田中リリス(582歳) 作:オクタマ共和国宣伝省
ずっと部屋に引きこもって書類漬け生活というのも健康に悪いので、偶には外に出てみようということになった。
「というわけで、今日は占領地の視察という名目であっちこっち散歩してこようと思います」
「リリス様、仕事してください」
「えー元サイタマ帝国近衛騎士団団長、現オクタマ共和国自衛軍外人部隊所属のファズちゃん、本日はツアーガイドの方をよろしくお願いします」
「お願いしないでください。仕事してください」
「お任せください閣下! 完璧に勤め上げてごらんに入れます!」
「勤め上げないで結構です。仕事してください」
達磨さん改めファズちゃんに道案内を頼んでみたら快く引き受けてくれたので、本日は彼女にくっついて埼玉方面を散策していく。副官ロリ眼鏡はお留守番だ。過酷な外の世界はあの子にはまだ早すぎる。
オクタマの首相官邸からファズちゃんをお米様抱っこで担ぎ上げて突っ走ることしばらく、ここらが川口市とかさいたま市だった辺りだろうか? 到着して早々、街並にはすでに異国情緒が溢れていた。
「ハウステンボスに来たみたいだぜ~。テンション上がるなぁ」
その風景は一言で言えば、木組みと石畳の街、である。むき出しのウッドフレームにレンガや漆喰で壁を作った家々、確かハーフティンバー様式とか言ったか。そして馬車が行き交う通りは石畳で舗装されていた。見るからに中世ヨーロッパである。
ホントにここは日本だった土地なのかな? 劇的ビフォーアフターにもほどがあるだろう。まあ核で消し炭になった後に再構築された街だから、ビフォーとアフターの間には虚無が挟まって連続性は皆無なのだが。
「うぐぉぉ、も、もう着いたのですか? ……閣下、こ、こちらが帝都ネオウラワです……」
流石は強化人間といったところか、私の全力疾走に巻き込まれながらも意識を保ち、健気にもツアーガイドの任を果たそうとするファズちゃん。正直なところ私は池袋より北の土地勘は皆無なので、本日は彼女の脳内マップが私の命綱だ。強く生きてほしい。
「ふーん、ゼロから文明を再構築したなら、日本列島という環境である以上は木製で江戸時代風の……あれだ、長屋とか武家屋敷みたいな木造建築に収斂していくもんだと思ってたけど、意外なほどに西洋趣味」
ファズちゃんを下ろしつつ、所感を呟く。
「閣下、ナガヤやブケヤシキがどのようなものかはわかりませんが、サイタマでは半木骨様式が一般的となっております。純粋な木造建築では火に弱いですから」
「魔法でお手軽に火を使える分、火災への備えが重要ってことかな? なるほど」
今回の戦争で上がってきた報告書にもファイアボールなる攻撃魔法を投げつけられたという内容があったか。戦場で火責め、火炎放射が一般的になっているのなら、それらへの備えが街並に表れるのも必然である。
とか言いあっていると、俄かに周囲が騒がしくなってきた。
「うわぁあああ! ば、化け物!!!」
「邪神! 邪神よ! 魂を食われるわっ!」
「うええええん! おがあざんどごぉ!?」
まあそういうリアクションになるわな。通りに狭しと溢れていた人々は蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。まるで怪獣映画の中のような景色だ。まさか怪獣側から拝む羽目になるとは思わなかったが。
「……静かになっちゃったね。サイタマふれあい街歩きしたかったんだけどなぁ」
「誠に申し訳ありません、閣下。何分、開戦直後に一方的に騎士団を壊滅させ、皇帝を人質としたオクタマ共和国の強化人間はサイタマ人にとっては恐怖の対象となっておりますから。何卒彼らには寛大なご処置を……」
「まあこんな見た目の奴が急に空から降ってきたら私だって逃げるから、気にしないで」
最後に身体測定をしたのは何年前だったか、老いか成長かで数値が変わっていなければ私の身長は236センチメートル、触手の本数は42本だったはずだ。
そして移動方法は足より長い触手を足代わりに使い、体を浮かせた状態でヌルヌルと地面を滑ると来た。薄らデカい女が無数の触手を地面に這わせて浮遊しながら等速直線運動してくるのだ、はっきり言ってメチャクチャキモい。
……余談だが、この間セリメちゃんに「ドクターオクトパス!」と一発ネタをやってみたが、全然通じなかった。世代が600年ほどズレているのだから仕方ない。私は何を期待していたのだろう。
「オクタマ共和国とミュータントへの恐怖はまだ根強いと、……あちゃー、宣撫工作やんなきゃダメだったわ。戦争なんてするの久しぶりだから勝手がわかんなくって困る。……戻ったらすぐプロパガンダ準備しないと」
ウチのガキ共に基準が寄ってたせいで、食料と家が足りてて暴動さえ起ってなけりゃなんでもいいと思ってた。そんな訳ねぇだろボケ。己の手酷い失敗に落ち込みながら、それでも気づけないよりよっぽどマシだと自分を慰める。何、今頃首相官邸でご立腹の副官ロリ眼鏡をなだめるための成果物ができたと思えば安いものだ。
気を取り直し、中世ヨーロッパ風に変貌を遂げたかつての浦和、現ネオウラワの静かな街並をファズちゃんと共に歩む。
「時にファズちゃん、元サイタマ帝国軍人である君に聞きたいことがあるんだ」
「なんなりとお聞きください。神聖独裁官閣下」
「開戦前の時点でさ、諸外国での我が国の風評ってどんなもんだったの?」
我が国は対外不干渉で長いことやってきた国だ。その不干渉っぷりと言ったらモンロー主義どころじゃなく、鎖国と呼んで差し支えないレベルである。正直に言ったところ、戦争を吹っ掛けられる謂れなんて全く身に覚えがない。
「……閣下、それを閣下に申し上げるためには、閣下への侮辱的表現を多分に口する必要があります。お許しいただけますか?」
「許すよ。私はそれが聞きたいんだ」
「では、失礼ながら、戦前の風評について、申し上げます……」
ファズちゃんは意を決するように息を吸い込み、そして口を開いた。
「オクタマ共和国とは、邪神が統べる悪魔の住む国だと、皆嘯いておりました。……ああ、なんと恐れ多いことを」
「まあ、そういう感じだろうとは思ってたよ」
私は無限に申し訳なさそうにしてくるファズちゃんを宥めつつ、続きを促す。
「まず、共和国という名が異様でした。王を頂かず、神を名乗る不遜な存在が君臨しており、しかも住人が悉く人外の異形。外界との接触を拒み、たまの外交で使節を受け入れても、婚姻や人質と言った交渉事には一切応じない。平原諸国の外交プロトコルが通用しない謎の国。それがオクタマ共和国の印象でした」
「一応、自分から神と名乗ったことは一回もないんだよ?」
地上で人が増え始めた頃、ファーストコンタクトで神だと間違えられたのがすべての始まりだ。
当時スレていた私が「まあ人ではないっすね(笑)」みたいな雑な対応して、当時の副官を巫女呼ばわりしてふざけたのがいけなかったのだろう。外交上神として向こうが扱ってくる都合、こちらからそれを否定するわけにもいかず、ズルズルと訂正できないままその状態が続き、今では悪ガキ共から神を名乗る異常者扱いされる始末だ。
……ともあれだ。言われてみると、我が国って中世基準の倫理観だと異様なほどリベラルなやり口なのか。そりゃあ気持ち悪かろう。とは言え、それだけで宣戦同時攻撃を喰らったとも思えない。
「そしてある時、我が国の宰相がこんなことを言い出したのです。彼に曰く、「オクタマ共和国を統べる邪神こそが、神話に謡われる”大厄災”の引き金を引いた存在だ。人類は団結してこれを滅さねばならない」と。そして邪神討伐の為と称して諸国に同盟を呼びかけ、先のサイタマ、オダワラ軍事同盟の締結に至りました。思えば、2大国を結び付けるための口実として、オクタマ共和国を生贄にするつもりだったのでしょう」
はあ、私が”大厄災”の引き金を引いたねぇ。核戦争の引き金を実際に引きやがったのが何処のドイツなのかは知らないが、まあ解析した開戦直前の交信記録的に最初にぶっ放したのは九割方ドイツなんだが、もしあそこの二代目総統がゾンビとかになって生き残ってたら私が直々にブッ殺しに行ってやるよ。
「なるほど、大体わかってきた。つまりナチズムで言う所のユダヤ人枠、全部の責任を押し付けて不満をごまかすための都合のいいスケープゴート枠に我が国と私、そしてウチの国民たちが選ばれたって訳か」
「ナチズムが何かはわかりませんが、確かに我々はオクタマ共和国を都合のいい外敵に仕立て上げ、戦争を仕掛けたのです。本当になんと言ってお詫び申し上げればいいか……」
「気にしないでってば。捕虜に作らせた書類だとそういうこと口ごもった言い回しばっかりで今一つわかんないところあったからさ、教えてくれてありがと」
いやはや、なかなか有意義な外遊になったじゃないか。こうやって時間を作らないと部下からヒヤリングとかできないし、決して無駄な時間ではなかった。よしっ、完璧な論法だ。これで副官ロリ眼鏡を言いくるめられるはず。
「と、止まりなさいっ! そこの異形っ!」
市街を一回りして、そろそろ帰ろっか、とか言ってた時のことだ。おもむろに背後から張り上げた声が飛んできた。
振り返ってみれば、甲冑姿のサイタマ帝国の騎士たちの隊列が私を睨みつけていた。隊列から一歩踏み出した位置に立つ騎士が声の主のようだ、どうやら部隊長と見える。
「姿からしてオクタマ共和国の関係者と思うが! 一体何用があってネオウラワへ来たのか!? す、すでに我が国は貴国と約定を結び、貴国が民を傷つけることはしないと保証されていたはずだ!」
「あ、すいません連絡もせずに来ちゃって、騒ぎになっちゃってますもんね。あの、わたくしこういうもので……」
「ひかえおろう! 貴様ら! このお方をどなたと心得る! 畏れ多くもオクタマ共和国の神聖独裁官にして御神体そのもの! リリス様であらせられるぞ! 一同頭が高い!」
私が懐から名刺を取り出して名乗ろうとした所で、ファズちゃんの口上が高らかに響き渡った。その声は大勢の詰める空間にあって驚くほどよく通り、騎士たちは溜まらず片膝をついて私に礼を払ってしまう。隊長らしき騎士など、もう崩れ落ちて土下座に近いポーズになってしまっていた。
「……し、失礼しました。ま、まさか神聖独裁官様がこのような所においでになられるとは夢に思わず……」
崩れ落ちたまま言葉を紡ぐ隊長に、ファズちゃんはフンと鼻を鳴らした。一応元同僚なんだからさ、あんまり虐めないであげてよ。
私は咳払いをして、改めて彼らに挨拶する。
「あーはい、私が田中リリスです。皆さん面を上げてください。何も取って食おうという訳ではありません。今日はただ、占領地がどんな具合かを見に来ただけで、特に要求とかはありませんから。それにもう帰りますしね」
「は、はい。寛大なご処置に、感謝いたします……」
……この先ずっとこの調子でやってかなきゃいけないのかな。でも戦争で勝って、その土地を支配するというのは、つまり恐怖を振り撒くということなのだ。やり方を学んでいかねばなるまい。やれやれ総統閣下の真似事をする羽目になるとは、長生きなんてするもんじゃない。
私はファズちゃんを担ぎ上げて、来た時同様に突っ走って帰宅した。
「……でも、今日は本当に収穫の多いお散歩だった」
走りながら、私はファズちゃんの話と、騎士たちが私に向けた恐怖と敵意の滲む視線を思い出す。
我が国は憎悪の対象に仕立て上げられた。そして先の戦争ではサイタマとオダワラが墜ち、我が国の脅威は日本列島の南北に伝わったはずだ。更に、捕虜にならずに各地へ逃れた敗残兵たちも、故地奪還の為に盛んに我が国への攻撃を訴えるだろう。放っておいても、少し待てば次の戦争は必ずやってくる。向こう側から仕掛けてきてくれる。
日本征服の大義名分に困っていたところに、火種が勝手に転がってきてくれた格好だ。
もっと言えば、私たちは何もしていないのに殺されそうになったのだ。それならば、何もされていなくても殺したっていいということじゃないか。ポストアポカリプスの日本列島がそういう論理で動いているのなら、私たちもそれに合わせるだけだろう。
実に、都合のいい話じゃないか。
「まあ開き直ればそういう解釈もできるよね。だからそういう気付きを得られたという意味でも、今日のお出かけは必要だったんだよ。セリメちゃん」
「そうですか、じゃあ仕事してください。今日の分を今から全部処理してもらいますからね」
「……はい」
……現実は、そう都合よくはできていなかった。今夜も眠れそうにない。