旅の道すがら、杯に月色を満たして   作:77493

3 / 8


二度あることは三度(ry
今話の登場人物は南天屋さんの太刀使い兼接客&メール書記担当のシヅキさんと、当方作品の謎のハンター。

個人サイトバージョンはこちら(https://confeito.amaretto.jp/mh-00231029-imosixyu03.html




2023年の記録
参回目の筋交い『ハンターズムーンに竜と踊る』


 

 

 なんだかんだで比較的簡単な仕事のはずだと、そう聞いていた。

 

 頭上に巨大な影が浮かび上がる。風を従え、周囲を威圧し、この場への何者の介入をも許さない覇気を伴う巨影だ。

 夜風が巻き上げられる風圧に押し負け、生き物の呼気を含めた生暖かい空気が周辺を薙ぎ払う。気圧されて退こうものなら、瞬時に襲撃される予感があった。

 ……二日ほど前の話だ。薬関係を取り扱う双子の兄が、外部から調合素材の納品依頼を受けてきたのは。曰く、高難度の依頼だが馴染みの仲故に断りきれなかったと。彼は、弟の自分が言うのもなんだが真面目で他人に愛想を振り向くことを不得手とする人だ。

 「断りきれなかった」ということ自体、事実かどうか非常に怪しい。しかし彼も薬師である。頼まれた依頼は無碍にはしたくないだろう。

 

「だからって、限度があると思うんだよなあ……」

 

 頼む、とぶっきらぼうに言い放った兄は、別件で余所の地域に薬を売りに行ってしまった。

 現職場の方針、否、昔からの慣れという意味でも、本来なら自分が彼の旅路の護衛をしなければならないところだがこちらの依頼もまた火急だという。

 「竜の卵の納品」。数多のハンターの希望を砕き、怪我を負わせ、鋼の心を折らせてきた最高難度の納品依頼。

 かくいう自分も護衛業のかたわら、何度か試みたこともある……あった、ような気もする、しないでもない。

 とにかく、こういった依頼には親である飛竜――たまに違う種が担当を買って出ているパターンもあるが――が必ずセットになっていることがほとんどだ。実際、今こうして自分の前に予告なしで現れた巨影もまた飛竜だった。

 限度があるよなあと二度ぼやきたくなったのは、他でもない、この飛竜が彼らの中で最も名を知られた存在であったことに他ならない。

 

「! ブレスっ、」

 

 咆哮より先に火球が飛ぶ。こちらの動きを縛るまでもない、との自負か驕りか。

 難なく横に飛び退き、着弾後、地表に走る残り火の熱を避けながら向かって左、飛竜の真横へ跳ぶ。

 真正面に立つよりは噛みつきやブレスそのもの、口腔内で燃える焔の余波を受けずにいられるからだ。理性かつ理論的に動いてみるも、熱に汗が浮かされる。

 雄火竜リオレウス――世界で最も有名な、火を噴く竜。

 その名と姿を知らない者はほとんどいない。ましてや、ハンターであればいつか狩猟したいと憧れるモンスターの筆頭とされているほどだ。出来ることなら、可能であれば、信の置ける狩り友たちと一緒のときに相対したかった。

 

(でも、彼の狩猟が義務づけられてるわけじゃない)

 

 ふうっと息を吐いた直後、見計らったようにギロリと空色がこちらを射抜く。反射で背中の得物の柄に手が伸びたが、抜かずに更にもう二歩分飛び退いた。

 ぐっと上向く火竜の顎。上、左、下方へ薙ぎ払うように首が振られ、つられて業火が宙を這う。火球に似たブレスとは異なる噴射だ。圧縮された弾としてではなく、周囲を炎で丸ごと焼き払うような広範囲に渡る猛火である。

 頭上、賑やかしの如く燃え盛る炎を身を低くして受け流す。そう、受け流してやるだけだ。まだ、手を出すことに青年は躊躇っていた。この雄火竜はこのエリアに踏み込んだ瞬間現れたのだから――卵の親竜である可能性が、非常に高い。

 

(なら、運搬が終わるまでの間はお手合わせ願わなきゃいけないってことなんだろうけど……)

 

 宙を仰ぎ、意を決して得物の柄を握り込んだ瞬間。青年は、この場に相応しくない大音を聞いてびくりと足を固めた。

 

「――さあさあ、お立ち会い! 紳士淑女の皆々様、今宵一番の大番勝負だ!!」

「え、」

 

 パァン、と手が鳴る。拍手というよりは柏手に近い形式だ。振り向いた先、リオレウスのブレスの射程内に、一人のハンターの姿が見えた。

 

「片や、『森と丘』の番人リオレウス! 大きさ、翼膜の分厚さから上位個体かそれ以上といったところか。そしてもう一方(ひとかた)は、」

「ああああの、ちょっとぉ……!?」

「『氷上の騎士』の力を借りた、太刀使いシヅキ! 得物は迅竜ナルガクルガからの借り物だ。その太刀筋、実力は未知数! 刮目せよ、夜は長いぞぉ!!」

 

 長いぞぉ、のあたりで、男に向かってリオレウスの火属性ブレスが飛ぶ。あれだけ大声を張り上げてパフォーマンスを見せつけられれば当然の反応だろう。

 おおうっ、と大仰な声を上げて男は火球を避けた。ぐるぐると二回ほど余計に回転回避して、ふうっとわざとらしい溜め息を吐く。

 その間にも火竜の殺る気もといやる気は満々で、翼を広げて一気にハンターとの距離を詰めに行った。凶悪な風圧が土埃を舞い上げ、たちまち視界が濁る。

 

「周りが囲まれているのにっ……こんなに強烈な風を!」

「……ん、シヅキくん!!」

「あっ、はい! どうしたんですか!?」

 

 雰囲気に呑まれている場合ではない。男の呼びかけに我に返った青年は、切実そうな声に意識を持ち上げた。

 何かあったのかと血の気が引いたが、リオレウスは……まだ空中にいる。翼膜を強く打ち鳴らし、威嚇の怒声を上げながら男の頭上に滞空し続けていた。

 男の背後には洞窟を形作る岩壁が広がっている。あれでは逃げ場がない――駆けつけようとした、その瞬間。

 

「す、すまない、聞いてくれ! こ、腰を……腰をヤッてしまった!!」

「はい、って……えぇええええ!!」

「いかん、ちょっと、割とヤバイ。い、いったん撤退しよう!」

「そ、それは、そんな……そんな……ちょ、ちょっとだけ耐えてくださーいっ! いま行きます!!」

 

 相手から自己申請されたのは、狩猟一時休止の一報で。その間にも、雄火竜サイドはやっぱりやる気満々で。

 レウスには申し訳ないなあ、いや、申し訳ないってなんだろう……青年シヅキは、ひとまず思考を強制的に中断して、急ぎ男の元へ駆け寄った。

 

 

 

 

「いやー、すまない。オジサンが張り切ると、本当にろくでもないことになっちゃうなあ!」

「いえ、そんなことは。それより腰は大丈夫なんですか。あまり無理はしない方が」

「うーむ、そうもいかんよ。あのリオレウスはどう見ても親みたいだし、タマゴそのものには俺も用があるんだ。簡単には退けないよ」

 

 森丘、ベースキャンプ。ぎっくりだかヘルニアだか詳細は不明だが、二人はほうほうの体でなんとかここまで逃げおおせていた。

 男の腰と背中に「自作で自前だ!」という湿布をぺたりと貼ってやりながら、兄メヅキの湿布ならもっと貼りやすいし臭いもないのに、と口内で独りごちる。

 パチリと焚き火の中が爆ぜ、シヅキが視線を上げた頃には、男は手早く身支度をととのえ終えていた。

 

「それにしても、環境不安定とは恐ろしいな。まさかリオレイアじゃなくてリオレウスの方だったとは。シヅキくん、君、モンスターに愛されてるねえ」

「愛っ……そういうものですか? まあ、この時期にしては繁殖を迎えるなんて珍しいとは思いますけど」

 

 飛竜リオレウスのみならず、世界各地のモンスターの多くはもっと気候が穏やかな時期――少し前の、繁殖期の頃に子作りを行うことが多い。

 あのリオレウスは確かに件の竜の巣のヌシではあるのだろうが、遅れた繁殖故に余計に気が立っているのだろうか。つがいであるリオレイアが巣に待機していなかったことも気に掛かる。本来、火竜夫妻は各々で担当を分けて、協力し合いながら出産、育児をするからだ。

 ……エリア内に入り込んだのはこちらだが、巣まではまだまだ距離があったはず。うーん、と考え込んでいると、目の前に何かを突き出された。

 

「スギさん、これは?」

「ん? こんがり肉だとも。詫び肉というやつだよ、シヅキくん」

「それは、見たら分かりますけど」

 

 フフンと得意げに笑うこの男は、スギと名乗った。なんでも、近年狩りを再開し始めた出戻り組なのだという。

 シヅキは託された肉には手をつけず、スギだけがムシャリとやるのを観察するように傍観した。思えば狩り場に入った直後から妙なことばかりする男だった。

 

「スギさんは、飛竜の卵が欲しいんですよね。理由(ワケ)を聞いても?」

「ん? 遠慮しないで、食べなされ」

「やや、これはどうも。って、そもそんなお腹減ってな……って、そうじゃなくて」

「なんだ、味付けして欲しいのかな。じゃあー塩でもどうぞ」

「やや、これはありがたく……あのですね、竜の卵はこの時期になると価格が高騰するんです。だいたい皆孵化しちゃってるし、味は薄まるんですけどね」

 

 よくよく考えたら妙な依頼だ、とシヅキは思う。

 調合素材として竜の卵が要る、これは分かる。彼らの卵は栄養価が高く、薬の材料としては一級品だ。元から需要は多い。

 しかし時期があまりよくない。森丘は比較的穏やかな気候であるので採集場所として選ぶには悪くない選択だが、気温が上がると品質に影響が及ぶのだ。

 

(品質……あまり、そういう言い方はしたくないけど。でも、便宜上)

 

 火の粉が爆ぜる。パチリと音が聞こえた、と思った瞬間、シヅキはぐわっと頭を引き寄せられていた。

 

「!? な、なにするっ……」

「いや、シヅキくんは真面目で健気で努力家で、偉いなあーと」

 

 「避けられなかった」。覇気のなさや緩々とした物言いが起因するのか、掴みかかられたことにさえ気がつかなかった。頭をワシワシと撫でられ目を瞬かせるシヅキの前に、スギは性懲りもなくもう一度こんがり肉を差し出した。

 

「……ありがとう、ございます」

「構わないとも、どんとこい。いやーね、俺には一人息子がいるんだけどさ。あいつはこう……なんていうか、空回りしがち、らしくてね」

「空回りしがち? 息子さんもハンターなんですか。同行は、一度もされてない?」

 

 視線に促されるままに、こんがりと焼き上がった肉に齧りつく。肉汁たっぷりで、旨い。好きな人にはたまらない味だろう、とも想像した。

 

「お、そこに気づくか。んっふふ、読みが鋭いね……そう、ハンターなんだ、『ハンターになっちゃった』んだよ。向いてないって、思ったんだけどねえ」

 

 昔馴染みのハンター一式、腰に下げた得物は鉱石製と思わしきシンプルな造りの一振り。体は鍛えてあるのか、昔ながらの古参ハンターといった風貌だった。

 スギは、何ごとかを悔やむように顔を俯かせる。シヅキは声を掛けようとしたが、うまい言葉が見つからず仕方なしに肉を齧った。

 男の表情が曇ったところで、青年にその理由を汲めるだけの繋がりはない。そもそも、彼は今回の依頼を受注した際に偶然その場に居合わせた人物なのだ。

 ユクモ地方からしばらくぶりに出てきて、リハビリ目的で参加したって言うけど――塩を掛けて頬張ると、丸鳥の肉の旨みが一層高まったような気がした。

 

「ま、俺の話はこの際どうでもよろしい。そろそろ行こうか。卵を……盗みにッ!!」

「うわ、言い方。それはそうなんですけどっ、言い方!」

「ふふふふふふ、期待しているよシヅキくん。ベリオロスやナルガクルガのように、華麗に囮になってくれよぉ!」

「いやいやいや、囮って。言い方ぁ!」

 

 なんとなく話を逸らされたような気もする。しかし、運搬クエストにも制限時間というものがあるものだ。

 あまり悠長に過ごしていられない。それにしても腰の痛みとやらはどこに行ったのやら、すたこらと華麗に走り出したスギの背を、シヅキは急ぎ追いかけた。

 

 

 

 

「どぉっせい! 緊急回避ィー!!」

「スギさんっ、間合い! 無茶しないで!!」

 

 雄火竜の真価は空中でこそ発揮される。「空の王者」の通り名の通り、彼らはその強靭な翼で宙を征する生き物なのだ。先のように滞空したまま眼下に向けてブレスを乱射することもあれば、猛火で周囲を薙ぎ払うこともある。時には飛びながら突進してくることさえあった。

 器用であり、美しいと、そう思う。力強く羽ばたき、自在に体勢を変え、猛攻を仕掛けてくるその姿は……まさにハンターたちの憧れだ。

 

「深追いは……しない。縄張りに入っているのは、僕たちの方だから」

 

 威圧感……彼に睨め下ろされる感覚は言葉では表し難い。シヅキは自らを鼓舞するように、得物を構えたままぼそりと呟いた。

 雄火竜リオレウス。弱点とされる属性は雷だが、自身の武器は属性という力を帯びていない。代わりに、素材の元となった迅竜ナルガクルガの軽快な身のこなしや鋭利な牙、闇夜にまぎれる刃翼や鱗の艶めかしい力を強く纏っている。

 一度でも斬りつければ、傷口は深く鋭く、異常と言えるほどの斬れ味を発揮するのだ。それは真に、ナルガクルガが相手を自慢の刃翼で斬り裂くように……

 

「シヅキくん! 上だ!!」

 

 珍しく、スギの鋭い怒声が飛んだ。珍しく……緊急事態だと咄嗟に察したシヅキは、刀身をぐっと低く下ろして両腕に力を込める。

 刹那、暗闇を裂いたのは同化して溶け込む漆黒の太刀筋だった。闇にまぎれて獲物を狩るナルガクルガの性質を継ぐシヅキの得物が、虚空を斬り上げたのだ。シャリン、と透き通る音が鳴る。太刀使いの青年が反射的に放った斬撃は、新たに舞い降りた巨影の爪先を爪弾いた。

 

「……ッリオレイ、ア……」

「シヅキ! 目を、目を閉じろ!!」

 

 闇夜に混ざるのは、血臭と裏葉の色だ。ギロリと煌めく強い金の灯火は、眼下の「夫」と――縄張りに踏み入った二足歩行の姿を捉えて怒声を振り下ろす。

 雌火竜リオレイア。火竜という竜種においては雌の性を持ち、リオレウスとつがいとなった後は地上に残り、仔育てと巣の防衛に努める竜だ。

 太刀を振り上げたままのシヅキと、強襲に打って出たリオレイア。ふたつの得物が交差しかけたそのとき、一面を塗り替える白光が視界を埋め尽くした。

 

「閃光玉……二頭同時に?」

「『なんとか還しのスギ』だ、打って出る!」

「スギさん!?」

「シヅキくん、君は卵を!!」

 

 背後に地鳴りが響く。火竜夫妻が地表に墜ちた音だ……視覚と方向感覚の強奪を担う閃光効果。火竜に挑む際に閃光玉が要とされる理由はここにある。

 チャンスはチャンスだ――シヅキははっとして視線を走らせた。竜の巣はちょうど、二頭の視線上から離れたところにある。卵を運び出すなら、今しかない。

 

「メヅキに貰った強走薬が……スギさんっ、」

「俺はいい、行けっ、行くんだ! ちなみにフラグじゃあないぞぉ!!」

「フラグってなんですか、先、行ってます!」

 

 わっしと卵を持ち上げる。重い。めちゃくちゃ重たい。スギに運ばせればまた腰を殺られるかもしれない……青年は首を左右にぶんぶん振った。

 えっちらおっちらと急ぎつつも安定をはかりながら、懸命に卵を抱えてひた走る。

 

「……!」

 

 澄んだ音がした。自身の、ナルガクルガの斬撃とはまた異なる類の、研がれた刃が空を斬り裂く音だ。振り向いた先で、青白く濡れた刀刃が闇を撫でる。切っ先からは大粒の水滴が散っていた。

 

「――お前たちに、恨みはないんだ」

 

 謝罪のような、懺悔のような、小さくも力強い呟きが鼓膜を打つ。急がなければいけない、そう思いながらもつい思わず、足を止めていた。

 自分の立ち回りは、仲間内からは「斬れ味バキバキ」などと称されることもあるが……よくよく思えば、他人の立ち回りを間近で見る機会はそう多くない。

 スギの立ち回りは、神楽か剣舞のようだ。足取りは細やかで、得物の軌道は都度、繊細に調整される。あれは相当の筋肉量を要するだろう。

 シヅキの仲間たちも各々で、足の運び方、得物の刺し込み方や呼吸の間と、全てが違う。自分は他人から見たらどう映るのか……ふと、そんなことを考えた。

 

『――シヅキ!』

『シヅ公』

「……そうだ……行こう。行かなくちゃ」

 

 誰かから、何かから、遠くから。懐かしい音で、親しい声色で、名を呼ばれたような気がした。ぎゅうっと両腕に力を込め直して、出入り口へ足を急がせる。

 ぱっと洞窟を抜けたとき、目の前に青白く照るまんまるの月が見えた。肺にいっぱいに吸い込んだ夜の気配が、火の点きかけた思考を冷静に冷やしていく。

 

 

 

 

「いやー、まいったまいった! まさか、二頭同時に乱入してくるとはなー!」

「お疲れさまでした、スギさん。なんとか、卵を二個納品できましたね……!」

 

 ところ変わって、森丘、ベースキャンプ。

 あの後ヒイヒイ言いながら逃げてきたスギと合流し、往復することうんぬんかんぬん、辛うじて時間内に竜の卵をボックスに納めるに至った。

 報告を受け現状確認に駆けつけたハンターズギルドの職員の話では、あの二頭は確かに夫婦であるものの妻側が率先して獲物を捕りに出ていたペアだという。

 色んな夫婦の形があるんですね、ぽつりと呟いて感心したシヅキに、奥さんには逆らわない方が得なのよ、スギは遠い目をしながら呟き返した。

 

「スギさん、ご結婚されていたんですね。あ、そうか、息子さん……」

「まあ、いろーんな形の夫婦がいるからねい。シヅキくんも、もし誰かと暮らすことになったら嫌われるようなことはしたらあかんでよ」

「……、あったんですか」

「フッ、聞くなよボーイ」

「ボーイって。そんな歳に見えます?」

「若く見えるって得よな。俺にも若くてモッテモテでモテモテが過ぎてバリキャリだったときがあったんだよぉ」

「……」

「……フッ、ノーツッコミだけは勘弁してくれ。ボーイ」

 

 わざとらしく腰を手で押さえてイテテ、とぼやく男を見送りながら、なんとなく手持ち無沙汰になったため砥石で得物を整える。剥ぎ取りナイフも同様だ。

 昔の癖で、手が空いたときは刃の手入れを息をするようにやり出してしまうことがあった。とはいえ、仕事柄磨かれた刃を見ると気分がスッとする。

 

「おっ、シヅキくん、武器のお手入れかい?」

「えぇ、飛行船の到着まで少しありますから」

 

 スギは、フゥン、と息を吐きながらシヅキのナイフを手に取った。夜空に透かし、黒瞳を細めて刃の具合を凝視している。まるで、刀身の向こうに見知らぬモンスターの影を見出したかのようだ。きゅうっと細められた双眸が、不意に真剣な光を帯びてこちらを見やる。

 

「見事すぎる手並みだなあ。俺が君と同い年の頃、ここまでお手入れ出来てたっけかな?」

「や、ちょっとした癖で。そんな大したことはしてないです……ないです」

「そうかい? 君の太刀筋をさっき見せてもらったけど、鋭くって、相手の中身を暴くような感じだったね。どこで腕を磨いたんだい?」

「えぇ? それを言うならスギさんだって同じでしょう。僕たちはハンターなんですから」

 

 ぱっと剥ぎ取りナイフを取り返して腰に戻した。たはは、と照れくさそうに笑う青年を男は微笑ましいものを見るような眼差しで眺める。

 やがて、龍歴院管轄の飛行船が到着した、と出迎えの職員が声を掛けにきてくれた。二人は行こうかぁ、そうしましょうか、と応じながら腰を上げる。

 ふと、涼やかな夜風が二人の横を通り抜けていった。心地よい疲労感が、透き通る空気に紛れて心の奥に達成感という灯火を点してくれる。

 

「ふふふふふふ。キキョウさん喜ぶぞぅ。ガーグァの卵で作るスフレも美味いんだから、飛竜の卵で作っちゃった日には……!」

「スギさん、独り言大っきくないですか。というか風味は変わるかもですけど、『この時期』の竜の卵ならそこまで味に差は出ないかもしれないですよ?」

「……ん? エッ? 食材って高ければ高いほど美味しいんじゃあーないのかい?」

「えっ?」

 

 飛行船は今宵も狩り人たちを運んでいく。行き着く先は帰途の一片か、英雄の軌跡か……それとも。

 

 

 

 Something thrown in ,

 

 

 

「おンや、アキ。冷凍便で荷物を取り寄せるなンて、ずいぶん張り切っちまったんじゃァないのかイ」

「ンや、これ、宅配便。今朝届いたンだけっとも、差出人の名前がまたねェんだ」

 

 賑わいと商いの街、ドンドルマ。ハンターズギルドの長が在す街の南方、下町あたりの片隅に、狩猟と商業のちょっとしたよろず商売を担う店があるという。

 

「ム。うさん臭いな。配達人は……いつもの奴か。いつぞやの荷よりは信頼性があるが」

「そいや、メヅ公。シヅ公は?」

「帰ってくるや否や、寝ている。森と丘までは距離があるからな。ムニエル殿もここに来るまで時間を要していただろう」

「リオレウスとリオレイアが出たッて聞いたべ。目ェ醒めたら、おれの飯うんと食わしてやる」

 

 メンバーは、元締めたる派手な装いの青年に、堅牢な護りを得手とする銃槍使い。護衛と前衛担当の太刀使いに、薬師としての顔も持つガンナーの、計四人。

 年齢性別、ハンターズギルドからドンドルマに龍歴院までと、依頼人の出所も出自もお構いなし。報酬のゼニーと旨い酒、肴があればそれで良し。

 

「……おはよう、なに、何かあったの?」

「シヅキ。南天屋宛てに……というかお前宛てにだな。荷物が届いているぞ」

「荷物? なんだろう、ココット村に忘れ物でもしちゃっていたかな」

 

 彼らの中には腕の立つ料理人もいるという。最近では、竜人族でなければ扱いが困難とされているモンスター由来の食材までも氷菓子に加工してみせたとか。

 

「……あれっ、これプリンだ。冷凍して送るから解凍して食べなさい、だって」

「プリン? おッ、確かに入れ物にそう書いてあらァ。瓶入りだから分からンかったねェ」

「ガーグァの卵……より、濃い色してンべなァ。固さもイイ塩梅だし、材料の想像つかねッぺよ」

「瓶入り菓子か。少し前に流行ったな?」

 

 総合すると、彼らの舌は恐ろしく肥えている……ということではないだろうか。しかし、広いドンドルマの中にはこの意見に異を唱える者もいる。

 やれ、実は酒が旨いならなんでもいいだの、美食よりは味が濃く脂っ気のある方が好みだの……真偽はまったくもって、霞龍の吐息の中にあるかのようだ。

 

「とにかく、無事でよかったな。下手をすれば竜の餌だ」

「本当にね! ああいうの、もー勘弁してください!?」

「ハルのは茶でイイべな。おれァ酒にする」

「なんだいなんだい、儂だって昼から酒呑みしたって構わないサ? そら、おやつ時に仕事の話はナシにしとこうかネ!」

 

 まとめてしまえば、どんなミョウチキリンな依頼でも請け負う、というのが彼らなりの自負だという話だそうだ。

難を転ずるハンターの集い、南天屋。本日も、彼らの根城には笑いが絶えない。

 

 






ハンターズムーンとは、十月の満月のこと。この年は執筆締め切り日直前の月が該当していたので これはMH好きなら見逃せねぇ!! とタイトルに据えました。
スギの性格もありますが強引に話を進めすぎた感もあります。あと詫び肉。む、難しい…!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。