田中リリス(582歳) 作:オクタマ共和国宣伝省
「あ、先輩聞きました? 大陸の戦線で強化兵士の実戦投入が始まったらしいですよ」
「なんそれ」
外階段の踊り場でサボってたら後輩がやってきた。どうやら一緒にサボるつもりらしい。私は快く場所を貸してやった。こういう所で先輩としての威厳を示していかなくてはならないのだ。
「ほら、一時期ミュータントってあったじゃないすか。妙なウィルスに感染して首が増えたり足が増えたりした動物が人を襲ったって話」
「ああ、あったあった。なんか国の研究所からウィルスが漏れて、京都市街のど真ん中で八本足の鹿が暴れまわって偉いことになった奴。もう十年くらい前だっけ?」
「それですそれです。あのウィルスを使って、人間を強化するって実験が中国で成功して、前線で暴れまわってるんだそうで」
お隣では随分と冒涜的なものを戦争に使っているらしい。いや、戦争は元から冒涜的なものだから、因果としては逆か。戦争が冒涜を引き寄せたのだろう。嫌な話である。
今のところ日本は対岸の火事として傍観しているが、降りかかる放射性降下物を始め、戦争の気配は既に日本中に蔓延している。公金突っ込んで地下シェルターを作り始めるぐらいにはケツに火が付いた現状、日本もそうした冒涜と無関係でいられるとも思えない。
「ほーん。で、どっちの……ていうか、どの中国の話?」
「蜀の位置にできた中国ですね」
「わかんね」
三国志わからん。まあ現行の国名で聞いてもわからんだろうけど。
「でも夢のある話じゃないすか。人体改造。このまま核で全部消し炭になっても、その環境に適応できるように人体を作り替えちゃえばシェルターなんてなくても生きていけるってことすよ」
「でも首と足が増えるんでしょ? 怖ぇよ」
「だからまあ、夢すよね。人が余ってるあの国だから、上手くいっている個体だけを前線に投入してるんでしょうけど。精度が上がって狙った因子を確実に発現させられるようになれば、生まれに関係なくすべての人間が賢くなるし、遺伝病だって全部治せる。俺は羽とか生やして空飛びたいすね。先輩は自分の体好きに作り替えられるってなったらどうしたいすか?」
「そりゃもちろん不死身、不老不死、スタンドパワーを手に入れるに決まってるじゃん」
「取るに足らん人間どもを支配できそうすね」
「きっとそれだけが満足感よ」
古典文学からの引用で笑いあう、非常に知的なやり取りであった。
……そして、スタンドパワー以外の全てを手に入れた現在の私である。
「何が不老不死だよバカヤロー」
現在進行形で関東地方を勝利して支配している私だが、もちろん満足感などない。仕事が増えて喜ぶバカがどこにいるというのだ。やっぱり生命への冒涜など許すべきではなかったのだ。
「ぼーっとしてないで仕事をしましょう、リリス様。今日は捕虜への尋問の予定が入っていますから、それまでにいろいろ片付けないと」
「おかしい、せっかく人を雇って事務処理の効率を上げたはずなのに、私はどうしてまだデスクの上で筆を走らせているんだ」
「人口が一気に50倍ですからね。処理する問題も50倍です。雇った官僚たちにちょっとした事務処理は任せられても、最高責任者のリリス様のスタンプが必要な書類まで元々の50倍になってますから。そこに官僚たちのマネジメント業務を含めれば、業務量が増えるのは当然の結果ですね」
「業務効率化して空いた時間分早く帰るんじゃなくて、別の仕事を詰め込むタイプの働き方じゃん! 私それは変えなきゃダメだって550年前からずっと言ってた!」
「今回の場合は因果が逆ですよリリス様。仕事が増え過ぎたから人を増やして業務も効率化してどうにか回るようにごまかしたんです。さあ手を動かしてください。捕虜の方がお待ちですから」
ひいこら言いながら書類を片付けて、それから客人に顔向けできる程度に身支度を整える。そしてこういう時触手をどうしておけばいいのかいつも迷う。テーブルの下に隠そうにも収まりきらないし、かといってむき出しでフラフラさせていても部屋中に圧迫感を振り撒いてしまうのだ。誰か触手マナー講師を呼んでくれ。
いろいろ考えて、結局「今回会うのは捕虜だし、多少威圧してもええやろ」と触手はむき出しにしておくことに決めた。
まあそんなことはさておき、オクタマ共和国以外の日本列島諸国には「魔法」なる技術体系が存在している。
「独身のまま30歳超えると使えるようになるんだっけ?」
「いえ、魔法は幼少期に覚醒するほか、覚醒に配偶者の有無は関係ありません。神聖独裁官閣下」
車いすの上に括りつけられた達磨さんは、私の問いに神妙な表情で答えてくれる。
「じゃ、具体的に魔法を習得する方法を説明してくれるかい?」
「はい閣下。旧サイタマ帝国臣民は5、6歳の時期になるとマナ熱と呼ばれる病気を発症します。この際、患者の体温は40度を超え、30%は命を落としますが、生き残った者には魔法を操る力が備わるのです」
「君も発症して生き残って、魔法使いとして覚醒したってことかな?」
「はい、閣下」
「今も使えたりする?」
「はい、そしていいえ閣下。ペンタゴンでの戦闘の際にも発生した現象なのですが、より強力な強化人間……閣下のお言葉を借りれば"ミュータント”ですね、が同じ空間にいる場合、魔法の発動は著しく制限されるようです。現在、私は魔法を発動できません」
「……ああ、環境回復用にばらまいたナノマシンに干渉して任意の現象を引き起こしてるのか、それが魔法の正体と」
オクタマシェルター他、旧シェルター連合がバラまいたナノマシン。達磨さんは「より強いミュータントがいると使えなくなる」と理解しているらしいが、現行でライセンスが生きている上位コマンドが周囲にいれば使えなくなるのは必然である。
ふむ、正直そこまでの脅威を感じていなかったのでほぼスルーしてきたが、もうちょっと真面目に対策を立てておいた方が良かったもしれないな、この魔法とかいう代物。
察するに魔法とは、野生化し、更に弱毒化したリンダウィルスによって引き起こされた意図せざるジーン改変の産物なのだろう。リンダウイルスの真価たる身体再編能力は損なわれ、環境適応能力の向上と、脳の一部に環境中のナノマシンに干渉する限定的な能力を付与する「小改造」のみを施すように変異した。感染者が三分の二も生き残れるなら、地上に国家が再建されるのも納得である。
放射能まみれの地上に適応するために必死こいて体にウィルスをぶち込みまくり、全身から触手を生やしたり眼球が500個に増殖したりを繰り返していた私たちからすれば、弱毒化ウィルスなる存在は羨ましい限りだ。
「んで、このマナ熱を引き起こす病原体を研究する中でリンダウィルスが再発見されて、培養実験を通じて強毒化、先祖返りさせることに成功。軍用ミュータント開発へ、ってな流れな訳だ」
「はい、マナ熱研究から強化人間計画が派生したため、概ねそのような理解で間違いないかと思われます。神聖独裁官閣下」
「ふぅん。こりゃ魔法が云々言い出した300年前の時点で潰しといた方が良かったかなぁ。でもそうすると人類が再建できないし……。まあよしっ、インタビューにご協力ありがとう。お礼に新しい手足をプレゼントしよう」
私は背中から何本か触手を引っこ抜いてネジネジと編み上げ、四本ほどの縄を編み上げる。そいつを持ち上げた達磨さんの肩と腰に押し当ててやればあら不思議、即座に接合部が融合して神経、血管、筋肉が通じ合い、縄はそれっぽい手足の形へと変わっていく。
「この触手はもう君の管制下に入った。今は不格好だけど、使ってるうちに馴染んでくるはずだから。しばらくは我慢してね」
元達磨さんは目をぱちくりさせて、しばらく呆然としていた。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! この御恩は一生、いっしょうかけてお返しいたします! 私は今後の全生涯をオクタマ共和国と神聖独裁官閣下のために捧げることを誓います!!!」
涙ながらの、滂沱しながらの宣言である。どうやら手足を生やすのは彼らの技術体系では文字通りの「魔法」だったらしい。恩を感じてくれるのはありがたいが、彼女の手足をねじ切ったのはウチの悪ガキなのでマッチポンプ感が酷い。私個人の単位ではいいことをしたはずなのに気分が悪かった。
「あ、うん。ありがと。今度捕虜主体で新しい部隊を作るからさ、その時はよろしく頼むよ」
「はい! 粉骨砕身、神聖独裁官閣下のために尽くさせていただきます!!!」
そして元達磨さんは、車いすの取っ手にもたれかかりながらも、己の脚で歩きながら退室していった。
「……それでリリス様、結局魔法対策はどうするおつもりなのですか? 廃棄にしますか? 保存にしますか?」
「保存かな。環境回復用のナノマシンを使って戦争するなんて完全に盲点だったし、その辺の技術は回収しておきたい。戦前の兵器をいつまでも保持しておくのも無理があるし、低強度紛争で使うなら魔法でも十分な効果が期待できるし」
私は背もたれに身を預け、ため息をついた。セリメちゃんは小首をかしげている。
「それにウィルスが存在する限り、すべての人間は魔法を獲得しうる。これを廃棄するのは現生人類の殲滅とイコールだ。こりゃ諦めるしかないね」
「ままなりませんね」
「ねー」
なんてことを言いあっていると、ふと思いつくことがあって、私は部屋の隅のゴミ箱に手を向けた。周辺のナノマシンにアドミニストレータ権限で介入、環境保護任務を上書きしてプラズマ化を命令する。
途端に、ゴミ箱に突っ込まれていた書類は火だるまと化して消滅した。
「おおっ! すげぇや! こりゃ便利だ! マジシャンズレッドじゃん!」
「なんですかそれ?」
私の中にもまだスタンドでテンションが上がる部分が残っていたんだなぁ。少しうれしい。
「……でもこれ、環境回復用に使ってるナノマシンを自滅させながら任意の現象を引き起こしてるわけだから、使えば使うほど環境は終わってくってことか。新時代の公害だね、廃棄はできないにせよ法整備はしないといかんなぁ」
「よくわかりませんが、つまり新しいお仕事が増えるのですね、リリス様。頑張ってください」
「いやー、おしごとやー、やだぁー。おうちかえってねるぅ~」
言ってても始まらないので、何はともあれと手と触手を動かして書類を作成する作業に戻る。魔法が日本全土で使われているとすると、その分環境破壊が進んでいるというわけで、また日本を征服する動機が増えてしまった。勘弁してほしい。