田中リリス(582歳) 作:オクタマ共和国宣伝省
日ソ開戦からしばらくが経った。
北海道は戦場となったが、元より第三次大戦で灰になった土地だ。避難する住民すらおらず、この十年の間に構築された防衛設備は準備万端。音威子府とかいう愉快な響きの土地に作られた要塞線は、当初の予定通りに新赤軍を押しとどめているらしい。
「ってのが大本営発表だけどさ、実際の所どーなの? 戦況って奴は」
「いや、俺も先輩と同じクリアランスだから、アクセスできる情報は同じもんしかないすよ?」
「私はタイムラインの上に流れてくるのしか読まないから。君の方がよっぽど広く深く分ってるよ」
「人を情報解析アルゴリズム扱いするのはやめてください」
後輩君は面倒くさそうに首を捻った。確かに休憩時間の話題にしておくには、少しばかりヘビィだったかも知れない。
「まあ、お国が気合いを入れてた核戦争対応のロボット兵士が戦ってくれてるお陰で、今のところ日本人の死者は一人もいないことになってますね。それに沿海州、ウラジオストクへの空爆という形で反撃もやってるらしいです。これも無人機による攻撃なので、やっぱり死者は一人もいないことになってます」
「おお、スゲェじゃん。いいニュース」
「どこまで本当か分かったもんじゃないですけどね」
実家で働かせている介護ロボ君は、戦地でも立派に勤めを果たしているらしい。彼は優秀だからな。私よりも料理上手いし、ジョークも言ってくれるし。これで人間だったら理想の物件だったのだが。
「後はそうすね……ロボット兵でお茶を濁している間に人間の兵士の育成も始めるみたいで、近く徴兵制が復活する予定らしいです」
「それは流石に私も知ってる。マジで勘弁してほしい。仕方ないかも知んないけど」
「まあ戦わなければ死ぬだけすからねぇ。お上は第三次の頃の二の舞を避けたいんだと思いますよ」
「平和ボケしてたら大惨事ってか、笑えねぇよ」
「今やってるのは第四次すけどね」
物騒な話題で暇を潰していると、今朝方流れてきた動画のことを思い出した。即座にアルゴリズムに排除されてしまったが、辛うじてダウンロードが間に合ったのだ。
「後輩君後輩君、これこれ。昨日の沖縄だって」
画面を見せてみると、後輩君は驚いた様子だった。
「うわぁ中華の有翼型ミュータントじゃないすか。これ暴れてるの国際通りすよね? 本物すか?」
「アルゴリズムの排除が爆速だったから、多分マジもん」
「うへぇ、こりゃ明日にも徴兵復活確定じゃないすか……」
後輩君はがっくりと項垂れる。まあ女の私と華奢な後輩君だから、一発目から呼び出しを喰らうことはないだろうが、嫌なものは嫌だった。
「これで二正面作戦かぁ。本当に勝てるんかね」
「いや、徴兵制が始まるにしても、今日明日に中華と交戦状態に入ることはないと思いますよ」
「なんで? どう見ても攻撃されてるじゃん」
「ミュータントの首の辺り、よく見てみてください。スティモシーバーがついてないでしょ? まあインプラントタイプの可能性もありますけど」
「すちも……しーばー?」
なんだそれは、ブラックジャックでしか聞いたことないぞ。要するに聞いたことあったわ。概要も分かってるわ。
「え、実在したのスチモシーバー? 脳に電極ぶち込んで生き物をラジコン化する奴でしょ? マジで?」
「先輩、流石に情報遮断しすぎすよ。大昔の漫画以外も偶には読んでください。とにかくスティモシーバーが確認できない以上、この一件は統制を外れた個体が暴走しただけの事故として処理されるはずです。いつもの遺憾の意で終わりですよ。お上も南西戦線を今構築するのは避けたいはずですから」
呆れかえった様子の彼の言葉に、もはやぐうの音も出ない私。……そっか、実在したんだ。スチモシーバー。
「ミュータントって、脳の構造の一部がある種の電波を送受信できるアンテナ構造になっているらしいんすよ。だから割と簡単な装置で脳をジャックできるんです。ただのデカくて強い動物が急速に兵器として広がったのはそれが理由だとか」
「はえ~」
確かに、言われてみれば馬ですら戦場からいなくなって久しい時代に、わざわざ動物を兵器として再雇用するのも妙な話だ。気づいた時には広まっていたので、違和感がなかった。
「……リンダウィルスって、一体なんなんだろうね」
「さあ、噂じゃ宇宙から来たらしいすよ」
「陰謀論はやめなさい。飲み込まれるから」
……そんな会話があったのが、550年前のこと。
私が兵器としてのミュータントを実際に目撃したのはシェルターから地表に戻ってからだが、彼らが持つ戦闘機や戦車に似た兵器としての威圧感と、生身の生物としての獰猛さが合わさった恐ろしさは、よく理解している。
今回の会談の相手はそんな化け物を相手に、魔法と未熟な肉体改造だけで正面から渡り合って生きながらえているというのだから、本当に凄まじい話だ。
そしてそれ以上に衝撃を受けたのが、元首たる公女様の見た目だった。キラウと名乗った彼女は、まだほんの子供にしか見えない。このセリメちゃんぐらいの少女が国家元首だって?
しかして幼い君主は、それが全く自然という風に私の対面に座り、真剣な眼差しで会談に臨んでいた。
「……リリス様、一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
会談が始まり、互いの紹介も済ませてしばらく、キラウさんが問いかけてきた。
「ええ、もちろん、何でもお聞きください」
「……では失礼ながら、お聞きさせていただきます。我が国はこの地から遥か遠方に位置し、貴国についての知識がほぼありません。知っていることと言えば、貴国が長きにわたって栄誉ある孤立と中立を守り続けていたということのみ。その外交方針を、なぜ今になって放棄されたのか、それをお聞きしたいのです」
ふむ、結構踏み込んだことを聞いてきたな。ゼフ君辺りから細かい経緯まで聞いていそうなものだが、改めて元首の私に聞いて国家としての公式見解を確認しておきたいといったところか。
「きっかけは、我が国がサイタマ、オダワラの二国に侵略を受けたことにあります。それだけならば撃退して終わりにしても良かったのですが、問題は彼らが開戦に踏み切った理由です」
「敵国の開戦理由、ですか」
「ええ、我らは尋常の人からはかけ離れた異形の種族。それでも人であるつもりなのですが、彼らは我々に悪魔、邪神との汚名を着せ、浄化の名目で戦争を仕掛けてきたのです。何もしていないにも関わらず、見た目が理由で敵意を向けられ、戦争を仕掛けられる可能性があるとあっては、黙っているつもりはありません。究極の安全保障とは、自ら以外の国家の消滅です。孤立と不干渉主義で安全が保障されないというのならば、我々は戦います。この世の全てを敵としてでも」
狐のような耳を生やした少女は、感服したという風に顔の前で手を合わせた。
「民草を思われる気持ち、その決意を成し遂げる強さ、感服致しました。何より貴国に敵意を向けた側である我らにも英知を授け、繁栄を許容する慈悲深さ、感謝の言葉もございません」
少女はにっこりと、無垢な笑みを見せる。
「これで我々も、安心して戦う力を捨て去れるというものです」
……どうやら、カイナ大公国が我が国の申し出を蹴るということはなさそうだ。一安心である。これにて日本列島の征服事業は完成された。
もう、あの子たちを脅かすものは、この地上に一つとして存在していない。
私は満足して、椅子に深く座りなおした。
「……ところで、貴国に派遣したゼフは、ハトノス隊の働きぶりはいかがでしょうか? 彼らは間違いなく我が国の最精鋭ですが、少々ヤンチャな節がありまして、ご迷惑をおかけしていなければいいのですが」
「ゼフ殿のご様子ですか?」
私の言葉を聞いた時、キラウさんは一瞬だけ視線をそらした。え? もしかしてなんかやらかしてるの悪ガキ?
「ええ、ゼフ殿は異人である我らの為にとてもよく戦って下さっています。ただ、度々「弾が足りない」と零しておりました」
「弾が?」
「はい、聞けば彼らの武器は鉄の筒から弾丸を打ち出すものだとか。その打ち出す弾が足りていないのだそうです」
ゼフ君からの報告書にはそんな話はなかったように思うが、まあドラゴンを殺すためには35ミリでも数十発を要すると報告されているし、それもそうか。あの子も変な所で意地っ張りだ。これは北海道への補給物資の割り当てを見直す必要がありそうだな。
「偉大な征服事業を終えられた直後で、武器庫の貯蔵にも余裕がないこと、お察しいたします。ですがなにとぞ、領地の安堵にご助力下さいませ」
キラウさんは深く頭を下げてくる。本当に国民思いのいい子じゃないか。
「ええ、もちろんです。何万発でも提供いたしますよ。ですのでもう少々お待ちください。今年中にドラゴンを駆逐して御覧に入れましょう」
「頼もしいお言葉、感謝いたします」
少女はほっとした様子でにっこりと笑った。歳の差はえげつないが、彼女とは友達になれそうな気がした。
独裁者友達、略して独友である。邪悪な響きだな。
……カイナ大公国との首脳会談を終えて、私は数日ぶりに睡眠を取ることにした。ベッドに身を投げ、触手から何から全身を脱力させて泥のような眠りに沈んでいく。
そして、私は夢を見た。いつも通り、彼の夢だった。
「珍しいね、後輩君から飲みのお誘いなんて」
「急にすいません。……なんか、そういう気分で」
「いいっていいって、いつもは私が引き摺りまわしてるんだし。ふふん、今日は機嫌がいいから私が全部奢ったろう」
後輩君は、あまり呑むタイプじゃない。皆が酔っ払っているなかで一人ソフトドリンクをちびちびやって、終盤で潰れた連中を介抱してくれる心優しい男なのだ。お陰で会計で払う額はいつも最小、私も安心して連れまわせるというものだった。潰れてゲロ吐いても処理してくれるし、タクシーも呼んでくれるし。
……思い返してみると、我ながら最悪の先輩だった。こうしてあちらから飲みに誘ってくれた以上、嫌われてはいないと思うのだが。
彼に連れられて歩くこと少々、到着したのは一度も入ったことのないバーだった。
私たちはカウンターに座って、しばらく飲んだ。いつも通り結婚できねぇだの、いい男がいねぇだの、私以外の女全員死ねだのと喋りながら、酒を進めていく。
今日の後輩君は、よく飲んだ。奢り甲斐があって結構なことじゃないか。
「……で、今日はどうしたの?」
そろそろ、頃合いだろう。私は口火を切った。
「……」
しばらくの沈黙。彼は視線を彷徨わせた。そして、意を決して口を開く。
「実は、夫と喧嘩して」
「……理由は?」
「徴兵の話です。この間検査を受けて、それから赤紙が届きまして。俺にはなくって、彼にだけ」
多分体格差のせいだろう。後輩君は小柄だが、どうやら旦那さんは大柄なようだ。
「夫は研究職なんですけど、アメリカと提携してナノマシンの開発をしているんです。それで、えっと……その……」
「それはどっちのアメリカ? というか、どのアメリカ?」
「自由じゃない方です」
「独立州同盟の方ね、なるほど。……続けて?」
「……はい。彼は研究職だから、徴兵免除の資格があるんです。でも、あの人、兵隊に行くって言って聞かないんです」
「なるほどなぁ」
「俺は、どうしても行くなら、俺と一緒に行ってほしいって頼んだんです。俺に赤紙が届くまでは、それまでは待ってほしいって。そう言ったんですけど。彼は、誰かが行かなきゃいけないんだって、守ることを他の誰かに押し付けちゃダメだって、だからまず自分から行くんだって、聞かないんです」
どうやら後輩君の旦那さんは、かなり責任感と正義感が強いらしい。研究職でフィジカルエリートで精神面もこれとは、後輩君は随分といい男を捕まえたようだ。
「……俺、もうどうすればいいのか、分からなくて」
後輩君は椅子の上で身を縮こまらせた。グラスを砕かんばかりに握りしめて、カウンターに突っ伏している。
「怖いんです。彼が兵隊に行って、彼が戦争に行って、彼が死んじゃったら、彼が生きていた証拠がなんにもなくなっちゃうんじゃないかって」
後輩君は起き上がて、左手の薬指を示して見せた。その指輪にはサファイアがはめ込まれていた。
「先輩、これ、見てください。プロポーズされた時に、彼にもらった指輪。綺麗でしょう? でも、物じゃないですか、こんな生きてない物が残ったって、何になるんですか? ああ、ああ!」
その時、後輩君は急に立ち上がって私に迫ってきた。肩を掴まれ、驚いた私は彼の顔を見上げる。私の目を覗き込む彼の目には、常にはない強烈な情念が滲んでいた。
「先輩、田中先輩ってさぁ、ガキいらないって言ってましたよね。いつもそうやって愚痴ってましたよね。じゃあさあ、その子宮俺に下さいよ! 俺産むよ! あの人の子! 産むよ! 産ませてくれよ。ねぇ、頼むからさ……。子供を……ください……」
彼は、肩で息をしていた。座って、立ち上がって、座って、また立ち上がって。赤い顔が青い顔になった。
「……先輩、俺はクズです。ゴミです。生まれてこない方が良かった。こんなことを言う人間がいちゃいけませんよ。ごめんなさい」
震えた早口でそう言うと、後輩君はポケットから財布を引っ張り出して、お札を何枚かテーブルに叩きつけた。
「酒代です。あの、俺もう仕事辞めます。それで、志願して、彼と一緒に軍に行きます。今までありがとうございました」
逃げるように駆けだそうとするその背中を、私は無我夢中で捕まえた。襟元を引っ掴んで、右の手首も捕まえて、逃がさない。今、彼を逃がしちゃいけない。
「離してください! 離せ!」
「離す訳ねぇだろバカ!」
私はしがみついたまま怒鳴った。
「やっと、やっとさ、本心から思ってたこと言ってくれたんじゃねぇか! 酒飲むのはこっからだろうが! 何勝手に帰ろうとしてやがんだこのボケ!!!」
私の声は、語気の割りに笑えてくるほど震えていた。手も震えて、力が抜けそうだった。それでも力は抜かない。意志の力で震えをねじ伏せる。
少しずつ、後輩君の体に入っていた力が抜けていくのが分かった。私は言葉を続ける。
「それにその、あれだよ。デリ……カシー、だっけ? がないことをさ、先に言ったの、私だし。まずは謝らせてよ。酷いこと言ってて、ごめんなさい。これから気を付けます」
そして、後輩君の体から力が抜けきって、彼はその場に座り込んで、泣き出してしまった。
……私は駆け寄ってきた店員に謝りつつ、彼を宥めながら席に連れ戻した。そして何はともあれとメニューを引っ張り出す。
「ほら、今日は飲むよ。幸い金は後輩君が出してくれたのがあるんだ。一番高い酒を頼んでやろう。えーっと高い酒高い酒、シャトーマルゴー? ロマネコンティー?」
「……お、お金は返してくださいよ。先輩」
久方ぶりに他人の金で飲んだ高い酒は、実に旨かった。
……それから三日後のことだ。全面核戦争が始まって、世界が終わった。