007
――その後。
その後と言うのは、ラルトスが唾を吐き捨てた後、という意味で。こちらに一切振り向くことなく、そのまま街を覆う森へ一目散に走り去った……。おい。
「何でポケモンってのは森に行きたがる!?」
「自然が豊かだから……?」
「うーん、疑問形!」
「不味いぞ。ラルトスと言うのは貧弱なポケモンだ、時々出現するリングマは元から――そこら辺にいるちょっと強めのコラッタにもボコボコにされる可能性が……!」
「なんであんなに強気なんだッ!?」
と、森を捜索しながら僕らは話す。そんな話を聞いてしまえば、黙っていることなどできない。急いで探し出さなければ――!
と、わずかに生えている草の根すらかき分けるように探していると、捜索に参加していた、サンカのガチグマが鳴き声をあげた。ガチグマは鼻がいいらしい、おそらくその特技で僕のことも見つけたのだろう。
ガチグマの指差す方向へ、僕らは駆け、その先にいたのはラルトスと――。
「コラッタどころじゃないじゃん!」
ヒメグマであった。
ヒメグマと言うのはリングマの進化前で、進化先を残しているにも関わらず、かなり能力値が高いポケモンである。当然、そこら辺にいるコラッタよりもよっぽど強い。それが数匹。
しかも、お互いに戦闘をしているようである。一匹が爪を振るい、もう一匹が頭突きを見舞い、噛みつき、体当たりなど、多種多様な物理攻撃をヒメグマは繰り広げる。
しかしそれらを、すべて最小限の動きで、ラルトスは躱すのであった。
「すっごい身のこなし……貧弱ってのは一体……」
「能力値だけ見ればそうだがな。あのラルトスは、『やんちゃ』な個体で、もともとフィジカルが高いうえに、頭に生えている突起があるだろう。あれで相手の動きを先読みするから手が付けられないのだ」
「本当に貧弱ってなんだっけ……」
そう話しているうちに、ヒメグマをラルトスはバッタバッタとなぎ倒していく。そして終いには、凄まじい威力の蹴りで、最後の一匹を蹴り倒したのであった。
「あれメガトンキックじゃね?」
【メガトンキック ノーマルわざ 備考:ガラル地方でのみ流通しているわざマシンで覚えさせることが可能。ラルトスはレベルアップで覚えない】
「ああ、私がガラルから取り寄せたやつだね。使われた形跡があったが、まさかラルトスが使っていたとは……」
「ズボラ管理――って、こうしちゃいられない!今すぐボールに入れないと――」
あまりに鮮やかな身のこなしであったため、思わず見入ってしまっていたが、もともとはボールに戻すためにここまで来たのである。
茂みから飛び出し、ラルトスがもともと入っていたボールを投げるが、【サイケこうせん】で撃ち落とされてしまった。幸い、壊されてはいない。
「るぅ――!」
――再びサイケこうせんが放たれた。しかしその狙いは、僕であったが。
「――ッ!」
すんでのところで、ボールからメラルバが勝手に飛び出し、ひのこで相殺する。小さな爆発が起こり、メラルバとラルトスはお互いに睨み合い始めた。
再びラルトスの手元にサイケデリックなエネルギーが集められ、メラルバが炎エネルギーを溜め――僕が、メラルバに待ったをかける。馬鹿かこいつ、という目でメラルバをこちらを見てきたが、気にしてはいけない。
「ラルトス、僕らは別に、君に危害を加えようとしていない。ただ、ボールに戻ってほしいだけ――」
【ラルトスの サイケこうせん!】
「がっ……!」
躊躇なく放たれたその光線は、いともたやすく人体を焼き焦がす。しかしそれでも、
「本当は、やんちゃなんかじゃない――怖いんじゃないか?僕らが」
――人間が。
その攻撃性は、恐怖に対する防衛本能のようなものではないか。ラルトスの自慢の攻撃は、間違いなく物理技だろう。サイケこうせんの方が、練度が劣っているようにも見える。
しかしその物理攻撃は、最初の頭突き以来、一切使ってこない。
なぜか?
恐らくであるが。推測でしか、妄想でしかないが――人間に近づくのが、怖いからではないか。
「僕たちは危害を加えない。だけど、危険なポケモンがたくさんいる。せめてボールに――」
「るうう!」
【ラルトスの ねんりき!】
突如――いや、ラルトスが発生させた衝撃波が、頭部に直撃する。
――脳が揺れる。
――意識が遠のく。
――頭が痛い――サンカが、何か叫んでいる?
「――げろ」
意識を失うその直前で、ようやくサンカが何を言っているかわかった。
「逃げろー!」
ラルトスから?いや――違う。真下から、地面から、地鳴りが響き始めた。
僕はこれを知っている。
サンカがこちらに駆け寄るが、おそらく間に合わないだろう――。
足元から凄まじい衝撃が走り、雪が、大地がカチ上げられる。当然、僕も一緒に。木々の高さなど優に超えるが、無理やり体をよじり、後ろを振り返る。
大口を開けて待っていたのは、透き通る体を持つハガネールだった。
008
――足が痛い。
が、逆に頭が冴えた。確証はないが、このハガネールはあの時の個体だろう。どうやって僕らのいる場所を突き止めたか定かではないが、ここにいて、僕に敵意を向けたという事実だけがあればいい。
メラルバは下。声を張り上げ、技を発動するのとハガネールが僕を食らうの、どちらが早いだろうか――おそらく先に食らわれるだろう。そもそも突然の出来事で、メラルバも固まってしまっている。
ガチグマはあまり早い部類のポケモンではない。迫るハガネールの方が、速度がある。
――やむを得ない。
僕は、腰にあるもう一つの、おじいちゃんのモンスターボールに手をかける。――飛び出したときの音は、あくまで軽快に。しかしそのボディは、それと反比例するかのように重厚であった。
――ハガネールが、ナニカに嚙みついた。しかしそれは、おおよそ人、ましてや生物のものとは思えない硬度であった。当然であろう。何せハガネールが噛み付いたのは、マッドサイエンティストによって製造された――生物兵器と言ってもいいポケモンであったからだ。
それらは鋼鉄より硬く。
それらは変幻自在で。
それらは群で。
それらは軍で。
それらは個である。
【ギギギアル(ゲノムかいぞうずみ) ぐんせいポケモン ???】
無数のギアで構築された、その巨大な体は、いとも容易くハガネールの噛みつきに耐えていた。
「いいかギギギアル、絶対に反撃しちゃだめだからな!」
そう言いつけながら、その体つたいに地面まで戻ると、ブランが口を開いた。
「……そのギギギアル、通常の個体ではないことは明らかだが」
「昔、お祖父ちゃんが壊れた――死んでしまったギギギアルを見つけたんです。それを魔改造し、修復してできたのがあのギギギアルです」
「どうして反撃してはいけないんだい?」
「ギギギアルの力の源であるギアを、調子乗ってつけすぎちゃって……」
要は出力が馬鹿なのである。
腕を振るうだけで、辺り一帯は更地になる。しかもおじいちゃんは、野生ポケモンに容赦しないよう教育を施しているため、余計に使うことができない。
幸い、言うことは聞いてくれるため、今は守りに徹させている。
今すぐにメラルバとラルトスを回収し、すぐにハガネールを撃退しなければならない……!メラルバもそのヤバさを理解しているのか、急いでボールの中まで戻ってきた。あとはラルトスだけ……!
「ラルトス、頼むからボールに……!」
ギギギアルが、その体をハガネールに纏わりつかせるが、ハガネールは全身全霊で、その体から冷気の光線を放つ――。
【ハガネールの れいとうビーム!】
原種にも存在している、体中にある突起。そこから無差別に放たれた冷凍光線は、凍らせる力と言うよりは、物理的な破壊に重点を置いているようで、木々を圧し折り、雪を舞い散らす。
そしてその矛先は、ラルトスにも――!
――体が勝手に動く、なんて性質ではないが。
確かに体は、足の痛みを無視して。
痛む脳みそが出す、死の恐怖を無視して。
ラルトスを庇うように、飛び出していた。
――薄紅色の突起は、煌煌と輝いていた。