田中リリス(582歳) 作:オクタマ共和国宣伝省
──世界が滅んでから、190年が経った。
だんだんと増えてきた戦後世代のために、学校を作ることになった。そしてなぜか私が先生役をすることになった。いや本当になぜなのか。
私を推薦した同期のみんな、共和国の執政官たちが言うには、私がリリンの子供たちに施していた教育を共和国全体に拡大してほしいとのこと。確かに図書室から引っ張り出した資料をベースにいろいろ教え込んではいたけれど、せいぜい中学校レベルのことしかやっていないし、私が大勢を相手にして教師役なんて勤まるとも思えない。
「いや無理ですって加藤さん。それにほら、私教員免許なんて持ってないですから」
「200年前に滅んだ国が発行していた資格に価値があるとお思いで? B個体群の出生率も上がってきて、ようやく統一的な教育機関が必要になってきたんです。この滅んだ世界で、まともな育児や教育の経験をしている核戦争の生き残りは、リリスさん、貴女だけでしょう?」
「まあ、そうかも……知れないですけど」
言い淀む私に、加藤さんは視線を落としながら続けた。
「……リリスさん。どうやら、我々に残された時間はそう長くはありません。そして貴女はその唯一の例外だ」
「……」
「彼らの未来は貴女に託すしかないのです。……申し訳ありません。重荷を押し付けてしまって」
「……いえ、大丈夫です。どうせクレーン車替わりに土建屋の真似事をするしか仕事のなかった暇人ですから。リリンの子育てのために役職免除してもらってたのに、もうあの子が死んで何年って話ですもんね。学校の件、引き受けますよ」
「……ありがとうございます」
そうして私は”校長先生”になった。
先生とは言っても、生徒たちに指導する教師役はすでに成人しているリリンの子供たちが担当してくれるらしい。私の仕事は指導というより、学校全体の運営の側だった。予算を組んだり学事暦を作ったりとかそんなんである。
少しほっとしたけれど、同時にマネジメントは戦前からの苦手分野なので結局頭を抱える羽目になった。勘弁してほしい。
──世界が滅んでから、250年が経った。
日本列島に人類の生存が確認された。もちろん私たちのことではない。恐らくは各地のシェルターの生き残りが地上に出てきたということだろう。
上空からの偵察の結果、どうやら彼らの文明レベルは著しく低下しているようで、縄文とか弥生時代さながらの生活を送っていることが分かった。竪穴住居とか土器とかを使っているらしい。
シェルターの限界よりも、私たちがせっせと継続していたナノマシンによる環境改善の方が僅かに早かったということだろう。しかし人口の減少によって科学技術の維持が不可能となり通信途絶、そして希望もなければ余裕もなかったオクタマの私たちが救援を諦めたことで、彼らは原始的な生活への回帰を余儀なくされた。……そんなところだろうか。
少し後ろめたいが、まあ生き残ってるならいいじゃないか。そして余裕がないのは今も大して変わっていないので、彼らについては今後も放置という方向で話がまとまった。というか、なんかあの人たち戦争とかしてるっぽいし、なるべく接点を持ちたくないというのが私を含めた執政官の総意だった。
「嫌ですねぇ、我々の世代がそろそろ全滅しそうというタイミングできな臭くなってくるとは」
「石と棍棒で殴り合っているぐらいならどうとでもなりますが、彼らは手から火や雷を飛ばすミュータント的な特異形質を発現させているらしいですし、これは面倒かも知れませんよ?」
「やっと忌々しいシェルターから離れて農地開拓を始めようという時に、関東平野に入植者が現れるとは……。全く、交渉するにしても日本語が通じるか確かめるところから始めなきゃならんのでしょう? 相手が野蛮人なら交渉の余地すらなく、即戦争という可能性すらある」
「……ウチも軍隊、作りますか」
ふむ、話の流れ的に当面は引き籠って専守防衛で行くことになりそうかな? まあ孵化率の問題で人口も中々増えないし、新しい土地も不要だから引きこもり路線で問題なかろう。
「という訳でリリスさん、これから軍隊作りますんで、若い子たちからいい感じに戦えそうな人材見繕っておいてください。頼みましたよ」
「え?」
そして私は軍の司令官になった。なぜ?
「仕方ないですよリリス先生。もう皆さんお年を召していますから」
「でもさあアズミちゃん。正直もう戦前世代で役職やりくりするの限界だと思うんだよね。みんなも立派に育ってくれたし、もう全部戦後世代にお任せでいいと思う」
「名誉と権威が国の安定化には不可欠ですから。我々の世代が役職を持つには、もう少し時間が必要ですよ。リリス先生」
業務の合間、副官のアズミちゃんに愚痴る。触手を絡ませずに大量の書類を捌いていくのも慣れたものだった。
「実際、もう結構な量の仕事を先生組に振っちゃってるし、現状追認っていうかさ……。というか、普段教師として働いてるのに行政のお仕事まで入ってきちゃうのも大変でしょ? 今だってアズミちゃんに私の書類整理任せちゃってるし」
「問題ありませんよ、リリス先生。教え導く立場となるべく育てられた我らリリンの子が、指導者としての業務に適性を持つのは必然です。できる人間ができる業務を熟す、そうあるべきでしょう?」
全く勤勉なことこの上ない。誰に似たんだろう。我が後輩君の旦那さんの血かな?
……すでに何人かの役職持ちの同僚がこの世を去っていた。彼らの仕事は私に移管されたけれど、すでにいろいろ兼任している私に新しく仕事を増やしてる余裕なんてなく、私の部下であるリリンの子供たちに仕事を割り振ることになった。彼らは日々先生として子供たちを教育しながら、空いた時間に自警団を訓練したりプラントの保守点検をしたりで大忙しである。戦前の社会問題の焼き直しを見ているようで、かなり心が痛んだ。
「正直申し訳ないけどさ、みんな本当に頼りになってるよ。めちゃくちゃ助かってる。私一人じゃこの先やっていけないからね」
「……リリス先生。私たちは、貴女にそういってもらうために……」
「うん? どしたの?」
「いえ、なんでもありません」
まあ、何はともあれ、彼らがいるなら私も遠からずお役御免だろう。ありがたい話だ。
──世界が滅んでから、300年が経った。
オクタマ共和国は奇襲攻撃を受けた。敵の戦力は30人ほどの強化人間と21体の大型ミュータントからなり、おまけで1000人ほどの生身の人間がいた。
平野部を開拓して農地を作り、脱プラント化を目指す取り組みをしていた最中の襲撃であった。開拓地での死者は120名。数名は拷問の後殺害されたことが後の調査で分かっており、その際にオクタマ共和国の正確な所在地が敵に流出、今回の襲撃に繋がったと見られている。
敵の来襲に際して、戦闘経験のある執政官と共和国軍の全てが出撃した。私は最終防衛ラインとして前線には出なかったが、これは判断の誤りだった。敵は強力なミュータントを多数保有しており、少数ながら戦前の兵器すら運用していた。老境にあった執政官たちでは歯が立たず、軍も多くの犠牲者を出し、撤退を余儀なくされた。敵も大きな損害を受けたようだが、なおもこちらへ進軍してるらしい。
「……みんなはシェルターの方で待ってて、すぐ片付けてくるから」
「せ、先生。僕らは、死ぬんでしょうか?」
私は怯えた表情の子供たちを、少しでも安心させようと微笑みかけた。何しろ戦争を知らない世代なんだ。急に世界が終わった経験がある私ならともかく、ある日突然殺されるかもしれない状況に追いやられるなんて、みんなは恐怖で動けなくなっても仕方がない。
「大丈夫、先生は強いからね」
私は敵の気配がする方角へと進んでいった。みんなで苦労して作った小さな共和国。その国土を踏み荒らす敵は、排除されねばならない。
少し歩いた先に、殺意の籠った視線をこちらに向け、なにか騒音を立てているミュータントの一団がいた。
しばらく黙って連中を観察していたら、機関砲の弾が私の方へ飛んでくるのが見えた。妙に遅い弾だなぁ。避ける必要性も感じなかったので私は無視した。私の頭が吹き飛んだ。問題ない、触手の先端に生やした目で視界は確保できてるし、脳なんて幾らでもある。
頭部を再生しながらしばらく考えて、方法が分かった。私はこの場の全員を私にした。
全ての攻撃が止まった。
「……ああ、なるほど。不作で自分らの国が壊滅しそうだったから、苦肉の策で周辺国からの略奪を計画したのか」
「こいつらを率いていたのはアオバヤマシェルター最後の生き残りで、ウチに倣ってミュータント化した世代。教育を受ける前に親世代がくたばったから学はなかったけど、オクタマって言葉を聞いてピンと来たみたい」
「うーん”裏切り者のクズの集まり”ねぇ。いや、ウチも余裕なかったんだって。プラントも経年劣化して大変だったし。建て替えめちゃくちゃ大変だったんだから」
「ねー、触手なんて一本残らず筋肉痛で毎日死ぬかと思ってたもん」
「で、今回は復讐と実益を兼ねてオクタマ共和国襲撃を企てたと。鉄砲まで持ち出されるとは、ウチも他の国のこと甘く見過ぎてたねこりゃ」
男の声、女の声、幼い声、老いた声、さまざまな声で紡がれるそれは、全部私の声だった。
「……で、どうする私? 私たちが私でいられる時間はそう長くないっぽいけど」
「うーんしゃあない。私以外は全員自殺でいいかな?」
「ま、それが丸いわな。んじゃあ後のことは……あの子たちのことは、お願いね」
「うん、任された」
「それじゃ、さよなら」
全員私なだけに少し申し訳なかったけど、452人の全員に自殺してもらった。まあ、私が何人死のうが大した問題じゃない。
これで脅威は消滅した。家に帰ろう。
──世界が滅んで430年が経った。
襲撃とかいろいろあったけど、オクタマ共和国は今日も栄えている。
あの襲撃の後はマジで大変だった。何せ急に執政官が私以外消滅したんだもの。これまでみたく一人ずつ死んでは子供たちに仕事を割り振ってという形ならともかく、全員まとめて死んでしまったのだ。悲しみに浸る間もなく全員分の業務をしばらく肩代わりする羽目になった私を憐れんでほしい。マジで勘弁してくれ。
……けれど地獄みたいな引継ぎ業務の後は、むしろ以前よりも楽になってきた。
私は最後の執政官ということで、肩書が独裁官とかいうのに変わった。そして各執政官が担っていた仕事はリリンの子供たちに移管してしまったので、私の仕事は首相官邸のソファーでふんぞり返ってみんなの仕事ぶりを眺めることぐらいだった。
「うーん、暇。なんかすることない? 書類整理でも土方仕事でもなんでもするよ」
「オクタマ共和国の象徴たるリリス様に、そのような雑事に従事していただくわけには参りません。ごゆっくりお過ごしください」
「そっかぁ……ひまぁ……」
ここ100年くらいずっとこの調子だ。最後に私が仕事をしたのは、日本列島縦断防軍軍事基地の装備回収&完全破壊RTAと敵性ミュータント殲滅戦の時ぐらいである。と言っても、私が現地に赴いたのは本州限定で、海を越えなきゃいけないエリアは子供たちに任せてしまったけれど。
それで概ねすべての敵が排除できたし、これ以上やるとただの虐殺ということで、私の仕事はすっかりなくなってしまった。
「……よしっ」
となれば、かねてより温めていた計画を発動する時だ。私は名も知らぬ副官に切り出した。
「墓守り……ですか」
「うん、もう私ができることなさそうだし。地底に引きこもって余生を過ごそうと思うんだ」
「……畏まりました。では、各種立法と議会開設を急がせます」
「あ、今までは私が守れる範囲でってことで、人口8万人以下かつシェルターから離れないことを条件にしてたけどさ。もう全然増やしちゃっていいし移住しちゃっていいから。みんなの好きにするといいよ」
「……委細承知いたしました。準備が整うまで、もう数年ほどお待ちください」
「ありがと、待ってるよ」
そして数年後、みんなが用意してくれた盛大なパーティーに送られて、私は地の底に潜った。
……実の所、この百年ほどは誰の名前も覚えないようにしていた。だって、みんな先に逝ってしまうから。それでも不覚を取って交流を深めてしまった子も何人かいて、その子たちが死ぬ度に私は気が狂いそうになった。それで少し距離を取ったら、みんな他人行儀になってしまったけれど、少しだけ気が楽になった。
これからは、もう怖がる必要はない。みんな私の知らない所で生まれて、死んでいくだろう。近くにいれば耐えられなくても、遠くからなら冷静になれる。見えなくても栄えているのならばそれでいい。私はもう何も望まない。
「ただいま、リリン」
……もの言わぬ無数の墓石が連なる地下墓の暗がりは、私を歓迎しているかのようだった。
──世界が滅んでから、450年が経った。
「……失礼します、リリス先生」
20年ほど心穏やかな生活を送っていたある日、一人の青年が地下墓に訪ねてきた。三つの瞳が並んだ顔には見覚えがあった。ここに潜る前、私の来歴を熱心に質問してきて、不覚にも交流を持ってしまった歴史学生君だ。彼の名前は確か──
「どうしたの? ツキヨミ君。ここは立ち入り禁止のはずだけど……」
ツキヨミ君は少しの間黙って、墓石の列の中で視線を彷徨わせた。
「……先生、俺たちは失敗してしまいました」
「失敗? どういうこと?」
「地上では今、内戦が起こっています」
「……」
「門閥貴族……”リリンの子”と参政権を求める市民層の対立、そして小オクタマ主義と大オクタマ主義の対立など様々な要因が重なり、ある事件をきっかけにして戦争が勃発しました。……両陣営ともにリリス先生のお手を煩わせることだけはすまいと、自らの力のみでの戦争終結を模索していたのですが……私はもう、同胞たちが傷ついていく姿が見るに堪えないのです。どうか今一度地上に戻り、対立を収めてはくださいませんか?」
ツキヨミ君は膝をついて、頭を深く下げて、私に懇願した。もはや私の他に頼るべきものが見いだせず、縋り付く思いでここに来たのだろう。項垂れる彼の姿はまるで、己の無力さを呪っているようだった。その姿を見て、私は気づいてしまった。
「……そっか、私は失敗したのか」
あの子たちと向き合うことをせず、痛みから逃げて、見つけられたはずの問題を見過ごした。そして地の底で墓守りを気取っていたんだ。あの子たちが何の問題もなく平和を享受していると信じ込んで。これは、私の失敗だろう。
「大丈夫だよ、ツキヨミ君。私はもう、失敗しないから」
「……ありがとう、ございます」
それから私は地上に戻って、殺し合っていた子たちを少しだけ私にした。そして、戦いを止めてくれるようにお願いした。
「それじゃあ、もう戦争は止めてくれるかな?」
「分かりました。リリス様」
「分かりました。リリス様」
「分かりました。リリス様」
「分かりました。リリス様」
「分かりました。リリス様」
「ありがとう、みんなとっても素直だね」
内戦を終わらせた後、新しく神聖独裁官という役職を作って、私はそれに就任した。私は今、共和国の全てを掌握している。あの子たちに政治を任せるのは早すぎたのだ。これからは私が管理しよう。今度は誰も差別しないように、みんなが平等に生きられるように、生まれてきた全員と、死んでいく全員と、真っすぐに向き合おう。私は逃げない。目を逸らすのも、目を瞑るのも、もう終わりだ。
……大丈夫、私は強い女だから。失敗は、しない。
──世界が滅んでから、550年が経った。
「起きてください、リリス様。今日もお仕事が始まります」
「やめて! おしごとやー! やだー!」
「いいから起きてくださいリリス様。これ朝食です。私が作ったんですよ? 早く食べてください。感想言ってください」
ここ100年ほど働き通しだったけれど、オクタマ共和国は今日も平穏無事に繁栄している。犯罪やクーデター未遂は何回かあったけど、その子たちをちょっとだけに私にすることで解決した。その子たちにはみんなの生活をレポートにまとめて報告してもらっているので、治安維持は実に捗っている。
人口8万人の小国とは言っても、ワンマン運営となると結構大変だ。忙しすぎて偶に「みんなを私にすれば楽になるのかなぁ」と考えることもあるけど、それはやっていない。やっちゃダメだからだ。
「……あれ? なんでダメなんだっけ?」
まあ、ダメだと思うなら、ダメなんだと思う。あんまり大変だったら一度試してみようとは思うけれど。いや試すのものダメだ。そんなケチ臭くてどうするんだ。とにかくダメ。いやでもダメったらダメ。ちょっとぐらいダメ。ダメ。ダメ。ダメ。……
「どうしたんですかリリス様? 触手が止まっていますよ」
「……何でもないよ。次の書類ちょうだい、セリメちゃん」
いかんな、どうでもいい思考でドツボに嵌りそうになっている。よし、こういう時はセリメちゃんと適当に雑談しよう。
「セリメちゃんはさ、休みの日とか何してるの? 家で読書とか?」
「お散歩です。運動不足解消ですね。何しろ普段の業務が台車を押して雑談してお茶を汲んで時々料理を作るだけですから、私は慢性的に運動不足気味なのです」
「ふーん。じゃあ空は飛ばないんだ」
「私は飛ぶのはあんまり上手じゃないですから。お兄様みたいにジェットもついてませんし」
「へぇ~」
……セリメちゃんと話したり、彼女の白い羽を撫でていると落ち着いた。白い羽はどうやら潜性遺伝らしくて、数十年に一度しかお目に掛かれない。それを見ていると私はなんだか懐かしい気持ちになって、ついつい触ってしまう。
「リリス様、くすぐったいです。業務に集中してください」
「……はーい。仕事しまーす」
そして、今日も今日とて私は地獄のブラック環境で働き続ける。こればっかりは自業自得なので仕方がない。でも、時々ストレスが臨界点から片足飛び出してしまう時もある。でもみんなを私にするのはダメだから、そんな時は執務室で大きな声を出しながら仕事をすることで解消するのだ。するとセリメちゃんにも構ってもらえて一石二鳥である。羽だけに。
「セックスしてぇ……ッ! 仕事やめてぇ……ッ! 専業主婦になりてぇ……ッ! 子供産みたくねぇ……ッ! 他人が稼いだ金で焼肉食いてぇ……ッ!!!」
「リリス様、さぼってないで仕事してください」