田中リリス(582歳) 作:オクタマ共和国宣伝省
……数日ぶりに部屋から出てきた彼の、その痩せこけた頬や、鶏ガラのように骨の浮いた手足の有様は、とても見るに堪えなかった。
「田中先輩、急性放射線症候群って知ってますか?」
「ここ最近、ていうか地上が滅んでから毎日のように聞いてるから、知ってる」
「そりゃそうすよね。でも語ります。急性放射線症候群は高線量の全身被曝によって発生する諸症状で、白血球が作られなくなったり消化器官が動かなくなったり皮膚が剥がれ落ちたりします。原因は放射線によって細胞が分裂する時に参照する設計図であるデオキシリボ核酸が破壊されて、正常な細胞分裂ができなくなることです」
「……知ってるって」
「造血幹細胞が減れば白血球も減って免疫力が著しく低下します。消化器官に上皮細胞が供給されなければ栄養も吸収できなくなります。そして皮膚細胞が作られなくなれば、古い皮膚が剥がれた時点で皮下組織が剥き出しになります。皮膚は人体でも特に分裂、代謝が活発ですから、その症状は直ぐに現れます。医師の方も言っていました。点滴の針を刺そうとしただけで肌が捲れるから難儀したって」
「……」
「この急性放射線症候群で特に興味深い点は、分裂が活発でない部位には症状が現れにくいという点です。具体的に言えば、心臓、神経、脳ですね。これらは同じ細胞が更新されずにずっと使われ続けますから、DNAが破壊されても細胞は生き続けるので、臓器の機能が直ちに失われることはないんです。……つまり身体は壊れていくのに、生命活動と意識だけは残り続けるんですよ」
「……もう、休みなよ」
「どれだけ苦しくても、どれだけ痛みに呻いても、心臓は動き続けるんです。造血幹細胞が減って重度の貧血に陥った分を補う為に、心拍数はどこまでも上がっていきます。皮を引き剥がされた全身が訴える痛みは、問題なく機能している神経を伝って行って、問題なく機能している脳に届けられます。皮膚を移植しても、壊れた免疫細胞は正常な皮膚すら攻撃するので定着しません。内臓はどんどん腐り落ちます。肺も繊維化していきます。でも、生きているんです。死ぬまで終わらない肉の檻の中で、生きるという地獄がひたすら続くんです」
私はもう、なんて言えばいいのか分からなかった。
「俺がそれを終わらせたんです。まだ生きているあの人の隣で書類にサインして、彼の静脈にバルビツール酸を投与してもらいました。全ては数分で終わりました。そうです、終わったんです。……俺が、殺したんです」
「違う! そうじゃない!!! 君は彼を殺してなんかいない!!!」
「そうじゃなかったらなんだってんだよ!!!!!」
叫んだ拍子に貧血を起こしたのだろう、彼はその場で倒れ込んでしまった。立ち上がることもせず、うめき声を漏らしながら力なく床を殴る姿を、私はただ見ていることしかできなかった。
……シェルターの中の小さな社会は、急速に崩壊へと向かっていた。
ある時、ホームレス生活を強いられていた数万人が、状況の改善を訴えてデモを起こした。一部が暴徒化して他区画での略奪行為を働き、事態を重く見たシェルター公社は治安部隊を出動させる。彼らは銃を装備していて、装填されていたのは実弾だった。658名が射殺され、暴徒を扇動したとされた80名は”追放”処分となった。
わざわざ館内放送で死者数と首謀者一味の末路を伝えてきたのは、見せしめの意味があったのだろう。
この一件以来、曲がりなりにも維持されてきた市民の平等や人権といった概念は滅び去った。地上にいた頃に権力者と呼ばれていた連中とシェルター公社が連み出して、治安部隊という暴力装置を振りかざして支配体制を確立した。彼らは手始めに、暴動を起こしたホームレス達を”資源捜索団”の名目で外界に放り出した。碌な装備も渡されずに地上へ送り出された4万2000人が帰ってくることはなかった。
その様子を、私はただ部屋の隅で縮こまりながら聞いていた。飛び交う怒号、まばらな銃声と悲鳴、そして日に日にプロパガンダじみていく放送を聞きながら、まだ辛うじて一人分は配給されてくる食糧を、後輩君と分けて食いつないだ。
「相変わらず不味いよねこれ、ビスケット? カンパン? 貧相どころの騒ぎじゃないよ。まあ贅沢言ってられないけどさ。せめてレバーペースト的なもんないの? あー、お酒飲みたい」
「……」
あれ以来、後輩君は言葉を発さなかったが、食べる気があるということは生きる気があるということだ。今はそれだけで充分だ。私は、一人じゃない。
……しばらく経って、シェルター公社は新しい物に目を付けた。リンダウィルスだ。多分、遠征部隊の装備に付着していたものを回収していたんだろう。例によってスピーカーから垂れ流されるプロパガンダによって、その計画は私たちに通知された。
「……リンダウィルスによる人体の強化改造によって、我々は汚染の恐怖、迫り来る死の恐怖から解放されるのです! 強化された肉体は放射線などものともせず、地上への再進出すら可能にするでしょう! リンダウィルスこそが! 我々が生き延びる唯一の手段なのです! 故に! シェルター市民の皆さんには、この施策に協力し、手術を受ける義務があります!」
なるほど、ご尤もな言い分だ。確かにリンダウィルスによる肉体改造が成功すれば、放射線だろうが化学兵器だろうが生物兵器だろうが何を食らっても死なない生命体になることができる。だが、それは成功すればの話だ。リンダウィルス感染症の致死率は80%、しかもまともな医療体制があってその数字である。
つまるところ、リンダウィルスは口減らしに丁度良いということなのだろう。連中は上手い大義名分を見つけたということだ。
数日の内に番号札が部屋に送りつけられた。私は18万1201番、彼は21万50番。当分先で、私の方が番号は若かった。私は安堵した。
「……そうか、リンダウィルスか。その手があった。……そうだよ、それなら使えるじゃないか!」
紙切れを握り締めながら、後輩君は興奮した声を上げた。数週間ぶりに聞いた声だった。
「どしたの急に?」
「行ける……行けますよ! 理論上可能だ! 彼のは入居手続きの時に提出したし! リンダウィルスは使える!」
部屋中を狭しと歩き回り、紅潮した面持ちで、その呼吸は荒い。生き生きとしたその振る舞いに、私は嬉しくなった。
「田中先輩! 俺ちょっと手術受けてきます! 死ぬかも知れないんで、その時はこの部屋と残ってるもの全部好きに使ってください! なるべく帰ってきますけど!」
「……は?」
私は意味が分からなかった。
「留守の間一人にしちゃいますけど、最近物騒ですから! 気を付けてくださいね! それじゃ行ってきます!」
「は? ……どういう?」
気づいた時にはバタンとドアの閉じる音が部屋に響いていて、私は一人になった。数日待っても、彼は帰ってこなかった。
……一人になった私は、広い部屋の隅の方でじっとしているだけの日々を過ごし始めた。言葉を発する事もなく、時々泣き喚いて、咳をして、たまに何かを食べて、吐いた。早く死のうと思ったけど、私には自分を終わらさせるだけの勇気がなかった。薄暗い部屋の中で時間が過ぎていく内に、私は、自分がこれを彼に押しつけようとしていたのだと理解して、ますます苦しくなった。
これが天罰というヤツなのだろうか。自ら滅んでいく世界に神などいるわけもないけれど、私はそんな風に思った。私の番が来るまで、後どのくらいだろうか? なるべく早くその時が来て欲しい。
そして一ヶ月ほど経った頃のことだ。後輩君が帰ってきた。
「……後輩、君?」
「まあそういうリアクションになりますよね」
インターホン越しに聞こえてきた聞き馴染んだ声に、私は弾かれたように駆け出してドアを開けた。けれど、そこに立っていたのは人間ではなかった。その生き物は、身体の殆どが白い羽毛で覆われていて、脚はひょろ長くて鱗に覆われている。大雑把なシルエットは人間だったけれど、腰の辺りから天使のそれを思わせる白い羽が生えていた。
何も理解できず、私は呆然とその生き物を見つめる。頭の辺りをよくよく見ると、その顔立ちは確かに後輩君のものに似ていた。羽毛が顔の際まで生えていて、何だかネイティブ・アメリカンの族長みたいに見えた。
「手術は上手く行って、俺はミュータント化に成功しました。……そして俺がやりたかったことも、上手く行きました。成果は上々です」
そして後輩を名乗るミュータントは、抱きしめていたものを私に見せてきた。それは、サッカーボールほどの大きさがある巨大な卵だった。意味が不明だった。
「……現在までに判明しているリンダウィルスの仕様の一つなんすけど、肉体を再構築する時に、感染者の脳内の情報を参照するんすよ。それも再構築中に想起しているイメージが特に強く影響を与えるそうで。だから意識を失ったりイメージの構築に失敗すると、参照元のデータがないままウィルスは身体を解体して、各部位は好き勝手な形に作り替えられてしまうんです。解体と再構築には激しい痛みを伴いますから、そもそも気を失わずにいること自体が至難の業すね」
とりあえず部屋に上げて、話を聞いてみると、なるほどこれは後輩君だと納得した。ダラダラと語りたがる気質、暇つぶしに重宝したその気質は、紛れもなく彼が彼であることの証明だった。私は久しぶりに笑った。
「だからジーン再編手術は、事前の催眠療法と、術中に脳の特定領域へ継続的な電気刺激を与えることで、常に同じイメージを強制的に想起させ続ける、という手法で行われます。電気ショックで無理やり叩き起こし続ける訳ですね。ちなみにこのシェルターにはそんなノウハウも機材もありませんでした」
「じゃあ、どうやって生き残ったの?」
「根性です」
すげぇや。小言の一つでも言ってやりたかったが、彼が生きていたことが何より嬉しくて、私は何も言えなかった。
「……俺にとって重要だったのは、なりたい姿をイメージしていれば、それを実現できるってことです。その為なら、痛みなんて幾らでも耐えられますよ」
そう言うと、後輩君は愛おしそうに卵を撫でた。
「……気になってたんだけどさ、その卵、なに?」
「俺が産みました。まだ産まれてないですけど、俺たちの子が入ってます」
「産んだ……。産んだ!?」
「はい、産みました。このシェルターでは、入居時に男性なら精子を、女性なら卵子の提供が義務づけられています。先輩はゴタゴタがあってやってないみたいすけど、なんでも、再び地上に戻って人口を増やす時に遺伝的多様性を担保するためだそうで。……とにかく、彼の精子も冷凍保存されていたんです。種があるなら、後は苗床があればいい。じゃあ俺が苗床になればいい。要するにそういうことです。後はミュータントパワーで医者を脅して種を持って来させれば準備完了すね。……卵生とは思いませんでしたけど、ご覧の通り、上手く行きました」
彼は抱きかかえた卵を誇らしげに見せつけてくる。……どういうリアクションをすればいいのか良く分からない。でもまあ、要素を分解して、咀嚼して理解してみると、多分、きっと、間違いなく、喜ばしいことなんだろうなと思った。
「その……良かったね? おめでとうございます?」
「へへへ、普通はみんな生き残ることに必死って時にチンチンやマンコの事なんて考えないすからね。多分、その所為でミュータントには生殖能力がなくなるんすよ。でも俺はなかった物を手に入れて、しかも産んだんです。俺より穴が一個多いだけの連中にゃあ真似できないことすよ」
「デ、デリカシー……」
「で、とりあえず産んじゃったものは仕方ないんで、いつまでも病室のベッドを占領してる訳にもいかないってことで帰ってきました。あそこも物騒で辛気くさい雰囲気でしたし。とにかく俺はこの子が孵るまで温めなきゃいけないんで、先輩には身のまわりのことお願いします」
「あ、温め……。ああ、えっと、わかった、分かったよ。うん、手伝う。……で、何をすればいいの?」
それからというもの、後輩君はベッドの上に陣取って卵を温め続けた。彼は何があろうとそこから動かず、排泄もベッドの上で済ませるから困った物だ。どうやらかなり鳥に精神を引っ張られているらしい。ともあれ、彼の世話をするのが私の日課になった。アポカリプス介護生活は中々にハードだったが、するべきことがあるというのは良い物だった。
「ねぇ、たまにはちゃんと食べなよ。鳥飼ったことないからよく分かんないけどさ、卵産んだ後って栄養足りなくなるんじゃないの?」
「鳥扱いは止めてくださいよ……。でも、うーん、食欲湧かないんすよねぇ」
問題は、後輩君が中々食料を口にしないことだった。たまに食べても吐き戻してしまうのだ。そして下からは食べたものが、殆どそのまま出てきていた。つまり彼の身体は、摂取したものを消化も吸収もしていないようだった。
「治療棟に入院してた時からそうなんすけど、食べ物をあんまり受け付けないんすよね」
「……大丈夫なの?」
「まあ大丈夫すよ。ミュータントは丈夫ですから」
彼はそう言って笑ったが、私は不安だった。そして、その不安は的中していたらしい。
後輩君は日に日にやつれていって、身体に栄養失調の徴候が現れているのは明白だった。身体を覆っていた羽毛も徐々に抜け落ちていって、文字通りの意味で鶏ガラのような有様に変わっていった。
けれど弱っていく身体とは裏腹に、彼の表情は日に日に明るくなっていた。愛おしげに卵を撫で続けて、時折何かを小声で囁きかけていた。
「……あ、先輩! 今、この子動きましたよ! 触ってみてください!」
「いいの? 私が触っても?」
「この間噛んじゃったのはビックリしたからです。今なら、いいですよ」
初めて触れた卵は暖かくて、時折ビクりと動いていた。その中に確かに命を宿しているのが、白い卵殻越しにも伝わってくる。私はそっと、その温もりから手を離した。
「どうですか? すごいでしょ! ホントに生きてるんすよ!」
「そうだね。本当に生きてる。……ところでさ、君の身体はさ、本当に大丈夫なの?」
「……大丈夫です。この子が孵るまでは生きます。何が何でも」
「私が聞いているのはそういうことじゃないよ」
後輩君は首を傾げた。
「そんなに重要なことすか? 俺が生きるのって」
私は頭に血が上った。
「重要に決まってるだろうが! 産んだんだろ! なら責任持って育てろ! それに君が死んだら、私また一人になっちゃうじゃん! ……もう、もう一人は嫌だ!!!」
「……そっすね、そうでした。ごめんなさい。田中先輩」
「……分かれば、いいよ」
それから、後輩君もなるべくご飯を食べるようになってくれた。相変わらず食べたものがそのまま出ていたけれど、何も食べないよりはマシだろう。少しだけ血色もよくなってきたような気がする。
……そして、彼が帰ってきて二ヶ月が経った頃、遂にその時がやってきた。
部屋中に響いた喧しい声に、床でごろ寝を決め込んでいた私は飛び起きて、ベッドに走った。
「……はじめまして。生まれてきてくれて、ありがとう」
砕かれた殻の散らばるベッドの上で、彼は産声を上げる小さな命を抱きしめていた。その様子を、私はただ呆然と眺めていた。
……少し時間が経って落ち着いてきたのか、その泣き声は少しずつ小さくなっていって、やがて穏やかな寝息へと変わっていった。
「ねぇ先輩、この子のこと、抱いてくれませんか?」
「……いいの?」
「いいんです。いいんですよ」
差し出された赤子を、私はベッドの上に身を乗り出して受け取った。決して落とさないように慎重に抱き上げて、その姿を観察する。母親と同じように、大雑把なシルエットは人のそれだ。けれどその身体は白い羽毛に覆われていて、腰からは天使を思わせる真っ白な羽が生えている。……そして、どうやら女の子らしい。
その時、赤子がゆっくりと目を開いた。それまでキツく閉じられていた瞼が開かれて、透き通るような青い瞳が露わになる。初めて世界を見た瞳は、不思議そうに私の目を見つめていた。
「ああ、ああ! あの人の目だ! ……よかった。この子は、ちゃんとあの人の子だ。それだけが心配だったんです。あのヤブ医者が、他人の種でお茶を濁したんじゃないかって、それだけが心配だったんです。誰の子でも愛する覚悟は出来ていたけど、この優しい目、間違いない。あの人の子だ……」
彼は、涙を流していた。
「ああ、よかった。これで安心して、心置きなく、この子を愛してやれる」
そして彼はベッドに身体を投げ出して、うつ伏せにぐったりと倒れ込んでしまった。
「大丈夫? 何か食べたいものとか、水とか飲んだりする?」
「……いや、大丈夫です。それより、名前ですよ。その子の名前、もう決めてるんです。聞いてください」
ゆっくりと寝返りを打ちながら、彼は赤子を抱える私を見上げた。
「リリン。凜とした瑠璃と書いて、璃凜です。先輩の名前、璃凜澄から二文字頂きました。……田中リリン、良い名前でしょう?」
私は息が詰まった。それでも、どうにか彼に問い返した。
「どういう、つもり?」
「……ねぇ先輩。この子の、リリンの、お母さんになってあげてください」
私は、しばらく言葉を失った。見下ろす彼の身体は既に痩せ細っていて、まるで瀕死の病人だった。羽も殆ど抜け落ちて、皮膚の下には骨がハッキリと浮かんで見える。
……私も、分かってはいるんだ。もう、彼が生きられないということは。でも、だけど、そんなのって……
「……俺の身体、この子を産む以外の機能が残ってないみたいで。……ほら、蚕っているじゃないですか。あれも成虫になったら、交尾と卵を産むしかできなくて、口も退化してるから、卵を産んだら、後は餓死するだけなんです。……俺もそうみたいで」
「……お母さんなら、自分でなれよ。お前が、産んだんだろうが」
怒鳴りたくても、震える声には力が入らなかった。彼は静かに首を振った。
「今日まで、リリンの顔を見たくって頑張ってたんですけど。分かるんです。自分の身体ですから」
「……それじゃあ、もう、駄目みたい、なの?」
彼の表情は辛そうで、それ以上に悔しそうだった。その身を苛み続ける飢えの苦しみよりも、悔しさの方が顔に表れていた。
「もう、駄目みたいです」
「……そっか、もう駄目か」
「はい。ごめんなさい、こんなこと、押し付けちゃって」
私の言葉に応える後輩君の目は、既に焦点があっていなかった。その虚な視線は私の顔を見るでも、愛する我が子を見るでもなく、ただ天井の何処かに向かって投げられていた。
私が抱いている赤子はいつの間にか瞳を閉じて、小さな寝息を立てていた。静かな部屋の中に、幼い寝息と、彼の喘鳴の混じった呼吸音が響いていた。
「……分かったよ。リリンは、私がちゃんと育てるから。だから安心して」
「ありがとう、ございます。……安心しました。もう、大丈夫ですね」
彼は微笑みを浮かべた。優しい微笑みだった。
「……そうだ先輩、今度みんなでディズニー行きましょうよ。俺と、彼と、先輩と、リリンも連れて。子供には、沢山思い出、作ってあげないとすから」
「……うん、そうだね。皆で行こう」
「約束、ですよ」
「うん、約束」
うわごとが、ぽつり、ぽつりと、紡がれる。
「ああ、リリン、リリン、俺たちの……」
それきり、彼は静かになってしまった。私はそっと、その目を閉じてあげた。
私はベッドの縁に腰掛けながら、胸の内で静かに寝息を立てる温もりを、優しく抱き続けた。白く大きな羽で包まれた小さな身体は、まるでおくるみに包まれているようだった。彼はいなくなってしまったけれど、私はもう、一人じゃない。
……遠からず、シェルターの体制は完全に崩壊するだろう。
人々の不満は既に限界にあり、虐殺も同然の”手術”の順番待ちを大人しく続ける訳もない。事実、彼が抱卵していた二ヶ月間も小規模な暴動が頻発していたようで、時折ドアの向こうから銃声が響いていた。近く、雪崩が起きるだろう。そうなれば、例え武装していようとも少数の管理者如きが支配を維持することは不可能だ。銃弾も、屍を踏み越えて襲い来る人の津波の前には無力だ。
最後の致命的な戦いが始まれば、シェルターを管理する技術すら失われ、汚染は全域に広がり、食料生産の目処も立たなくなってしまうだろう。
そんな状況からリリンを守り抜くためには、私の身体は余りにも脆弱だ。人間では、リリンを護ることなど叶わない。
……私がすべきことは、明白だった。