュスタブは話をするふりをして騙し討ち、侯爵を誘拐したこと。
場当たり的な犯行だったため、とりあえず中間地点の砂漠まで逃げて、ベオルブ家とランベリー双方から金を取ろうと待っていたこと。
「ーーは。はは、はは……」
俺の推測をすべて聞き終え、侯爵は力なく笑った。
「銀髪鬼の異名を取るほどーーあれだけ国の為に戦ったというのに。
誰にも信じてもらえていないではないか。
ウィーグラフのことを言えぬな。
あれも、こんな気持ちだったのか……」
落胆している侯爵だったが、それは単なる交渉下手である。あと人の気持ちに対する解像度が低い。
ラムザがあのまま大人になったらこんな感じかな、と俺は自分の主君を見つめた。
あと人間に絶望すんのやめろよ。お前絶望すると流れ矢くらっただけでルカヴィに転生すんだよ。
とはいえーーここで退いてはそれこそラーグ公の思う壺だ。
俺はここぞとばかりに言葉を尽くした。
「侯爵様。まだ挽回できます。
ラーグ公と北天騎士団の関与を証明する生き証人、ギュスタブを自領で保護するのです。さすれば奴らは二度とランベリーに手を出せなくなるでしょう。
侯爵様を誘拐したのは骸旅団ですが、俺がここへ来るのに手を貸してくれたのも、また骸旅団です。
壊滅した近衛騎士団に代わり、元・骸騎士団の人員を多数登用し、ランベリーの戦力回復と増強を図りましょう。
近頃は王権を争うラーグ公とゴルターナ公のみならず、教会ーー神殿騎士団まで怪しい動きを見せております。
今後。ランベリーを護る戦力はいくらあってもーー」
「……そうではない。そうではないのだ、アルガス……」
言葉を遮った侯爵は、よろよろと立ち上がる。
「皆ともう一度、話がしたい。
声が聞こえたーーウィーグラフも来ているのだろう?
うまく歩けぬ……アルガス、肩を貸してくれ」
俺はあわてて侯爵の肩を担ぎーーそして扉を押し開ける。
部屋の中にいた4人の眼が、一斉にこちらを向く。
「ーーみな。この度はまことに、迷惑をかけた」
誘拐被害者が謝罪してきたので、みんな目が点になっている。
まず侯爵はギュスタブに向かって頭を下げた。
「まずはギュスタブ。すまなかったな。
討伐する意図はなかった。誤解させた。
北天騎士団でも面識のあった其方なら、信じてくれると思って文を出したのだ」
監禁相手から謝られてギュスタブはへどもどしている。
「そしてウィーグラフに、ミルウーダ殿。
骸騎士団解散の折は何の助けにもなれず、すまなかった。
貴殿らがそうするのも当然だが。貴族を憎んで剣を取るのをーー止めてやれなかった。
わが領で扶持のひとつも与えてやりたかったが。占領され荒らされたランベリーの戦後処理で、とてもそれどころではなかったのだ」
フォルズ兄妹は、相変わらずだなこの人、みたいな生暖かい顔で侯爵を見ている。おい。
「そしてーーおや?君は?」
「ティータ・ハイラル!アルガス師匠の一番弟子です!」
「ははは。そうか。あのアルガスに、こんな可愛い弟子か。
悪いところが似なければいいが」
さすが上司理解がある。やかましい。ほっといてくれ。
あともう手遅れかもしれない。
「ともかくーーティータ。君も助けに来てくれてありがとう」
「いえ!弱者を守るのは、強者の務めですから!」
「弱者……」
おいやめろ。人の主君を煽るな。そしておもむろに強者のオーラをズゥゥゥンと出して威圧するな。大人げないぞレベル80。
「ーーそ、そうか。君もまた今のアルガス同様に、桁違いの強者なのだな……。
よろしい、ティータ。では身内の君も、ランベリーの民だ」
いいんですかやったー!と諸手を上げて喜ぶティータ。
それにしても侯爵は、異常に強くなった俺にちゃんと気づいていたんだな。
侯爵は骸旅団の三人に向き直る。
「ーーさて。
私の部下が話を進めていたようだが……」
この三人をランベリーで庇護する話だろう。
そう思って聞いているとーー侯爵は意外な言葉を口にした。
「わが騎士団では入団試験というものを行っていてな。
ーー其方らの実力が見たい」
それを聞き、ウィーグラフが大口を開いて笑い出した。
「ははははははは! そうだな。それでこそ、私の知るメスドラーマ・エルムドアだ!」
「試合形式は3対3。真剣を用いる。ルールはない。実戦形式だ。
何か質問はあるか?」
「いや、ない!ここは手狭だな、地上へ行こう!」
連れ立って階段を登ってゆく二人を、俺たち四人は顔を見合わせ、後を追う。
地上へ出ると。すでに二人は手近な砂漠の中央で、向かい合っていた。
骸旅団のモンク達が、なんだなんだと遠巻きにしている。
「ーーこちらの試験官は。私と。アルガスと。それにティータが務める。
アルガス、ティータ、頼めるな?」
「えっ……はい」「わかりました!」
「なるほど。ではこちらの受験者は、この私ウィーグラフと、ミルウーダと、じゃあギュスタブだな!
二人とも、気を引き締めてかかれ!」
「本当に試験するの……?」「え!?俺も!?」
試験官を頼まれてしまった。俺らレベル80だけどいいんかな。
3対3に別れ、砂原に対峙する。
「……では。
騎士登用実技試験ーー始めッ!」
侯爵が試験開始を宣言すると同時に、目に見えぬ速度で抜刀した。さっきまでロクに歩けなかった人間の動きじゃねえ。
同時にウィーグラフも笑顔で剣を抜き、突撃ざまに斬りつける。
侯爵はその重い一撃を、刀ーー東方製の細い剣だーーでなんなく受け止める。身体がブレたと思ったら斬り返したらしく、飛び退いたウィーグラフの頬から一筋の血が垂れている。
それをぺろりと舐めーー両者は再び、恐るべき速度でぶつかり合った。二合。三合。
「いけー!団長ー!」「銀の貴公子なんて畳んじまえー!」
巻き込まれないよう高台に陣取って声援を送るモンクの皆さんに混じり。
並んで立った俺とティータは、声援している風を装いながら、お互いに聞こえる程度の小声で早口を交わす。
「師匠カッコいい!師匠ステキ!師匠最強!」
「ティータ可愛い!ティータ美人!ティータ最強!」
別にいちゃいちゃしてるんじゃなくて、話術士アビリティの「ほめる」を連続使用しているだけである。
一回につきBRAVEが4伸びる。最大100まで上がる。さらに戦闘終了後には上昇幅÷4の数値だけ永続上昇するのだ。
二人の美しい剣技の応酬に見惚れていたミルウーダが、はっと気がついた。
「試験官の残り二人がいない……?
あ!あそこにいる!」
チッ。気づかれたか。だがもう遅い。
自己肯定感MAXで、俺らのBRAVEも100である。
「ギュスタブ!これは私達の採用試験でもあるんだから!
私達はあの二人をやるわよッ!」
「おーーおうッ!」
バルマムッサ構文で仲間を煽るミルウーダ。
二人は別々の方向から近づき、包囲してきた。考えたな。
「その最終奥義ーーどうすれば勝てるか、ずっと考えてきたわ」
ミルウーダは勝ち誇ったように口にする。
「すなわちーー150回どつき合う前に!速度が上がる前に倒す!
これで……えっ?」
どつき合い始めた俺らに、両側からミルウーダとギュスタブが斬りかかるが、俺らは涼しい顔で攻撃範囲外へ移動を完了する。
「ああ。悪いなーーその条件。
たった今、150回から50回に短縮されたんだ」
「そんな……!」
ミルウーダが崩れ落ちる。
BRAVEが100になったので攻撃を受ければ100%、speedが1上がる。それにレベル80なので素のspeed値も高くなっている。あとはそれを50にするだけである。
その後、speed50物理AT99に到達した俺らは、それでも諦めないミルウーダと何が起こっているかわからないギュスタブをそれぞれワンパンで砂地に沈め、ーーあとは大人しく、侯爵とウィーグラフの戦いを見守ることにした。
ギャラリーのモンク達に混ざって、侯爵に声援を送る。
「やれー!エアリス刺せー!」「エアリスってなんですか?」
両者の斬り合いは、いつの間にか侯爵が押され気味だ。やはり監禁で体力が低下していたか。
その時ーー侯爵が刀をまるで祈るように捧げ持つ。
「ーー怒れる剣、我が身を以て鬼となれ!
生きるは地獄! 正宗!」
瞬間。刀が銀霧のように砕け散り、その輝きは侯爵の全身を覆う。傷を癒やし速度を高める。
アークナイトのジョブ「刀魂放気」である。刀から特殊能力を引き出すかっけえ技だが、使うと武器がなくなるのが難点である。
侯爵は柄だけになった刀を投げ捨てた。
それを見たウィーグラフも笑顔で剣を投げ捨てる。
二人は拳を振りかぶる。
バスッボコッガキッバキッグシャッーー物凄い速度での拳打の応酬が繰り広げられ、やがてーー
ドゴス!ーーと互いの顔面に全力のストレートを叩き込み、二人は動きを止めた。
そのまま、ゆっくりと倒れてゆく。
どう、と砂地に横たわると、二人の体が小刻みに揺れているのが目についた。
笑っている。
砂地から上がる笑い声は、次第に大きくなってゆき、砂漠の夕空を満たした。
やがて。笑い疲れたウィーグラフが、訊ねる。
「……それで……。
試験の、合否は……?」
ーー答えなど、決まっている。