田中リリス(582歳)   作:オクタマ共和国宣伝省

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よだかの星

「つまるところ、ゼフ。私たちの役割とは神の慰み者だ」

 

「……ハイヴ・マインド。古典に習えばそんな表現だろうさ。我らはボーグ、抵抗は無意味である」

 

「お兄様、今日の晩ご飯なにがいいですか? 最近お料理の練習をしてるんです。なんでもいいはダメですよ」

 

ゼフがそこにいる理由。……俺がここにいる理由。言葉に連なって想起されるのはいくつかの記憶、とりとめはない。

 

「荒ぶる神の御心を鎮めるのは、在りし日の記憶のみ」

 

「お前の一族が背負わされた務めは、重すぎる。それは一時の繁栄をもたらしたが、今となっては……」

 

「はいこれ、激辛タンメンです。なんでもいいとか言うからです。残したらパンチします。味見? してません」

 

矢の雨を躱しながら飛ばした視線の先、リリス様が怪訝な表情をするのが見えた。

 

「ねぇゼフ、もうちょっとこう、文脈が欲しいっていうか」

 

注文が多い神様だ。なら息つく暇くらい寄越せという話である。

 

「それは無理かなぁ……。だってそしたら撃ってくるでしょ?」

 

「良く知ってるじゃねぇか」

 

矢の間隙を縫って撃ち込んだ砲弾、しかし目視にて確認できる効果なし。まあそうだろうな。だって私には効かないもの。それにしても心を読むのは難しいなぁ。戦闘中なのもあって思考がグチャグチャに飛んでいて拾いづらい。アニメだと戦闘中におもむろに過去回想が入ってくるのはありがちな表現だけど、現実のモノローグでそんなことをやっている余裕はないということか。嫌なリアリティに気が付いてしまった。俺は弾倉を回し、次のクリップを送り込む。

 

けれど、つなぎ合わせればきっと見えてくることもあるだろう。さて、次のページは?

 

「白い翼。我らの始祖、リリンの翼だ。セリメは、あの子はその似姿として生まれてきた。その白を母の血で穢しながら……」

 

「なぜ妹さんが、そんな風に産まれなければならなかったか、か。……そうか、誰もお前に話さなんだか。翼を持つ者たちも諦めたと見える」

 

「ああっ辛い! 辛いです! やめて! 死んでしまいます! お兄様!!! 水! みずみず! みずぅ!!!」

 

馬鹿め、カプサイシンは脂溶性だから水で流しても意味がねぇんだよ。牛乳嫌いが災いしたな。

 

いくつかの記憶が混線していてなんだか良く分からないけど、セリメちゃんの話だということは分かった。でもまだピントがズレてるな。多分ご両親が亡くなった時期に何かしらのコンプレックスができちゃったってことだとは思うんだけど、うーん。でも、リリン?

 

「ちゃんと食べてあげなよ。セリメちゃん一生懸命作ってくれたんだと思うし、あの年でそれっぽいタンメン作れるのは凄いと思う。褒めてあげなきゃ」

 

「食ったさ、美味かったよ。人の頭ん中覗くってんならちゃんと細部まで読みやがれ」

 

「そうなの? ……あ、ほんとだ、食べ始めた。おおっ美味しいおいしい! 今度私も作ってもらお」

 

「今度は来ねぇよ」

 

再び砲撃を叩き込むが、例によって効果なし。やはり距離を詰めるしかないか。精神干渉に物理的距離がどの程度影響を及ぼすのか不明瞭だが、そのリスクを気にしている余裕はない。それいいアイデアだね、もうちょっと近づいてもらおう。ファズちゃんに程よく手を抜いてもらえたりしないだろうか。この際砲撃は気合でなんとかする方向で。

 

「……ゼフ、知っての通りお前の母親は死んだ。あれは元から体が弱くてな。一度の産卵でさえ耐えられる保証はなかった。だが役割のためと、お前を産み、セリメを産んだ。一度目は、失敗と判断された。それが命取りだったんだ」

 

夜中、広いお庭、僕と、白い服を来た父さんの二人。焼かれて小さくなってしまった母さんを抱えながら、父さんは語った。意味は良く分からなかった。

 

「事実として、ババアの精神の安定はオクタマの存亡に直結する。その最後の安全弁がお前たちリリンの子だ。お前の父はそれを終わらせることを選んだらしい、きっとそれは正しいことだ。だがここでいう滅びというのはつまり……いや、そうじゃねぇ。……まあ国家元首だからな、癇癪起こされちゃ困る。それだけのことだ」

 

最近すっかりベッドの上から動かなくなった爺さんは、言葉を濁すばかりだった。小さく呟いたのは、この前一緒に見たSFドラマのセリフだったか。

 

少しづつピントが合ってきたみたい。まだ話は見えてこないけど、このまま再生しよう。

 

「リリンの子、我らが門閥貴族として権勢をふるったのも今は昔の話。恵みと呪いは表裏一体、だが愚かにも栄光を忘れられないものもいる。神の執着心を利用しようなどと……。だが、それはもういい。これで母上の一派は閉門蟄居となるだろう、もはや関係のない話だ」

 

父さんの話している内容は僕にはまるで分からなかったけれど、なるほど私ならある程度分かる。どうやら苦々しい失敗の記憶と関わっているらしい。自分では子供たちに順番をつけていたつもりはないんだけれど、現実はそうできていなかった。無意識の部分で、リリンの子たちを優遇してしまっていた。それがあの内戦を生んでしまった。反省することしきりである。

 

「お前の母親は、私の妻であると同時に、実の妹でもあった」

 

「はい?」

 

意味が分からなかった。混乱する私を他所に、老人の言葉が畳みかける。

 

「意図的な先祖返りを引き起こす上で、近親交配は有効な手段だ。お前の一族はそれを延々と続けてきたんだ、この数百年ずっとな。……白い翼とは権威の象徴、そして我らの神の寵愛を受ける者に他ならない。ババアは国民の血を混ぜ合わせて種族差を薄めようとしてるが、まさかお膝元でそんなことが行われているとは夢にも思うまい。あの秘密主義の家系は、小ハプスブルクとでも言うべき存在だったんだよ」

 

「いや、あの、ちょっと待って」

 

「待たねぇ」

 

砲撃が降り注ぐ、的確な照準は私の脳天を吹き飛ばした。ようやく有効打を得られたな、まあダメージにもならんだろうが。ほらもう生えてきてるし、全く気色の悪い生き物だ。俺は次のクリップを装填する。

 

「この国は滅びの途上にある。今や我々の役割は、その血を以て国を延命することだ。だが、滅びは国よりも先に、我々の元に訪れたらしい。呼吸器疾患、心疾患、視力の著しい低下、骨格の変形、……全くの健康体として生まれてきたお前は、正しく奇跡と呼んでいいだろう。だが、我々が求めたものは滅びの先にこそあった」

 

父さんは白い壺を撫でた。星明り以外に頼りのない新月の夜、小さな母さんは不思議と闇の中でもはっきり見えていた。

 

「……ヒムカ。妹よ、苦労をかけたな。これでもう、全て終わりだ。すぐに行く、待っていてくれ」

 

「父さん、どこかへ行かれるのですか? もう夜更けですよ?」

 

暗闇の向こうでも、彼の顔が歪んだのが分かった。静かに、深く息を吐く音が聞こえて、父さんは僕の方へ歩んできて、しゃがんで、そっと抱きしめてくれました。父さんに抱きしめられたのは、きっと初めてでした。

 

「……すまない、すまない。ああ、ああっ、くそっ! どうして俺は! 妹の一人だって守れやしない! 今だってそうだ! お前たちを守るためと抜かして、自分一人で楽になろうとしているだけじゃないか! お前をひとりぼっちにして、なんになるっていうんだ……。……だが、それでも、俺には、私には成すべきことが、いや、耐えられなかっただけか? とにかく俺にあるのは、誰かを殺す勇気じゃなかったんだ。……」

 

「とう、さん?」

 

「……父上なら、嫡男の死を上手く使ってくれるだろう。きっとそれで、お前たちを縛るものはもう何もなくなるはずだ。お前たちに、私たちと同じ運命を辿らせなど、しない。絶対に」

 

「……」

 

「許してくれ、とは言えんな。……ゼフ、私たちの優しい風。もう夜も遅い、子供は寝る時間だ。お前が眠るまで一緒に……いや、そうか、お前はもう、一人で眠れるんだったな。……それなら、私は少し、出かけてくる」

 

「はい、一人でも、眠れます。では、いってらっしゃい、お気をつけて」

 

「ああ、行ってきます。……おやすみなさい、ゼフ」

 

それが、父さんと最後に会った時の記憶。言葉の意味を理解したのは、ずっと後のことになる。

 

……誰にも言えずに胸の中で抱え続けたその言葉を漸く吐き出せたのは、爺さんが寝たきりになった後だった。

 

「なるほど、お前の父親は身を以て因習を絶った訳か。……一応面識はあったが、こんなことならもっと深く話しておくべきだったかもしれん。何か力に……いや、思い上がりか。こんな腰抜けの老人に何ができるというのか」

 

「……爺さん、僕、知りたいんだ。僕らの役割が何のためにあったものだったのか。何のために、セリメは生まれてきたのか」

 

その時、ツキヨミの爺さんは鋭い視線を飛ばした。病床の老人とは思えない覇気を前に、僕は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。

 

「ゼフ、人間に生まれてきた理由なんてものはない。あるべきではない。それはお前にも、お前の妹さんにも同じことだ。だがそれを押し付けようとする連中がいる。時に社会であり、時に家であり、時に己自身であったりするが、本質的に命に目的などないのだ。……お前の父親は、その内の一つを終わらせた。それが分かっていれば、十分だ」

 

「……でも、母さんも、父さんも、いなくなっちゃったよ」

 

「……それは」

 

「息子が、両親が死んだその理由を、知りたいっていうのも! ダメだっていうのかよ! アンタは!!!」

 

久しぶりに出した大声に、僕は荒く息を吐いた。呼吸を整えようとして、できない。そんな僕を見て、爺さんは息を呑んだ様子だった。今思えば、あれは意を決した顔だったのだろう。あの時の父さんも、同じ顔をしていたから。

 

「……俺はもう、長くはない。だが、もう少しだけ待ってほしい。語るべきことを吟味する時間が欲しいんだ」

 

数か月後、古ぼけたラップトップに残された遺書で俺は真実を知った。そして同時に、己の成すべきことを見定めた。

 

「神を……リリス様を、討つ」

 

必ず、この手で終止符を打たねばならない。それが俺の生まれ持った役目なのだ。自分の中にあったすべての物事が繋がって、否が応でもそう理解できた。

 

「うぁあああ……からさが、みずにのって、くちの、口の隅々まで行き渡ってぇ。あう、ううう。な、なんで普通に食べられてるんですか?」

 

「まあ食えるってだけで好んで食うほどじゃねぇが……セリメ、お前も年食って大人になりゃ、いつか食えるようになるさ」

 

「お兄様もリリス様も異常者です。大人は舌が壊れてるんです」

 

「はいはい異常者で結構。ほら牛乳飲め、多少はマシになるぞ」

 

「それも、それも嫌です!」

 

この子を守るためならば、その未来を縛るものを滅ぼすためなら、俺はなんだってしよう。

 

……眼下、再び生えてきたリリス様の顔には何の表情も浮かんでいなかった。

 

「なあリリス様、今どんな気持ちなんだ? 俺の昔話を読んでどんな気分になった? すぐに分かるようになる、とか抜かしてたよな。教えてくれよ。なあ」

 

こちらを見上げてこそいるが、返事はない。横の外様が何か言っているが、知ったことではなかった。

 

「せっかくだリリス様、俺の古い話を聞いてもらったんだし、将来の話も聞いてってくれよ」

 

いつの間にやらハトノス隊の多くが墜とされちまったらしい、全く情けない。お陰で外人部隊の連中の注意は俺一点に集中していた。幾条もの光の雨が下方から降り注いでくる。だが不思議とそんなものが当たる気はしなかった。翼は風を孕み、ジェットの咆哮が心地よく腹の芯を揺する。舞台には俺が一人、踊るように全てを躱し続けた。

 

「いわゆる将来の夢って奴だなぁ! ガキの頃、授業参観でも発表したっけか? みんなのお父さんお母さんの前で、クレヨンで書き殴ったキッタねぇ絵を掲げてさぁ、大きな声で元気よく発表しましょうねってよぉ! 俺もしたんだぜ? まあ来てた保護者はメイドだけだったけどな!!!」

 

空が狭い。肺が割れそうだ。けれど体の痛みは心までは届かない。風鳴りの向こう側に、誰かの気配が近づいていた。

 

「そん時の保護者のコメントはお見事です、ゼフ様だった。ガキを様付けで呼ぶ保護者が何処に居るってんだよ! 傑作だろ!!?」

 

「……もう、やめて」

 

「ダメだ! やめねぇ!」

 

エリコンが弾切れになる。邪魔になってきた所だ、丁度いい、ベルトを解除して投棄する。換わりに引っ張り出すのはウナの所からちょろまかしてきたパイロブレード。ドラゴンを内側から爆発四散させる旧軍が生んだ気狂いの白兵戦闘兵器である。

 

「教えてやるよ! リリス様ァ!!!」

 

ブレードを構え、直上からの急降下。翼を折り畳み、ジェットを最大で吹かし、全力でのパワーダイブである。己の身そのものを砲弾と変じ、狙うは神の首一つ。

 

「俺の将来の夢は!!! 宇宙飛行士だァアアアア!!!!!」

 

濃密な弾幕に飛び込めば、無数の致命的な攻撃が至近を掠めていく。

 

「月や火星なんかじゃもの足りねぇ! アステロイドベルトでもまだ近い!!! この翼で、冥王星の彼方まで行ってやる!!!!!」

 

だが、音より速い程度では俺を捕まえることなどできない。交差角と相対速度が最大となるとき、蛮勇とも言える突撃が却って死を遠ざけるのだ。

 

「邪魔ァするんなら!!! 死ねぇ!!!!!」

 

その鋭い切っ先が無防備で柔らかな腹に突き立った瞬間、田中リリスは爆散した。

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