プリンセスコネクト!!Re:DIVEアナザーストーリー 作:タピオカ&ピスタチオ
家族の別れ
――美食殿ギルドハウス(早朝)――
妙な胸騒ぎのために目を覚ましたキャル。窓は閉め切られているのに、どうにも冷ややかな空気をくるまった毛布から出した裸足に感じている。
キャル「ん、んー?……。寒いわね」
上体を持ち上げ、カーテンの隙間を気怠げに覗き込む。
キャル「変ね。最近はよく眠れてたのに。陽も昇ってないじゃない……」
外の景色は、キャルの眼からは、空色よりも樹々の樹冠に蓄えられた葉が薄い緑色をたたえているばかりに注目がよった。
キャル「まあ、ここ数日はあまり遠出してないし、アイツが来てからの生活もまだ完全に馴れたってわけじゃないし、こういうこともあるか」
キャルは結論付けると、また体を寝台に預けた。
そして、また瞳を閉じようとした。
キャル「……ん?」
暫くまどろみに浸っていたキャルは視覚を排した五感が、その音を聴いた。
寒風がおどろおどろしく窓を叩く音。不安な夜であれば、暗い部屋の不気味な風情に加担するように感じられるそれが、安穏な起きたての早朝にはひどく眠気を誘うのに、キャルはその音の内にまた違うなにかを聴きとっていた。
キャル「誰よ、真冬に窓開けっ放しにしてんのは」
キャルにはどこかの部屋のドアを吹き込む風が叩くのと、そして家鳴りが聴こえていた。
ほどなく足から感じていた冷やかさもこの所為であると認めた。
キャル「……仕方ないわね、風邪でもひいたら大変じゃない」
ひどく億劫そうに寝台から這い出ると、スリッパを履いて、廊下に出た。
音の出どころはすぐにわかった。普段、そろそろ忘れてしまいそうな非日常が、気づけば日常に変っていく刹那の違和感がキャルには即座に看取できた。
キャル「……まさか」
最初、キャルは楽観的に考えていたが、すぐに事の重大さ、可能性に行き当たった。
廊下の最奥、普段……いや、今まで物置だった部屋に途中の、ペコリーヌ、コッコロ、ユウキへの気遣いも忘れ、足を蹴った。
そして、その部屋のドアノブに手をかけ、躊躇いもなく開け放つ。
キャル「……」
寝ぐせのついた髪先が揺れた。
眼前の光景にキャルは愕然とした。
キャル「アイツ!」
美食殿の今朝はコッコロが朝食を準備するよりはやかった。
――ランドソル商業地区(朝)――
カイト「……っ、まぶし」
夜を寝ずに越した朝陽は癪に障るくらいには腹立たしい。
カイト「……」
無造作にコートに忍ばせた財布を取り出し中身を数えた。
こういう時、一文無しよりも、自分の期待よりずっと手持ちが少ない方が精神的に苦しいものだ。
陽が昇れば、通りの活気が栄えてくる。店が開く、朝食の香りが漂ってくる、行商が果物やパンなど食物を荷台に運んでいく。
カイト「知らないフリしてコッコロさんから夜のうちにパンでも貰っておくべきでした」
カイトの場合、財布に全然お金がないのかといわれれば、少しばかり事情が違った。
お金はある、が、通貨としてランドソル国家圏では流通していなかった。キャルの話では、ランドソル普通通貨であるルピはアストライア大陸で流通した国家間の基本通貨価値を有している、とのことだったが、カイトはこの話を聞いた時、本当の意味で知らない国、知らない土地に来てしまったのだと思った。
行商「坊ちゃん! 朝っぱらから辛気臭い顔して、どうした家出でもしたかい?」
カイト「……」
行商「おい、坊ちゃん! 聞いてるか?」
カイト「……はぁ」
行商「……ったく、何だかなあ」
カイトの視界の端には行商に取引される食材の木箱を胸元で抱えながら自分の方を見ているのが見えた。
そんなに気になる見目でもしていたかと気になりはしたものの、体調と心理の情況から鑑みて、能動的に気に留めるだけのものではなかった。
行商「坊ちゃん」
カイト「ん……え、あ、はい」
不意にカイトの行く先に行商の獣人族の男が立ちはだかった。
カイトはちょっと嫌そうに顔を上げた。
行商「坊ちゃん、人に話しかけられて聞こえていたんなら返事しなきゃいけないだろ」
カイト「……ああ、すみません」
行商「……はぁ、事情があるんなら聞くぞ。そんで、親御さんに謝ってきな。その服装、由緒正しいとこの子供だろう。心配している筈だぞ」
カイト「……そう、なんでしょうね」
行商「前の大騒ぎの時にゃあ俺はいなかったが、今はユースティアナって王女様があれこれ頑張ってる。それでも……」
と、獣人族の男は向うの倒壊した建物を顎をしゃくって指しながら続けた。
行商「生活の傍らに崩壊の跡があるのは精神衛生上よくないもんだ。治安も悪化しやすい。要は気が張り詰めている先が倒壊した建物を近くにしていることで、街の復興の方に集中してしまう。そうなると、それは一人ひとりの話でなくて、街全体の話になっちまう。そうなりゃあ、盗みをするのも、空き巣に遭うのも、対策が取れにくくなる。自分のことに目が行かなくなるのさ」
カイト「そうですか」
カイトは倒壊した建物を望んでいる時も、獣人族の男の眼には明後日の方も見ているように思われていた筈である。
行商「で? 何かあったのか?」
カイト「別に……ただの散歩です」
行商「にしては、雨の日にびしょ濡れのガキみたいな面してるがな」
カイトはその答えに押し黙った。
獣人族の男はあからさまに溜息を吐いた。
行商「……坊ちゃん、ちょっくら手ぇ貸してくれるか?」
カイト「なんですか?」
行商「俺の大事な時間を奪った代償ってやつだ」
カイト「大事な時間って、貴方から声をかけてきたのではないですか」
行商「うるせえ、口答えすんな。ほら、社会見学ってやつだと思えばいい」
カイト「……」
行商「面倒そうにしてんじゃねえよ。そんな顔を大人に見せるもんじゃない。断ってから誰もいないとこでしろ」
カイト「じゃあ、お断りします」
行商「いんや、強制だ」
そういうと、獣人族の男は、カイトの腕を掴んで、荷台の方へ引っ張って行った。
カイトはこれが人さらいというものか、と思いながらも抵抗する気も示さなかった。
丁度、城下に高く高く伸びるソルの塔の天辺に陽が射した。鋭い光りが反射された。
そして、また丁度、荷台に乗ったカイトの視界の端で、どこか見慣れた姿が映った気がした。
続く