田中リリス(582歳) 作:オクタマ共和国宣伝省
空挺隊と輸送グライダー部隊をフル動員し、日本列島を南北に駆けずり回って片っ端から武力制圧して回った三か月間。そして各地から拉致って来た王侯貴族を人質に役人たちを再組織化する三か月間を経て、ついに我がオクタマ共和国による日本列島征服事業は完了した。
「と言ってもまだ全然地固めが終わってなくて、日本列島各地で小規模な反乱が起きまくってる訳ですが。本当にこれで大丈夫なんでしょうか、リリス様」
「全ッ然ッ!!! 大丈夫じゃないよォ!!!!!」
なんでお前らそんなに反乱するんだよ! 衣食住だけじゃなくて医療も農業も電気も水道もあげるって言ってるじゃん! 中世レベルの街並みにアスファルト敷きの街道と電灯が灯るんだぞ! んでそれタダでやってやろうって言うんだぞ! 何の文句があるって言うんだボケェ!!!
「まあ、今はまだ技術指導を始めてすぐの段階で、我が国に恭順したことによる利益が市民たちの生活に還元され始めて日が浅い訳ですから。占領された当初の「急になんか怖い見た目の人外が襲ってきて王様を連れ去った」というイメージを払拭できていないのでしょう」
それを言われるとその、はい。……会社員時代の私でも、例えば中華同盟軍とか自由アメリカ軍とかに日本を占領されて「酷いことはしないから私たちに従ってください」とか銃を向けられながら言われたとしても、それをあっさり受け入れはしないだろう。まあ当時の私に鉄砲に逆らうほどのバイタリティはなかったとも思うが。
「ましてそれが外国人どころじゃなくて、パッと見じゃ人間なのかすら分からない怪生物と来ればどれほど受け入れがたいかって話だよね。つまり時間をかけてじっくりと懐柔していくしかないよね~。あ~めんどい!」
私は盛大にため息をついた。……困り果てた脳裏に浮かぶのは、黒い翼の悪ガキの姿である。
「こんな時、君のお兄ちゃんがいてくれればねぇ……」
「お兄様は今、カイナ大公国でドラゴン狩りに追われているのでしたか」
「そーそ。結局空飛べる子がいかないとどうにもならないって結論になっちゃったからさ」
カイナ大公国は、戦争関連の技術開発の放棄と引き換えに、オクタマ共和国軍が常駐してミュータント災害に対処するという条件で合意に至り、現在は我が国に恭順する国家の一つに加わっている。アメリカ分裂前の日米安保条約に近い体制と言える。
軍が進駐するということは、カイナ大公国側からしてみれば常に首元にナイフを突きつけられているも同然だ。故に、カイナ大公国からは人質は取らなかった。提案者のゼフ君に曰く「家畜にストレスを掛け過ぎても、却って凶暴にするだけだ」とのこと。言い方はともかく、彼も相手の立場を考えてものを言えるようになったのかと思うと、目の奥に熱いものを感じる。
そして現在は、とにもかくにもドラゴンを何とかしなくてはいけないので、ハトノス空挺隊の全隊を現地に送り込んで片っ端から討伐させている。ドラゴンの殲滅が確認でき次第、二線級の部隊と交代して彼らには帰ってきてもらう予定だ。
「ドラゴン駆除が終わるまではゼフと愉快な仲間たちは北海道に釘付け。この地固めの時期に我が国が誇るスーパーフッ軽部隊が戦線離脱ってのは痛いよ。痛すぎるよ」
ハトノス隊以外の面々、飛行速度が遅かったり航続距離が短くて選考落ちした子たちとか、そもそも飛行能力を持たない子たちを派遣するのもありだが、何かあった時に即時撤退という選択肢が取れなくなる時点で危険がかなり大きくなる。
「……コア・ファイター構想は合理的な発想だったんだなぁ」
「コアファイターってなんですか?」
私は遠い過去の記憶を掘り起こしながらしみじみと呟いた。合体変形ロボなんてリアリティがないと思っていたが、こんな所で「空を飛んで逃げられる」ことの合理性を理解することになるとは。やはり昭和のアニメも捨てたものではない。私は今かなり真剣にマゼラアタックが欲しかった。
「……ま、現実逃避もこの辺にして、そろそろ私の腹案を披露するとしようじゃないか」
「腹案、リリス様が反乱が起こっている土地に直に乗り込んで片っ端から叩き潰す、ですとか?」
「やってできないことはないけど、私がここから離れるわけにはいかないから没」
最終防衛ラインが前線に行ったら元も子もない。
「腹案ていうのは、”外人部隊”のことさ」
……そこでやっとこさ午前中の書類を捌き終え、私は軽く伸びをした。テーブルの上に書類を滑り込ませるベルトコンベアと化していた触手たちを揺さぶって、溜まりにたまった凝りを解す。
「セリメちゃん、私はこんな時の為に、彼らを準備したんだよ」
今日の午後は、彼らの実戦投入に向けた最終訓練の視察に行く予定なのだ。
という訳で、やってきたのは旧サイタマ帝国帝都ネオウラワ、現オクタマ共和国サイタマ県ネオウラワ市。外人部隊用の訓練施設である。と言っても、帝国時代からあった騎士団用の兵舎を改装しただけだが。
「総員気を付け! 神聖独裁官閣下に敬礼!」
私の隣に立つ外人部隊の隊長ファズちゃんの元気な号令で、運動場に整列していた外人部隊の面々が一斉に敬礼する。式典会場さながらに準備されたステージの席から彼らを見下ろしながら、私はその光景にあっけに取られていた。
……すげぇ、我が国の軍隊にあるまじき統率の取れっぷりだ。
隣に座るセリメちゃんも口をポカンと開いている。軍人の基準がお兄ちゃんに寄っているせいで違和感が凄いのだろう。
「では! これより神聖独裁官閣下に今日までの訓練の成果を御照覧いただく! 総員演習隊形に開け!」
ファズちゃんの号令で隊列がパッと解かれて、素早く脇に掃けていく。そして残されたのは、数名の兵士たち。何が始まるのかと思っていれば、ファズちゃんがこちらに向き直った。
「オダワラ連合王国出身のギン。アイチ首長国出身のハバラ、ソテツ。キタキュウシュウ王国出身のフラ。今回は、以上の四名の訓練成績優秀者が実戦形式で能力を披露いたします」
「ああ、そういう感じね。じゃ、始めてもらおうかな」
「畏まりました。……では、演習はじめ!」
号令に、鋭く了解の声が響く。
四人の兵士たちは二人一組のチームに分かれ、模擬戦闘を始めた。彼らの得物は剣と、魔術。ファズちゃんに頼まれて周辺のナノマシンへの介入を許可しているので、私の前でも彼らは魔法を発動することができるのだ。
兵士たちの「ファイアボール」とか「サンダーボルト」という叫びに合わせて、火炎や雷が現れ、その熱と光を周囲に振り撒く。なかなか迫力のある光景だったので、私は思わず「おおっ」と感嘆の声を漏らしてしまった。こう言うと怒られそうだが、大昔に見たサーカスの公演に近い物を感じる。まあ私にお披露目するためにいっぱい練習したのだろう。
隣のセリメちゃんも、初めて目にする魔法に目が釘付けになっている様子だった。彼女にもライセンスは付与されているはずなので、今度使い方を教えてみようか。
「……でも何で英単語なんだろう」
演習の様子を眺めながら、ふいに引っかかりを覚える。現在日本列島で広く用いられている日本語の後継言語ではなく、彼らの詠唱はどう聞いても英語だった。ナノマシンの開発元がアメリカだったからか? 恐らくはその辺の兼ね合いなのだろうが、今一つ確証が持てない。まあ、その辺の検証は文化史なんかも絡んでくるだろうし、また今度だ。
「ねぇファズちゃん。魔法って詠唱しないと発動できないの?」
もう一つの、割とすぐ答えがわかりそうな疑問をファズちゃんにぶつけてみる。
「はい、そしていいえ閣下。起こしたい現象をイメージするだけでも魔法を発動させることは可能です。しかし発声と合わせて発動することで、魔法をより強力に、また狙った場所へ正確に撃ち込むことが可能となります」
うーん。ナノマシンへの命令は脳から発されるので発声は不要のはずだが、イメージを言語でパッケージングすることで輪郭を与えるとか、多分そんな所だろう。これもやはり、確かなことは言えないが。
「我が国にとって、魔法はまだまだ未知の技術か……いろいろ研究しないとなぁ」
魔法を投げ合い、剣を打ち合い、激しく戦う兵士たちを見下ろしながら、知識の不足を痛感する。とはいえ、実際に治安戦の最前線に立ってもらう予定の外人部隊のメンバーは見ての通り魔法のエキスパートなのだ。さほど問題にもならないだろう。多分。
「それにしても、外人部隊か。オクタマ人じゃない兵士による部隊……我ながら、使い勝手のいい物を準備できたね」
「お褒めに与り恐悦至極です。神聖独裁官閣下」
まあ使い勝手の良さはともかくとして、問題点はいくつかある。模擬戦を眺めながら、私はファズちゃんにだらだらと語り始める。
「君たち外人部隊は、占領地の騎士を招集して作った急造部隊だからね。出来てまだ三か月だ。正直に言って、私は君たちのことを信頼していない」
何度となく、誰かを信じて痛い目にあってきた人生である。ここは、慎重を期さねばならない。
「はい、ですが閣下。我々は閣下に忠誠を誓った身、その言葉に嘘はありません。もしお疑いでしたら、私に今すぐ腹を切るようにお命じ下さい。隊員一同に代わり、命を以てその覚悟をお見せ致しましょう」
「そんな言葉じゃ足りないよ。でも、実際に死ねと命じて確かめるわけにいかないから困るよね。……忠誠、人の心、それを確かめるのはとても難しいんだ。ねぇファズちゃん」
「閣下……」
ファズちゃんは苦し気に黙り込んでしまった。少し、意地悪をしてしまったか。
「ファズちゃん。信頼っていうのは、行為の積み重ねだ。時間をかけて獲得していくしかない」
彼らの任務とは即ち、祖国の人間に刃を向けることである。彼らは赴いた先で、”人類”の裏切り者として扱われるだろう。その心中は複雑であろうし、周囲から向けられる感情は苛烈なものになるはずだ。
「けれど、だからこそ、それは証明になる。君たちの忠誠を、裏付ける証拠になってくれる」
私は微笑んだ。確か、こういう時には親し気な方が都合がいい。
「機会はいくらでもある。何せ、新体制は足場固めの時期だからね。頼りにしてるよ。外人部隊の隊長さん?」
ファズちゃんは、ゆっくりと、かみしめるように頷いた。その眼には決意が満ちていた。
「必ずや、ご期待に応えて御覧に入れます。神聖独裁官閣下」
「うん、期待してる」
やがて模擬戦闘が終わり、それから決意表明みたいな儀礼的なあれこれを熟して、その日のカリキュラムはすべて終了した。彼ら外人部隊は、明日から各地の治安維持任務に投入されることになる。
私はセリメちゃんを触手に座らせ、オクタマ共和国”本土”への帰路に就いた。
「……ねぇリリス様」
肩で風を切りながら街道を駆け抜ける最中、ずっと黙っていたセリメちゃんがおもむろに口を開いた。
「どうしたのセリメちゃん?」
「外人部隊の訓練って、毎週やってもらうことはできますか? もう一度、見たいです」
「うーん。ちょっと難しいかなぁ~。彼らには仕事があるしねぇ……」
セリメちゃんは「そうですか……」と呟いて俯いてしまった。
……どうやらこの幼い少女は、魔法の煌めきが随分と気に入ってしまったらしい。