継ぎ接ぎだらけの少年少女   作:鹿呂久陸

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第十一話:七寸の魚、二千七百三十三分の魚群

021

 

 ロニエの家から歩いてすぐに、オオワタツノカミが存在しているという滝がある。

 その滝の勢いはすさまじく、人間は当然、ポケモンですら容易にくぐることはできないのだそう。故に、オオワタツノカミ自ら滝を割った時にしか、その姿を見ることはできない。そして、滝崖の上に神社が鎮座している。

 

 それらを尻目に見ながら、滝面の周囲に広がる池に、サンカから借りた「いいつりざお」を垂らす。この池には様々な魚ポケモンが生息しているそうだが、今回食いついてきたのはコイキングであった。

 餌へ食いついたところに、釣り針をひっかけ、持ち上げる。そうすれば、あっさりと陸へと引き揚げられた。

 

「ぎょっぎょ」

 

【 コイキング さかなポケモン みず 】

 

【 力も スピードも ほとんど ダメ。世界で 一番 弱くて 情けない ポケモンだ 】

 

 赤い鱗についた水滴が、きらきらと反射していて、びちびちと跳ねている。

 

 ふむ。

 

 これで一応、戦闘は始まっているわけだ。しかし、所詮はコイキング。長く生きた個体は山をも越えると言うが、基本的には弱いポケモンだ。脆弱なのではなく、弱いのだ。

 ホルダーにつけているモンスターボールから、ラルトスを出す。

 

「それじゃあラルトス、サイケ――」

 

 ――油断大敵、という言葉がある。

 

 油断と言うのは大きな失敗を招くものだから、してはいけないという、それはそれはありがたい、古から伝わる言葉である。

 しかし僕は、あろうことかそのありがたい言葉を頭の隅にも置かず、愚かにも油断した状態で、ラルトスにサイケこうせんを指示しようとした。

 

 しかしその矢先。

 

 超高圧の水撃ハイドロポンプが、頭の横をかすめた。それは容易く木々を圧し折り、はるか後方までバキバキと言う音が聞こえた。そうして驚いているうちにコイキングは逃げてしまったのだが、もう僕の心情としてはそれどころではない。

 

 コイキングが、ハイドロポンプをぶっ放した。恐怖と驚愕で、軽い放心状態である。ラルトスもびっくりしている。唖然と言った感じだ、脱帽だ。確かにコイキングはハイドロポンプを覚えるが、それはガラルの個体の話だし、そもそもレベルアップでは覚えることはできない。

 

 ――まさか、あの時のハガネールのような、誰かが意図的に放流した個体なのか――!

 

「いや、全然違うよ?っていうか意図的に流されたハガネールって何?」

 

 と。

 茂みの奥から現れたのは――空腹で倒れたはずの、ロニエであった。

 

「そんな、死んだはずじゃあ――」

 

「ふはは、私があの程度で死ぬとでも思ったか――!とかは言わないよ?」

 

 台詞の前半部分はノリノリであった。

 

「いやあ、サンカから食料を分けてもらってね。もうしばらくは活動することが可能なのだ」

 

「それだけ聞くとロボットみたいですね……」

 

「いやあ照れるね――ま、そろそろ【みずがみじんじゃ】名物、木々をへし折るコイキングに度肝を抜かれている頃だと思ってね、見に来たってわけさ」

 

 度肝どころか頭部をぶち抜かれそうになったのだが。

 

「ていうか何ですか、ハイドロポンプを放つコイキングって。聞いたことありませんよ、野生下のそんな個体」

 

「だろうね。なぜならこの現象は、この地方――コチキタ特有のものだ」

 

 そう、悪戯が成功した子供のような笑みを、ロニエは浮かべた。

 

「【カミの加護】、と言ってね。例えばこの滝周辺に住む水ポケモンはね、大幅に力が強化されるのさ。それにあれはハイドロポンプではない――みずでっぽうだ」

 

 いや。

 いやいやいや。

 

 いくら何でも強化倍率がすさまじすぎないだろうか。コイキングがハイドロポンプのようなみずでっぽうを放ち、その挙句木々を圧し折るなど聞いたこともない。

 そしてなぜロニエが自慢げなのだろうか。そういうことは事前に教えてほしい。切に。

 

「ま、と言うわけで、せいぜい死なないように気を付けてくれたまえ。木乃伊取りが木乃伊になる――じゃ、ないけれどね」

 

 そう言い残し。

 

 右手をひらひら振りながら、ロニエは去っていった。そしてその道中、木に生っていた、枯れかけの木のみを食べて吐き出していた。

 

「うわまずっ!」

 

 

 

022

 

 

 

 その後。

 紆余曲折ありながら。

 メラルバとラルトスの力を総動員し、なんとか五匹のコイキングを釣り上げる事が出来たのだが――。

 

「釣れねー……」

 

 先ほどまで、面白いほどとはいかないまでも、それなりの頻度で食いついてきたコイキングが一切釣れなくなってしまった。警戒を始めたのだろうか。最悪の手段であるが、ラルトスが念力で無理やり引っ張り上げるという手もある。しかし、その念力は遠くまで及ばないし、コイキングは遠く離れてしまっている。どうしたものだろうか。

 

「お」

 

 しかし、次の策を弄するまでもなく、一匹の魚ポケモンが釣り竿に食いついた。その魚影は、コイキングと似ても似つかないけれども、とりあえず釣り上げる。

 そうして引き揚げられたのは、ヨワシであった。

 

「ぎょー」

 

【 ヨワシ こざかなポケモン みず 】

 

【 とても 弱く とても おいしいので 常に 誰からも 狙われているが いじめていると ひどい目に 会うぞ 】

 

 ――不味い。

 

 理由はない。

 

 しかし僕は、反射でヨワシを池に放り投げた――。

 

「ぎょー」

 

 どこか間の抜けた声をあげながら、ヨワシは池の中に沈み込む。

 

 最初僕は、この試練は、案外楽なものかもしれない、と思っていた。コイキングはとんでもないみずでっぽうを放つけれど、それにさえ気を付ければ、大したことのない試練であった。

 

 僕はついさっき、油断大敵と言う言葉の重要性を確認したはずなのに――全く活かされていないじゃないか!

 

「逃げるぞみんな――ッ!」

 

 

 

 

 ――【 にげられなかった 】。

 

 

 

 

「ぎょえええええああああああ」

 

 

 

 

 水底から。

 

 水底から、無数の鳴き声が、不気味に――反響する。

 

 ざぱり、と。

 一匹のヨワシが、水面から姿を現し。その後を追いかけて、無数のヨワシが、巨大な怪魚を形作る――。

 

 もはや怪物モンスターではなく――魔物(モンスター)である。

 

【 ヨワシ(むれたすがた) こざかなポケモン みず 】

 

【 ヨワシたちが 敵に 立ち向かうため 陣形を 組んだ。 海の魔物と 呼ばれるほどの 力を 誇る 】

 

「ぎょええあああああああ」

 

【ヨワシの――】

 

 ぞっとしているうちに、群れたヨワシが、水エネルギーのチャージを開始する。

 

「不味い不味い不味い本当にまずい!」

 

 それは、ラルトスの【かべ】程度では防ぎきる事が出来ない。出来るはずが、ない。

 

 

 

【みずでっぽう!】

 

 

 激流、である。

 

 水鉄砲――否、鉄砲水――すらも生温い大激流が、たやすく僕らの体を押し流した。地面を抉り、木々をへし折るどころか根から引き抜く。

 

「げほっ」

 

 辛うじてラルトスとメラルバはボールに戻したが、しかし人間はそうもいかない。直撃でこそないが、それなりのダメージを受けてしまった。

 

 腕は――動く。

 足も――動く。

 五体満足だ。しかし胸と頭が痛い。打ったのだろうか。折れてはいないようだが、折れてはいないというだけだ。

 しかしそれでも――生きている。

 

 僕は知っている。

 

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 僕はその真実を、身をもって知っている。

 

 理不尽が始まったその日から。

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