田中リリス(582歳)   作:オクタマ共和国宣伝省

11 / 21
第十話:他部署の進捗は伝聞だけでなく自分の目で見て確認しましょう(n敗)・後編

「なあ、お前らなんで態々こんな土地に住んでるんだ?」

 

「負けたからじゃ」

 

かねてより予定されていたオトイネップ要塞視察への道行き、馬車の中で会話があった。飛んでいけばとっくの昔に到着しているというのに、馬車に揺られてもう数時間である。どれもこれも、この公女様が俺たちに担がれて空を飛ぶのを「落ちたら死ぬじゃろうがァ!」とか言って嫌がったせいだ。落としたりしねぇよ。

 

「負けた? お前らが? 誰に?」

 

「この土地で戦争をする相手なんぞサッポロの連中ぐらいじゃろうが。わらわの三代前の話じゃ。もともと平野に陣取っていた我が国はもうこっぴどく負けての、誰も寄り付かんドラゴンの生息地に逃げ込んだという訳じゃ」

 

「ドラゴンを用心棒代わりに生き永らえた、と。その用心棒に国民を殺されてるんじゃ話にならねぇだろ」

 

「全くその通りでのぅ。民草を囮の生餌代わりにして時間を稼ぎながら、安住の地を探す逃避行。ろくでもないじゃろう? 滅びを先送りにしただけで、滅び方が変わっただけじゃ。潔く腹を切って民草の助命を請うことが何故出来なんだか、呆れた話としか言えんわい」

 

キラウ様は己のご先祖様を吐き捨てるようにこき下ろした。敬うべき先人への痛快な物言いに、思わず吹き出しそうになる。やはり面白い方だ。

 

「だが、アンタらは生き延びた。今もカイナ大公国は存続し、国民は生きている。まあ、たまにドラゴンのおやつにされてるが」

 

「そうじゃなぁ。命が惜しいだけの愚か者の現実逃避も、時には実を結ぶこともあるらしいのぅ。要するに、わらわたちはたどり着いてしまったのじゃ。運のいいことにな」

 

その時、馬車が止まった。ずっと続いていた居心地の悪い振動が収まり、キラウ様は席から立ちあがった。

 

「どうやらタイミングもいいらしいのぅ。……着いたぞ、ここがオトイネップ要塞じゃ」

 

公女様に続いて馬車から降りれば、そこにあるのは見上げるほどの巨大建築である。コンクリート固めの、一見すると巨大なダムの類にも見える先史時代の要塞は、大森林の中でひっそりと往年の姿を保っていた。

 

「空からは何度か見てたが、やっぱり下から見上げると威圧感がちげぇな。新ソ連の奴らはこんなのに突撃してたのか、大したもんだ」

 

「戦術核数十発の直撃に耐え、”大厄災”すら乗り越えた威容よ。わらわのご先祖様連中はここにたどり着き、その中に逃れることでひとまずの安寧を得たという訳じゃ」

 

「そして、見つけた。先史時代人が残した偉大なる遺産を」

 

「そういう事じゃ。その遺産を継承したが故に、わらわたちはこの北の果てで地上に生存圏を築くことができたんじゃよ。……では行くぞ、先史時代研究の第一人者たるわらわが直々に案内してくれよう」

 

キラウ様の先導で足を踏み入れた要塞の中には、無数の戦争の兵器たちが犇めいていた。電子制御のハイテク兵器や機動戦車の類は経年劣化でダメになっているようだが、核戦争を想定して設計された特殊鋼製の砲は未だ稼働状態を維持しているらしい。なるほど、これだけありゃあドラゴンを追っ払うことぐらいはできるだろう。

 

「うへぇ、これ全部目録作らなきゃいけねぇのかよ。やってらんねぇな」

 

「わらわたちの方で作っていた目録を後でくれてやるから、それと現物を突き合わせて確認するだけでいいじゃろ。大した手間にはなるまいて」

 

「そりゃ楽でいい。お心遣いに感謝いたします。公女様」

 

「こんな時ばっかり取ってつけたような表敬をするでないわ。ほれ、ここからは施設の地下にゆくぞ。レベル7以下には、より強力な兵器が封印されておる」

 

「そいつは楽しみだなぁ」

 

巨大なエレベーターに乗り込み、地下を目指す。このエレベーターも、かつては戦車や戦闘機を載せ、地上と地下を行き来していたのだろう。

 

……故郷のオクタマ共和国にも、こんな大きなエレベーターがあった。

 

建国の地、始まりの場所、オクタマシェルター。現在は工業製品を作るプラント設備に改装されているが、その片隅には小さな図書室が残されていた。

 

ガキだった頃の俺は、冒険と称してしょっちゅうそこに潜り込んでは、使用人に捕獲されて引っ張り戻されることを繰り返していた。図書室を見つけて、そこで偏屈な爺さんに出会ったのも、その頃だ。

 

「なあゼフ、お前知ってるか? あのババアはもう560年は生きてるドン引きモンの年増なんだぜ? 俺の5倍だぜ5倍? もうババアとかいう次元じゃあねぇよな。ありゃ妖怪の類だぜ」

 

「ダメだよ爺さん! リリス様のことをそんな風に言ったら!」

 

「うるせぇ! ババアはババアだろうが! 本当のことを言って何が悪いってんだ!」

 

爺さんはもらった年金を全部酒につぎ込むタイプのダメ人間で、おまけに国家元首への罵詈雑言を常々まき散らしているヤバいタイプの老人だった。

 

だが、すべてを誂えられてきた俺の人生に不意に訪れたその出会いを、俺はどうしても忘れることができなかった。だから僕は何度も図書室を訪れて、爺さんと話をした。悪い言葉をいろいろと教えてもらって、それを使用人たちに教えてやると「どこの誰にそんなことを習ったのですか!」と怒る。とても面白い。

 

面白かったので、学校でも友達にもいろいろ教えてみたら、みんながリリス様をババアと呼ぶようになった。しばらくして学年全員がババアに呼び出されて、こっぴどく説教された。僕らはみんなで泣いて、笑った。

 

……そんな生活がしばらく続いて、僕はすっかり図書室に入り浸っていた。毎日のように大きなエレベーターに乗って、そこへ向かった。爺さんはいろいろな話をしてくれたし、先史時代の本をたくさん読ませてくれた。読んでも分からなかった難しい本は、内容をかみ砕いて、分かるまで教えてくれた。僕はファインマン博士のお話が特に好きで、何回も話してもらった。

 

そんな爺さんには、ことあるごとに呟く口癖があった。それは「俺は最後の生き残りだからな」だ。何の生き残りなのか気になったので、僕は聞いてみることにした。

 

「爺さんはさ、いつも「俺は最後の生き残りだー」って言ってるけど、何の生き残りなの?」

 

「そりゃお前、100年前の内戦の生き残りに決まってるだろうがよ」

 

「じゃあやっぱり嘘だよ。だってみんな生きてるし、じゃなきゃ僕も生まれてないもん。僕は爺さんと同じ年の人いっぱい知ってるよ。テジャウの爺さんも、クムロの婆さんも、みんな施設で元気にしてるもん。お酒だって飲んでないから、爺さんみたいに腰も曲がってないし」

 

「テジャウにクムロだぁ? ああそいつらのことは知ってるぜ、よく知ってる。一緒に戦争した仲だからなぁ。敵だったり味方だったりしたが、大事な同胞だ。忘れるもんかよ」

 

爺さんはお酒を煽った。瓶に口をつけてひっくり返して、まるで給油でもするみたいな飲み方だ。唇の端から赤いお酒が零れて、シャツに滴っていく。だから、彼の首元はいつも赤いシミだらけだ。

 

「だが、今施設にいるとかっていうそいつらと、俺の知ってるテジャウとクムロは違うもんだぜ。まるっきり違う。そいつらは俺の同志だった男でなけりゃあ、俺の宿敵だった女でもねぇ。その死体が歩いてるだけだ。背筋をまっすぐ伸ばしてな。……ああクソッ! 悍ましいったらねぇ!」

 

爺さんは立ち上がって、近くにあった積み上げられた本の塔を蹴り飛ばした。塔はばらばらになって崩れ落ち、僕はびっくりして後ずさった。

 

「……っと、ワリィな、びっくりさせちまったか。とにかく、アイツらは肉体的にはともかく、思想的には死んでるも同然だ。んで、それは全部ババアのせいだ。ああ! 尊敬したのに! 俺たちはあの人を愛してたのに! 確かに正しくない戦争だったさ! でも俺たちには必要なことだったんだ! 俺たちには……。クソが……ババアにあんなことができるなんて知ってりゃ、俺はアイツらを……」

 

爺さんは悔しそうに呟いて、また椅子に座った。酒瓶を大事そうに抱きしめながら少し俯いて、また僕に向き直った。

 

「なあゼフよ。始まりの血を継ぐ者よ。お前が背負わされている物の重さを、俺も少しぐらいは分かるつもりだ。その辛さもな。……だが、もし気が向いたらでいい。もし俺たちをほんの少しでも哀れに思うなら、俺たちの分も、背負っちゃくれないか? アイツらの遺志を、明日に、持って行っちゃくれないか?」

 

爺さんの声は、どんどん小さくなっていった。

 

「でねぇと、誰もいなくなっちまう。立ち向かう者が、誰も」

 

僕はなんだか怖くなって、その日は逃げるように家に帰った。

 

寝ても覚めても言葉の意味を考え続けていて、勉強にも身が入らなかった。気晴らしに空を飛んでいても爺さんの言葉は何度も脳裏を過ぎる。まるで呪いだなと思った。

 

だからしばらく経ってから、僕はまたエレベーターに乗ったんだ。言葉の意味を知るために、心に掛けられた呪いを、解くために。

 

「……重いよ、爺さん」

 

たどり着いたオトイネップ要塞の最深部。地の底に眠る世界を終わらせた兵器たちの生き残りを前に、俺は呪いがまだ解けていないことを察した。

 

……要塞の視察からしばらくが経った。北海道に住み着いていたドラゴン共も数を減らし、殲滅できていないながらも制空権は確保できたということで、ここらで首脳会談でもやらないかとババアから連絡が届いた。要するにキラウ様をグライダーに乗せてオクタマまで連れてこいということだ。

 

「嫌じゃあ! わらわは絶対に行かんぞ! 人間は空を飛ぶようにはできておらんのじゃ! 高いところから落ちたら死ぬんじゃ! 船を出せばよかろう! アオモリまで行ってそっから陸路じゃ! それで何の問題があるというのじゃ!」

 

「いや時間かかるだろ。飛んだ方が速ぇんだって」

 

どうやらこの公女様は単純に高所恐怖症だったらしい。何度か俺たちに担がれて移動したことがあり、飛行の利便性を理解しているウナがため息をついた。

 

「公女様、我が国は宗主国たるオクタマ共和国から特別な待遇を受けている立場です。ドラゴン問題の解決のために精鋭のハトノス空挺隊を派遣してもらい、人質の供出すら免除されているのですよ? いち早くリリス様にお目通りせねばならないところを、ドラゴン駆除の監督が必要だからと今日まで待って頂いたのです。これ以上お待たせする訳には行きません。さあ、グライダーにお乗りください」

 

「いやじゃあ~! わらわまだ死にたくない~!」

 

「公女様!」

 

国民の為に行う公務であるはずなのに、情けなく己の騎士に縋り付いて命乞いをするキラウ様。以前、国民を犠牲にして生きながらえた祖先に腹を切れば良いと言い切ったお方と同一人物とは思えない醜態であった。

 

やがてキラウ様は抵抗むなしくウナに担ぎ上げられ、グライダーに運び込まれていった。中からは未だにギャーギャー騒ぐ声が漏れ聞こえている。若干悲鳴も混ざっているようだ。……やれやれ、これから会談なんだぞアンタ? オクタマに着くまでに声が枯れてないといいが。

 

グライダーは飛行型の強化人間数名で牽引する形式だ。部下たちに指示してロープを握らせると、合図を出して一斉にグライダーを引っ張らせる。離陸滑走を始めるグライダーの中から、ジェットの騒音を貫く甲高い悲鳴が聞こえてきた。そこで俺は我慢できなくなって、盛大に吹き出してしまう。

 

そして数時間のフライトを経て、オクタマ空港に到着した。グライダーの中から担ぎ出されてきたキラウ様は、見るからに生気を失ってげっそりとした様子だった。デカい耳もしなしなになっている。

 

「……なあキラウ様。本当に大丈夫なのか?」

 

「……だいじょうぶにみえるのか? このたわけものが」

 

その視線は虚ろだったが、呪いのような眼力が込められていた。

 

「まあ、その、なんだ。オクタマ共和国にようこそ?」

 

「……帰りは陸路じゃぞ。絶対陸路じゃぞ!」

 

ウナから地面に下ろされてようやく己の脚で立ったキラウ様は、それはそれは強い意志を込めて呟かれた。まあ公務に穴を開けるわけにはいかないから帰りも空路なんだけどな。

 

「と、おいでなすったぜ。我らが神聖独裁官様が」

 

「……あれが、そうか」

 

滑走路の向こう、管制塔の方から、こちらに歩んでくる薄らデカいシルエットがいた。従えた触手がうねうねと蠢いているのが、ここからでも見える。

 

「公女様は、第一印象が大事ですから。しゃんとしてください」

 

「せめて一口水を飲ませてはくれんかのう……」

 

キラウ様は渋い表情で身なりを整え始める。……まあ、そろそろ言っとかないとマズいか。

 

俺はキラウ様の耳元に口を寄せた。そして小声で話しかける。

 

「直前になっちまって悪りぃんだが、実はアンタに言っとかなきゃいけないことがあったんだ。聞いてくれるか」

 

「なんじゃ、この土壇場という時になって。手早く済ませろ」

 

俺は軽く息を吸った。

 

「実は、お前らがドラゴンを狩れる先史時代の兵器を運用してるって話と、オトイネップ要塞に残ってた遺物の存在な、あれ全部報告してねぇんだわ。俺が握りつぶしたから」

 

「は?」

 

「ここでババアに全部ぶっちゃけて、俺を更迭させるのが良いだろうな。国を思うならそれが安泰だろうぜ」

 

「え? いやいや、はぁ?」

 

「でもまあ、黙っててくれると嬉しい。口裏をいい具合にあわせてくれるとな、個人的に。……なんであれ、アンタの自由だ。好きにしろよ」

 

「いや、え? 何?」

 

ひたすら困惑している様子のキラウ様。ああ、やっぱり面白い人だと思う。口角が吊り上がっていくのが止められない。

 

「ほら、もうリリス様が来るぜ。挨拶しねぇと。ほら、笑って。こんな風に」

 

俺は自分の顔を指して、もっと笑った。膝も笑っていた。変な汗が背筋に噴き出してくる。俺は一体何をやっているんだろう。

 

「……ゼフ、後で話があるからのう。覚悟しておれよ」

 

どうやら後で話をしてくれるらしい。お優しい方だ。

 

そして、その言葉を最後にキラウ様は我を取り戻し、素早く外交スマイルを顔に張り付けた。神聖独裁官様は、もう目の前だ。

 

「どうも初めまして。私はオクタマ共和国、神聖独裁官のリリスと申します。キラウ様、この度はカイナ大公国からの長旅お疲れさまでした。ここからは私がご案内いたします」

 

腰を折って、お辞儀をするリリス様。確かに礼儀正しい所作ではあるんだろうが、如何せん背が高過ぎるもんだから覗き込むようにして見下しているようにしか見えない。ああ、おっかねぇ。……だが、小さな公女様も一歩も引かない。

 

「直々のご歓迎に感謝申し上げます。すでにご存じのようですが、改めて名乗らせていただきます。わたくしはカイナ大公国の公女、キラウと申します。本日は会談のためにお招きいただき、誠にありがとうございます」

 

……こうして、オクタマ共和国とカイナ大公国の首脳会談は始まった。恙なく、スムーズに。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。