第一話:新雪を踏みしめる
木。
木々。
木々と木。
圧縮して林と木。
さらに圧縮して森――が、背後に広がっている。
そして目の前に、永遠と広がる雪景色があった。こんこんと、雪が降る。一面の銀景色である、目印のようなものは何もない。
肩にいる相棒――メラルバも、茫然と雪景色を見つめている。
「……どこだよ、ここ」
圏外を示すスマホを見ながら僕、ススムはそういい、白い息を吐いた。
001
初めは気のせいだと思っていた。
高校一年生の頃であった。
机の上に、丸められた紙屑が置かれている。ほかの人のプリントかな、と。間違えておいたのかな、と。その紙屑は捨てた。
広げることなく。
翌日。
また、僕の机の上にプリントが置かれていた。おかしいなと思いながら、捨てた。
広げることなく。
その翌日も、机の上にプリントが置かれていた。ああ、そういう事かと。高校生にもなってしょうもないと考えながら、捨てた。
広げることなく。
その翌日も、翌日も、翌日も、翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も翌日も捨てた。
一度も紙を広げることなく。
捨て続けて一カ月ほどたったと思う。
その日の放課後、担任の教師から呼び出された。
曰く、あなたがミソラさんのプリントを捨て続けている、と。ミソラと言うのは、クラスの女王的存在のことだ。いつも取り巻きを従えている。
もちろん心当たりはなかった。
そう答えた。
嘘だと返された。
何を根拠に、とさらに返した。
曰く、彼女らは僕が紙を捨てているところを見たというのだ。今聞いたら笑ってしまう。ともかくその時は、そんなことしていないと言って話が終わらせた。
翌日。
また、机の上に紙が置かれている。今日も捨てようと、一番後ろの僕の席から立ち上がり、紙屑を手に取る。椅子を後ろに下げ一歩、また一歩とゴミ箱へ近づく。
その距離がゼロになり、紙屑を手から手放そうとしたとき。
「ねえ」
と、声を掛けられた。
振り返るとそこに居たのは、クラスの女王的存在であり、我が物顔でクラスを闊歩する、取り巻きに囲まれた少女――ミソラであった。
周りにも三人ほど女子がいる。顔に薄ら笑みを浮かべなが羅、ニヤニヤと手放す寸前のプリントを指さしている。
「ねえ、それ、私のなんだけど」
「え?」
そう返し、丸まったプリントを広げるが、もちろん名前は書いていない。その旨を伝えると、彼女はやたら芝居がかった仕草でこう返した。
「えー、でもー、ほかにプリント捨ててる人もいないしー」
「うわー、サイテー」
「ありえなーい」
口々に周りの女子はそう、けらけらと笑いながら言う。まあ、おそらく、彼女らがプリントを丸めてわざわざ机の上に置いたのだろう。非常に面倒くさいが、こういう場面はこちらが謝って立ち去るのが吉である。さっさと謝り、僕は自分の席に戻った。
つまらなそうに、舌打ちする音を聞きながら。
話せるのはここまでである。
ここから先には洒落にも、笑い話にもならない。ただ今語る事が出来るのは、その後学校はやめたという事と、数カ月後に、僕は、育ててもらったおじいちゃんの勧めで旅に出ることにしたのだ。手持ちには、おじいちゃんのポケモンと相棒のメラルバがいる。
ぼう、と、少し前の忌まわしい記憶を思い出していると、動いてなかったからか、雪が降っているからか、はたまたその両方か。体がぶるりと震える。それを見かねたメラルバが、ぽっぽと温かい火の粉を散らした。
「ん、ありがとう」
――まあもとはと言えば君が走り去っていったからこんなとこいるんだけどね!
――もといた地方から飛行機で数時間、何事もなくここ、【コチキタ地方】にはたどり着いたものの、その後すぐに、興奮した様子でボールから勝手に出て走り去ってしまったのだ……とても
まあいいや。
別にどうという事はない、おじいちゃんにもらったポケモンは空を飛べる。なお、後ろの森を戻ろうとも複雑奇怪な地形のせいで道はわからない。
ああ、でもここポケモンに乗っていいのかな。
中には飛行するだけで甚大な被害を与えるポケモンもいるのだ、故郷の地方には飛んでいい区域が決まっていた。このポケモンもその類だ。
どうしたものかと、メラルバと共に首をひねっていたとき。――ズン、と、背後の森から重厚な地鳴りが鳴った。――おじいちゃんが言っていた。コチキタ地方にはいたるところででリングマが出ると――。
【リングマ とうみんポケモン ノーマル 備考:シンプルに熊】
生身で挑んでも一撃KO。メラルバでも勝つ事が出来るかは眉唾である。ならばと腰に掛けている、おじいちゃんのモンスターボールに手を添え、地鳴りの正体を見極める。
――その後僕は、地鳴りの正体がまだリングマであればと、深く後悔する。
どしどしと地鳴りの音は増し、木々をへし折りながら姿を現したのは――
「わぎい」
【ガチグマ でいたいポケモン ノーマル・じめん】
――ガチグマ。
先ほど述べたリングマが進化した姿――であると、古くから伝承として伝わっている。そしてリングマから進化したとなれば、当然その強さは増す――はずである。
シンプルに『死』だ。
しかしただで死んでたまるか、せいぜい「わるあがき」するさ――と。じろりとお互いに睨み合いながら、腰に手をかけボールを投げようとしたとき。
――あ、見つけた?
と。朗らかな少女の声が聞こえたのであった。
002
「あー……どなた?」
「あれ?あなたのおじいさまの紹介で待っていたのだが、聞いていないのか?」
「なにそれ聞いてない」
……うちのおじいちゃんは、ボケていない。少しばかり、研究熱心なだけである。ごはんを何度度も忘れられたり、ちょっとした実験台にされたりしただけである。……よく無事に育ったと思う。優しくはあるけど、優先順位が変なのだ。
「まあいい、自己紹介がまだだったね――私の名前はサンカ。昔、君のおじい様にお世話になってね、旅を手伝ってほしいと言われたんだよ。ちょうど私も、
これまでの口調を見るに察していただいてると思うが、サンカさんは女性である。おじいちゃんは性別という概念をご存じなのだろうか……いや僕が生まれてるから知ってるんだろうけども、二人旅の内訳が男子と女子というのはなかなかデンジャラスである。
しかも、過去にいじめられていた相手は女子だ、いかに目の前の彼女が明朗快活であろうと、どうしても不安感はぬぐえない。知ってるよな?学校でのこと。
でも、まあ、今こうしてわざわざ探してきてくれたわけだし。
返してしまうのは、人の心がないというものだ。
少しぎこちないであろうが、僕は笑みを浮かべて、よろしくという。
「うん、よろしく頼む」
そう、彼女は明るい笑みで返した。――そこまでは良かったのだが、彼女が「しかし」と逆接の接続語を使った。何か問題でもあるのだろうか。
「少し、問題があってな――追われているのだよ、ポケモンに」
ぐらり、と大地が揺れ、地鳴りが再び響き始める。先程の、サンカのガチグマよりも重厚感のあるその音は、地面から響いていた――!
そしてその音が最高潮に達した時、足元の雪が、地面がカチ上げられ、そこから凄まじく長いボディのポケモン――ハガネールが飛び出した。
しかしその姿は、僕が知っているモノと違う。
鉄でできているはずのボディは薄青色で、水晶の様に透き通っている。この地方特有のリージョンフォームなのであろう。
【ハガネール(コチキタのすがた) ???ポケモン ???・???】
しかもこのハガネール、かなり荒ぶっている。ギラギラとした目で、サンカとガチグマを睨みつけていた。
「何したの?」
「いやあ、ガチグマが糞をしたらその下にいたみたいで……」
「不可抗力の不慮の事故お!」
【野生の ハガネールが あらわれた!】
氷蛇が吼え、襲い掛かってきた。
ススム
年齢:16歳
性別:男
手持ち:メラルバ
【名称不明】
備考:いじめられていた。人間不信気味。