「あのぅ……
魔素の満ちた洞窟の奥深く、一人の少女はそこに居る何かにそう声を掛けた。
「あ、ごめんなさい……見えないですよね。明かりを点しますね……」
暗いために相手からよく見えないだろうことを思い出し、少女は手から明かりの球を洞窟の天井へと放った。
宙に浮く光源によって広い洞窟の様子と共に照らされたのは、黒髪の片目隠れ少女と、向かい合う銀色のちっちゃなまんまる——スライムだった。
「私、エリ……っていいますぅ……。それで、ちょっと魔物を調伏しなきゃいけない事情があって、調伏されてくれないかな〜って、できれば強そうな子が必要でここまで来たんですけど……」
少女ことエリがしゃがんでその小さな銀色に洞窟の奥深くまで来た事情をおどおどとした様子で説明する。洞窟の奥深くは魔素が多く、より強い魔物が棲み着いているものだ。
「……!(ふるふる)」
「だめ……ですか……?」
「……!(ふるふる)」
それに対して、銀色のスライムは調伏されたくはない様子で、そのぷるんぷるんの体をふるふると震わせて、拒否の意思を示している。
「……そうですかぁ……困っちゃうなぁ……ここまで来たのに。いや、泣き落としとかじゃなくて本当に困っちゃってるんですけど…………」
しゃがんだままエリは頭を抱え込む。
決して短くなかったこれまでの
一方のスライムは、その様子に少し訝しんでいるのか、若干の距離を取りつつ向き合っている。
「……こうなったらこの子を無理にでも……」
「……?!(ぴょんぴょん! ぶるるっ!)」
「……無理に調伏しちゃだめなんですよねぇはい。心を通わせなきゃ意味ないので……しませんよ大丈夫ですぅ……。私のこの道程は拒否されちゃった時点で全て意味がなかったとされたようなものなのでねぇ……」
不穏なことを言い出そうとするその少女にスライムは体を震わせながらも必死に飛び跳ねて拒絶の意思を示そうとしたが……それ以上にその少女の事情の方が厳しそうであり、かなり卑屈っぽい風にそう告げた。
「はああぁぁぁ。私だって将来働くなら、信頼できない会社で上司に毎日『おう、おまえは今日も誰にとっても役立たずだが、役立たずなりに塵だって積もれば公園の砂山くらいにはなるから頑張ってくれ(笑)』なんて言われて馬車馬の如く残業代も当然出ず給料も当然上がらずなんならこっちの払ってる額の方が多いときもあるような最早真っ黒すぎて世界に空いた穴に見えてくるようなゴミカス会社よりは、ちゃんと信頼できる上司と人間関係と上がっていく給料のあるところで幸せに働きたいですもん! 無理に調伏なんてしたら、最後は刺されて爆破される未来が見え見えですからしませんよ……私だったらそうしますもん……奴隷と同じじゃないですか」
「……(ふるふる)」
なんだかよくわからんが、無理に調伏しようしないなら——という反応だ。
「私は魔物じゃなくて人間なので分かんないですけど、同じようなやなことですよねえぇ……」
「……!(ふるふる)」
「……じゃあそんなやなことでもしたくなる、あるいは、しなきゃいけなくなる状況って何でしょうかねぇ……」
「……!?(ぶるぶる)」
「もし私が路頭に迷ってそれでとんだ真っ黒企業の求人がお日様以上に白く輝いて見えたとして……それでその結果毎日上司に『おら、お前を拾ってやったんだからこの仕事もありがたがって受け取って今日中にやっといてくれ(笑)』って言われて、日付をほんのちょっと過ぎた頃に終わって、それを報告したら『大丈夫だ! 日付が変わるまでじゃなくて、寝るまでが一日だからな!』って言われて、翌朝は体も洗うことができず会社にいるままに始業を迎えて、勿論、残業代は出るはずもなく、それでも生きられていることに幸せと拾ってくれたことの恩を感じてまた新しい一日を……いやそんな幸せなんか感じねぇな爆破してやる! おのれクソ真っ黒企業め、お前らの所になんか行ってたまるもんか! 絶対研究職をこの手から離すことなく、誰からの指示でもなくやりたいようにする人生を謳歌してやる!!」
「……」
さっきから妄想の内容が妙に具体的なのは何なのだろうか。あと卑屈っぽいのか自信があるのか、キャラクターが不定で恐いのである。スライムは震えを通り越して無の反応になる。
「ごほん……そういうわけで、信頼のない調伏はするつもりはないので、そこは安心してほしいですぅ…………」
「……(ふるふる)」
ともあれスライムは一応の安心をした。
「もしかして、最初から誰かを調伏するっていう選択肢が私には向いていなかったりするんですかねぇ。魔法による調伏の理論的なやり方のことだけじゃなくて、実体験とか、そういう本とか見ておくんだったかな〜……」
そしてエリはそのまま後ろにゆっくりと倒れて、「大」になる。
「流石に疲れた……。洞窟の奥深くに行くまで、出会った子全員に調伏されてくれないかって訊いても、みんなことばが分からない嫌なのかそもそも智が無いのか襲ってくるし、その結末が拒否じゃあ……いやすみませんんん。スライムさん(?)を責める気はそもそも存在していなくて……そもそも責められるべきは私の準備不足と……スライムさん(?)の安住の地に踏み入ってしまった私なんですううぅぅ〜……!」
「……(ふるふる)」
そのスライムさん(?)(仮称)は、ほんのちょっぴりだけその少女に同情した。
「はあ……どうしようこの先」
「……?(ふるふる)」
スライムは心配そうに、仰向けで寝転がっているエリの胸元に登って、その視界に入った。
「あぁなんかすみませんんん……心配させてしまって。取り敢えず、暫くここに居させてもらってもいいですかぁ。ここまで来るのにとっても長い道程で、お腹が空いちゃったりしちゃいまして……。なので、ご飯を食べたくって」
「……!(ふるふる)」
「いいのですか? ありがとうございますぅ……!」
いいよというように、スライムは体を震わせ、それにエリはやや大げさな感謝を返す。
ご飯を食べてもいいということになったエリは、スライムを横に置いて立ち上がると、すぐ右の
「ご飯はどこだったかなぁ」
エリはリュックの中身をぽんぽこ放って、入れたはずのご飯を探す。
「あった……。…………んと、スライムさん(?)は、この魔石が気になります……か?」
「……!(ふるふる)」
エリがご飯をようやくその奥地から発見する頃、そのスライムはリュックからぽんぽこ放られた沢山の魔石に興味があるようであった。
「そうですよね、魔物さんたちは魔素とかそういうのがご飯ですよね。魔素の濃いここに暮らしているくらいですからね。私がこの洞窟にお邪魔しちゃってますし……ご飯の時間なので、魔石はスライムさん(?)に差し上げます!」
「……!!(ぷるぷる)」
喜んでいる様子のスライム。
ちょうどよい岩を作り出して、そこに座り、ご飯を広げるエリ。向かい合って、、放られた魔石を集め、囲まれるようにしたスライムが居る。
「じゃあ、いただきます」
「……!(ぷるるん!)」
もぐもぐ……。エリはお弁当箱の中身を順番にバランスよく箸で摑んでは口に運ぶ。一方のスライムは、口も手もないのであるから、自分よりは多少小さな魔石の上に直接覆い被さって、魔石を取り込む。
その時、ビカーン! とスライムから強烈な光が放たれた。今、天井に放たれている光の球よりも遙かに強い。
「うおっ、眩しい……」
「!?!(ぴょんぴょん!!)」
エリはすぐに目を閉じたが、それでも光は強く、目を更に手で覆って、後ろを向いた。
当のスライムも異変に思わず飛び跳ねて逃げようとしたが、その異変の発源元は自身であるから逃げられなかった。
数秒か、何がどこで起きたのかをスライムが理解したくらいに、光は収まった。
ぽよよんとスライムが呆然としているが、一方で、エリは光が収まったのを感じると、スライムの元に行き、冷静に分析し始めた。
「……う〜ん。もしかしたら、私は魔物が専門じゃないので、あんまり分からないんですけれど、リュックの中に入れたのは容積の関係で、圧縮して密度を高めた魔石だった……はずなので、もしかしたらそれが理由かもしれなかったりするかもしれません……はい。私のせいですね、びっくりさせちゃってごめんなさいぃぃ……体に悪いものじゃないですうぅぅ……」
「…………」
そう言われて、スライムも冷静に自身の体に意識を向けると、体の何に渦巻く何かを感じた。魔石を食べたことによって生じたであろう、食べる以前とはには無かった、あるいは異なった何かだった。
恐る恐る、ゆっくりと他の魔石に近付くスライム。そして、再び魔石を食べた。同じようにまた強烈に光る。今度は驚かない。
そして、さっきよりも強く、更にはっきりと、その何かを感じた。それはスライムの体が作り替えられてゆくような、力を増したような、世界が鮮明に感じられるような、そんな感覚だった。
「……!!!(ぴょんぴょん、ぴょんぴょん!)」
「おいしかったです……か? ……スライムに味覚とかあるのかな? それはともかく、美味しかったようなら……まぁよかったです」
飛び跳ねて喜びを表現している様子のスライム。
このスライムも、魔物らしく魔素の多いこの洞窟の奥深くで暮らし、魔素によって成長してきた。であるからして、その結晶である魔石を取り込んで得られた変化は喜ぶべきことなのだということが分かったのであろう。
「私のお辨当も美味しいんですよ。私が作ってきたんですけれどね、主食のチャーハンはぱらぱら具合と、冷めても美味しい具合を調節するのにちょっと苦労して……まぁ、本当は料理本を九割近く参考にしたんですけれど。逆に、魔石は私がこれまでに研究してきた……あとは経験と技術と先人達の知識で生み出した圧縮方法で効率的に圧縮しているので、正真正銘、私が作ってきたご飯になりますね」
「……!!(ぷるぷる)」
スライムは魔石の数だけ体を光らせてゆく。
そして、放られた分は無くなった。エリのお辨当箱の中身も空っぽになった。
「ごちそうさまでした」
「……!!(ぴょんぴょん!)」
「喜んでくださって嬉しいです」
お辨当箱を閉じて、リュックに戻し、空間の穴に放り込んで穴を閉じた。
「ふう……。じゃあ私はそろそろ帰ろうかと思います。調伏されてくれる子と出会えずに、悔しいというかここまで来れたのに勿体ないなぁ……というか……悲しいぃのかなぁ。でも……スライムさん(?)みたいな子に会えて嬉しかったです! はい」
「……!?(ぴょんぴょん、ぶるぶる!)」
エリが帰ろうと腰を上げると、それを止めるようにスライムはぴょんぴょん跳ねてエリの肩に飛び乗って、ぶるぶると震えて何かの意思を示そうとしている。
「えっとぅ……どうしました?」
「……!(ぶるぶる)」
「まだ帰っちゃだめだったり……? なるほど……とすると、もしかして、魔石に関連したことで、まだ帰ってほしくなかったりしますか?」
「……!(ぴょんぴょん)」
「そうですかぁ……。ということは、魔石が欲しい……ですか?」
「……!!(ぴょんぴょん!)」
「……もし、魔石が貰えるとしたら……調伏されてくれたり……」
「?!(ぶるぶる)」
「調伏はだめですかぁ……すみませんんん」
真っ黒企業で高給取りになれるからってやっぱり真っ黒は嫌だし、寧ろ調伏とは本来は奴隷に近いものなのでは、とエリは思い始め、この子はやっぱり何があっても調伏しないようにしようと強く思うことにした。
それはともかく、スライムは、魔石を欲して引き留めている。特段急ぎの帰路でもないし、なにかできないかを考える。
「う〜ん。でも、そうですねぇ、何か、私が魔石をあなたにあげたい、あげるよ、となるようなことをしてくれるなら、ということになるんですけどぅ……」
「……(ふよふよ)」
調伏はもう遙か彼方の宇宙に飛ばしておき、なにかスライムであればできるようなことで、してほしいようなことはなにか、エリ自身にできないことはなにか、困り事はなにか、そういったことを考える。対価、給与、お礼、お返し、言い方はなんでもいいが、助けてもらったから助ける、与え・与えられ、上下でないような関係になりたい。
「最近の……というか、今まさに、誰かいい子を調伏したいなあぁという困り事を解決するためにここまで来ているものなあぁ……だとしたら——」
はっと何かよい考えが浮かんだかのように顔を上げ、続けて、勢いよくしゃがんで、
「そうだ、魔物で、人間じゃないスライムだからこそ頼めることになるんですけれど、調伏されてくれる子を一緒に探してもらえたりしますか?」
スライムに目線を合わせてそう言った。
「私と意思の疎通もうまくできる様子ですし、それにスライムだからこそ! 何か私が見えないこと、できないことができると思うので……例えば、他の魔物の居場所とか、強い魔素のある場所を知っていたり、魔物さんとの意思疎通とかの間に入ってくれたり、例えばそういうことが私には分からなかったりできなかったりするので、そういったことをぜひやってほしいです! そうしたら、魔石ももっと沢山あげちゃいたくなっちゃうのですが……どうでしょう? 調伏する側とされる側じゃなくて、対等な……そうですね、ビジネスパートナーになりませんか!」
「…………!(ぴょんぴょん)」
「調伏されてくれる子探しのお手伝いができたりしますか? お返しは魔石です!」
「……!!(ぴょんぴょん!)」
エリと対等な、謂わばビジネスパートナーという関係になって、調伏されてくれる子探しを手伝う。そして、そのお返しとして魔石を貰える。スライムは、そのことを理解して、できるという意思を示して、それに同意した。
「決まりでいいですか! ありがとうございます!」
「……♪(ぴょんぴょん)」
エリは手を合わせて喜んだ。スライムもぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいるようであった。
「じゃあ……改めて、一緒に帰りましょう。急ぎでもなんでもないので、もし、必要なものとか、思い残しとかあったら……いや、いつでもここに帰ってきていいんですが、そういうことがあったら、済ませてから、終わったら私の肩か頭の上にでも乗ってください! 後日になりそうならそういうふうに伝えてほしいですが、早め早めでお願いしたいです」
スライムは思い残すことなどは何もないようで、ぴょんとエリの肩に飛び乗った。
「もう準備はできましたか? じゃあ早速行きましょうか……!」
じゃあ私にも思い残すことは特にないし出発しよう、とエリが思い立った直後、はっとエリは気付いた。
「スライムさん(?)って呼ぶのもちょっと、なんというか、よくない……ので、お名前を付けてもいいですか……?」
「……!!(ふるふる、ぴょんぴょん)」
スライムを呼ぶ名前が無かった。エリがそう提案すると、嬉しそうに肩の上で跳ねるスライム。
「私の名前はエリで短いんですよね。私の名前の由来は親から聞いていないのでよく分からないのですけれど……そうですね」
肩に乗っているスライムをちらりと見て、ほんの少し悩んでから、決めたという動作を一つ挟んで言った。
「銀色のスライムなので、私と同じ短さで、
「……!(ふるふる)」
体が銀色だから、「ギン」。この名前は、本人には好感触なようだ。
「ギンさん!」
「……!!(ぴょんぴょん!)」
「ギンさん!!」
「……!!!(ふるふる、ぴょんぴょん!!!)」
そうしてふたりは少し仲良くなった。
「じゃあ出発しましょう。ギンさん、これからよろしくお願いします!」
「……!!(ぴょんぴょん!)」
そうして二人は、スライムの育った所でもあり、エリのちょっとした旅の終着点でもあった洞窟の最奥を去った。
………………
エリにとっての来た道で帰り道であり、ギンにとっての新たな生活の最初の一歩は——死屍累々、血濡れた道、ちょっとした地獄であった。……ただ、誰かと戦うという訳でもなかった。
「……?(ぶるぶる)」
「……ギンさん、そのぅ、怖がらなくていいんですよねぇ……。洞窟で出会った子みんなに、ひとりひとりに調伏されてくれないか訊いたんですけど……もれなく全員に話も聞いてもらえずに……結局、襲われたりして洞窟がこんな惨状になってしまいました」
「……(ふるふる、ぶるぶる)」
納得はしたけれど、それはそれとして体を震わせるギン。
「でも帰り道は楽でいいですねぇはい。何かを訊く必要もないので……」
「…………」
そして、もし話を聞こうとしなかったらどうなっていたのか、結局聞いてよかったと安堵するギンであった。
そういった、エリの身の上話が時々挟まりつつも、血が乾いて糊のようになっていた洞窟を出て、洞窟のある森を抜け、街を抜けて、ようやく共に家に帰ることができた。
エリとギンは、お風呂に入って、夜になっていたのでまたご飯を食べ(ギンは魔石)、その後にようやくエリの部屋に入って一息休むことができた。
ギンを机の上に乗せて、向かい合う。
「ここが私の部屋ですぅ……。あ、改めてよろしくお願いしますね……ギンさん」
「……!(ぴょんぴょん)」
「疲れちゃったのでまた明日から頑張りたいですが……そうですね、ギンさんは私に魔物を調伏できるような手掛かりとかの情報を提供してもらいたいです。そのお返しに——」
「沢山ありますが、魔石がお返しです。見ての通り沢山あったりするんです……ね」
「……(ふるふる)」
「こういう認識で大丈夫ですか?」
「……(ぴょんぴょん)」
「大丈夫そう……ですね! では、よろしくお願いします!」
認識の擦り合わせと友好関係が確かめられた。
そうして、この長い一日が終わった。
………………
その翌日……は疲れていたので、翌々日以降から調伏されてくれる魔物捜しにエリとギンは共に、洞窟のあった森の近くを中心に動いていた。
ギンがよく知っている場所であり、エリの家からも比較的近い場所である。
しかしながら、その結果は芳しくはなかった。ギンは強い魔物の住処や魔素の濃い所に案内する役目を立派に果たしたのだが、いざエリが魔物と対面しても、基本的には襲われるか逃げられることになった。
一部のスライムは例外で、ギンが話を付けてくれたようで友好的な調伏には成功したものの、そもそもその強さとして弱かった。意思疎通も取れそうになく、スライムを調伏してはあんまり上手くいかない時間は、ギンが特段優れたスライムであることをエリに認識させてただけだった。
「そもそもギンさんって、他のスライムと色も透明感も違いますよね。名前の通りの銀色ですし……」
「……(ふるふる)」
普通のスライムは水の色や草の色などのようで、透き通っているものなのだなとエリは学んだ。透けていない方が強かったりするのだろうかと仮説を立てつつ、調伏に協力してくれたスライムには魔石を与えつつ、ギンの指揮下に入って、ギンと出会った洞窟で修行をすることにしたようだった。
エリにスライムの修行の完了を待つ時間はないので、結局、意思の疎通が可能なスライムの調伏の案もダメそうだということになった。
あれもこれもだめならと、エリは数日、調伏方法に関する本を読み漁った。その結果は、これまでの方法をめちゃくちゃ後悔したくなる内容であったが。
多くの本には、調伏の魔法を掛ける時は逃げられないような空間を作って、拘束して行いましょうとか、信頼関係は年単位を掛けてゆっくりと築き上げるものです、などと書かれていたのだ。
「ギンさん。私、最初からやり方を間違えていたようで……あはは」
エリは本を読んでは燃え尽きていた。一冊も、エリのこれまでの行動を推奨するような本は無かった。何なら、ド直球に、信頼できる強い関係の二人になりたいとかは物語の読み過ぎだなどと、散々扱き下ろすものもあった。
しかし、ここで諦めるエリでもなく、今度は最初から強い魔物を本のように無理矢理調伏してみようということになったが……——
「全然言うこと聞かねぇよこいつ、ってか、聞こえてねえのかな」
ある子は指示が全然通らず、好き勝手暴れたかと思ったら、刃向かってきたり、別の子は、指示も意図を聞いてはくれるものの細かく意思が通らず、かといえば、そこまで強くもなく、早くもなく、動きも下手で……と散々なまま、結局、何もかも上手くいく様子もなく、期限であるその日が近付いてきてしまった。
エリとギンはいつものように部屋の机で向かい合う。
「さ〜す〜が〜に〜つかれましたぁ」
「……(なでなで)」
「うぅありがとうございますぅ」
そうしたって解決策はいっこうに見えてきそうになかった。ただただ、ギンとエリの仲が深まっていくばかりであった。
「別に居なきゃ居ないでいいんですけどね……それは面倒になるなぁああやだようううぅぅ」
「……(ふるふる)」
「……こんなに調伏が難しいとは……。う〜ん」
エリは部屋を歩き廻って考える。
「襲い掛かってくるし、やっぱり言うことは聞いてくれないし、というか、言うこと分かってなさそうだし、残り数日でどうにかしなきゃいけないからもうなにも待ってられないし、そもそも今の申し訳程度の連れて行けるかも候補から連れて行って一緒にすごしたいやついねえぇよおい」
「……(しょぼん)」
「あ〜……いやいや、ギンさんの所為じゃあないのではいぃ。すごーく強そうな子を沢山紹介してくれて寧ろありがたい……です。完全に私の能力不足とかなので」
スライムであるギンの貢献ぶりは本当にエリの負担と心労の多くを軽減してくれていた。求めていた以上に、戦闘面や魔法面でも大きな働きをしてくれるのだ。だからこそ、ギンにエリは大きく感謝をしていて、同時にエリ自身の能力不足の問題であると明確になっていて落ち込むことになったのだが。
「はぁ、別に、絶対に私の人生に必要だというわけじゃないんですけどね調伏というか、私のあんまり興味ない分野達のことはこういう機会でもなければまず触れようとはしてなかったと思いますけれど……それはともかく、どこかに、都合のよい魔物さんが居たりしないんですかね」
都合のよい魔物、それは、
そんな子が……まぁ、めちゃくちゃ近くに居るには居るなとは数瞬思ったエリであったが、調伏はしないというのは今のところ二人の絆のを繫げている強固な錠である。
しかし……ふと、エリの頭にとんでもない屁理屈、いや、理屈でもなんでもない悪魔的な案が浮かんでしまった。そう、別に、調伏されている必要は……いや、調伏されていなければならないのだが、調伏せずともどうとでも誤魔化すことできるのでは……と。
思いついてしまったからには……と、勢いで説得することになった。
「そうだ! ギンさん! 調伏されなくて構わないので、いえ、寧ろ、調伏なんてしたくないのでする気はさっぱりありませんが、調伏されたフリをしてくれませんか! 相棒になってください!」
「……?(ふるふる)」
「いやあぁ、よく考えたら、実際は良くないですけど、調伏されたフリをしてくれて、なんとな〜く言うことを聞いてくれるフリをしてくれたら、もしかしたら私すごい助かるかもしれません……。何度でも強調しますが、実際に調伏の魔法は使いませんし、お返しももっと沢山あげられると思うので……どうでしょうか!」
「……(ぷよぷよ)」
もっと魔石を? もしかしたら、魔石以外の方がいいのかな? など言いながら部屋からなにかよりよいお返しのヒントを捜しているエリ。お返しが現状維持という選択肢は、これまで手伝ってもらった以上のことをしてもらうつもりなので、選択肢として有り得ない。
一方のギンは相も変わらず変化の激しいエリにはもう慣れてしまっている様子で、冷静にエリの何を渡したらギンさんが喜んでくれるかな論争(参加者数一人)を眺めつつ、エリの提案がどういうものかをなんとなく想像してみていた。
——どうやら、調伏の魔法を掛けられることが最も嫌なのであって、そうでないならば、そう嫌でもないらしい、提案を受けてもいいのかもしれないと少し思った。
「別にその日一日か、もしかしたらもうちょっとだけで充分なんですけど、できれば長期のパートナーシップがいいなって、いや、というか、パートナーシップ期間の延長に見合ってかつ継続的に供給されるようなお返しがあれば……」
そうしてエリはなにかよりよいお返しになるようなものを見付けるために部屋をあらゆるもので散らかしてゆく。
そして、本棚の扉を開けたとき、それがギンの目……は無いが、心に留まった。
ギンが本棚から散らかされてゆく本達に飛び乗って、その中身を見てゆく。
「あ、気になりますか……?」
「……!!(ぴょんぴょん)」
「今乗ってるのが、私が書いた本と、あと、私の尊敬している先生方が書いた魔導書、魔法の理論書ですねぇ……私魔法理論好きなんです。あ、えっと、魔法を語るとおしゃべりマシーンになるので、自制しますが……とりあえず……これとこれとこれのあたりから見始めた方がいいと思うんですが……」
「……!!(ぴょんぴょん)」
不思議と器用に紙をぺらりとめくって見てゆくギン。その本は著者がエリと書かれている本だ。
「あ……今更だけど本……というか文字読めるんですね。……あ! そうですね、もし、調伏されたフリをしてくれたら、本を必要なだけ買ってあげるよということになったら、というか、私が書けるので、書いてあげるよ……というか、私が教えてあげるよの方がいいか……で、そういうことになったとしたら、どうですか?」
「……!!(ぴょんぴょん)」
それがいいのではないかとやはり早口気味に話すエリに、しかし、今度はギンも、この提案が嬉しかったようで、ぴょんぴょんと跳ねて嬉しさを表現している。
「それは同意ってことでいいです……か?」
「……!!(ぴょんぴょん)」
その提案を受け入れたい意思を嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねて同意しようという意思を示ギン。
「じゃあ、よろしくお願いします! そうと決まれば呼び方と……まあ口調も距離のある敬語だと不自然なので……、よろしくね、ギンちゃん!」
「……!!(ふるふる、ぴょんぴょん)」
こうして二人は、相棒となった。