田中リリス(582歳)   作:オクタマ共和国宣伝省

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第一話:栄えても滅んでも仕事仕事、社会如き人間の群れ風情が私に労働を強いやがって

仕事帰りの飲みの席でのことである。

 

「で、田中先輩はいつ結婚するんすか?」

 

「私は強い女なのでそんな攻撃は効かない」

 

「いや別に攻撃じゃないっすよ。落ち着いてください」

 

敵の精神攻撃に惑わされるな。私は強い。私は誰にも負けない。深呼吸を2回。よし私は負けてない。

 

「……もうお前でいいや。よく見りゃ面も良いしな。私を貰ってくれませんか?」

 

「勘弁して下さいよ先輩。俺ホモの既婚者すからね?」

 

「クソわよ!」

 

負けた。完膚なきまでに負けていた。私は強い女だが、ホモに負けることもある。

 

「てゆか知ってますよね? 俺の嗜好も所帯持ちだってことも」

 

「うん知ってたわ、今思い出した」

 

「忘れてたのに男をサシ飲みに誘ったんすか? この人こわ〜」

 

負けたままでは精神の安定が失われて私は死んでしまう。ここは論点づらしでこいつよりも上位に立つしかない……っ。

 

「あーっ最近のガキはデリケートが……いやデリバリー、そうじゃなくてデリ、デ……なんだっけ? とにかくそれがなくて困るわねー! 男が女にそんなこと言っていいわけぇ!? 常識を疑うわー!」

 

「デリカシーって言いたいんすか? 言わせてもらうすけどね、彼氏できねーだの私以外の女全員死ねだのイケメンは全員私のもんだのって、この2時間ひたすら愚痴聞かされてたこっちの身にもなってくださいよ。一発ぐらい殴り返しても許されると思いません?」

 

先輩に歯向かうとは生意気なガキだ。決めた。女だけじゃねぇ、ホモも全員殺す。私のパイを食うやつは全員死んでしまえ。このパイは全部私が食う。ていうか攻撃のつもりでこの話題振ってんじゃねぇかお前。

 

「まあ真面目な話すけど、本気で身を固めたいならあと二、三年でお相手見つけないとヤバいんじゃないすか? 別に愚痴って不幸アピールして気持ちよくなりたいだけなら現状維持でもいいとは思いますけど……」

 

「やめて! まじめなはなしやー! やだー! 私は不幸アピールで同情を買って気持ちよくなりたいけど! 同じくらい惚気話をそこら中でばらまいて煙たがられながら同年代に嫉妬されて気持ちよくなりたいのぉ!」

 

「同じくらいなんだ……。てゆか既婚者っていう概念を独身者よりも社会的に上位な概念と勝手に設定して自分にその属性を付与したいだけなんだ……。空虚な人生観だなぁ。そんな人が結婚しても幸せになんてなれないからもう諦めて独身貴族に活路を見出したほうがいいすよ……? ええはい、真面目な話です」

 

「あっこいつ殺すぅ」

 

殺意に任せて中を追加する。

 

「まだ飲むんすか? もうべろべろでしょ先輩」

 

「うるせぇなぁ誰のせいだと思ってんだボケ」

 

「先輩が結婚できないせいでしょ? 先輩のせいすよね?」

 

「決めた。今からお前の服ひん剥いて一発ヤって既成事実作って旦那さんに寝取られビデオレター送り付けてやる。女相手の浮気発覚でホモカップルの仲を引き裂いてやる」

 

「それは寝取られじゃなくてただのレイプだし、ビデオレター送付は犯行の証拠を自分で警察に提出してるだけすよ。そして先輩はムショ行き、俺は彼と慰めックスして終わりすね」

 

「あーセックスしてぇ。仕事やめてぇ。専業主婦になりてぇ。子供産みたくねぇ。他人が稼いだ金で焼肉食いてぇ」

 

「悲しい結婚観だなぁ……」

 

斯くして完全につぶれた私は、後輩によってお持ち帰りされるといったこともなく普通にタクシーに蹴りこまれて自宅へと郵送されることとなったのである。これが今から550年ほど前のことだ。

 

そして現在、582歳となった私、田中リリスは、未だ独身であった。

 

核戦争で文明が吹き飛び、その残骸にしがみつくように人類が再興し、なんか中世ファンタジーみたいな世界観に再構築されて、私自身も寿命を克服した人外の謎種族に成り果ててなお、私は未婚であった。

 

「セックスしてぇ……ッ! 仕事やめてぇ……ッ! 専業主婦になりてぇ……ッ! 子供産みたくねぇ……ッ! 他人が稼いだ金で焼肉食いてぇ……ッ!!!」

 

言ってることも大して変わっていなかった。

 

「リリス様、さぼってないで仕事してください。こっちの書類とこっちの書類にスタンプと、あっちの書類にもスタンプしてください。あと二時間で隣国の偉い人との食事会が始まります。それまでに書類の山を片付けられなかったら我が国はおしまいです。がんばって」

 

「やめて! おしごとやー! やだー!」

 

私みたいな人間でもそこそこ長生きしてると責任が発生するらしい。というか寿命がないせいでどんな組織に所属してようが勝手に年功序列で最終的にトップの座に追いやられてしまう。仕方ねぇじゃん同僚が全員先に死ぬんだから。

 

私は副官のロリ眼鏡が差し出してくる書類の山を空いている触手で受け取り、流れるように目を通し、いくつかの計算ミスとあからさまな粉飾を発見してそっと突き返し、問題のない書類には認可のスタンプを押す。口は正直でも身体は労働から逃れられなかった。誰か私を止めてくれ。

 

「昭和から世紀末を越え新時代まで生き残ったカスみたいな年功序列とかいう因習のおかげで私にゃ対等な相手は一人としていなくなって、この歳になっても落ち着いて結婚の一つだってできやしねぇってわけだ。ふざけんじゃねぇぞボケが」

 

「でも不死身でそこそこ良心的で科学的リテラシーがあって無能って程でもない独裁者がずっと君臨しててくれるのって、かなりありがたいですよリリス様。おかげさまで我がオクタマ共和国は王室のお家騒動とも無縁。いついかなる時でもほどほどの繫栄を享受しております」

 

「誉めるならもうちょっと手放しに誉めてください。私はこの国の予算を一人で組んで一人で審査して一人で認可しています。ブラック環境を超えたブラック環境で働いているんです。というか客観的に見てこの国の権力構造は腐敗しているんですよ! こんなイカれた独裁政権を許していいんですか!?」

 

「腐敗しているというより、すでに腐り落ちてリリス様以外まともに機能しておりませんね。ほぼすべての役職をお一人で担われる神聖独裁官という立場、大変とは存じますが、なにとぞお疲れの出ませんように」

 

「疲れてるって言ってんだよーっ!!!!! てめぇらの国だろうがーっ!!!!! てめぇらで働けーっ!!!!!」

 

「私が生まれる前にそれを試したら爆速で戦争が始まって国が割れたのですよね? オクタマ共和国人は長年人間牧場のぬるま湯で甘やかされて生きてきたため、急に権力を与えられると後先考えずにそれを振りかざして隣国との関係を急速に悪化させる習性があるようです。ですから民衆へ権限移譲なさるにしても私が寿命で死んでからにしてください」

 

苦い思い出であるリリスちゃん天岩戸で隠居生活大作戦の惨憺たる結果を引きながら私の退路を断つ副官ロリ眼鏡。その名をセリメと言い、かつての同僚だったホモカップルの子孫だ。ホモカップルの子孫ってなんだよ。まあともあれ、対外的な彼女の立場は私に仕える巫女ということになっている。

 

彼女の仕事は私の心が折れて逃げ出してしまいそうなときに、完膚なきまでにへし折って逃げる余力も残さないことで仕事に縛り付けることである。ちなみにセリメちゃんの時給はこの国で一番いい。

 

私は深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐いた。それを三回繰り返し、精神を落ち着かせる。大丈夫だ、私は強い女。私は強いから仕事なんかに負けない。

 

「文明崩壊前に社会問題になってた老々介護ってこんな感じだったのかなぁ……」

 

私の親は核戦争で消し飛んだし、私が面倒を見ているのは遥かに年下の若造の集まりだしで、境遇としては全く異なるが、きっと多分こんな心境だったのだろう。私は懐かしい文明社会の闇に思いを馳せながら労働に取り組んだ。この調子で片付けていけばどうにか間に合うだろう。

 

「しかしリリス様、大崩壊以前の英知を持たれるリリス様なら、国民にその一端を授けることもできるのではありませんか? 事実として私にも多くの科学的知識を授けてくださいましたし、その範囲を全国民に広げ、甘やかさずに現実をビシバシと叩き込んで知的労働を行える人材を養うのです」

 

「ああうん。義務教育以上の高等教育制度ね、昔はウチでもやってたんだけどね。それこそ一度任せて全部おじゃんになった件がトラウマになってて勇気が出ないの」

 

優秀な子に仕事を振っても「こいつらまたやらかすんじゃねぇだろうな?」という恐怖が脳裏を過ぎり、全然安眠できないし、仕事ぶりを一から十まで全部確認しないと吐きそうになるくらい落ち着かない。そのせいで仕事は減るどころかむしろ増えたし、やることなすこと口出しされるせいで登用した子たちもやる気をなくして辞めていく悪循環であった。多分21世紀の精神病院に行ったら何かしらの病名がつくと思う。強迫神経症とかそういう感じのアレだ。

 

「なるほど、ビシバシやった結果が国家滅亡の危機で、愚民化政策に走ったのはその後なのですか……まあその、なんですか、元気出してください。生きてりゃいいことありますよ」

 

「582年生きてきたけど、悪いことの方が多かった気がする~」

 

背中から無数の触手が生えたヤバい見た目の人外と化した私だが、未だ生物の範疇である。危険に対処し生存することを最優先する生物の脳の構造上、幸せな思い出よりも嫌なことや恐怖の記憶、感情を激しく揺さぶられた事件の方が海馬にこびりつきやすいのだ。

 

そしてこびりついた不快な記憶は鍾乳石のように蓄積し、その鋭利な先端は度々魂を切り裂く。定命の存在でも時に自死を選ぶほどの苦痛である、記憶の蓄積に上限のない私のそれは天然記念物級のサイズまで育っている。

 

そんなわけで、半ば自業自得の節もある恐怖のブラック環境の中、私は働き続けている。がんばれ私、負けるな私。大丈夫、私は強い女なんだから。

 

「あ、リリス様。たった今緊急の知らせが入りました。ご報告いたしますね」

 

「報告しなくていいよー。嫌な予感がするからねー」

 

「読み上げます。本日ヒトマルサンマルにサイタマ帝国とオダワラ連合王国が軍事同盟を締結し、我が国に宣戦布告、同時に多摩川軍事境界線を越えて攻撃を開始したとのことです。ええっと10時半ですから、今から20分前ですね。戦争ですってリリス様」

 

私は椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、両腕で頭を抱え、背中から生えている無数の触手を縦横に振り回し、書類を紙吹雪の如く部屋中にまき散らしながら叫んだ。魂から絞り出すように叫んだ。

 

「いやぁーっ!!!!! おしごとやぁーっ!!!!! やだぁーっ!!!!!」

 

これが私ことオクタマ共和国"神聖独裁官"田中リリスの日常である。誰か私を助けてください。

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