終点まで毎日投稿していくのでよろしくお願いします!
ちなみに、前話の前書きに載せたクイズ、難しすぎましたかね……?(興味なかったらすみません)
作者としては「誰か一人くらい気づいてくれるかな〜」と軽く思っていたのですが、まさかのノーリアクションでした(笑)
答えは、必要でしょうか…………?
36.乗客満員
「オイ!オイッ!!なんだあの生き物は———!!」
夕暮れの駅構内に、伊之助の雄叫びが突き抜けた。
人の波が行き交う構内の奥、線路の上に鎮座する巨大な鉄の塊から、白い煙がもうもうと吐き出されている。黒光りする車体が八両も連なり、その長大な姿はまるで駅の端から端まで這う大蛇のようだった。
列車を見つけるまで、見慣れぬ人混みに圧倒されていた伊之助が、珍しく口数を減らしていたのも束の間———その姿を目にした瞬間、全身の筋肉が弾けるように反応した。
「こいつはアレだぜ、この土地の主……この土地を統べる者……この長さ、威圧感、間違いねぇ!今は眠っているようだが、油断するな!!」
「いや汽車だよ。知らねぇのかよ」
街中で育った善逸が、半ば呆れた声で言い返す。
「シッ!!落ち着け!!」
「いや、お前が落ち着けよ」
「まず俺が一番に攻め込む!!」
全く話が通じない。善逸はいつものように、助けを求める視線を炭治郎へ向けた。
しかし――
「この土地の守り神かもしれないだろう。それから急に攻撃するのも良くない」
炭治郎は真面目な顔でそう言った。
頼れるはずの長男も、どうやら伊之助と同じ方向へ思考が転がっているらしい。
「いや汽車だって言ってるじゃんか。列車、わかる?乗り物なの。人を運ぶ——この田舎
「ん?列車? じゃあ鴉が言ってたのが、これか?」
「鴉が?」
善逸の鎹鴉役は、言葉を喋れない雀———チュン太郎だ。そのため善逸自身は、今回の任務についてほとんど何も知らされていなかった。
二人が任務の話を始めかけた、その時だった。
「猪突猛進!!」
次の瞬間、伊之助の体が弾丸のように飛び出した。
誰も止める間もない。猪頭の剣士は力比べでも挑むかのように、勢いのまま蒸気機関車へ突っ込み———そのまま全力の頭突きを車体へ叩き込んだ。
ドーーン
鈍い衝撃音が、駅構内に響き渡る。
「やめろ!恥ずかしい!!」
「————————何してる!貴様ら!!」
「げっ!!」
騒ぎを聞きつけた駅員が、鋭く笛を鳴らしながら駆け寄ってくる。
駆け寄った駅員の視線が、三人の腰の刀へ吸い寄せられた瞬間、その表情が一変した。
「刀、持ってるぞ……!!警官だ!警官を呼べ!!」
慌てた声が飛ぶ。
———まずい
日輪刀を一般人に見られるわけにはいかない。鬼殺隊は政府公認の組織ではない。刀を帯びることが法律で禁じられている以上、こうして堂々と差しているだけでも、本来なら咎められる立場だ。
呼び止められる前に、この場を離れるしかなかった。
「やばっ!!やばいやばいやばい!!———逃げろ!!」
善逸が伊之助の首に腕を回し、もう片方の手で炭治郎を引っ張る。
三人は、そのまま駅内の雑踏へと駆け出した。
夕暮れの駅は人で溢れ、無数の声と足音が渦を巻いている。
その中へ紛れ込むように走り抜ければ、背後から追ってくる駅員の声も次第に遠ざかっていった。ようやく騒ぎから離れたところで、炭治郎がぽつりと呟く。
「一生懸命頑張ってるのになぁ………」
鬼を知らない人々は、平和な日常の中を行き交っている。
それは、きっと幸せなことなのだ。
けれど、その平穏を守るために戦う自分たちは、その存在すら世間に知られてはいけない。人目を避け、隠れるようにして刀を振るうしかない現実に、炭治郎の胸にはどこか晴れない思いが残った。
「まぁ仕方ねぇよ。とりあえず、刀は背中に隠そう」
善逸はそう言いながら、自分の羽織の中へ刀を滑り込ませる。
そしてふと視線を上げ――伊之助の背中で止まった。
上半身裸のまま、二振りの日輪刀が堂々と背負われている。伊之助はそんなことなど気にも留めず、むしろ誇示するように胸を張っていた。
「丸見えだよ———服着ろ、馬鹿」
・
・
・
駅員たちの追跡をどうにか振り切った三人は、善逸が人数分の“無限列車”の切符を買い求めた。
今度こそ問題を起こさないようにと身なりを整え、三人は改めて列車へ乗り込む。
客車の中は、すでに多くの乗客で賑わっていた。革張りの座席が左右に整然と並び、車内には人々の話し声や車体の軋む音が静かに響いている。窓の外では、夕暮れの駅に灯りが
「うおおおお!!主の腹の中だ!!戦いの始まりだ!!」
「うるせーよ!!」
善逸が即座に一喝する。
それでも興奮の収まらない伊之助を横目に、炭治郎と善逸は通路を進んでいく。
「それで、柱だっけ?その煉獄さん。俺は会ったことがないから分かんないけど、乗ってる人が多くてちゃんと合流できるのか?」
「うん。派手な髪の人だし、遠くからでもすぐに分かると思う。匂いもだいぶ近づいて……」
「うまい!」
次の車両へ続く扉を開けた瞬間、突き抜けるような声が車内を震わせた。
「うまい!うまい!うまい!」
あまりの声量に、善逸は咄嗟に耳を抑えた。
「あの人が…………炎柱?」
恐る恐る車内へ視線を向ける。
乗客の頭越しに見えた髪は、炎を思わせるほど鮮やかな色をしていた。
「うん」
「うまい!」
「ただの食いしん坊じゃなくて?」
「うまい!」
「うん。食いしん坊だけど、凄く強い人だよ。食事に夢中で俺たちに気が付いてないんだ。だから、気付いてもらうために呼び掛けよう」
「………それで大丈夫なの?」
“柱”――鬼殺隊の中でも最も位の高い剣士だと聞いていた。
もっと威厳のある、近寄りがたい人物を想像していた善逸には、目の前で「うまい!」を連呼しながら駅弁を夢中で頬張り続ける煉獄の姿は、あまりにも予想外だった。突飛な迫力にすっかり気圧された善逸は、そそくさと炭治郎の背後へ回り込み、弱々しく囁く。
しかし炭治郎は一切迷うことなく、声を張り上げた。
「こんばんは!!煉獄さん!!」
今度こそ、炭治郎の声に気付いたのかと思った善逸は、ほんの一瞬だけ期待した——その時だった。
「うまい!!」
返ってきたのは、やはり「うまい」だった。しかも今までで一番大きい。
車内の空気を震わせるほどの声とともに、煉獄の顔がこちらを向く。
今度こそ、ちゃんと炭治郎の声に気付いたのか。そう思った善逸が、ほんの一瞬だけ期待した――その時だった。
「おっ!竹代じゃねぇか!!」
伊之助の大声が、全てを掻き消した。
通路を挟んだ隣の席。そこで、煉獄ほどではないにせよ、同じように駅弁を次々と頬張っていた竹雄が、はっと顔を上げた。
「あ!こんばんは!伊之助さん!!」
竹雄は嬉しそうに手を上げる。隣の座席では、煉獄が相変わらず凄まじい勢いで駅弁を食べ続けている。炭治郎は慣れた様子で穏やかにその光景を眺め、伊之助は竹雄との再会に声を弾ませ、竹雄は笑顔で応じる。
そして善逸だけが、その場に取り残されたように立ち尽くしていた。
「もうどこから指摘したらいいか分かんねぇよ………」
・
・
・
煉獄と竹雄が食べ終える頃には、煉獄と竹雄の周囲もすっかり整っていた。重なった空の弁当箱は、乗務員の女性たちによってすっかり片付けられている。
いつまでも通路に立っていては、他の乗客の邪魔になるため、炭治郎たちは煉獄と竹雄が先に確保していた座席へ、それぞれ腰を下ろした。
進行方向に向かって右側の座席には、手前から炭治郎、煉獄。その向かいの座席には、禰豆子の入った木箱が置かれている。
一方、反対側の座席には竹雄と灯麻希が入った木箱が並び、その前に伊之助、その隣に善逸が座った。
【左側座席】 【右側座席】
木箱(姉)竹雄 炭治郎 煉獄
伊之助 善逸 木箱(禰豆子)
| 通路 |
↓進行方向
「今回の任務は、竹雄も一緒なんだな!」
「うん!よろしく兄ちゃん!」
炭治郎は顔を右へ向け、通路越しに竹雄へ声をかける。
その声に、竹雄の表情がぱっと明るくなった。その様子を煉獄が朗らかに見守っている。
「そうか!兄弟で初めての合同任務か!良い経験になるだろう、存分に励め!———この間は言い忘れていたが、竈門少年!」
煉獄が力強く言い放つ。その朗らかな声は、車内のざわめきさえ軽々と押しのけ、座席の端まで響き渡った。
「俺の継子になるといい!面倒を見てやろう!黄色い少年に猪頭《いのがしら》の少年!君たちもまとめて面倒を見てやる!!」
炎のように真っ直ぐな言葉に、竹雄の目がきらきらと輝いた。そして即座に、大きく嬉しそうに頷く。
「は……?」
「今それどころじゃねぇ!!コイツ……動き出したぞ!!」
善逸は、唐突に自分に向けられた煉獄の言葉に思わず言葉を失う。
列車がゆっくりと動き始め、床下から伝わる振動が一気に強まった。伊之助はその振動に驚き、全身を揺らし始めていた。
「待ってください!そんないきなり……どうしてですか!?」
炭治郎が慌てて声を上げ、反射的に煉獄へ顔を向ける。
しかし、煉獄は腕を組んだまま、真っ直ぐ前を見据えていた。
「竈門少年は水の呼吸とヒノカミ神楽、二つの呼吸を使う!俺は二つの呼吸を使う剣士を見たことがないが、柱の元で修行すれば、皆に鬼殺隊の一員として認めてもらえるだろう!
水の呼吸なら冨岡に鍛えてもらう手もあるが、彼が人に教えている姿は見たことがない!それに———俺は未来ある後輩を育てるのが好きだ!」
迷いのない言葉だった。腕を組み、前を向いたまま、それでも一つ一つの言葉には確信が満ちている。
「三人は共に任務をこなしているのだろう!ならば尚更、互いに高め合うことができる!仲間と共に鍛錬する者は強くなれる!!
黄色い少年と猪頭少年!君たちが使う呼吸は何だ!」
「……俺は雷で、こいつ……伊之助は獣の呼吸ですけど……あと確かに頭は黄色いけど、名前は我妻善逸です」
「雷と獣か!雷は基本の呼吸の一つだな!獣の呼吸は聞いたことがないが、風か岩からの派生か?———イノシシ少年!」
名を呼ばれた伊之助は、勢いよく立ち上がっていた。窓を開けて身を乗り出している。
流れゆく景色に、伊之助の目が輝いた。列車が速度を増すほどに興奮も膨れ上がり、ついには「どっちが速いか、競走する!!」と言い出した。今にも外へ飛び出しそうなほど体を外に出している。
「危ない!馬鹿、この!!」
「伊之助さん、落ちるよ!!」
慌てて善逸と竹雄が同時に腕を掴み、車内へ引き戻そうとする。
しかし、興奮しきった伊之助には二人の声など届いていなかった。
「危険だぞ!いつ鬼が出てくるか分からないんだ!」
「———え?」
伊之助を引っ張ったまま、善逸が器用に煉獄の方へ振り向き、戦慄の声を上げた。
「嘘でしょ!鬼出るんですか、この汽車!?」
「出る!」
「出んのかい!!嫌ァ—————ッ!!鬼の所に移動してるんじゃなく、ここに出るの嫌ァ——————ッ!!俺、降りる!!」
伊之助を抑えることすら忘れ、善逸は半ば錯乱したように叫び出した。
「短期間のうちに、この汽車では三十人以上の人が行方不明となっている!そのため、甲以下で編成された剣士を投入するのではなく、お館様のご命で柱である俺が来ることになった!」
煉獄の声は相変わらず朗々としていた。だが、その内容は決して軽くない。
密閉された空間で、短い期間で三十人以上もの人間が姿を消している。
偶然の事故や失踪では片付けられない、明確な異常事態だった。
かつて那田蜘蛛山では、一般隊士を複数投入した結果、下弦の伍によって複数の部隊が壊滅的な被害を受けた。その反省を踏まえ、今回は甲以下の隊士ではなく、柱である煉獄が始めから任務に赴いている。
「はァーーーッ!!なるほどね!!降ります!!」
全てを理解した瞬間、善逸は勢いよく立ち上がった。
列車との競争を試みていた伊之助をようやく押さえ終えた竹雄だったが、今度は善逸の腕を掴んで引き留めることになる。
「降りるって、なんでそんな情けない事を言うんですか!善逸さんは鬼殺隊の剣士じゃないんですか!
「情けなくって結構……!……嫌だぁぁ!!降りるうぅぅぅ!!こんな所にいたくないぃぃぃ!!」
涙を浮かべ、必死に逃げ場を探す善逸。
しかし、この場に哀れな彼を助けてくれる者はいなかった。
「切符……拝見……致します……」
その時、不意に低い声が差し込んだ。
車掌が、重い足取りで炭治郎たちの元へ歩み寄ってくる。
「?? 何ですか?」
「車掌さんが切符を確認して、切り込みを入れてくれるんだ!」
煉獄は何の躊躇いもなく、自分の切符を差し出した。
炭治郎もそれに倣い、懐から切符を取り出す。
———その時だった。
炭治郎の鼻先を、微かな異臭が掠めた。
(んっ?———何だろう、嫌な匂いがする……!!)
炭治郎の嗅覚が、確かに
ふっと、視界が暗くなる。炭治郎の身体から力が抜けた。
それだけではない。
善逸も。
伊之助も。
竹雄も。
煉獄も。
そして、車内にいる乗客たちも。まるで張り詰めていた糸が一斉に切れたかのように、誰も彼もがその場に意識を手放していく。
声も、物音も、次々と途絶えていった。
やがて車内に残されたのは———
ガタンゴトン、ガタンゴトン
と、規則正しく響く車輪の音だけだった。