プリンセスコネクト!!Re:DIVEアナザーストーリー   作:タピオカ&ピスタチオ

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商業人との一幕

 ――ランドソル近郊衛星都市(夕方)――

 

行商「衛星都市と言ってもな、本来の意義である大都市に経済や人口が集中しないようにするあり方は疾うに崩壊している。 その象徴がギルドだ」

 

獣人族の男は衛星都市——人口や設備や建築の規模などから概しても都市とはまだ言えない「町」の様相である——での商いを終え、諸々の品の売れ残りを荷台に積んでいた。

 

カイト「ギルド、ですか」

 

「ギルドを設立する時、依頼を受注する時、依頼を発注する時、まあギルド運営とギルドに認可されて依頼をこなしたり生活したりするやつらとの関係性は、 多くの場合、ランドソルで運営されているギルド本部でその手続きが行われる。」

 

「とりわけ依頼の発注や受注のことですね」

 

「そうだ、とりわけ依頼の発注や受注がそうだな。 一応、各都市間で支部的な役割を有する施設も構えていたりするがな」

 

「なるほど……」

 

「ここで問題になるのは、例えば、坊主、町から少し離れた洞窟に魔物がいたとする。 一般人に手に負える相手じゃない。とするならば、手に負える冒険者か傭兵かに頼まなければならない。」

 

「………」

 

「討伐の依頼をギルド支部に対して持ち込もうするのは必然の帰結だ。ギルドは依頼を受諾。さて、この後どうなると思う?」

 

カイトはすぐに回答が浮かんだが、瞬間的に声に出すのをやめた。少し考える素振りを示してから、ゆっくりと勿体ぶるようにして答えた。

 

「……第一に、討伐を請け負う側の冒険者があらわれるまでに時間を要することですね。 あなたが言ったように、ギルド支部に貼りだされた依頼書は、腕に自信のある冒険者が集まるランドソルの方にも募集をかけます 」

 

「そうだ、」

 

「そもそもこの都市に立ち寄る冒険者は目的として別の依頼があってその寄り道にしたり、情報収集にしたり、まあそのどちらかだと思います」

 

「先ほどまでここで手伝いをしていて思いましたが、この都市は、主要な設備がありません」

 

カイトはそのまま話を続けた。

 

「ランドソルの運営が機能しなくなった際に第二、第三の主要運営都市になるだけの備えがあるのか、そこまでは確信できませんでしたが、 確信できなかったという時点でその用途を期待するには難しいという証左なのではないかと思います」

 

「その通りだ」

 

「そうなると、それこそ冒険者にとって目的あって立寄る場所とはいえない。 従って、依頼を受注するのはランドソルの冒険者であり、先ず、ギルド本部が依頼受注を受理して、ギルド支部にその旨を伝え、そうして冒険者は討伐に出向く。 」

 

「結論は見えてきてるみたいだな」

 

「ええ……二つ目とも繋がりますが、都市間の連携というより、ギルド間での連携が弱いのだと考えます」

 

行商「ま、大方そんな所だろうな」

 

カイト「……次に」

 

行商「ああ、いいよいいよ」

 

獣人族の男はかぶりをふった。

 

行商「他にも幾つか挙げられるだろうことは坊主の顔見りゃあわかる」

 

カイト「はぁ……」

 

カイトは獣人族の男が載せていった荷を都市を訪れたばかりの状態の位置になるたけ戻していった。

 

行商「ギルド間の連携の弱さ、まあそこが最大の要因だろうよ。 んでもって厄介なのが、そんな課題なんざ運営は一から十まで知り及んでいるってこったよ」

 

獣人族の男はふと活発な手を止めて、木箱を抱えたまま、木目の隙間から中身を覗き込むようにぼうっと見つめた。

 

カイト「……」

 

カイトはその姿に数時間前に荷台で得た確信が更に固まっていくのを覚えた。そうなると、その確信を吐露せずにはいられなくなる。

 

カイト「あの」

 

行商「ん?」

 

カイト「……もしかして、あなたは昔は冒険者だったのではないですか?」

 

行商「……」

 

獣人族の男は突と反応をしたが、ぴたっと動きをとめた。衝動を懸命に抑え込むような具合である。

 

カイト「……ま」

 

カイトは次の言を言おうとして、咄嗟に口を閉じた。 獣人族の男のその衝動の抑制の仕方は、カイトにとってしても、他人事ではないのである。 隠し事、他人がその隠し事についてうすうすに勘付いていることが、隠し通したい人にとってこれ以上ないほど残酷なものだ。

 

カイト「……」

 

カイトは、静かに息を吐いた。

 

カイト「……何から逃げているのでしょうね」

 

行商「……」

 

獣人族の男は、カイトの囁きにちらとカイトの方を覗き見て、また戻した。

 

行商「……お互いにな」

 

 

 

 ――或る町(夜)――

 

カイトと獣人族の男との微妙な時間の後、約束の通り、獣人族の男の居所のある町へ赴いた。 静かな町である。先の衛星都市と比すれば確かに規模は町として頷けるが、だからと言って、あの衛星都市を都市とするのも、 この町を町とするのも、カイトには了解しかねるように思われた。

 

カイト「本当に良いのですか? 一晩泊めていただいても」

 

行商「良いも悪いもねえよ。ガキを夜にほったらかしにできるほど出来てねえ大人じゃない」

 

カイト「……そんなガキを連れ出したのも大人として正しいと?」

 

行商「あれはオメエも乗り気だったからじゃねえか」

 

カイト「冗談ですよ」

 

行商「……冗談が言えるくらいには気力が回復したってことでいいか?」

 

カイト「……まさか。疲労で限界なのを会話でつなぎとめているだけですよ」

 

行商「へっ、嫌なガキだ」

 

カイト「……そうですね、本当に、厭なガキですよ」

 

————————————

 

獣人族の女「へえ、家出かい、坊ちゃん」

 

行商「坊ちゃんじゃあねえ。ただのガキだ」

 

獣人族の女「それにしては身なりが立派だけれどねえ。 アンタが言うんならそうなのかね。何だい、まさか他人様のモノを盗んで、なんかじゃないだろうに」

 

行商「そういうことじゃねえ。そういうことじゃあねえよ」

 

獣人族の女「はぁ、アンタったら毎度酔いが廻るのがはやいねえ」

 

行商「お前が強すぎるだけだろ」

 

獣人族の女「はぁ、全く、帰ってくるなり誰とも知らないお子さんを連れて来たり、 荷ほどきもしないで酒瓶を空けたり……アンタ、坊ちゃんのことちゃんと見ときなよ」

 

行商「わぁあてるよ……おい、坊主、オメエ飯食わねえでいいのか? ほら、大きくなれねえぞ。後、食欲で眠れなくなるぞぉ」

 

獣人族の男は帰宅からもののニ十分そこらで呂律が怪しくなってきていた。 獣人族の男に曰く彼と女とはかれこれ二十年以上の付き合いらしく、その掛け合い、その口調から熟年の夫婦と言った具合であるが、 夫婦であることは正しいものの、二人はまだ三十代半ばであった。

 

カイト「……」

 

行商「……また黙りこくりやがって。お? なんだなんだ、話してみろ。 今の俺ぁ、商売人じゃなく、ガキのちっぽけな不安を解決する先生だぞ」

 

カイト「……」

 

酒に絆され、講釈を垂れる男だったらしい。あの理知的で、計算高いあの姿はどこの空か。 却って、酩酊のままに先生を気取るよりも、素面で、本業に勤しんでいた時の方がもっとずっと先生然としているように思われる。  獣人族の女は、カイトを男に預けたきり食卓から出て行った。

 

行商「あー、ガキがな、いるんだよ」

 

カイト「お子さんですか」

 

行商「ああ、まだちっせえからな。あやしに行かねえと、すぐ泣きだしちまう。 あの歳だと、夜中に急に起きて、喚き散らすからな、このくらいの時間にああやってアイツが面倒見にいくんだ」

 

カイト「……大変なんですね」

 

行商「ああ、まあな。けど、そうだな……もう一、二年もすりゃ次第に赤子も自分のコツを掴むだろうから 全く先が見えねえって訳じゃねえのが救いだな」

 

カイト「成程」

 

納得の意を示すカイトだったが、同時にどこか腑に落ちない点もあった。 カイトはこの点を最初自分の心の問題が空虚な違和感を生み出しているだけなのではないかと思った。 カイトの経験してきた家族というもの、食卓というもの、そこに根ざす本質がカイトの経験とこの家や美食殿での経験とが光と闇の絶対的な二元論として余りに乖離していた為に。

 

行商「坊主、明日は朝早いからな」

 

カイト「え?」

 

行商「え? じゃねえよ。明日朝一にランドソルにオメエを送ってくってんだ」

 

カイト「いや、別にいいですよ。帰りくらいは自分一人で。 それに、ほら、歩いても帰れない距離じゃないですから」

 

行商「ちげえ、ちげえ。歩く歩かないの話じゃねえ。ってか、坊主の話じゃねえ。俺の、大人の話だ。 行くとこまで行って、後は勝手になんてできる訳ねえだろ。」

 

「……」

 

人倫としての権利でもあるが、言っちまえば、あきんどとしての倫理だな。 商売ってのは、物と物との取引の前に、人と人との取引だ。商売で肝要なのは信頼」

 

行商「親父の受け売りだけどよ、取引相手には物よりも手前(己)に確固たる信頼を得よってな」

 

カイト「……そうですか」

 

行商「ってな訳だから、さっさと寝とけ。どうせ眠れないんだろうがな」

 

カイト「……」

 

獣人族の男は、呑み始めから半時も経たず、ほうほうの体で寝室へ去って行った。 いれかわりに女が子のあやしを終えて戻ってきた。 女は一旦カイトの座る方を確認すると、躊躇いがちに男の去って行った方へ顔をむけた。

 

獣人族の女「アイツったら……悪いねえ、お客さんなのに放ったらかしにして」

 

カイト「お気にならないでください……僕が話に乗ったのも事実ですから」

 

獣人族の女「そう」

 

ほうっと息を吐いた女は、カイトのまともに座った。

 

獣人族の女「アタシは“オレット”、アイツ……旦那から聞いたか知らないけど、 この町にずっと住んでて、昔は一緒にギルドを創ったりして冒険者をしていた時期もあったね」

 

カイト「……やっぱりそうでしたか」

 

カイトは自身の確信を想いがけず獣人族の男からではなく、女——オレットの口から証明されたのだった。

 

オレット「あら、聞いてなかったのかい」

 

オレットは意外そうな顔をしてみせたが、ちょっと悩む素振りをしてすぐに納得したように溜息を吐いた。

 

オレット「……まあ、アイツのことだからね。あまり気に思わないでくれね。 今日のアイツの職にありつくまでにいろいろあったからね」

 

カイト「……わかっています」

 

オレット「あら、素直に納得してくれるのかい。 アンタ……カイト君だったね、年端もいかないような顔立ちだけど、なかなか大人びた対応をするじゃないか」

 

カイト「誰しも生きていればいろいろあるでしょうから」

 

オレット「ハハハッ、返事も一丁前だね……ああ、まあ、カイト君もいろいろ事情があるんだろうね」

 

オレットの眼は、どことなくカイトの心延べを解しているような力——或いは深みの色味を帯びているようである。 殺人をした者同士がぬぐえない血の香りに気付くように、窃盗を働いた者同士が何気ない一挙一動に盗みの意図を感ずるように、 近からずも遠からずも、オレットのカイトへの眼はそのようなどこか近似した経験の些細な特徴を看取したのかもしれない。

 

オレット「アイツったら子供のころからうたぐり深い性質だからねえ。 お客さん、それも商いにまで連れ込んで我が家にまで……。思う所でもあったんだろうかね」

 

カイト「うたぐり深い……ですか。ひねもす一緒に動いていた中で、仕事中だったからでしょうが、 何というか、言動が子ども扱いをしていないようだったのはわかりました。 僕自身、そちらの方が却って馴れていますから距離間という観点で言えば、丁度良かったですね」

 

カイト「それもうたぐり深いからこそ表われる姿なのでしょうが、人を選ぶ性格なのでしょうね」

 

オレット「————ふーん」

 

カイト「……何ですか?」

 

オレット「いやね、珍しい答えだなと思ってねぇ。アンタの見立てが正しいか否かなんてアタシも断言できないさ。 」

 

「確かに……」

 

「何故って、アタシとアイツが一緒にいたのなんてもう十うん年も前の話だし、 商いを始めてからなんて、殆どアタシはここにいて、そんで……ここを出ていこうとはしなかった」

 

オレットは一拍おいて続けた。

 

オレット「だから、外でのアイツをアタシは知らないんだ」

 

カイト「ギルドに所属していた時はまた違っていたのでしょうか」

 

オレット「アタシに向ける言動はさほど変わってないよ。でも、そうかい。 幾つになっても変わらないと思っていたけれど、変わらないからこそこの町と同じように、 アタシに変化を無理に促したりしないし、過去と変わってしまうことを怖れずにいられたのだけれどねぇ」

 

オレットは獣人族の男が卓に残していた酒瓶を手に取ってあおった。もう空になった瓶の底から数滴がしたたり落ちた。

 

オレット「アイツがギルドから抜けたのは、冒険者を辞めたのは、アイツの親父さん、お義父さんが商人を退いたからってのが一つ理由にあるんだけれどね、 ほんとうの所は、アタシたちに素質がなかったからなのさ。」

 

「……」

 

「稼げない時、その所為で貧窮してしまった時、まだいける、まだやれるって。 報酬が少なかったり、アタシたち目線で身丈に合わなかったりすると、『こんな子供のお使いなんて』とか『誰でもやれる仕事に価値はない』とか、お金に苦労しているのに面倒が勝ってやらなかった」

 

オレット「そんでいざ立ち行かなくなったら人の所為、運命の所為にして……。 そもそも冒険者ってのは、その名誉や地位は他人からの信頼ありきなのにね。 」

 

「……」

 

「アイツはこんな経験を悔いて、アタシが懐妊したってのもあって、泣く泣く冒険者を辞めて、お義父さんの跡を継いだ」

 

オレット「で、アイツが抜けたのを皮切りにどんどん脱会者が出て、必然的にギルドは解散。 縁故もスキルもなかったアタシは町に戻って、子守と留守をするようになったってことさね」

 

滔々とオレットの身の上が語られて、カイトは何とも言えない気持になった。 カイトの知性は年相応に比すれば非常に達者な部類であろうが、それでも経験が知性を越境することはない。 どれだけ知が経験の大地に近づいても、シャベルで掘り上げたほんの穴は、地表に刻んだ足跡の重みが記憶され、掘り出された土は知の人にとってただの土でしかない。

 

この隔絶した不足感が何故だかカイトにはオレットと対峙して子供でしかない未熟さを覚えさせた。

 

オレット「……変わらないっていうのはね、アタシが変わろうとできなかったってことさ。 ギルドを辞めたのも、この町で日がな一日暮しているのも、全部アタシにとって成り行きに過ぎない。」

 

「はい」

 

「夢とか目標をあきらめるって選択肢も、アタシは誰かが選択し切った後でそれについていったってだけ……」

 

オレット「何とも、子供の前で話すのには、情けない話だねぇ」

 

カイト「……そんなことはありませんよ」

 

オレット「……そうかい」

 

互いにちょっとばかり沈んだ顔をした。

 

オレット「はいっ! ま、そういう訳だから、アタシはアンタの話に驚いたんだってこと。 安心したよ、アイツはしっかりやってるんだね」

 

カイト「それはもう」

 

オレット「そうかい」

 

ふと、カイトは或ることに気付いた。 凡そ美食殿ほど深くつながった相手には出来ず、全くの見ず知らずの相手にも出来ない、 そう『彼』であればこの疑問にも回答を望めるのではなかろうか、と。

 

カイト「……あの」

 

オレット「ん?」

 

カイト「御主人には悪いのですが、ちょっとお願いしたいことがありまして——————」

 

 

第四幕 了

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