空想鬼譚   作:庵non

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 善逸視点回ですが、原作のテンションそのままだと読みづらくなるので、全体的に語りは控えめにしています。
 その代わり、一部は全力でやりました。


24.昼は月が見えない

 

 

 

 

 

 我妻善逸こと――俺は、那田蜘蛛山の任務で、激クサデカ鬼との戦闘で死にかけた。

 山の別れ道で、灯麻希ちゃんが「蜘蛛に気をつけて」って忠告してくれてたのに、俺はそれを活かせなかった。気づいたときにはもう遅くて、背後から迫ってきた手下の蜘蛛――元は人間だったらしいけど――見た目は完全に化け物に、チクリと毒を刺された。

 

 そこからはもう最悪だ。体は痺れるし、皮膚は軋むし、真っ先に髪は抜けるし。このまま蜘蛛になるんだって分かった瞬間、怖すぎて意識が飛んだ。

 でも……運が良かった。夢の中に爺ちゃんが出てきて、半分夢と半分現実みたいな状態だったおかげで、夢の中で動かした身体と現実の身体が重なったんだ。

 

 唯一まともに使える技――“壱ノ型・霹靂一閃”。それで、なんとか鬼を倒せた。

 

 全集中の呼吸を続けていたのも、結果的には正解だったらしい。

 灯麻希ちゃんとしのぶさんが作ってくれた薬のおかげで、俺の身体は殆ど元に戻った。まだ完全じゃないけど、生きている。それだけで、もう十分すぎるくらいだ。

 

 その後に始まった蝶屋敷での機能回復訓練も、最初は正直、悪くなかった。

 炭治郎と伊之助を除けば、周りは女の子ばっかりだし、同じ空間にいて、合法的に触られたり、触ったりできる機会がある。最高に決まってる。

 

 伊之助は体解しで涙目になって騒いでたけど、そんなの大げさだ。臭い薬湯だって、女の子がかけてくれるなら、それはもうご褒美だろ。

 まあ、鬼ごっこで勢い余ってアオイちゃんに後ろから抱きついて、ボコボコに殴られたことはあったけど……あれは、俺が悪いんじゃない。

 

 

 ――――勝負に勝って、戦いに負けただけだ。

 

 

 問題は、その先だった。

 カナヲちゃんに、全く歯が立たなかった。炭治郎は少しずつだけど確実に動きに追いついていくのに、俺と伊之助は完全に置いていかれていた。もう、善逸じゃなくて“紋逸”に改名した方がいいんじゃないかってくらい、下手を晒した。

 伊之助は負け慣れてないらしく、不機嫌になって不貞腐れて、ついには訓練場からいなくなった。

 で、その様子を見て俺は思った。

 

 

 ――――俺にしては、ここまでよく頑張った方じゃない?

 

 

 命が助かって、身体も戻って、訓練もちゃんとやった。

 だったら、もう十分だろ。少しくらい休んでもいいはずだ。そう考えて、俺は遊びに出かけることにした。

 伊之助もどうやら裏の山に脱走したらしい。

 

 イノシシと気が合ったのは、これが初めてだった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 サボり始めて、もう二日になる。

 この時、俺は台所からこっそり盗んだ饅頭を手に、物陰に隠れて食べていた。中にぎっしり詰まったあんこがやたら甘くて、絶品で――気づけば周りを警戒することすら忘れていた。

 

 その瞬間、隣から謎の視線()が俺を襲った。

 

「ヒィッ……!」

 

 気配に飛び上がると、すぐ隣に胡蝶しのぶさんが立っていた。あの、いつもの優しい笑顔のままで。

 

「ここにいたんですね、善逸君。探しましたよ」

 

 (可愛い………でも今、どんな感情なのぉ……!?)

 

 笑顔なのに、怖い。

 初めて会った時から変わらない()も――規則性もなく、感情も読めない。盗み食いを見られても表情ひとつ変えない。分からない―――分からないから、余計に怖い。

 

「お饅頭は、美味しいですか?」

「は、はい……美味しいです………」

 

 しのぶさんの方に視線を戻すと、背後に伊之助もいた。

 入院着の上に風呂敷を外套みたいに羽織り、仁王立ちでこっちを見ている。服は泥だらけだし―――裏山で何をしていたんだ、コイツ。

 それでもしのぶさんは、伊之助のことなど気にする様子もなく、穏やかな声で言った。

 

「“機能回復訓練”から逃げ出してしまったと、聞いていますよ」

 

 完全に詰んだ。

 

「炭治郎君が、善逸君より動けている理由は分かりますか?」

 

 俺は首を振る。

 

「彼は“全集中・常中”を身につけているんです。灯麻希さんから聞きました。善逸君も、あと少しで会得できるところまで来ていたと」

 

 胸の奥が、ちくりと痛む。

 

「………でも俺、きつくて」

 

 声が自然と小さくなる。

 

「息ができなくて、体も言うこと聞かなくて……俺なんかが頑張ったって、どうせ才能ないし。無理してまた死にかけるくらいなら、逃げた方がいいかなって……思っちゃって……」

 

 言い訳だって分かってる。でも、正直な気持ちだった。

 しのぶさんは少しだけ目を細めて――

 

「また頑張ればいいじゃないですか」

 

 そう、当たり前みたいに言った。

 

「一度は、惜しいところまで行けたんです。今努力すれば、もっと楽にできるようになりますよ」

 

 そして―――

 

「頑張ってください、善逸君。()()応援していますから」

 

 そう言って、俺の手をぎゅっと握る。

 花が咲いたみたいな、とびきりの笑顔で。

 

 (今……俺のこと、()()応援してるって言った!?)

 

 一気に、顔と全身が熱くなる。頭が真っ白で、心臓がうるさい。

 

 (ごめん、禰豆子ちゃん……!でも、君のことが一番好きなのは本当だ!ただ……ここで女の子のお願いを断るような男には、絶対なりたくない!!)

 

「ハイッ!!」

 

 気づいたら、自然と返事をしていた。

 

「俺にも、饅頭食わせろ」

「いいよ~」

 

 一瞬で、俺の饅頭は伊之助に全部奪われた。

 でも、不思議と腹は立たなかった。さっきまで大事だったはずの饅頭がどうでもよくなるくらい、俺の頭はもう別のことでいっぱいだった。

 

 

 

 しのぶさんに連れられ、伊之助と一緒に訓練場へ戻る。

 床に走る木目、反射する光。道場特有の張りつめた空気。正直、俺はこういうの得意じゃない。

 

 ――でも今の俺は、そんなことで逃げたりしない。

 

 胸の奥で自分に言い聞かせ、踏み出した足は自然と力強くなる。

 梅雨の湿った外気を想像していたのに、中はひんやりとしていた。壁上部の格子窓から差し込む日の光が、硝子越しに柔らかく床を照らしている。空気の匂い、木の香り、微かな風の揺れ―――

 全てが、訓練場に戻ってきたことを実感させた。

 

 (うへぇ……)

 

 中央では炭治郎とカナヲちゃんが鬼ごっこの真っ最中だった。

 カナヲちゃんは身を翻し、逃げながらも俊敏に動く。炭治郎は真剣な眼差しで、手加減なく追いかけている。その姿に、思わず息を飲んだ。全力でカナヲちゃんを応援しなくては―――

 

「カナヲちゃん、頑張れ!炭治郎に負けるな!」

 

 その時だ。

 

「二人とも頑張って下さいー!」

「もうちょっとだよー!」

 

 明るい声が、左の方から飛んできた。思わず視線を向ける。

 入り口近く。すぐそばの壁際に、すみちゃんが立っている。

 ……それはいい。問題は、その隣だった。

 黒い二重回しを何枚も重ねて、手袋もあって肌は一切見えない。頭巾を被り、顔には“隠”が使う面部(めんぷ)によく似たもの――いや、それよりも深く、目元まで完全に覆われている。

 

 人の形はしているのに、人の音がしなかった。

 

「――――――うわぁッ!?」

 

 喉から勝手に声が飛び出した、その瞬間。

 

「うるせぇぞ!紋絶(もんぜつ)!!」

 

 ゴンッ、と鈍い音と一緒に、伊之助の拳が後頭部に叩き込まれる。

 

 (痛っ!――待て待て待て、今なんて言った?紋……なに?)

 

「“悶絶”………ぷっ」

 

 堪えきれなかったらしい。布に覆われた不審者が、肩を揺らしてくすくすと笑う。

 ――この声。そして、耳の奥で聞こえる独特の音。

 

「あぁ!?なんだぁ!灯麻希ちゃんか~~~!!」

 

 一気に力が抜けた。心臓に悪すぎる。

 その格好で急に現れるのはやめてほしい。もし、夜に出会ったら発狂するよ!?

 

「驚かせてごめんね、善逸くん。でもこの格好をしているのには、ちゃんと理由があるんだよ」

 

 面部の奥から届く声は、柔らかくて落ち着いている。

 

「そんなに厚着して、暑くないの?」

「今日くらいの気温なら大丈夫だよ。心配してくれてありがとう――……あっ、終わったみたいだね」

 

 その言葉に、視線が自然と訓練場の中央へ向く。

 炭治郎の手が、ちょうどカナヲちゃんの左肩に触れたところだった。合図もなく鬼ごっこは終わり、二人の間に張り詰めていた空気がすっと解ける。

 

 (カナヲちゃんの肩から手を離せ!堅物デコ野郎!!ズルいぞぉぉ!!)

 

 灯麻希ちゃんが二人の方へ歩いていく。途中で俺たちの後ろに立っていたしのぶさんに気づくと、ぺこりと丁寧に頭を下げた。

 

「大丈夫ですよ」

 

 しのぶさんは素敵な笑顔でそう返し、そのまま静かに訓練場を後にする。

 ただ挨拶を交わしただけなのに、空気が一瞬だけ張り詰めた気がした。

 

 そう思ったのも束の間――

 

「おい、お前!体をほぐせ!」

 

 伊之助はもう先を行っていて、なほちゃんの前にどんと立っていた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ伊之助!俺もいるからな!?」

 

 置いていかれないよう慌てて声を張り上げる。それと、女の子に乱暴な言動は絶対ダメだぞ!

 少し離れた場所で、灯麻希ちゃんの声がする。

 

「カナヲちゃん、炭治郎の相手してくれてありがとね」

「師範に、私の修行にもなるからって言われたから。この後は、残りの隊員の柔軟を手伝う」

 

 淡々とした声。感情は薄いけど、拒む気配はない。

 

「そうだね。でも、お礼を言わせて」

 

 そのやり取りが、間に混じる息遣いまで含めてやけに鮮明に耳に届く。

 

「――あ」

 

 視界の端で、カナヲちゃんがこちらを向いた。

 そのまま、まっすぐ俺の方へ歩いてくる。

 

 まさか。

 

「……」

 

 (来た!!カナヲちゃんが!俺の体を!解してくれる!!やったーーーー!!)

 

 敷かれた布団の上で、伊之助の体を解しているなほちゃんに、灯麻希ちゃんの格好の理由を聞こうとした――その瞬間だった。

 

 ドン!!

 

 訓練場の床が、腹の底に響くように揺れた。

 

「何だ、今の!?」

 

 思わず声が出る。視線を跳ね上げると、黒い残像を追う炭治郎の姿が見えた。息を詰めて床を蹴り、必死に何かを追いかけている。

 ――その先にいるのが、灯麻希ちゃんだと気づく。

 カナヲちゃんを捕まえられるようになった炭治郎の、次の相手。今は灯麻希ちゃんが訓練に加わっているんだ。

 

「おい!まだかよ!!」

「伊之助さん……!まだ動かないでください~!」

 

 伊之助が痺れを切らしたように叫び、なほちゃんが慌てて押さえつける。

 

「早くしろ!子分共に負けてらんねぇ!!」

「で、でも今は無理ですよ……!まだ筋が───」

 

 伊之助は、理由なんて分かってない。

 でも、本能で察してるんだ。

 

「もしかしてさ。灯麻希ちゃんが、あんな全身布づくめなのって……」

 

 なほちゃんは一瞬だけ視線を泳がせ、それからきちんと答えた。

 

「灯麻希さんは……しのぶ様がお忙しくて機能回復訓練に入れないので、その代わりをしてくださってるんです。 窓を閉め切るのは、患者さんのことを考えて灯麻希さんが断ったそうです。なので、少しでも日光から身を守るために、あの格好をしているんです」

 

 頭が、追いつかない。

 

「夜と同じようには動けないみたいですが……今のところ、問題は起きてません」

 

  ──問題ない?

 

 俺は、白目を剥きそうになった。

 音を聞けば分かる。なほちゃんは、灯麻希ちゃんの言葉をそのまま受け取ってる。

 

  ――でも。

 

 耳を澄ます。確かに負担はある。けど、それ以上に――楽しんでる音が、はっきり聞こえる。

 昼間にここまで動ける鬼なんて、俺は知らない。二度と行きたくない場所・第一位の藤襲山だって、昼の間は鬼たちは暗がりに潜み、決して表には出てこなかった。俺が唯一正気に戻る時間帯だった。

 禰豆子ちゃんだって同じだ。昼間に起きていても、必ず深い日陰か、暗い場所に身を置いている。

 

 なのに――灯麻希ちゃんから聞こえてくる音は、違った。

 

 真っ暗な夜道を、そっと照らす月明かりみたいに(やさ)しい音。強くはないのに、確かにそこにあって、周りを包み込む。

 

 炭治郎の家族は、みんなやさしい音がする。

 竹雄は焚き火みたいに、じんわりと温かくて。

 禰豆子ちゃんは……言うまでもない。澄んだ湖みたいで、朝靄の残る森の奥にひっそり咲く花みたいで、見ているだけで胸の奥がふわっと明るくなる。*1

 

 でも――灯麻希ちゃんは、少し違う。

 月が遠いように、灯麻希ちゃんからはいつも()()()()()()()音がする。

 

 (俺は、それが少しだけ……怖い)

 

 触れられそうで、触れられない。そこにいるのに、どこか手の届かない場所にいるみたいで。

 それに――太陽の灼熱に、焼かれたりしないか不安なんだ。月は、朝が来たら消えてしまうものだから。

 

「ゔっ……」

 

 ボーっとしていたら、ぐいっと身体を伸ばされて思わず声が漏れた。痛いし、苦しい。

 

 (カナヲちゃんに体を解されるのはこれが初めてだったけど、かなり痛い!!!可愛い顔してるのに、容赦ないね!?)

 

 なんか、曲がっちゃいけないところまでいってるような……いやこれ絶対やばい……ちょっと待って無理無理無理―――

 

 

ィギャ――――――ッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
【善逸の脳内原稿より抜粋】見ているだけで、胸の奥がすうっと透明になる存在だ。いや、透明になるっていうか、さっきまでぐちゃぐちゃだった心が、気づいたらちゃんと形を取り戻してるっていうか、とにかく――ああ、ここにいていいんだって思える。戦いの最中でも、彼女は不思議と音を立てない。血の匂いが濃く漂う場所にいても、禰豆子ちゃんの周りだけ空気が柔らかくて、怖いはずなのに、なぜか“大丈夫だ”って思わせてくれる。いや、本当は怖いはずなんだ。俺なんかいつもビビってるし、逃げたいし、泣いてるし、今だって思い出しただけで無理なんだけど――それでも、彼女といるとだけで、逃げなくてもいいかもしれないって思えてしまう。そして、強い。鬼なのに、誰よりも優しくて、誰よりも必死で人を守ろうとする。その姿を見るたび、俺は思う――こんな人がいる世界なら、まだ捨てたもんじゃないって。いや違うな、捨てたくないって思うんだ。この世界を、ちゃんと見ていたいって思うんだ。笑った顔は春みたいで、日向みたいで、花が一斉に咲いたみたいで。怒った顔は嵐の前の空みたいで、怖いのに目が離せなくて。眠っているときでさえ、きっと誰かの夢を守っているんだと思う。いや絶対守ってる、そうじゃなきゃおかしい。正直に言うと、俺は禰豆子ちゃんがそこに立っていてくれるだけで救われている。情けなくて、逃げ腰で、すぐ泣いてしまう俺が、それでも刀を握れる理由が、禰豆子ちゃんの存在そのものなんだ。理由っていうか、もうそれしかないっていうか、他に何もないっていうか――いやあるけど!でも一番は絶対これだ!!だから俺は思う。この人を守りたいって。いや守りたいっていうか、守れるような人間になりたいっていうか、でも無理かもしれないけど、それでも諦めたくなくて、少なくとも隣に立てるくらいにはなりたい…………って、俺は思ってる!!(※この後も延々と続くため省略)




 善逸の脳内原稿は、炭治郎が読んだ“善逸伝”(単純に読みづらい、全てが極端で偏ってる←炭治郎評価)をイメージして書いています。
 流石に本文にそのまま入れると大変なことになるので、注釈に回しました。
 内容自体は同じですが、文体を少し整えたショートver.も用意しています。もし「長すぎる!」「読みづらすぎる!」という声が多ければ、そちらに差し替えますのでご安心ください。

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