ファンタジーゲームの主人公に転移したら、女主人公がすでにいた 作:瓜売り
このファンタジーゲームの世界に転移してから約一週間。
僕は今、標高1,000mは超えるヴォルカン火山の山頂に来ていた。
この世界は夜でも星空の輝きに照らされているのだが、この山頂での夜は特に明るかった。
なにせ、火口ではドロドロに溶けたマグマがぐつぐつと赤く光りながら沸騰しているからだ。
岩陰に隠れている僕とヴァニテューもマグマの熱を浴びており、全身が汗だくで視界は熱でゆらゆらと揺れて見える。
とても服を着ていられる熱さではなかったので、僕もヴァニテューも上半身は素っ裸だ。
岩陰から火口をそっと覗く。
火口では真っ黒に固まった溶岩がマグマの上に浮かんでいる。
そして、その溶岩の上には炎の守護竜が仁王立ちしていた。
炎の守護竜は夜空に向かって「グギャギャギャー」と唸り声をあげた。
僕は炎の守護竜を目の前にして、ボス戦の開始を躊躇っていた。
……え? 水の守護竜はどうしたって??
それなら3日前に倒したぞ。
3日前、水の守護竜との壮絶な戦闘を終えた僕たちは、港湾都市ムエットに戻り占い師のババアと出会った。
占い師のババアは僕とカルムについて『炎の守護竜と戦う』か『氷の守護竜と戦う』運命にあると告げた。
…か? 運命に"か"ってなんだよ。なんで運命なのに二択式なんだよ。
――と思ったが、二択の運命というのはどちらのストーリーを先に進めても良いパターンなのだろうと理解した。
この手のゲームでは、用意されたストーリーを順番に進めるだけだとプレイヤーが飽きてしまうので、次に挑むストーリーを選択式にすることがあるのだ。
僕はこのゲームの世界に転移する直前に配信動画を見ていたのだが、途中で視聴するのが面倒になりスキップしてしまったのでこの先のストーリーを実は知らない。
そのため「炎の守護竜」か「氷の守護竜」、どちらを先に倒した方が効率が良いかはわからなかった。
こんな事になるならちゃんと視聴しておけばよかった。
カルムは氷の守護竜を先に倒すと言い出した。
それを聞いた僕は炎の守護竜を倒すことを選んだのだった。
念のために言っておくが、決して「二人で分担して効率よく人助けをしようぜ…!」なんて魂胆は僕には微塵もない。
どのみち、カルムが氷の守護竜と戦い始めた時点で、カルムと運命共同体である僕は強制的にそのボス戦に放り込まれるのだ。
であれば、僕がするべきことは一つだ。
カルムが氷の守護竜と戦う前に、僕が炎の守護竜とのボス戦を始める!!
これは水の守護竜と戦ったときから絶対にそうすると誓っていたことだった。
水の守護竜戦はカルムが先にボス戦を始めたのだが、その時僕とヴァニテューは温泉に浸かっていたのだった。
湯船でくつろいでいた僕とヴァニテュー。
そこに襲い掛かる運命の強制力…。
僕たちがどんな格好で水の守護竜戦に放り込まれたか、あとは察してほしい。
そんな苦い経験から得た教訓を基に、僕はなりふり構わず炎の守護竜だけを目指して冒険を進めた。
道中、ある王国の王様から人助けに協力してほしいと言われたが、全力で無視して突き進んだ。
王様は他と比べて圧倒的にビジュアルがよく、イケメンで勇敢で性格が良かったので、ゲーム内では仲間になるキャラクター扱いだったのかもしれない。
…が、それでも僕は無視をした。
仲間にしなかった理由だって?
もちろん急いでいたからだけど、それ以外にもある。
イケメンで勇敢で性格がいいなんて、僕とキャラが被っているだろ?
そうして、サブストーリーどころかメインストーリーすら全て無視して、僕とヴァニテューは炎の守護竜の元までたどり着いたのだ。
正直なところ、僕は炎の守護竜が何をしでかしたのかすら知らない。
まあどうせ、また錯乱して近くの村でも襲ったのだろう。
僕は岩陰から炎の守護竜の様子をチラチラと見ていた。
もし炎の守護竜と目があえば、きっとボス戦が始まる。
そうなれば、運命の強制力によってカルムが仲間を連れて飛んでくるはずだ。
僕とヴァニテュー、そしてカルムとビュヴ―ル。水の守護竜戦を共にしたビジネ…は結局仲間にならなかったから四人だ。
ただ、もしかしたらカルムは別で新しい仲間を連れてくるかもしれない。そうなれば五人になる。
それだけ人数がいれば何とかなるだろう。
…本当か? 本当に何とかなるのか?
ふと僕の中で疑念が沸き上がった。
僕たちは3日前に水の守護竜と激闘をしたのだが、あの時点で、僕とヴァニテューは圧倒的にレベルが足りていなかった。
それなのに、僕たちはレベル上げをせずに次のボス戦にたどり着いてしまったのだ。
もしこのまま炎の守護竜と戦えば、今度こそ全滅するかもしれない。
カルムより先にボス戦にたどり着くことに必死になっていた僕は、肝心なボス戦に勝てるのかという点を考慮していなかったのだ。
危なかった。このままボス戦に挑めばきっと負けてしまっていただろう。
ギリギリでそのことに気が付けたのは、さすがの僕だ。
僕はヴァニテューにひそひそ声で話しかける。
「やっぱり一度下山してレベル上げをしよう。今の僕たちのレベルだと炎のドラゴンには勝てない気がする」
「ああ、そうだな。実は俺様も厳しい戦いになると思っていたんだ」
ヴァニテューは僕の意見に賛同した。
あの自惚れ屋のヴァニテューですら勝ち目が薄いと思っていたようだ。
これは本当に挑まなくてよかった。
下山するには岩陰から一度でなければいけない。
僕たちは炎の守護竜に見つからないように、そろりそろりと岩陰から姿を晒して退散しようとする。
その直後――――
「ハックショイーー!!! ッッベラんべえぃ!!」
…と、ヴァニテューが信じられないほど大きなくしゃみをした。
「お約束にしてもベタ過ぎる!!」
僕が恐る恐る炎の守護竜の方を見ると、ギラリと光る眼球とバッチリ目が合った。
これがゲームなら、きっと画面がブラックアウトする演出が入りボス戦用のBGMに切り替わっただろう。
炎のドラゴンと目が合ったことは、それくらいはっきりとした戦闘開始の合図だった。
「グギャギャギャーーーー!!」と汚い鳴き声で炎の守護竜が叫ぶ。
「おい、何やってるんだよヴァニテュー! 戦闘開始しちゃったじゃんか!」
「すまねえ、デキスギ。ただ、どうしてもくしゃみをした方が良い気がしてしまって…」
「そんな気を起こすな!!」
叫ぶ僕に向かって炎の守護竜は火炎のブレスを吹いた。
真っ赤な炎が轟轟と勢いをつけて僕に向かってくる。
「うおおあああああ!!!」
悲鳴をあげながら、僕は咄嗟に左手を突き出した。
「…防御魔法ッ! ヴィーナス・ウォール!!」
詠唱とともに、黄色い光が四角い壁となって僕の前に現れる。
光の壁は迫りくる炎を見事に遮断した。
光の壁は防御魔法だけあって、強烈な炎でさえもなんとか防ぎきることができた。
ただ、壁の隙間から漏れた炎に僕の肌はかすかに焼かれる。
…熱ッ!!
ダメだ、こんな攻撃まともにくらったら一発アウトだ。
僕は防御魔法で火炎のブレスをしのぎながら、カルムとその仲間が到着するまで時間を稼ぐことにした。
何度目かの火炎ブレスを防いだ直後、突然、星空を覆うほどの大きな影が僕たちの近くに広がった。
思わず見上げると、空から巨大な氷塊が落ちてきていた。
空から氷塊が降ってくるなんて、まったく意味の分からないシチュエーションだ。
この意味の分からなさは…
「運命の強制力! …つまり、カルムが来たんだ!!」
おそらくカルムとその仲間たちは氷塊の上に乗っているのだろう。
氷塊はそのまま落下して火口のマグマに落ちる。
キンキンに冷えた氷塊とアツアツに熱されたマグマが正面衝突したのだ。
バカでもわかる、大惨事になると…。
氷塊がマグマに沈むやいなや、凄まじい水蒸気が噴き上がり、爆ぜるような轟音とともに火の粉が四方に散った。
「グギャギャギャギャギャーーー!!!!!」
汚い鳴き声が火口内に響き渡る。
吹き荒れる水蒸気で辺りが一切見えないが、きっと炎の守護竜の鳴き声だろう。
自分の住処に氷塊が落ちてきたのだ。それは叫びたくもなる。
「もうイヤーーーーーーッ!!!」
今度は聞きなれた少女の悲鳴だった。
これはカルムだろう。やはり氷塊の上に乗っていたらしい。
この悲鳴を聞く限り、運命の強制力によって理不尽な目にあってきた僕の気持ちを少しは理解したようだ。
「ヒュゴゴゴゴゴーーーーーー!!!!」
うん?
これは誰の悲鳴だ?
カルムと一緒に飛んでくるといえばビュヴ―ルか?
それにしては余りに品がない泣き声だ。……というより鳴き声か?
水蒸気の霧が散ったことでやっと視界が確保できたのだが、僕は目の前の光景を見て愕然とした。
火口でドロドロに溶けていたマグマは、冷やされたことで真っ黒な溶岩に姿を変えていた。
その溶岩の上で怒りにまかせて叫ぶ炎の守護竜。
逃げ惑いながら叫ぶカルム。
そして、同じく叫ぶ氷の守護竜………。
「ふっっっっっっざけるなよ!!! なんで氷の守護竜を連れてきてるんだよ!!!」
氷塊の上に載ってきたのは、カルムと仲間たち―――ではなく、カルムと氷の守護竜だった。
「せめて仲間を連れて来いよ!! ボス敵増やしてどうするんだよ!!」
どうやら僕が炎の守護竜との戦闘を開始したちょうどその時、カルムも氷の守護竜との戦闘を始めていたようだ。
主人公の僕は炎の守護竜と氷の守護竜、この二匹と戦う運命にある。
そしてそれはカルムも同じだ。
二人が二匹と戦う運命にある。
その運命が絶対だというのなら、避けられないというのなら…
こんな風に二人と二匹を同じ場所で戦わせるしか方法がなかったのだろう。
運命の強制力、無茶しすぎだろ!!
唯一幸いだったのは、炎の守護竜は縄張りに入ってきた氷の守護竜を敵認定したことだった。
これで二匹に結託されていたら、いよいよ手に負えなくなっていた。
『炎の守護竜 VS 氷の守護竜 VS 僕』 ―――こうして見るとまるで劇場版のタイトルのようだ。
けれど実態は違った。
僕たちの目の前ではゴ〇ラ対メカゴ〇ラのような怪獣大戦争ならぬドラゴン大戦争が勃発していた。
さしずめ僕たちは怪獣の脅威に怯える一般人の役だ。
ドラゴン大戦争の途中、炎の守護竜の放ったブレスがカルムの近くを何度かかすめる。
――とその直後、カルムはフード付きの分厚い防寒パーカーをいそいそと脱ぎだした。
氷塊に乗って飛んでくるまでは雪山にでもいたのだろう。
けれどここは火山だ。氷塊が落ちて温度が下がったとはいえ、火山の火口で防寒具を着ているカルムはバカにしか見えない。
カルムは分厚いパーカーを地面に叩きつけた。
「熱い!!! こんなの着てられないよ!!」
そりゃそうだろう…。
やっと気づいたのかあのバカは。
その点、僕は早々に服を脱いでこのクソ熱い火口に適応している。
これこそが知力の差――そう思った直後、僕の真横を氷の守護竜のブレスがかすめる。
「寒い!!! そのパーカー僕によこせ!!」
でたらめな気温変化が僕たちを襲う。まるで真夏と真冬が同時にやってきたようだ。
明日には絶対風邪をひいてる。
氷の守護竜が羽を広げて低空飛行をする。
助走は殆どしていないのに、一瞬でトップスピードにはいり目で追えない速度になる。
そして、その勢いのまま炎の守護竜に突撃した。
巨体のドラゴン二匹が勢いをそのままに、大きな岩石に衝突する。
ズゴゴンッッ!!!という粉砕音を火口内に響かせて岩石の破片が飛び散った。
「ぬおおおあああっっっぶねええ!!」
飛び散った岩石の大きな破片がヴァニテューの目の前に落下した。
思わず尻餅をついたヴァニテューは目の前にある岩石の破片を怯えた目で見つめる。
「ドラゴン同士の戦いで、俺様はただ巻き添えをくらうだけなのか………?」
しかしその怯えた目は、いつの間にか力強い睨みを利かせていた。
「俺様に見向きもしないのか…? それはつまり、この俺様が眼中にないってことなのか…ッ!!?」
その直後、ヴァニテューは岩石の破片を両腕で担いでドラゴン大戦争に突撃をした。
その姿は勇敢を超えて愚か者のそれだった。
「上等だ! 二匹だろうが百匹だろうが関係ねぇ! やっちまうぞコラァ!!!!」
ヴァニテューは担いだ岩石を振り下ろして炎の守護竜の頭を殴る。
もう無茶苦茶だ…。
ちなみにだが、僕はいままで一度たりともヴァニテューがハルバードを使って戦っているところを見たことがない。
水の守護竜戦は武器を持ってくる余裕などなかったし、今回に至っては登山の道中でマグマの中に落っことしやがったのだ。
荒れ狂う二匹のドラゴンと一人のリーゼント。
その様子を見たカルムが真剣な顔で頷く。
「そうだよね。やっぱり、それしかないよね…ッ!」
おいバカ。やめろバカ。
なに確信を得たみたいな表情をしてるんだ?
お前は魔法も使えるだろ。もっと頭を使って…
「ぜったい負けない!! やーーーーッ!!!!」
カルムは気合を入れた叫び声と共に伝説の短剣を構えて勢いよくドラゴンに突き進む。
その姿はやっぱり愚か者のそれだった。
「この脳筋バカ女! お前、水の守護竜戦で何を学んだんだよ!!」
水の守護竜戦であれだけのことがあったのに、こいつは本当に学ばない!
まあ、バカは学ばないからバカなのだろう。
しかし、二匹と二人が好き放題に暴れだすと、いよいよ作戦は立てられないし、連携もできなくなる。
そうなると、僕一人だけ冷静に構えていても、戦いに参加できないだけだ。
「…嘘だろ。あのバカ共に合わせないといけないのか? この僕が?」
僕のエリートとしてのプライドが、進学校在学の高学歴としての自尊心が、現実を受け入れることを拒む。
けれど、ドラゴン同士で戦っている今がチャンスなのだ。
決着がついた後ではただのボス戦になってしまう。
今ここで攻撃に参加する必要があるのだ。
「ち… ちくしょう。 僕は頭がいいのに…。 天才なのに…」
の〇太やジャイ〇ンと劇場版の冒険にでるとき、出木杉くんはいつもこんな気持ちなのだろうか。
…いや、出木杉くんはそもそも劇場版にでなかったな。
僕はあふれ出る知性をおさえて、中身の詰まった脳みそをあえて空っぽにして叫ぶ。
「…ふっっっっざけるなよ!! ちくしょう!! うおおおおおおあああ!!!」
僕は伝説の短剣を振り上げて突っ走る。向かう先はドラゴンとバカが暴れまわっている戦場だ。
こうして、狂気とカオスに満ちたボス戦は続いた。
僕たちはかいた汗を凍らせて、かじかんだ手をやけどして、ドラゴン大戦争に終止符が打たれるまで戦い続けたのだった。