鬼刃奇譚(旧 空想鬼譚)   作:庵non

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作品タイトルを空想鬼譚→鬼刃奇譚きじんきたんに変更しました。当面は 「鬼刃奇譚(旧・空想鬼譚)」 と併記し、これまで読んでくださった方にも分かりやすい形を取ります。
物語そのものは変わらず、名がよりふさわしい姿へと整った形です。
これからもどうぞよろしくお願いします。


27.二子の山が連なる俊岳 一合目

 

 青梅の山間に、小さな村がある。深い山に囲まれ、外の世から切り離されたような土地だった。

 かつてこの村は、貧しさと獣害に苦しんでいたという。作物は実らず、病は絶えず、冬を越せぬ者も少なくなかった。

 

 ――――だが、ある時期を境に、それは終わった。

 畑は枯れず、病人は減り、夜道で命を落とす者もいなくなった。不自然なほど穏やかな繁栄が、村に根を下ろす。

 

 そして数年に一度、冬。山が合図を示す年があった。

 その年、村は必ず()()を用意した。十から十三になる齢の男児を、山へと送る。

 

 それが何のためか、誰も語らない。ただ――それを怠れば、必ず災いが起こるとだけ、言い伝えられている。

 

 村は今も続いている。夜は静かで畑は実り、人々は穏やかだ。

 その繁栄が、何の上に成り立っているのか。

 村人は皆、知っている。そして、知っているからこそ――――誰も口にしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯麻希と炭治郎、禰豆子が煉獄家を訪れてから、数日が過ぎた。

 

 六月半ば、梅雨の気配を孕んだ風は重く、肌に纏わりつく。山の空気は次第に透き通るような清涼さを失い、濡れた土と朽ち葉が混じり合う、濃密な湿り気を帯び始めていた。

 

 東京府西多摩郡――青梅(あおうめ)の険しい山間に、その集落は潜んでいた。

 街道を外れ、霧に沈む谷を越え、獣道と見紛う細い勾配を辿り直した先。まるで世界から取り残されたかのように、古びた家屋が身を寄せ合っている。

 

 山道を抜けた竹雄と獪岳を、村の住人は驚くほど穏やかに迎え入れた。

 

「遠いところから大変でしたな」

「この村は何もありませんが、ゆっくりしていってください」

 

 綻ぶような笑み。柔らかな言葉。だが、差し出される親切の裏で、彼らの視線は()()に吸い寄せられるように揃っている。瞬きを忘れ、同じ角度で、影のように二人を捉えて離さない。

 余所者を撥ねつける刺々しさは微塵もない。道を問えば老人も若者もが丁寧に応じ、宿の手配も淀みなく、あまりに自然に整えられていく。

 それでもなお、竹雄の背筋には正体不明の粟立ちが消えなかった。

 

 親切に過ぎるのではない。揃いすぎているのだ。

 

 周期的に減っていく人口。外へ出たきり、ぷつりと消息を絶つ若者たち。そして、外敵を一切寄せ付けない、過剰なまでの結束。

 断片的な噂を並べれば、そこにはすでに歪な()が出来上がっていた。

 

 本来ならば、隠が先んじて潜り込み、内情を洗う。

 だが、この山域に縁を持つ者と、機を同じくして予定に空きの出た隊士がいた。

 

 それが、竈門竹雄と、獪岳という二人の剣士だった。

 

 二人にとって、これが二度目の共同任務となる。

 竹雄の背負う木箱の中には、気配を消した灯麻希が潜んでいる。箱の隙間から漏れ出る彼女の気配もまた、この村の異質な静寂に飲まれるようにして、低く沈んでいた。

 

 案内された建物は、宿場として使われているという、古びた家屋だった。

 

「空いているお部屋がありますから」

 

 そう促されるまま、二人は奥の座敷へと通される。

 

 窓は固く閉ざされている。

 六月の昼間だというのに、室内は死んだように薄暗い。板戸の隙間から差し込む細い光の筋だけが、畳の上に冷ややかな線を引いていた。その淡い光の縁に、壁へ立て掛けられた竹刀袋が影を落としていた。中には日輪刀が収められ、脇には弁明用の竹刀が二本、無造作に寄せられている。

 

 竹雄と獪岳は、村を一巡りして得た情報を、囁くような声で突き合わせていた。

 部屋の隅――最も光が届かない闇の中で、灯麻希は静かに腰を下ろしている。鬼としての感覚を研ぎ澄ませ、村の澱みに潜む“何か”を、魂の視座から見据えるように。

 

 この村は、ただの()()()()()では終わらない。確信に至るには、まだ材料が足りない。

 けれど、肌を這う湿り気は、すでに十分すぎるほど()の予感を孕んでいた。

 

 宿の古びた障子に、夕刻の橙色が染み込んでいる。

 それは暖かさというより、長く置かれた熱がゆっくり冷えきらずに残っているような、重たい色だった。通りを行き交う足音と、遠くで鳴く鴉の声。それらが規則正しく重なり合い、室内の沈黙をより深く沈めている。

 

「思ったより……排他的じゃねぇな。薄ら寒くなるぜ」

 

 壁に背を預けたまま、獪岳が低く吐き捨てる。

 組まれた腕の指先が、苛立ちを刻むように二の腕へと落ちていた。

 

「そうですね。観光客も珍しくないようですし、接し方も丁寧でした。でも……」

 

 竹雄は答えながら、胸の奥に溜まっていた空気をゆっくり吐き出した。

 獪岳が自ら口を開く―――それだけで、以前よりも細くはあるが確かに繋がった連携の糸を感じ、肩の力が小さく抜ける。

 前回の蛙鬼との任務。言葉を交わせぬまま戦闘に入り、結果として獪岳に余計な負担を強いた。その記憶は、今も薄れていない。それを繰り返したくないという思いとは裏腹に、獪岳の視線は冷ややかだった。歩み寄りではない。任務を滞らせないための、最小限の処理に過ぎない。

 それでも、竹雄は今の状態を悪くないと思っていた。

 

 竹雄は懐から、手垢のついた簡素な地図を取り出し、畳の上に広げた。

 

「俺は、村の外れの山を少し歩きました……妙なんです。山の動物の気配が、ほとんどしなくて」

 

 地図を見つめたまま、言葉を探るように続ける。

 

「人の手が入っているなら、普通は痕跡が残るはずなんです。でも道以外、何もない。まるで消されているみたいで……通った()()だけが残っているんです」

 

 獪岳が、短く鼻を鳴らす。

 

「俺の方は人間だ。やけに()()()やがる」

「……慣れてる?」

「どいつも同じだ。聞かれたことに、最初から答えが決まってる」

 

 吐き捨てるように続ける。

 

「気持ち悪いくらい、揃ってんだよ」

 

 獪岳は腕を組んだまま、窓の外へ冷ややかな視線を投げた。

 

「それと人口だ。ガキがいねぇ。年寄りばかりだ」

 

 その言葉が、竹雄の胸に冷たい違和を落とす。昼間見た笑顔が、一つずつ形を変えていく。

 

「……お祭りの準備は、していました。でも、どこか義務的な感じがしました」

 

 竹雄は顔を上げ、影に沈む獪岳を見た。

 

「獪岳さん。俺たちは……歓迎されていませんよね」

 

 問いは、確信に近い震えを帯びていた。

 獪岳の口元が、獲物を追い詰めた獣のように、歪に吊り上がる。

 

「ああ、表向きだ。笑ってるだけで……目の奥じゃ、どう排除するか考えてるな」

 

 短く切って、手首に頬を乗せた。

 

「そのうち起きる。外の人間がいられなくなる騒ぎがな。それが偶然か、誰かの指示か……見てりゃ分かるだろ」

 

 獪岳の低い声が途切れた瞬間、部屋の空気が一段落ちる。

 障子越しの昼の光は鈍く、山々に囲まれたこの村特有の湿り気が、音のない空間にじわりと染み込んでいた。沈黙が、畳の上にそのまま横たわる。 

 その縁で、灯麻希が静かに視線を伏せた。竹雄は姉へと目を向ける。

 

「姉ちゃんは、何か分かった?」

 

 問いは慎重だった。その直後、獪岳が短く鼻を鳴らす。

 

「おい。そいつに聞く必要はねぇだろ。ずっと部屋の中にいたんだぞ」

 

 拒絶というより、反射に近い警戒だった。

 竹雄は一瞬だけ言葉を失い、それから簡潔に補う。

 

「姉ちゃんは、生き物の魂を視るんです。性質とか、感情の傾きとか……そういうのが分かるみたいで」

 

 獪岳の眉が、僅かに動く。

 脳裏に、一瞬だけ同門の金髪がよぎりかける。だが、それを思考ごと切り捨てるように舌打ちした。

 

「生まれつきか。厄介なもん持ってんな」

 

 評価とも皮肉ともつかない声音だった。

 灯麻希は二人の間に入ることなく、口を開く。

 

「部屋の中から宿の人と、外を歩いてる人たちを見てた。宿の人も、外の人たちも……色が揃ってた。明るいけど、同じ場所に影がある。

 外から来た人の色は軽くて、濃淡がはっきりしてるから、違いがすぐに見えたよ」

 

 竹雄は状況を整理する一方で、獪岳は黙ったまま、視線だけを灯麻希に向けていた。

 

「二人の話と合わせると――この村は、()()を隠してるのは間違いないね」

 

 それだけを、落とすように言った。

 沈黙が戻る。先ほどよりも深い静寂だった。理屈ではなく、鬼を追う者たちが積み重ねてきた、経験の層が作る感覚。

 

 ―――この村には、()()がいる。

 

 その一点だけが、三人の間で揺らがなかった。

 

 その後はしばらく意見が交錯した。

 獪岳は「夜だ」と即断する。竹雄は「もう少し村を見回るべきだ」と食い下がる。

 灯麻希は端に座ったまま二人を見ていた。

 

 (どちらの言葉も、完全には正しくない)

 

 そんな感覚だけが、胸の奥に残る。

 鬼に追い詰められた人間の魂は、もっと分かりやすく歪む。

 だが、この村の“それ”は違う。恐怖の前に、別の何かを抱えている。覚悟にも似た、後ろめたさ。正体はまだ掴めない。ただ一つだけ嫌な予感があった。

 

 ―――――この先で、もっと厭なものを見ることになる。

 

 その予感だけが、重く沈んでいた。

 

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 

 夜陰が、村を包み込んだ。

 山に囲まれた集落は、日が落ちるとすぐに息を潜める。家々の灯りは順に消え、道は形を失うほど暗く沈んでいった。

 

 獪岳は村外れへ。竹雄と灯麻希は村内へ。三手に分かれ、それぞれが夜の気配を追う。

 

 だが、そこには()()()()()()

 

 獪岳の歩いた山中には、獣の痕跡がない。血の匂いも荒れた足跡も、一つとして引っかからない。あるべきものが欠けているのではない。最初から()()()()()()()ような作られた静けさだけが残っていた。

 

 (……獣共の数が合わねぇ)

 

 竹雄(あのガキ)の言っていた違和感が、獪岳の中で形を持ち始める。

 

 竹雄と灯麻希の側でも、それは同じだった。

 家屋の戸は閉ざされていて、外まで音や人々の声は漏れない。取り込み忘れたのか、洗濯竿に白布が掛かったままの家もあった。

 恐怖の気配はない。ただ昼と同じ色が、夜にもそのまま残っていた。後ろめたさと、それを当然のものとして受け入れているような、鈍く沈んだ覚悟の影。灯麻希の視界にも、変化はない。魂の色は昼と変わらず、ただそこに留まっていた。

 恐れていないのではない。恐れる必要のある()()が、表に出ていないのだろう。

 竹雄はその違和感を言語化できないまま、夜を歩く。この村は、夜を避けていない。

 

 やがて三人は、ほぼ同じ結論に行き着く。

 

 ――――鬼はいる。だが、()()()()()()()。襲撃ではなく、潜伏でもない。もっと曖昧な、維持に近い構造だ。

 その正体だけが掴めないまま、夜は過ぎていった。

 

 翌日も、その次の日も。村は何も変わらない。

 異常だけが、増えもしなければ減りもしない。時間だけが無意味に積み重なっていく。焦りが、形を持ち始めていた。

 

 灯麻希は言葉にしないまま、視界の奥に残る拭いきれない違和感を見続けている。

 竹雄は判断の精度が日を追うごとに鈍るのを自覚し始めた。

 

 獪岳は苛立ちを隠そうともしなかった。言動の鋭さが増していった。

 

 

 ――五日目の朝。変わらない日々が、終わりを告げた。

 

 

 村が、朝から騒がしかった。家々の前に人が集まり、倉から道具が運び出される。布が張られて飾りが整えられ、静かなはずの道に足音と声が満ちていく。

 それは祝祭の準備に見えた。だが、祭り特有の熱はない。慣れた手つきと、最小限の会話。喜びではなく、段取りをこなすための動きだけが積み重なっていた。この日が()()であることだけが、形だけ残されている。

 

 竹雄は、木箱を背負ったまま通りに出た。準備に追われる村人へ、ごく自然な問いを投げる。

 

 何の祭りなのか、と。

 

 返ってきた答えは揃っていた。まるで、同じ言葉を渡されたかのように。

 村の繁栄を祝うための祭り。夜通し続く、年に数度の行事――だと。笑顔はある。声も柔らかい。だが、そのどれにも歓迎は混ざっていない。

 灯麻希は、その奥を視ていた。魂の色は揃っている。明るさではなく、役割を果たす者の諦めた濁りだった。

 

 三人の間に言葉はなかった。だが、結論は同じ場所に落ちていた。

 ――――鬼は、今夜動く。

 そしてこの村は、その存在を知っている。あるいは――見て見ぬふりをしている。

 

 鬼殺隊であることは、明かせない。村人が止める可能性もある。あるいは、鬼とは別の“何か”が動くからだ。

 判断は、すでに固まっていた。

 宿は昼のうちに引き払った。説明は最小限。疑念が生まれる前に、距離を取る。そして、日が落ちる前に村を離れる。鬼狩りの場に、人間を近づけないために。

 夕暮れが、山の影を深くしていく。宵へと沈む直前の、短い空白だけが残っていた。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 

 空の色はすっかり群青に沈んだ。

 灯麻希も箱から出て、木の上に身を落ち着かせている。木々の隙間から見下ろす集落には、ぽつぽつと灯りが灯り始めている。家々の明かり。広場に集まり始める人影。その中心に、営火が上がっているのが分かった。

 

「始まったか」

 

 獪岳が低く呟く。

 次の瞬間、乾いた音が夜気を震わせた。太鼓だ。一定の間隔で打ち鳴らされる音が、山の斜面を伝って上がってくる。

 笛の音も重なり始めた――祭りの音。それは、楽しげなもののはずだった。だが、ここから聞こえてくるそれは、どこか切迫している。音調は早く、間に余白がない。

 

 その時だった。山の反対側――集落とは別の斜面で、赤い光が弾ける。

 火だ。小さな炎が枝を伝い、葉を舐めるように走る。その広がり方は、自然の火ではあり得なかった。

 

「山火事……?」

 

 竹雄が息を呑む。

 だが、獪岳は視線を逸らさない。

 

「違うな。あれは――」

 

 言葉の途中で、山道の方から声が上がった。慌ただしい足音。松明を持った村の人間たちが、外へ向かって走っていく。

 

「危ないぞ!山に火が出た!!」

「この先は危険だ、今夜は村に戻るな!」

「早く、街道の方に出て!麓の町へ!!」

 

 叫びは、外部の人間にだけ向けられていた。

 祭りの音が、事前に打ち合わせたようにぴたりと止まる。不自然な沈黙の中で、獪岳がせせら笑った。

 

「……くだらねぇなァ」

 

 松明を掲げた村人たちは、迷いなく街道の方へ駆けていく。誰も戸惑わず、騒がない。初めて起きた騒ぎとは思えなかった。外の人間を追い払う。そのための手順が、最初から出来上がっている。

 

 しばらくして、再び村から音が流れ始めた。太鼓と笛が、先程よりも緩やかな調子で夜気を震わせる。それと同時に、山の火も勢いを失っていく。まるで役目を終えたかのように、不自然なほどあっさりと。

 

「火が……消えてる」

 

 竹雄の呟きに、灯麻希は答えなかった。ただ、山の下に広がる魂の流れを見つめている。

 火は消えたのではない。役目を終えただけだ。外部の人間は追い払われ、邪魔者はいなくなった。だから、祭りは再開された。

 盛大な音が、再び夜を打つ。その下で行われているものが、祝祭なのか、供犠なのか。まだ、誰も口にはしない。

 

 だが、三人は理解していた。今夜、村が捧げるものは――――焔ではない。と。

 

 祭事の音調は、いつしか祈りの調子へと変わっていた。

 広場の中央。簡素な祭壇の前に、白い布をまとった子どもたちが並ばされている。

 年齢は十か十一、高くても十三齢頃。並んでいるのは、男児ばかりだった。その数は十二人。年長の者も年少の者も、等しく白い。身に纏うそれは祝い着ではない。

 

 ―――――死装束だった。

 

「…………」

 

 誰も、すぐには言葉を発せなかった。竹雄は息を呑み、祭壇の前に並ぶ子どもたちを見つめる。 

 泣く者はいない。逃げ出そうとする者も。村の大人たちもまた同じだった。そこに悲嘆はなく、怒りもない。あるのは、長い年月をかけて染みついた諦めと順応だけだった。

 

 その光景を裂くように、頭上で枝が軋む。次の瞬間、一つの影が木の上から滑り降りた。灯麻希だ。音もなく着地すると、そのまま草陰に身を潜める竹雄と獪岳の元へ歩み寄る。

 

「やはり、動くのか」

 

 獪岳が低く呟く。

 

「子どもたちが連れて行かれるのを、このまま見ていることはできないよ」

 

 灯麻希は短く答えた。そして、言葉を切る。

 

「それに――」

 

 狐面の奥の視線が、一瞬だけ横へ流れた。竹雄へ。獪岳はそれだけで察したらしい。薄く笑う。

 

「へぇ。利口な手ではある」

 

 白装束の男児たちの年頃は、十から十三。鬼への供物であることは、もはや疑いようがなかった。その中へ、竹雄を紛れ込ませる。灯麻希は弟の魂を追い、鬼の棲家を突き止める。

 最短で、最も確実な手だ。理解が竹雄の中へ、ゆっくりと落ちていく。

 

「竹雄」

 

 灯麻希が呼ぶ。静かな声だった。

 

「……できる?」

「うん」

 

 竹雄は迷わなかった。力強い頷きを返した。

 獪岳が灯麻希を見て、肩を竦める。

 

「お前は、止める側だと思ってたんだがな」

 

 その声音に皮肉はない。ただ事実を述べているだけだった。

 

「都合がいい。話が早ぇから、楽でいいよ」

 

 灯麻希は何も返さなかった。

 狐面の下で、一瞬だけ胸の奥が軋む。だが、それを表には出さない。代わりに、竹雄の肩へ手を置いた。言葉よりも確かな温もりがあった。

 

 三人の姿は、再び草垣の闇へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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