田中リリス(582歳)   作:オクタマ共和国宣伝省

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第六話:給与と福利厚生がしっかりしてれば大抵の不満は飲み込ませられる。ただし上下関係はハッキリさせておかないと後々面倒になるぞ

関東の二大強国、サイタマ帝国とオダワラ連合王国を僅か数日の内に陥落せしめ、その後数か月と掛からずに本州を制圧した謎の侵略的軍事国家、オクタマ共和国の名は、今や絶望と恐怖と共に日本列島全域に轟いていた。

 

日本列島諸国は邪神を頂くこの恐るべき国家の来襲に際し、抵抗か、恭順かの二択を迫られた。名誉を取って抵抗した国家はその悉くが一夜にして攻め落とされ、王侯貴族はかどわかされた。いかなる仕掛けか、魔法の一切は無力化され、空から来襲する黒い翼の脅威を防ぐ手立てはなかった。

 

そして恭順の道を選んだ国家に対しては、人質の供出と、軍事的な魔法技術、人体強化技術研究の禁止が求められた。

 

彼らに曰く「過度な魔法の乱用と情けない進化は人の堕落であり、”神”はそれを嘆いている」のだという。

 

この条件に従う限りにおいて、オクタマ共和国は配下の諸国に対して一切の攻撃を行わず、人質の安全を保障した。更にオクタマ共和国は、配下の諸国に対して医療の発展や食料増産、安定的なエネルギー安全保障についての全面的な技術協力を確約した。

 

また抵抗を選んだ国家に対しても、軍事力の大幅な制限と引き換えに一連の技術支援はしっかりと行われた。

 

……そして北の果て、かつて北海道と呼ばれた土地の北部に広大な領土を持つ「カイナ大公国」にも、この恐るべき侵略的軍事国家と対峙する運命の時が訪れていたのである。

 

「いやどう考えても恭順一択じゃろ。なんで自分から殺されに行かねばならんのじゃ」

 

「まあそうですよね」

 

顔立ちに幼さを残した国家元首は即答した。なんでわざわざそんなことを聞きに来るのかと言いたげな表情である。

 

「もしここで公女様が「徹底抗戦じゃーっ」とか言い出したら私たちは即クーデター起こしてましたよ」

 

「ウナよ、仮にも軍の司令官が国の最高権力者の前で革命ジョークを飛ばすでない。粛清するぞ」

 

「確かに冗談ですが、冗談のまま終われてよかったとは思っております」

 

「……まあそれに関しては本当にそうじゃなぁ」

 

公女様と呼ばれた小柄な少女は、その体格に対して明らかに大きすぎる玉座に座り直し、左の肘掛けで頬杖をついた。玉座の右側には彼女がもう一人座れそうな空間ができている。玉座の前で片膝をついた青年、ウナは、そのままの姿勢で彼女の言葉を待った。

 

「このオクタマ共和国とかいう胡乱な名前の国、オトイネップ遺跡からの出土資料で見覚えがあるわ。……”大厄災”が予見された時期に、それに備えてニホン列島各地に建造された対核戦争シェルター。カントー地方での建設地として選ばれた土地の名が、オクタマじゃったはずじゃ」

 

「なるほど、では彼らは”大厄災”を生きながらえた先史時代人からの直系だと?」

 

「恐らくはのう。あるいは生き残った本人という可能性もある。まあ、なんだって550年も経った今頃になって動き出したのかは見当もつかんわい。コールドスリープ技術でも使って環境回復まで待ったのか、それとも何か別の理由か、情報が少なすぎてなんとも言えんのう」

 

少女は頭を掻きむしった。彼女の頭に生えた狐のそれを思わせる大きな耳が、手の動きに合わせて揺れる。

 

「サッポロ人の使者を介して届いた書状によると、恭順を受け入れるのならば医療、農業、エネルギーその他もろもろに関しても技術提供をしたいとある。実際にサッポロの連中は既にその恩恵に与っているそうじゃ、無駄に突っ張ってボコボコにされた後にの。この辺から察するに、オクタマ共和国は旧日本政府の後継を自認していて、ニホン列島の統一とニホン人という概念の復活を図っている可能性も読み取れる。元首が”神”を名乗っている辺りもそれっぽいしの」

 

「理由はともあれ、技術支援、それも先史時代の極めて高度なものを惜しげもなく授けるとなれば、我が国が受ける恩恵は計り知れませんな」

 

「民草は良いが、”我が国”は滅ぼされるかもしれんがの。……まあ国家など人が共同体を維持するためにでっち上げた方便に過ぎん。家が建て替わっても、同じ人間がそこに変わらず住み続けるのならば何も問題はないわい」

 

己を即ち国家と定義する大公家の長は、何でもないことのように嘯いた。

 

「何はともあれ、わらわたちに選択肢などないわ。遺跡からの出土品も含めて魔法技術、肉体改造技術は全部オクタマ共和国から進駐してくる連中に献上。わらわ自身ないし妹たちの誰かを人質として見繕って、お願いだから民草の命だけは助けてくださいよろしくお願いしますと土下座しながら泣き付くより他ない」

 

「実際そうなんですけど、土下座は最終手段にしてください。絶望的な力の差があるとは言え、外交交渉とは怯んだ方が負けですから」

 

「ええ? もう諦めちまうのかよ。頑張って邪神の支配に抗おうぜ! 土下座は負けた後にもできるだろ?」

 

突如響いた場違いな声色に、公女執務室に緊張が走る。背後に表れた気配に対し、ウナは即座に抜刀して振り返り、自らの君主に叫んだ。

 

「キラウ様! お下がりください!」

 

「おっ、わらわ死ぬ感じか?」

 

鉄火場に叩き込まれながら、キラウは眼前に現れた異形の姿を真っすぐに見つめていた。

 

背丈はウナと同じ程度、大柄ではあるが、人の域を逸脱してはいない。大雑把な見た目は人間の青年と然したる違いはない。だが目を引くのは腰から生えた一対の翼だ。猛禽の類のそれを思わせる黒い翼の存在は、彼が人から外れた者、即ち人外、先史時代の言葉でミュータントと呼ばれた者であることを示している。

 

白刃を構えるウナの殺意を受けながらも、異形の青年は悠々と片膝をつき、キラウに対して恭しく最敬礼をした。誰がどう見ても今更の行為であったが、それを見たキラウもまた居住まいを正した。

 

「失礼いたしました公女様。私はオクタマ共和国からの使者、オクタマ共和国自衛軍ハトノス空挺隊隊長、ゼフと申します。本日は、先日サッポロ王国の者を介して送らせた書状の返答を伺いに参上いたしました」

 

「いやはや、こちらから使者を送り出して返答するべきところを、わざわざ我がカイナ大公国までいらして下さるとは。感謝の念に堪えません。どうか面を上げてください、ゼフ殿」

 

執務室は剣呑な空気に満ちたまま、平常通りのプロトコルに則って”外交”が始まった。すると、ゼフを名乗る異形の男はいよいよ笑いが堪えきれなくなったという様子で軽く噴き出した。

 

「いや、キラウ様。アンタすげぇな。肝が据わってるってレベルじゃねぇだろ」

 

「泣き喚いて交渉が有利に進むなら幾らでも泣くがの、生憎と泣き落としが通用するのは童が親にするときだけじゃ」

 

「アンタも大人って歳じゃないだろうに……」

 

ゼフは呆れたように笑い、キラウは肩を竦めた。

 

「ウナ、もうよい。間合いに入られた時点で抵抗は無意味じゃ。どうにか舌で何とかするからその物騒なものを仕舞え」

 

「しかしキラウ様」

 

「よいと言ってる」

 

「……出過ぎた真似を致しました」

 

ウナは静かに刃を鞘に納め、キラウの脇に控えた。しかしその視線は依然として濃厚な殺意を宿し、異形の青年へと向けられている。

 

「……で、書状に対しての返答じゃが、さっきそこのウナと話していた通りじゃ。我がカイナ大公国はオクタマ共和国の提示した条件を受け入れ、貴国の配下となろう」

 

「確かに承知致しました。あーあ、アンタら他の国とは技術体系が違うっぽいし、戦ってみたかったんだけどなぁ……。恭順してくれるっていうなら仕方ねぇ。ウチのババア、いや我が国が頂く”神”であるところのリリス様にはキラウ様の意思をしっかり伝えとくぜ」

 

キラウは軽く息を吸った。

 

「ふむ、じゃが、我が国にも事情というものはある。まず魔法技術と肉体改造技術の廃止についてじゃが、これを直ちに飲むということは不可能じゃ」

 

「へぇ、じゃあ戦争だな!」

 

「待て、だから事情があるのじゃ。お主もここに飛んでくるまでに見たじゃろう? 我が国の国土に生息する魔物共の姿を」

 

北の果ての地、カイナ大公国。人呼んで”試される大地”。

 

尋常の動物からは乖離した異形の獣を、人々は”魔物”と呼び、これは日本全土に生息している。魔物は並みの獣を超える体格と知性を備え、更に鋭い爪や牙の他、時に火を噴くなど矮小な魔法の類すら使う。そしてしばしば人を襲い、喰らい、その生活を脅かしていた。剣技や魔法を修め、肉体を強化改造した騎士たちが日々魔物と戦い、その駆除の任務を担っているのである。

 

しかし、カイナ大公国に現れる魔物たちは本州に現れるものとは一線を画す重大な脅威であった。具体的に言うと、サイズが10倍くらいデカい。

 

「特にヤバいのがドラゴンでの、空を飛びながら可燃性の体液をバラまいて来おる。そして奴はそこら中が気化した体液で満たされた時に一気に火を放って、衝撃波と酸素の消失による窒息で地上の民草を一人残らず殺していくのじゃ。しかもその甲殻は並みの魔法では貫くことも叶わず、その膂力は肉体改造を行っていない騎士では太刀打ちできんほどでの。わらわたちにとって、魔法と改造はドラゴンの脅威に対抗する唯一の手段、これの代替手段を提示できないのならば、我が国はオクタマ共和国側の提案を飲むことはできん」

 

「なるほど、そりゃ重大な問題だ。こりゃ一旦持ち帰ってリリス様の判断を仰がなきゃいけねぇな」

 

ゼフはゆっくりと立ち上がり、その翼を広げた。

 

「ま、こんなとこか、そう悲観しなくてもウチの神様は慈悲深いからな。何かしら対案は出してくれるだろ。返答が準備できるまでちょっとばかし待っててくれ」

 

「うむ、よろしく頼む」

 

キラウは肩の力を抜き、改めて肘掛けにもたれ掛かった。その顔には露骨な疲労が滲んでいる。

 

「悪い悪い。普段はこんなふざけたことしないんだぜ? 警備厳重の会議室に乱入して格の違いを見せつけながら、王様相手に要求を高らかに謳い上げて飲ませるくらいだったんだ。けど、今日はキラウ様が、俺の妹と同じくらいの年なのにびっくりするほど聡明な様子でいらっしゃったから、個人的に喋ってみたくなっちまったんだ」

 

「お褒めに与り光栄じゃのう。そんじゃまあ、リリス様とやらによろしく言っておいてくれ」

 

「任せろ、ちゃんと言いくるめてきてやるよ。そんじゃあな、また会おうぜ」

 

言うが早いか、ゼフの両足から噴き出した火炎が彼の体をゆっくりと持ち上げた。そして換気のために開けられていた窓から宙に身を躍らせ、その姿は瞬く間に空の彼方に消えていく。

 

白い雲を毛糸のように引きながら飛び去って行く光点を、主従は何も言えずに見送った。

 

「……あぁ~。わらわ生きてる~。いやもしかしたら死んでるかもしれんのう。ウナ、わらわはちゃんと生きておるか?」

 

「……はい、キラウ様は生きております。盾としての役目すら果たせず、そればかりか私の命すら救っていただきました。何と言ってお詫び申し上げればよいか」

 

「よいよい。ありゃどうにもならんわ」

 

キラウは今更のように震えだした己の体を抱きしめるように腕を回すと、ケラケラと笑いだした。

 

「ふぅ~やばかったのう。ウナ、わらわ今日はもう寝る。ただ腰が抜けて立てんから、寝室まで運べ」

 

「畏まりました。ただいま侍女を呼んでまいります」

 

「いや貴様が運ぶのだ。もっとも頼りになる騎士以外にわらわを運ばせることなどならん。……それに言葉遣いもいつも通りでよい」

 

ウナは、静かに息を飲んだ。

 

「……わかりました、公女様。ではお手を失礼……」

 

青年の手が触れたとき、少女の体は、もう震えてはいなかった。

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