田中リリス(582歳) 作:オクタマ共和国宣伝省
「……もう津軽海峡か、久しぶりに見たな」
盗んだ国家で走り出したゼフ君一味をどうにかふんじばってオクタマまで連れ帰るべく、一路北海道へと出張中の私withオクタマ共和国軍外人部隊の一行。グライダーの翼下に私の触手を括り付けて即席エンジンにしたのは我ながら柔軟な発想と言えよう。コックピット席からの望む朝焼けの日本列島は小奇麗なものだったが、……いやよく見たら思春期のニキビみたいにクレーターが沢山あって小奇麗でもねぇな、まあとにかく、いくつかの懸念に気を揉みながらの空の旅はあまり快適とは言えなかった。
「あれが竜飛岬~っつって。ハハ」
……どうしてあの時、私は立ち止まってしまったのだろうか? 手を払われたのが、拒絶されたのがそんなにショックだった? 自分がそんなに女々しい人間だなんて考えたくない。私らしくないって奴だ。必死でも、みっともなくても、食らいつくべきだった。ゼフ君を行かせるべきじゃなかった、無理やりにでも引き止めなきゃいけなかった。あそこで捕まえておくことができれば、もっとたくさん言葉を交わせたはずじゃないか。いつだったか、誰かとそうしたように。
「青森にドラゴンは生息してないのにねぇ……」
眉間に皺が寄る。私は何が気に入らないんだろう。あの時他にあったことと言えば、ゼフ君が私の思うように動かなったことぐらいだ。つまりあの子が私じゃなかったから? でも、それは当然のことじゃないか。ゼフ君はゼフ君だろう。それがそんなにショック? どうして? いや自分の手足が思うように動かなかったら誰だってビビるじゃん、当然のことだよ。だからそうじゃなくって……。
「……ですので、前線に投入するのは1から6番機搭乗の部隊のみとし、7、8番機は後方空域にて待機させ、退路を確保させます。基本戦術としては有翼ミュータントの駆除マニュアルを土台とし、降下要員と近接航空支援要員の連携を軸に多対一戦闘を徹底。個人技に優れるハトノス隊を分断し、これを各個撃破します。閣下には交渉及び、戦闘後のハトノス隊員の収容、治療に専念して頂きたく……閣下?」
「……ん? あれ? なんだこの感じ? 誰の声……?」
「いかがなさいましたか? 神聖独裁官閣下」
不意に覚えた不快感が触手を震わせる、つまり鳥肌的な奴だ。この感覚には覚えがあった。先日ゼフ君が私じゃなかった時に感じた息苦しさによく似ている。私はずっと傍に控えてくれていたらしいファズちゃんに、今しがた得た気づきを垂れ流す。
「……なんて言うかな。触手枕にして爆睡しちゃった時の痺れって言うか、それの全世界版って感じの感覚だ。ほらファズちゃんも経験あるでしょ? 多分、あっちの方に私以外の誰かがいるみたい。それで痺れちゃってるんだね。ゼフ君がやってたことの謎が解けたよ」
「……なるほど、閣下の他者に干渉するお力が機能不全に陥っている、ということでしょうか? それがゼフ殿が見つけた勝機だったのですね」
「他者……?」
良く分からないが、だいたい分かってくれたらしい。流石ファズちゃんだ。
「ミノフスキー粒子が撒かれてて凄くうっとおしいって感じ。多分ゼフ君はこれの震源地にいるからそっちに飛んでいけばいいと思うけど、……ちょっと困ったかも。ファズちゃん、適当に魔法使ってみて」
「みのふすきぃ粒子は分かりませんが、畏まりました。では……ファイアボール」
魔法の呪文を一言、されどファズちゃんの手のひらに火球が生じることはない。多分覚えのある感覚だったのだろう。彼女は息を呑んだ様子だった。
「これは……っ」
「いや、心配しないでいいよ。……じゃ、もう一回試してみて」
「か、畏まりました」
そして再び唱えられた呪文によって、今度こそ火球は生じた。ファズちゃんはほっと胸を撫でおろした。
「……どうやら今度はお役に立てそうです、ああ、安心しました。閣下、この現象は一体?」
「ふむ、ナノマシンの制御ごと妨害してるみたいだね。でも私が気合を入れれば支配権は分捕れそう、肉体の方も同じ要領でいけそうかな? ゼフ君たちはどうやってか知らないけど、みんなやナノマシンとの繋がりをぶった切る方法を見つけたみたい。ノイズみたいなものをまき散らしてるっていうか……」
要するに、周囲へ向けた命令をかき消す妨害電波のようなものが発信されているらしい。これは少しばかり骨が折れそうだ。
「ファズちゃん、この妨害は私が何とかできるけど、ノイズの発信源まで乗り込むとなると領域の押し合いみたいになって、それに掛かり切りになっちゃいそうだから、私が前線に加わるのは難しくなりそう。……するとゼフ君たちをとっちめるのは完全に君たち任せかぁ……。色々ごめんね、まあ話し合いで終われば一番いいんだけど」
ファズちゃんは「全くその通り」と言わんばかりに深く頷いた。
「お任せください閣下。完璧に勤め上げてごらんに入れます」
「うん、君たちが働かずに済むことを祈っておくよ」
……果たして祈りは届くことなく、そのまま開戦と相成った。
空の高みから睥睨する戦場は、ハチの巣を突いたような様相だった。いや、次々に煌めく魔法の閃光は花火大会と言った方が近いだろうか? ハトノス空挺隊の皆が空域を狭しと飛び交い、機動力に劣る外人部隊は上空に陣取ったグライダーからの弓射と風魔法による空中機動の組み合わせで食らいついている。
「思うように行かないもんだね、いつも世の中って」
言ってても仕方ないので、鬱陶しいノイズを黙らせることに集中する。外人部隊のみんなを私の端末として設定して魔法を使える状況は作れたが、それを維持するだけじゃ足りない。要は声を張り上げて騒音を貫通してるだけで、騒音を消せている訳ではないのだ。しかも通じているのは事前に準備した合言葉だけ。もっと手っ取り早く、誰もケガさせずに終わらせるために最善を尽くさねばならない。
「ファズちゃんから見て戦況はどう? 正直私勝ってるのか負けてるのかさっぱり分かんないんだけど」
止まり木のように差し出した触手の一本に腰かけた隊長さんに問いかける。戦術指揮は彼女の仕事だった。
「報告いたします。魔法の出力には低下傾向が見られますが、作戦行動に支障はありません。また、ハトノス隊が高度優位を取りに来ないのが気がかりです。意図的に飛行高度、範囲を制限しているとしか思えません」
「ふむ、ノイズの有効範囲から出たくないって所だろうね。それなら撤退することになっても追撃はないってことか、ふむふむ」
「現状、彼らは本来の高速性を全く活かせていません。一撃離脱戦法に終始される展開を恐れていたのですが、そうでないなら我々のみでも十分に対抗可能です。制圧完了まで、もう少々お待ちください」
その頼もしい言葉に頷き、私は改めて意識を集中してクラッキング作業を継続する。どうやら眼下の建物は丸ごと私ではないナノマシンの群体で出来ているらしい、全体の支配を奪えれば丸っと解決なのだが、これがなかなか骨が折れる。どこの誰だ、こんな玩具をうちの悪ガキに与えたのは。
「──リリス様! お手向かい致します! お覚悟を!!!」
「私は将軍様か何かなの?」
「……閣下は将軍職も兼任されていらっしゃいますよ」
おっ、スツルルカちゃんとファウ君にトムレイ君じゃん。外人部隊を突破してここまでたどり着くとは中々やるじゃないか。彼らは下方から突撃しながら挨拶とばかりに機関砲の弾を撃ちかけてきたので、全て触手で弾き飛ばす。表面を硬化させつつ斜め後方に流す感覚で受けるのがコツだ。私は防がなくても問題はないが、今はファズちゃんがいるのでそうも言っていられない。
「ダメでしょそんなもの人に向けちゃ。ケガさせたらどうするの? 私はケガしないけど」
「……全弾命中されど目視にて確認できる効果なし。知ってはいたけど硬いなぁリリス様」
上空へと飛びぬけたスツルルカちゃんは、宙返りを打ちながら辟易した様子でそう吐き捨てると、円盤弾倉をガチャリと回して次のクリップを装填した。どうやら聞く耳は持ってくれそうにない。
「一応お聞きしたいんですが、現在この一帯では魔法の類を封じてるはずなんですよ。なんで外様の皆さんは普通に使えてるんです? というかどうやって浮いてるんで?」
「私が凄く頑張ってるだけだよ。というかこっちこそ聞きたいんだけど、どうやって使えなくしてるの?」
「……質問に質問で返さないで頂きたい」
「おっ、一度言われてみたかったセリフ」
まあいいや。もうしばらくでこのノイズもねじ伏せられるだろう、そうなれば方法なんて関係ない。検証は事が済んでからゆっくり進めればいいのだ。そして作業に戻ってしばらく、幾度かのフライバイが繰り返され、その度に降り注ぐ砲弾の雨を適当にやり過ごす。
「ねぇルルちゃん、それうっとおしいから止めてくれない? 私には効かないんだってば」
「……ハラスメントとしては効果あり、か。ファウ、トムレイ、続けるぞ」
うーん命に別状はないけど作業に集中できない。そんなことを思いながら彼らを見上げていれば、視線の先で三条の光が弾け、三人はレンガのように墜落していった。
「は?」
「ストーム・ボルト。魔法の使用に制限がなく、速度の優位もなければこんなものですね」
視線を降ろせば、いつの間にか立射の姿勢を取っていたファズちゃんが弓を降ろす所だった。何をやっているんだコイツは? この馬鹿は今何をした? 私の子たちを撃ったのか? リリンの子たちを撃ったのか?
「……殺す」
思考は一瞬、すべてを放棄して触手で敵を締め上げる。そして捻り潰そうと力を込めかけた所で正気に戻った。
「……そうだった。私が、撃たせてるんだった」
なら撃ったのは私ということになる。コイツが、ファズちゃんが責任を負うことじゃない。そこを間違えちゃいけない。触手を解けば、彼女は苦し気に咳き込んだ。
「ごめんねファズちゃん、ちょっと間違えちゃったみたい」
「いえ、お気になさらないでください。……彼らの動力である脚部を破損させたのみで、翼には傷一つつけておりません。彼らの技量ならば立て直して着陸できるでしょう」
「そっか、ありがとう」
深く息を吸って、吐く。見下ろした空は戦場というよりは狩場だった。あの子たちに逃げ場はなく、魔法が煌めく度、音より速い矢が放たれる度、一人、また一人と墜ちていく。必死に放った砲弾も躱され、着弾する前に迎撃され爆散している。翼を捥がれていく可哀想な子供たち。私が、これを、やってるんだ。……ああ、ああ、ゲロ吐きそう。
あの子たちが私だったら、こんなことにはならなかったのに。
「……まるでマリアナの七面鳥撃ちだな。分かっちゃいたが、ひでぇもんだ」
かぶりを振って、ノイズを黙らせる作業に戻ろうとしたら、ゼフ君が来た。
「餌? 釣り? 知ったことかよ。だから戦力の逐次投入は避けるべきだったんだ。ウナの野郎胸糞悪いこと考えやがって」
「ファズちゃん、早く仕事して。君の出番だよ」
「……閣下、ゼフ殿は今回の一件の首謀者です。改めて対話を通じて解決する道を──」
「君の意見は求めてない。早くして」
「いいやリリス様、その女の言う通りだぜ。改めてよ、退位してくんねぇか? そしたらこの茶番は終わる。俺たちは頼り過ぎたんだ。アンタはもう、何もしなくていい」
「ファズちゃん」
「……畏まりました」
「まあ、そうなるわな」
諦めたような笑み見せた直後、ゼフ君は鋭く身を翻した。一瞬前まで彼がいた空間を疾風を纏った矢が貫く。間髪入れずに放たれる矢継ぎ早も彼には掠りもしない。そのサーカスの如き曲芸は、外人部隊の熟達の業を以てしても捉えられない高みにあるのだ。
どうやら目を逸らして待っていても、ゼフ君はどこへも行ってくれないらしい。私は少し語ってみようと思った。
「……ねぇゼフ。さっきはああ言ったけど、別に私は怒ってる訳じゃないんだよ。帰ってきてくれるならそれでいいの。それで全部元通りでしょう? 今まで通りやっていけたら私はそれで──」
返事は鉛玉だった。私には届かない。
アプローチを変えよう。
言葉で無理なら、もっと深いところで繋がればいい。
塗り替えるのではなく、その輪郭を知ることだ。ほら、耳を澄ませて、目を凝らして……。
──これ以上共鳴シグナルを妨害されるのはマズい。
解析に使われるリソースを少しでも減らさねぇと。有効弾を得るなら肉薄攻撃が必要だが、下手に距離を詰めるのも危険だ。
あの女、ルルの言う通りあの場で殺しときゃ良かった。邪魔で仕方ねぇや。こうなってくると対話をさっさと打ち切ったのはミスだったかも知れねぇ。リリス様相手なら情に訴える策は有効なはずだ。
……我ながらカスみたいな発想だな。だが、時間稼ぎにはなるだろう。ならするべきだ。矢が途切れるタイミングを計って──
ふむ。
「なあリリス様──」
「ゼフ、自分でカスみたいな発想だなって思ってることなんて、態々しない方がいいよ? 自己肯定感が死ぬから。できる限りしたいことだけで人生を埋め立てるのが強く生きてくコツ、覚えておいて」
「……何を」
「時間稼ぎってのも気になるかな、時間を稼がれると何が起こるのか気になるんだけど、教えてくれる? まだ慣れてなくて、リアルタイムでイメージしてくれないと読めないから」
ゼフ君は酷く顔を歪めた。どうしたんだろう。
「……人の心に、土足で入ってくるんじゃねぇ」
「それも、言われてみたかったセリフかも?」
うーん、今までになかった感覚だ。パッと私にするんじゃなくて、その作業を分割して進めていく。触れる、知る、伝える、組み込む。今までオートマチックに済ませていたことを丁寧に、意識的に行うのだ。なんだか知らない筋肉がゴリゴリ使われているような感じだなぁ。
「あれだ、スパセンで奮発して入った岩盤浴でさ、初めてのヨガ体験で全身ボキボキ言わせた時みたいな感動があるよ。未知のゾーンだ」
「例えが良く分かんねぇな、先史時代の話か?」
「大丈夫、すぐに分かるようになるよ。私もゼフの事、分かるようになるから」
私は思わず笑みを浮かべた。これで糸口は掴めた。まずはゼフ君、そしてその感覚を忘れない内に全部を私にしてしまおう。それで万事解決じゃないか。軽く伸びをして、太陽を横切るように旋回する愛おしい影に手を翳した。もう少しだけ待っていてね。
「……だから、ね? ゼフ君のこと、もっとよく見せて。君が今、そこにいる理由を知りたいの」
彼の心に、耳を澄ませる。