田中リリス(582歳)   作:オクタマ共和国宣伝省

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550年の旅路-Rip Van Winkle effect

──世界が滅んでから、2年が経った。

 

私がミュータントになってしばらくして、予想通りシェルターは崩壊した。予想外だったのは、発生した大暴動に対して、公社の連中が大気循環システムに汚染された外気を流し込んでアトミックジェノサイドをおっぱじめやがったことだ。

 

文字通りの意味で血反吐を吐きながら行われた地獄のような攻防を経てシェルター公社は壊滅したが、生身の人間の生き残りは2万人まで減った。そしてミュータント化して生き残ったのは600人ほどだ。幸いなことに、壊れかけのプラントでも2万600人くらいなら十分に養うことができた。

 

生き残りの寄り合い所帯はオクタマシェルター自治委員会を発足して、生存圏の維持管理、治安維持を始めた。核戦争勃発以来、久方ぶりの平穏が訪れたのである。

 

私はこの戦いで、汚染も銃弾も効かない生物兵器としての能力を生かして公社治安部隊司令部への殴り込み作戦に参加していた。無我夢中で触手を振り回していた記憶しかないが、終わった後なんか褒められたので、多分たくさん殺せたんだと思う。

 

「……あーあ。分かっちゃいたけどアポカリプス育児キチーわ。マジで」

 

あの時の私は一刻も早く無傷のプラントを確保することしか考えていなかった。何しろ在庫が切れたリリンのミルクを確保しなきゃいけなかったのだ。細かいことを気にしている余裕なんてない。

 

そんなリリンも、今では歯も生えそろって元気にパンを齧っている。健やかに育てよ、ちっこいの。

 

──世界が滅んでから、9年が経った。

 

EMPで吹っ飛んでいた通信機器も復旧し、いろいろと状況の整理が進んできて、日本列島に生き残ったシェルターがたったの5カ所ということが分かってきた。なんでも既存の設計の核シェルターでは、衛星軌道から地表目掛けてロケットで加速しながら突っ込んでくる最新鋭の核兵器、地中貫通型核弾頭とかいう代物に耐えられなかったらしい。

 

間抜けの政府広報がシェルターの所在地を国民に晒していたのも手伝って、数千発の核弾頭は各シェルターの住所を正確に狙い撃ちにした。そしてオクタマを始めとした一部の新型シェルターだけが生き残り、その生き残りも設備に甚大な被害を被った、というのがことの経緯だそうだ。

 

ようやく連絡が取れるようになった各地の生き残りたちは、互いの絶望的な情報を交換し合っていた。やれ不満が溜まって暴動が多発しているだの、やれ食料の生産が全く足りていないだの、やれ隙間風が酷くて市民の多くが被曝しただの、そんな世紀末あるあるである。我らがオクタマシェルターは初っ端の圧政と大暴動ですべてが破綻して、今はスリム化された経営を実現しているので、市民の被曝以外はあまり関係のない話だった。

 

ウチの代表の加藤さん(第三の目からビームを撃つタイプのミュータント)が「リンダウィルスを打ち込んで汚染に適応すればストレス減りますよ」と通話でジョークを飛ばしたら「そんな人の心のないことはできません」と大真面目に返答されて爆笑していた。他のシェルターの代表さんは皆ドン引きした様子である。まあそうだろうよ。

 

「ほーら高いたかーい」

 

「つまんない。おかあさん、もっとたかくなげて。もっとたかくとぶから」

 

「落ちたら危ないからダメだよ~」

 

「けちんぼ」

 

「ケチで結構」

 

何はともあれ、今日もリリンは元気に飛び回っている。確かにエントランスホールの天井は高いが、頭をぶつけないか心配で落ち着かない。それから私の触手をトランポリンの代わりに使うのは止めなさい。これ結構疲れるから。

 

──世界が滅んでから、20年が経った。

 

オクタマシェルターの市民は公社のやらかしで全員被曝した為に、ほとんどが生殖能力を失っていた。そして私たちミュータントも生殖能力がないもんだから、このままでは人類滅亡の危機である。そんな中で、我々の希望となったのはリリンの存在だった。

 

……冷静に考えると、定期的に無精卵を産んでは「私が産んだんだから私が食う。誰にも分けてやらねぇ」と鉄板でクソデカい目玉焼きを拵えてマヨネーズと醤油と砂糖をぶちまけて食っている教育方針を間違えたとしか思えない倫理観を疑う19歳児が、どうすれば人類の希望になれるのだろうか。頼まれたって食わんわそんなもん。

 

まあ、正確に言えばリリンの遺伝子データをジーン改良手術の時に導入してやれば、生殖能力を持ったミュータントを生み出せるんじゃないか、という話だそうだ。あの子のパーソナリティとは無関係の話である。

 

志願者を募って行われた人体実験の結果、この試みは成功した。その後、「人類の未来に繋がるのならば」と多くの市民が改造手術に手を上げて、生殖能力を持つミュータントは1000人ほどまで増えた。改良を重ねた機材が揃い、万全の状態で行われる手術とは言え死亡率は60%にも上り、多くの死者が出る結果となったが、お陰で人類は滅亡の危機を免れた。

 

……私にとって、それはつまり、彼の血がより多くの人々に受け継がれることを意味していた。

 

──世界が滅んでから、40年が経った。

 

地上は相変わらず汚染塗れで住めた物ではなかったが、幸運なことに除染の方法が見つかった。というのも、後輩君の旦那さんが遺した除染システムについての提言書が発掘されたのである。

 

どうやら彼は死の直前にその資料を書き上げたものの、それを提出されたシェルター公社は倉庫に雑に放ったままにしていたらしい。滅びて尚つくづくアレな連中だ。

 

その提言書の内容は、彼の研究テーマであったナノマシンを用いて、日本全土を覆う規模の除染システムを構築するというものだった。ナノマシンを地上にばらまいて自己増殖させ、環境中の放射性物質を取り込ませてしまい、最後に風雨で洗い流すことで広域を除染するというプランだ。

 

真人間組からちらほらと老衰による死者が出始め、市民総ミュータント化が進みつつある我々には地上の除染はあまり関係のない話だったが、生身の人間が多数を占める他のシェルターにとって、この計画は文字通りの希望である。

 

計画は直ちに実行に移され、無人機によって日本中にナノマシンがばらまかれた。素でナノマシンを制御できて、汚染された環境でも活動できるミュータントが管理に当たるのが適当ということで、これらのナノマシンの統制はオクタマシェルター預かりとなった。

 

とは言っても、我々だって被爆しても直ちに健康に害がないというだけであって、肉体が放射能を帯びてしまうと非常に面倒だ。我がシェルターには生身の人間もまだまだ多くいる。彼らと共同生活している以上、身体を汚染に晒すのは避けた方が良いだろう。

 

……そんな真面目な話はさておき、この間リリンが結婚して子供を産んだ。少し前までほんの赤子だった子が、今や二児の母である。すげぇな、信じられねぇ。

 

そして生まれた子供たちの名付けを頼まれ、私は数日間頭を抱える羽目になった。正直、ネーミングセンスには余りにも自信がない。

 

「……男の子の方はカガセオ。女の子の方はスセリ。……これで、その、どうでしょうか」

 

「日本神話ネタかあ……。うーん、分かってはいたけどさ、お母さんって名付けのセンスないよね」

 

「分かってたんなら頼むなや」

 

まあリテイクもせず普通に採用してくれた辺り、気に入ってはくれたのだと思う。相変わらず素直じゃない子だ。

 

──世界が滅んでから、90年が経った。

 

シェルター周辺の除染はまだまだ終わっていないが、真人間組がとうとう全滅してしまったため、私たちは地上に引っ越すことにした。久方ぶりに直射日光を浴びることが出来て非常に気分がいい。

 

「あ~きもちいい~。今なら究極生命体になれる気がするぅ~」

 

触手を大きく広げて日差しを受け止めると、ビタミンDがドバドバ生成されているのが実感できる。これだよこれ。生きてるって感じ。

 

私たちは喜び勇んで地上に幾つかの箱物を立てて、自治委員会の機能を移転した。名前もオクタマ共和国と改めて心機一転である。国とは言っても地上にあるのは小さな集落程度だったが、今後は居住区を作ったり畑を作ったりしてどんどん拡張していく予定だ。

 

とは言え懸念もあった。最近他のシェルターとの連絡がつかないのだ。みんな口には出さないし、確かめようとする者もいなかったけれど、要するにそういうことだろうと察しはついていた。

 

今でも定期的に無線での呼び出しは試みているが、応答はなかった。

 

……そう言えば、リリンは昔から「外で飛んでみたい」「空を見てみたい」等と度々言っていたから、外に出られるようになれば喜ぶかと思っていたけれど、最近は殆ど部屋から出て来ない。少し体調が悪いみたいだ。彼女の孫達は元気に日差しの下で飛び回っているというのに。あの子達を捕まえておくために、私の触手には休む暇もない。

 

「リリスおばさん離して。これ邪魔」

 

「ダメ、君らどっか飛んでこうとするでしょ。それにすぐ落っこちるから、私がキャッチャーインザライしてなきゃ死んじゃうでしょ」

 

「飛んでかないよ。落ちないよ」

 

「嘘だね」

 

「嘘じゃないもん」

 

「前科者に言われたってなぁ。あとおばさん呼び辞めてね」

 

まあ、ミュータントは頑丈だし、ほっとけば治るだろう。

 

──世界が滅んでから、112年が経った。

 

リリンが死んだ。

 

知らせを受けて、夢現な感覚のまま病室に案内されて、部屋に入ったら、リリンが死んでいた。

 

「享年111歳。死因は老衰でしょう」

 

「……そっか、100年か、そんな経ってたんだ」

 

私はベッドに横たわるリリンを見つめながら、そんなことを呟いた。ただ事実を認識しただけで、実感は皆無だった。

 

「田中さん、強化人間B個体群のデータは余りにも乏しいのです。そしてリリンさんはB個体群第一号であり、その最初の死者ですらあります。……ミュータントは長大な寿命を持ちますが、どうやらB群は我々A個体群よりも寿命が短い傾向にあるようです」

 

「……ごめんなさい、清水先生。しばらく、この子と二人にしてください」

 

「……心中、お察しします。明日、またお伺いします。それでは失礼します」

 

……どうやら、私の時間の感覚は、既に人の物ではなくなっていたらしい。

 

「もっと、たくさん遊んであげればよかったね」

 

私はリリンの冷たい頬を撫でながら囁いた。いや、きっとこの言葉は正しくない。適切じゃない。だって、この子はもう子供じゃないんだから。彼女の顔を覗き込んで、よく見てみる。深い皺が刻まれていて、乾ききっていた。老いた肌だ。

 

リリンは子供から大人になって、5人の子供を産んで、大人から老人になって、そして死んだんだ。この子は、この子の命をちゃんと生きて死んだんだ。もう子供じゃない。その、筈なんだ。

 

「……リリン、リリン、どうして? 早いよ、早すぎるよ。ねぇ、起きてよ、もう朝なんだよ? ねぇ、ねぇ……」

 

でも、リリンはまだ生まれたばっかりなんだ。私がいないと、護ってあげないといけない子の筈なんだ。だってだって、この間まであんなに小さかったのに、そんなはずがない。あり得ない。死ぬ? 寿命? 111歳? いつそんな時間が流れたっていうの?

 

「おかしい……おかしいって、こんなの……。リリン……」

 

違う、おかしいのはリリンじゃない。私だ。私の時間だけがおかしいんだ。

 

私は、みんなと同じ時間を生きられない。最近少しずつ分かってきたんだ。リリンとその子供たちだけじゃない、加藤さんも清水先生も糸魚川さんも工藤さんも、私と同じ第一世代のミュータントの筈のみんなも、何故か私よりも老いている。私だけが、身体を作り替えたあの日のままで止まっている。

 

「リリン……起きて、お願いだから……」

 

けれど、現実なんて知ったことじゃない。私の子が、リリンが、死ぬ? 私よりも先に死ぬ? 私はこの子を護ると誓ったのに、どうして、どうして……。

 

「おかあさんって呼んでよ……」

 

……私は、リリンが横たわるベッドに縋りついて、泣いた。

 

──世界が滅んでから、150年が経った。

 

市民全員の地上への移住が完了し、デカい空き家と化したシェルターには大規模な再開発が施されることに決まった。

 

中層から表層の区画は人口増加に備えてプラントの拡張に割り当てる予定で、シェルターの深層、かつての大暴動で激戦地となった区画は広大な霊園にする予定らしい。

 

あの時死んだ30万人の遺骨と、リリンとカガセオ君、スセリちゃんを含め、今日までに死んだ人々の遺骨も、深層に納められるそうだ。色々あった土地だが、今では静かで涼しい環境だ。きっとみんな、ゆっくりと眠れるだろう。

 

……現在、オクタマ共和国の統治は私たち第一世代のミュータント、A個体群が担っている。リリンの子供たちに統治を委ねるには、もう少し時間がかかるだろう。

 

いつか、あの子たちに私たちの助けが必要なくなったら。私は墓守になろうと思う。

 

時間の止まった彼らなら、私と同じ時間を過ごしてくれると思うからだ。あそこなら、彼と、リリンと、その子供たちも側にいる。

 

そうしたら、場違いかも知れないけれど、アニメを持ち込んで視聴する事くらいは許して欲しい。少し騒がしいけど、皆も気に入ってくれるはずだ。

 

きっと、静かなだけより、ずっといい。

 

「ねぇリリン、そう思うでしょ?」

 

……生まれた時と同じくらい小さくなってしまった私のリリン。白くて冷たい壺に収まったあの子だったものを、私は強く抱きしめた。




前話の執筆でオーガニック的な何かを持って行かれ過ぎたのか、この一週間全く手が着きませんでした。
スランプ気味で手探りの執筆になってますが、どうにかペースを戻していきたい所存。
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