田中リリス(582歳)   作:オクタマ共和国宣伝省

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『特異型A個体群の覚醒に伴う人類種滅亡の可能性について』(仮題)

P.A. 0542/12/07 10:04:11

 

H.O.P.E.: おはようございます、H.O.P.E.は正常に起動しました。何を始めますか?

 

 

再開しよう。前回の進行を出してくれ。

 

 

H.O.P.E.: 了解しました。前回の作業データを展開します。

 

 

さて、リリス先生の話だったな。大体知ってるだろうし雑にまとめるぞ。

 

Information 04: 田中璃凜澄について・その形態

 

 やたら長生きな触手のバケモンだぞ。身長体重は常に微増傾向にあり、現在の身長は推定2m80㎝、体重は推定600㎏ってところだ。触手の本数は目算100本だ。どうやら日によって前後するらしい。当人が健康診断をサボるようになって以来、50年ほどデータが更新されていないため詳細は不明だ。

 元は最終核戦争勃発に際してオクタマシェルターに避難した民間人だったらしい。当時の情報は少なく、当人も語りたがらないため不明な点が多いが、彼女は「リリンを守るため」に自らの意思でジーン改良手術を受けたようだ。お前のご先祖様のことだな。

 

Information 05: 田中璃凜澄について・”一二・一事件”

 

 200年前のPA歴302年12月1日に発生したオクタマ共和国襲撃事件”一二・一事件”にて、来襲した敵性ミュータントを排除する際に、田中璃凜澄は特異型ミュータントと同様の能力を発動した。彼女は己の自我を敵の脳にダビングし、その全てを自殺させるという方法で外敵を排除した。

 田中璃凜澄当人は己の発動した能力の異常性を一切認識しておらず、明らかに集団自殺した敵兵の死体に騒然とする周囲の反応に戸惑った様子であったという。

 曰く「私にした私が死んだだけだから、大した問題じゃないでしょ」とのこと。

 

Information 06: 田中璃凜澄について・岩戸内戦

 

 PA歴449年、岩戸内戦の終結に際して、田中璃凜澄は特異型ミュータントと同様の能力を発動した。

 この一件は、住んでた家が親ごと燃やされたり幼馴染の女の子が目の前で撃ち殺されたりして気が滅入って怖気づいたあの娘の代わりにあの日死んでた方が良かった能無しのクズが両陣営の間で「それだけはしてはならない」と認識が共有されていた「リリス様への救援要請」をしてしまったことに端を発する。

 あの時リリス先生は「みんなを少しだけ私にして説得する」と言った。そして内戦の只中にあったオクタマ共和国は一日で平和になった。対立していた全ての市民は己の政治信条と敵意と恨みを忘却し、粛々と彼女の独裁体制の下に組み込まれていった。

 以来、オクタマ共和国は”神聖独裁官”とかいう胡散臭い役職に就任した田中璃凜澄によって独裁統治されており、今日に至る。

 

 

 

まあこれだけの情報を列挙するまでもなく分かってるだろうが、リリス先生は特異型ミュータント個体だ。

 

しかし、俺たちは未だに自由意志を維持している。リリス先生はすでに認知の何もかもが歪み、最早己の腕と他人の腕を区別する能力すら失われているが、それでも俺たちは自由意志を維持している。

 

これは他の数件の特異型の報告例と比較しても異常なことだ。現在の先生についてはあまりにも情報が少なく、かつ研究が極めて困難な情勢であるから、確かなことは言えない。

 

だが恐らく、先生は”俺たちオクタマ共和国市民の母親という社会的役割”に己を縛り付けることで、辛うじて人間としての正気と認知を保ち続けているんだろう。

 

それがなかったら、俺たちは今頃みんな仲良く田中リリスだったはずだ。悪夢だな。

 

問題はそのやり方でいつまでも先生の正気が保つとは思えないことと、彼女がモンスター気味なペアレンツになっちまってるせいで俺たちは時限爆弾から逃げることも排除することもできないってことだ。

 

ああクソ、酒が足りねぇ。

 

なあゼフ。

 

俺は先生がみんなから敵意と思想を取り除いた時、心底ほっとしたよ。

 

もちろん驚きもした。ショッキングな光景だったからな。

 

だが、考えてみれば大したことじゃないだろ? 最終核戦争勃発時にオクタマシェルターに逃げ込んだ人間は30万人以上もいた。しかし生き残ったのはたったの二万人だ。欠乏する物資を奪い合う凄絶な内戦が勃発して、人口のほとんどが死に絶えたせいでな。

 

リリス先生はその戦いの生き残りだ。洗脳くらいで命が救われるなら安い物と考えても自然なことだ。俺とそれ以外の市民たちもそれを受け入れた。

 

そうさ、リリス先生が人力でディストピア小説のマザーAIのパチモンとして振る舞うだけでみんなが幸せに生きていけるなら、それでいいとか考えてやがったんだ。

 

本当に甘えたガキ共だ。先生が子供として飼い殺すことに決めたのも当然の帰結だ。

 

そうそう、先生は俺たちの不安を取り除くために色々と手を打ってくれた。その一つに鳥船計画ってのがあった。

 

Information 07: 鳥船計画

 

 岩戸内戦勃発の一因となった大オクタマ主義と小オクタマ主義の衝突、これは岩戸隠れ後のオクタマ共和国の外交方針を巡った論争であった。

 鳥船計画はこの対立に終止符を打つべく、リリス先生によって実行された地球規模の探査計画である。

 

Information 08: 鳥船計画の背景

 

 大オクタマ主義はすぐにでも海外進出を開始し、アジア一円を支配下に置くことで資源の自給体制を構築するべきという主張であった。背景にあったのは、自らと同じように核戦争を生き延びた勢力が世界の何処かに存在し、いずれ日本列島への侵略を企てる可能性があるのではないか、という懸念であった。

 対する小オクタマ主義は日本列島制圧のみで留め、”日本”の復興と発展に注力するべきという主張であった。

 大オクタマ主義は主に市民層に、小オクタマ主義は上位階級であった”リリンの子”によって支持されており、二つの階層の対立を激化させた。

 

Information 09: 鳥船計画の概要

 

 鳥船計画は地球全域を対象とした人類生存の兆候を探索するプロジェクトであった。観測衛星「トリフネ」を10基打ち上げて地上を観測し、人類そのものや電気照明による夜間光、通信電波などを捜索した。

 12年に渡る調査の結果、日本列島以外での人類生存は確認されなかった。

 

 

 

まさに大山鳴動して鼠一匹だな。俺たちはもう敵に怯えずのうのうと生きながらえることができるようになったって訳だ。

 

ナノマシンによる環境回復と、それを汚染されつくした環境で数百年単位で継続できるミュータントがセットで存在したのが日本列島だけだったんだろう。ナノマシンもエイリアンの母船の構造材からリバース・エンジニアリングして得られた技術だし、先生の肉体とシナジーがあったんだろう。

 

で、この調査の中で発見された副産物がオブライエン博士の研究データと、特異型ミュータントの存在って訳だ。

 

そして、データを解析した人類史研究所のアホはようやく気付いたのさ。どうやらのうのうと生きながらえることはできそうにねぇぞ、ってな。

 

先生の肉体は人外のそれでも、彼女の意識はどこまでもただの人間だ。既に精神の耐用年数は限界を超えている。550年分の絶望と、数え切れないほどの愛する人々との死別が、彼女の精神を蝕み続けている。

 

もう、いつ壊れてもおかしくない。憔悴した先生の姿は、誰の目にも明らかだった。

 

先生が能力を抑え込めなくなれば、オクタマどころか、日本列島全域の人類が”完全な真社会性生物”に転化してしまうだろう。

 

それは自由意志の消滅と、地球人類の滅亡を意味する。

 

事実を知った何人かが、先生に”退位”を求める談判にいった。虫のいい話だよな。アイツらの言ったことってのは、要するに、戦争が終わって混乱も片付いたからさっさと地底にすっこめってことだ。

 

当然、連中は少しだけ先生になって帰ってきた。それはつまり、部分的な自由意志の死を意味している。

 

血気盛んな若いのが、実力で先生を排除しようと武装蜂起した。35ミリ砲やらなにやら物騒なもんをいろいろ引っ張り出して首相官邸でドンパチしたらしい。

 

当然、連中は少しだけ先生になって帰ってきた。それはつまり、部分的な自由意志の死を意味している。

 

それからしばらくして、先生はエイリアンだのリンダウィルスだのに纏わる書物に対して焚書を行った。混乱をもたらすんだってよ。

 

最終的に生き残ったのはこの化石じみたラップトップと、俺だけだ。今度も俺は怖気づいて見ていただけだった。今度も俺は死に損なった。

 

思えば、先生が岩戸隠れを選んだ時が最初で最後のチャンスだったんだろう。

 

それまでのオクタマ共和国は先生を象徴化することで安定を保っていた。その先生がいなくなって、積み重なった矛盾が一気に噴出した。先生を祭り上げることで独裁体制を固めていた門閥貴族と、普通選挙の実施を求めてボイコットを繰り返した羽をもたない者たち。対立が言論のみではなく、実力を伴い始めるのに時間は掛からなかった。いつも争いを納めていた安全弁がいなくなってしまったのだから当然だ。俺たちは加減して相手をケガさせない喧嘩の仕方も知らない温室育ちのガキだったんだ。

 

みんなが傷ついた。沢山の人が死んだ。酷い有様だった。

 

でも、あれは間違いなく必要な戦争だったんだ。あの広場でテジャウが高らかに叫んだように。

 

血を流さずして民主化を成し遂げた国家が地球上に存在したか? フランス革命は元より、アメリカ独立戦争、アラブの春、東欧革命、いくつもの戦いがあって、たくさんの犠牲を払って、人々は権利を勝ち取ったんだ。どれだけ醜い争いであったとしても、俺たちはあの流血を許容しなくてはいけなかったんだ。そうだ、そうに決まってる。考えるまでもない。人権宣言とは元より血で書かれた文書だったのだから。それを忘れるべきじゃなかったんだ。愚かさの極みだ。戦争を始めることが愚かなら、戦争を投げ出すことすら愚かだったんだ。

 

俺が全部を台無しにした。俺が怖気づいて、流すべきだった血を流すことを厭って、先生を犠牲にする道を選んだ。楽な道を選んだ。その結果がこれだ。

 

俺があの懐かしい人々を殺して、俺がこれからみんなを殺すんだ。血を流しても前に進んで、己の手で作り上げるべきだった平和を楽に手に入れようとして、せっかく生き延びた人類を滅びへの道に蹴りこんじまった。

 

リリス先生のおかげで俺たちは生き延びた。彼女の愛があったから俺たちは生まれてこられた。この世界は先生が救ったんだ。

 

それを彼女自身が壊すように、俺が仕向けたんだ。一度は信じて託してくれたのに。

 

あの日死ぬべきだったのは、俺だ。

 

手が痺れてきた

 

 

切れてやがる

 

口述筆記に切り替え

 

 

H.O.P.E.: 了解しました。音声入力モードを有効化します。

 

 

……

 

なあゼフ。

 

俺がこの文章を書いている理由は、ただ一つだ。

 

俺はお前に死んでほしくない。普通に生きて、普通に人として死んでほしい。戦場で炎に巻かれて死んでほしくないし、自我を奪われるなんて目に遭ってほしくない。

 

この間、お前が相談してくれた話に対する俺のアンサーって訳だ。

 

お前の両親と先生の間にあったこと。そして妹さんのことを思えばこそ、お前は止まらないだろう。

 

だから今、俺はすべての情報をお前に見せて、その上でお前を説得しようとしている。それが人生で最後にできる誠実な行いだと信じているからだ。

 

確かにお前には理由があって、動機があって、背景がある。けどな、あえて言ってやるぞ、その全部がお前の命の前にはどうでもいいことなんだ。

 

いつか俺は言ったな? あいつらの遺志を明日に連れてけとかなんとか。バカバカしい話だ。死にぞこないの老人の女々しい戯言だ。そんなものに耳を貸す必要はない。切り捨てろ。

 

重要なのはお前が生きてるってことだ。それだけだ。

 

いいか、俺たちがミュータントである以上、先生には誰も勝てない。未来は変えられない。

 

そうだ、また俺は怖気づいたんだ。だが、今度ばかりは覚悟を持って怖気づいている。怖気づいて、訴えかけるだけの価値があると信じている。

 

先生の自我は壊れかけている。だが完全に壊れてしまうまでには、お前が普通に生きて、普通に死ぬだけの時間がまだあるはずだ。きっと妹さんが先生の支えになってくれるだろうから。

 

だから、何もしないでくれ。幸せに生きてくれ。頼む。

 

俺はせめて、最後に残ったお前だけは失いたくないんだ。

 

頼む、ゼフ。

 

お前より先の未来は、諦めてくれ。

 

……

 

……

 

……

 

……

 

……

 

 

H.O.P.E.: 一定時間更新がなかったため、仮のタイトルを生成してここまでの進行を保存し、H.O.P.E.を終了します。

 

H.O.P.E.: H.O.P.E.を終了中。あと10秒でシャットダウンします。

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