プリンセスコネクト!!Re:DIVEアナザーストーリー 作:タピオカ&ピスタチオ
新たな変化と森からの呼び声
朝の光が、美食殿のギルドハウスを柔らかく照らしていた。
食卓には昨晩のシチューが鍋ごと吊るされ、白い湯気と食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がっている。皿籠には焼きたてのパンが山のように積まれていたが、その大半はすでにペコリーヌの胃袋へと消えていた。
「うー、寒いわね……。美味しそうな匂いにつられて来ちゃったけど、こんな早くに起きるより、ベッドでごろごろしていればよかったわ」
カーディガンに身を包んだキャルが、眠そうにリビングへ入ってくる。
「あっ、キャルちゃん! オイッス~! 今日は早いですね。最近はゆっくりだったのに、また怖い夢でも見ちゃいました?」
ペコリーヌはパンを片手に、いつもの明るい笑顔を向けた。
「違うわよ……って、ちょっと! あんた朝からそんなに食べてるの!? 毎度のことだけど、その胃袋どうなってんのよ!」
「いっぱい食べる子、元気な子です☆ 朝ご飯は一日の大事な活力ですから、食べるだけ元気になるんですよ!」
「限度ってものがあるでしょうが!」
キャルの叫び声が、朝の静かなギルドハウスに響き渡る。
そのとき、窓辺に立っていたコッコロが振り返った。窓の外には、ユウキが早朝から使っている薪割り台が見える。しかし、そこに彼の姿はなかった。
「おはようございます、キャル様。キャル様の分もご用意いたしますから、どうぞ席についていてくださいまし」
「あ、コロ助。ありがとね。そういえば、ユウキは?」
「主さまでしたら、先ほど朝食を召し上がってから、早々にお出かけになりましたよ」
コッコロの言葉に、キャルは窓の外へ視線を向けた。
「ペコリーヌといい、ユウキといい、こんな時間からほんと元気ね。あ、パンは少なめでお願いねー」
しかし、コッコロが皿とパンを用意する頃には、皿籠に残っていたパンはすっかりなくなっていた。
「ペコリーヌ様、そろそろ王宮へ向かわれた方がよろしいのではないですか?」
「あっ! そうでした! 食べるのに夢中で、うっかり遅刻するところでした!」
ペコリーヌは慌てて立ち上がり、空になった皿を流しへ運んだ。
「ここのところ毎日通ってるけど……やっぱり、街で噂になってる件?」
キャルは手持ち無沙汰に頬杖をつきながら尋ねた。
「そうですね。事が事なだけに、大わらわです。覇瞳皇帝の一件以来、着々とランドソルの復興が進んでいたところに、この事態ですから」
ペコリーヌの表情から、いつもの明るさがわずかに薄れる。
「ランドソル国民の皆様に起きている、<魔物化現象>ですね。シャドウ化とは異なる未知の脅威……。今のところ、わたくしたちの周囲に異変が起きている様子はありませんが、主さまのことが心配です」
コッコロが心配そうに呟く。
「ったく、安心しなさいよ。万が一のときは、あたしたちが助けてあげればいいじゃない」
キャルはスプーンをコッコロに向け、強がるように笑った。
「はい、その通りでございますね。さあ、キャル様もたんとお食べください」
「ええ、いただくわ。……って、ちょっとコロ助!」
キャルが目を落とした先には、彼女一人分とは思えないほど大量のパンとシチューが並んでいた。
「なに、この量。多すぎじゃない?」
「そうでしょうか? ペコリーヌ様と比べれば、少なすぎる気もいたしますが」
「あいつを基準にしないでよ! そうね、ユウキと同じくらいでいいから」
「主さまと同じくらい……。主さま、やっぱりわたくしもご一緒していれば……」
「だぁ! だから心配しなくて大丈夫だってば!」
キャルがコッコロをなだめていると、玄関の開く音が聞こえた。
「ただいま!」
戻ってきたユウキの後ろから、眼鏡をかけた女性が姿を現す。
「皆さん、早い時間に失礼します」
ギルド管理協会に勤めるカリンは、丁寧に頭を下げた。
「出たわね、クソ眼鏡!」
キャルはコッコロに向けていたスプーンを、今度はカリンへ突きつける。
「何かご用ですか? わたし、これから用事があって一刻を争う状況なんですけど」
ペコリーヌも足を止め、カリンを見つめた。
「ええ、存じています。それに今回、ここへ伺ったのも、おそらくその用事と関係があるでしょう」
「関係、ですか?」
「はい。例の異変について、美食殿の皆さんに、ある一帯の調査をお願いしたく参りました」
カリンが淡々と告げると、四人は顔を見合わせた。
「また嫌な予感……!」
キャルの予感は、見事に的中した。
◇
昼前。
美食殿の一行は、調査を依頼された森の入口へと到着していた。
そこには、天高く伸びる樹々が果てしなく広がっていた。幹は太く、葉は濃く茂り、森の奥は昼前だというのに見通すことができない。風に揺れる枝葉のざわめきは、生命力に満ちている一方で、どこか不穏な響きを帯びていた。
「はぁ、はぁ……や、やっと着いた。ここがクソ眼鏡の言ってた場所?」
キャルは肩で息をしながら、恨めしそうに森を見上げた。
「力強い木立でございます。葉の一枚一枚からも、溢れんばかりの生命力を感じます。ですが……」
コッコロは入口の木に手を触れ、幹から樹冠へ視線を這わせる。
「ええ。わたしも感じました。森の奥から、嫌な気配がします」
ペコリーヌも森の奥を覗き込んだ。
「それなら、細心の注意を払って進みましょう。主さまも、わたくしから片時も離れないようについて来てください」
コッコロがそう言うと、ユウキは力強く頷いた。
「ちょっと待ちなさいよ! あんたたち、元気すぎない!? 少し休憩しましょうよ!」
キャルは近くにいたユウキの腕をつかみ、こちらへ引き寄せる。
「もう、キャルちゃん。朝ご飯をお腹いっぱい食べないからですよ」
「誰があんたの尺度で判断しろって言ったのよ! そもそも、近道だからって舗道から外れて、崖や山道を突っ切るバカがどこにいるの!?」
「でも、実際に近道できたんですから、結果オーライですよね☆ 善は急げと言いますし、それに、わたしたちにはユウキくんがいますから」
ペコリーヌは両手を広げ、頼もしそうにユウキを示した。
「その通りでございます。主さまが早く依頼を受けようと決断されたことも、英雄に相応しい振る舞いかと」
コッコロに褒められ、ユウキは親指を立てた。
「がんばる」
「まあ、あんたがそういうやつだってことは知ってるけど……。なにが待ち受けているかわからない以上、無駄に体力を使うのは得策じゃないわよ。特にユウキ、あんたがあたしたちの要なんだから、戦いになったときに倒れられたら困るでしょうが」
キャルの正論に、コッコロも頷いた。
「それでは、少し休憩いたしましょう。風呂敷を敷きますから、しばらくお待ちくださいませ」
「あっ、コッコロちゃん。わたし、おにぎりが食べたいです!」
「あんたは休憩するたびに食べるのね……」
こうして一行は、しばし森の入口で休息を取った。
やがて太陽が高く昇り、木々の隙間から差し込む光が森を照らし始める。わずかに視界が開けたところで、四人は本格的な調査へと乗り出した。
しかし、森の奥へ進むにつれ、魔物の数は次第に増えていった。
木々の間から現れた魔物たちは、まるで一行を待ち構えていたかのように襲いかかってくる。咆哮が森中に響き渡り、前衛に立つペコリーヌへと凄まじい圧力が押し寄せた。
「コッコロちゃん! キャルちゃんの回復をお願いします!」
戦闘の最中、キャルが根を張った木に足を取られ、太腿に傷を負っていた。
「お任せください。キャル様、傷をお見せくださいませ」
「……っ、助かるわ。ペコリーヌ、下がって!」
コッコロの治癒魔法によって傷が癒えていく。キャルが立ち上がると同時に、ペコリーヌは魔物の群れへ飛び込んだ。
「キャルちゃん、お願いします!」
ペコリーヌは魔物を斬りつけ、その反動を利用して後方へ跳躍する。
キャルの前に浮かんだ魔導書が、稲妻のような光を放った。文字が次々と浮かび上がり、膨大な魔力が一点へと集束していく。
「魔力よ――グリムバースト!」
キャルが杖を振り下ろすと、雷光が魔物たちをまとめて飲み込んだ。
爆発とともに土煙が舞い上がる。しかし、煙が晴れたあとも、何体かの魔物はなお立ち上がろうとしていた。
「まだ動けるの!? ……って、ユウキ、あんた!」
ユウキは、弱った魔物へ向かって駆け出していた。
「主さま、お一人で行ってはなりません!」
コッコロが声を上げる。
ユウキは剣を構え、魔物へ斬りかかろうとした。しかし、その前にペコリーヌが躍り出る。
「わたしに任せてください!」
ペコリーヌがプリンセスソードを天高く掲げる。
「――プリンセスストライク!」
強烈な爆発が起こり、森の中を激しい風が吹き抜けた。魔物は断末魔を上げながら、光の粒となって消滅していく。
「ふぅ……なんとか片付いたわね。それにしても、異常な数だったわ」
キャルは膝についた土を払いながら、息を吐いた。
「皆さん、怪我はありませんか? キャルちゃんは大丈夫でした?」
「ええ。コロ助のおかげで、もう平気よ。まあ、ユウキのおかげでもあるんでしょうけど」
「主さまのお力には、これまでも幾度となく助けられてまいりました」
コッコロはそう言いながら、ユウキの体に傷がないか確かめる。
その様子を見つめながら、キャルはペコリーヌへ声をかけた。
「ペコリーヌ、気付いてる?」
「確証はありません。でも……」
ペコリーヌも、消滅した魔物がいた場所を見つめていた。
「大分弱まったとは思いますが、まだ気配が消えていないようでございます」
コッコロが森の奥へ視線を向ける。
「どうしてでしょう。どこか腑に落ちないというか……。キャルちゃんはどう思いますか?」
「なんでもないわ。ただの思い過ごしよ」
キャルはそう答えたものの、視線は魔物が消えた場所から離れなかった。
その直後、コッコロが周囲を見回して声を上げる。
「主さまをご存じではありませんか?」
いつの間にか、ユウキの姿が消えていた。
「えっ、いないわ! あいつ、またどこへ行ったのよ!」
「わたくしが見ていながら……主さま!」
三人は手分けして森の中を探し始めた。
キャルは森の奥へと進んでいく。魔物から感じたものと同じ気配が、奥へ行くほど濃くなっていた。
「あいつ、一人で魔物に襲われたらどうするのよ……」
そのとき、木々の向こうから声が聞こえた。
「キャル!」
幻聴かと思った。しかし、木々の合間から姿を現したのは、間違いなくユウキだった。
「ユウキ! あんた、どこへ行ってたのよ!」
キャルは駆け寄り、彼の体を頭から足元まで確認する。
「こっち。ついて来て」
「ちょっと、どこへ連れて行く気よ?」
ユウキは答える代わりに、キャルの手を取って走り出した。
やがて木々が途切れ、目の前に円形の広場が現れる。自然にできたものか、それとも誰かが作ったものかはわからない。だが、その中心には一人の少年が倒れていた。
「森の奥に、こんな場所があったなんて……」
ユウキが少年を指し示す。
「なによ……えっ、人!? ちょっと、あんた大丈夫!?」
少年はローブを身にまとい、藍色のマフラーを首に巻いていた。青みを帯びた白い髪が、風に揺れている。体にはいくつかの擦り傷があり、顔色は悪かった。
キャルはすぐに少年のそばへ駆け寄り、容体を確認する。
「この子の魔力、森の魔物と同じだわ。それに、ランドソルで起きている魔物化現象とも……」
少年の近くには、一冊の魔導書が落ちていた。
「陛下にとってのあたしみたいに、この子もプリンセスナイトなの……?」
キャルの呟きは、誰の耳にも届かなかった。
ほどなくして、ユウキがペコリーヌとコッコロを連れて戻ってくる。
「コロ助、この子に回復をお願い」
「お任せくださいませ」
コッコロが治癒魔法を施すと、少年の体が淡い緑色の光に包まれた。
「ユウキくんが見つけたときには、もう倒れていたんですか?」
ペコリーヌが尋ねる。
「うん」
ユウキは短く答えた。
「傷はたいしたことないわ。意識を失っているのは、魔力を使い果たしたせいね」
キャルが少年の状態を確認する。
「確かに、この方を中心に、周囲へ魔力の流れが広がっております」
コッコロも周囲を調べながら言った。
「キャルちゃん、あそこの木陰に魔導書が落ちていましたよ」
ペコリーヌが拾い上げた魔導書を見せる。
「やっぱりね。何者かに襲われたのか、それとも何かを隠すために捨てたのか……。詳しいことはわからないけど、ここで何かが起きたのは間違いないわ」
コッコロが治癒魔法を終える。
「把握できる範囲の傷は、すべて治癒いたしました」
「問題は魔力の方ね。ほかにも原因があるかもしれないし、この子は連れて帰りましょう」
キャルは、できるだけ自然な口調で提案した。
「それは構いませんけど、調査はどうします?」
ペコリーヌが尋ねる。
「この子がいるじゃない。調査地帯の中で倒れていたんだから、今回の異変と関係があろうとなかろうと、十分な調査結果でしょ。日が暮れれば調査もできなくなるし、続きは一度ランドソルへ戻って、準備を整えてからにしましょう」
ペコリーヌは少し考えたあと、頷いた。
「そうですね。キャルちゃんの言う通りです。この子の命に関わることがあったら大変ですから」
こうして、一行は少年をランドソルへ連れて帰ることになった。
帰り道、少年はペコリーヌの背に負われていた。コッコロは疲れた様子のユウキを気遣い、キャルは少年の魔導書をしまった鞄を何度も気にしている。
やがて夕暮れが近づき、草原は赤い光に染まった。遠くにはランドソルの街並みが見えている。
「見えてきましたよ☆ ランドソルです!」
ペコリーヌが街を指差す。
「ランドソルに着く頃には、もう夜ですね。診療所はまだ開いているでしょうか?」
「先日、主さまをお見舞いに伺った際には、ミサト様もいらっしゃいました。おそらく問題はないかと存じます」
「それなら安心ですね。診療が終わったら、みんなで何か食べに行きましょう!」
ペコリーヌのお腹が、大きな音を立てて鳴った。
「うう~、もうお腹ぺこぺこです。背中とくっついちゃいそうです☆」
「ふふ。この方の診療が終わりましたら、どこかへ食べに行きましょうか」
「やった! 賛成です。ユウキくんも、キャルちゃんも、いっぱい食べましょうね!」
ユウキは振り返らず、親指を立てた。
しかし、キャルは黙ったまま歩いていた。
「キャル様?」
コッコロが呼びかける。
「えっ、なによ。急に」
「先ほどから、心ここにあらずといったご様子でしたので」
「気のせいよ、気のせい」
明らかに動揺した様子で、キャルは前を向いた。
「この子のことが気になるんですか?」
ペコリーヌが尋ねる。
「ち、違……わないけど」
キャルは鞄へ手を伸ばしかけた。しかし、魔導書に触れる寸前で、その手を引っ込める。
「不思議な方でございますね。どうして、あのような場所に倒れていらしたのでしょう」
コッコロが呟いた。
「そうね。でも……ただ……」
「ただ?」
「ううん、なんでもないわ」
キャルは首を振り、歩調を速めた。
「ほら、さっさと歩きなさい! 早くこの子を診療所に送り届けて、シャワーを浴びて、ベッドで眠りたいのよ! 早起きのせいで寝不足なんだから!」
キャルの叫び声が、夕暮れの風に乗って遠ざかっていく。
赤く染まった空の下、ランドソルは静かに夜を迎えようとしていた。
その街へ向かう美食殿の背中には、森で見つかった謎の少年が眠っている。
彼が何者なのか。
なぜ魔物と同じ魔力を持っているのか。
そして、ランドソルを蝕む異変とどのように関わっているのか。
その答えは、まだ森の奥深くに眠っていた。