ファンタジーゲームの主人公に転移したら、女主人公がすでにいた 作:瓜売り
わたしがジェオと出会ったのは雪山への道中だった。
わたしたとビュヴ―ル、そして仲間になったばかりのレルヴェルベールの三人は、氷の守護竜のいる雪山を目指していた。
けれど、シンプルに道に迷ったのだった。
そんなとき、道案内をしてくれたのが地理学者のジェオだった。
不吉そうで不摂生そうな顔をしていたジェオは、自分は体が弱いから物理攻撃はできないと言っていた。それなのに…。
ジェオは今自分の身長より長い杖を両腕でぐわんぐわんと振り回して攻撃してくる。
ぜんぜん肉弾戦得意じゃん、ずるい。
ジェオの空間移動魔法でとばされた先は古びた協会だった。
窓ガラスは割れて、片隅に並ぶ木の椅子もひび割れと染みが重なり合っていた。
苔の蒸したカーペットには『冥界の教団』のマークが刻まれている。
この古びた協会は『冥界の教団』が昔使っていた場所なのだろうか…。
わたしは守護竜との戦いの疲れで身体が思うように動かず、ジェオの杖にいい様に殴られてしまっていた。
バゴッと鈍い音が鳴り、わたしの頭にズンと重たい衝撃が走る。
頭からつーっと血が垂れてきた。
「これ以上、抵抗できない女性を殴り続けるのは忍びないですねえ」
「なによ、今さら紳士ぶらないでよ。この裏切り者!」
頭からの出血が鼻の辺りまで垂れてきたので、それを手の甲で拭った。
手にはねっとりとした生暖かい感触が残る。
顔に血を擦った後が残るわたしをあざ笑いながら、ジェオは憎たらしい顔で挑発をしてきた。
「その似合わないバラの髪飾りと同じように、真っ赤になる前に降参してはいかがです?」
……………え?
今、バラの髪飾りを似合わないって言った?
わたしはジェオの挑発に、怒りより困惑の気持ちが湧いた。
わたしの付けているバラの髪飾りは、真っ赤で目立って、しかも大人な雰囲気があるのに可愛らしい。
絶対にわたしに似合っている………そうに違いないのだ。
それを似合わないだなんて、ジェオのセンスはどうなっているのだろうか。
わたしはできる限り嫌味ったらしい口調で言い返す。
「ジェオに似合わないって言われてもね…。ジェオが着ている法衣なんて真っ黒じゃん。
もしかして黒が格好いいと思ってるの? 黒は無難な色だけど、全身黒は無難じゃなくて不恰好だって気づかないの?」
「ぶか…っ! この神聖なる『冥界の教団』の法衣が不格好ですと!」
自分のファッションを指摘されたジェオは珍しく大きな声で喚く。
そんなジェオの様子をにやにやと眺めていたわたしだったが、『冥界の教団』という単語を聞いて思わず深刻になってしまう。
「あなた、冥界の教団の一員だったの?」
わたしから遊びの気配が消えたことに気づいたのか、ジェオはまた憎たらしいにやけ顔に戻る。
「ぬふふふふ。わたしは冥界の教団の一員ではありません。わたしは冥界の教団の大幹部です!」
「大幹部!? ……でも、大幹部だって一員ではあるよね」
「そういう揚げ足取りはやめてください」
ジェオに真顔でツッコミを入れられてしまった。
「それで、冥界の教団の大幹部がどうしてわたしを誘拐したの?」
「それは、あなたが『世界の救世主』だからですよ」
「世界の救世主…?」
確か、初めて占い師のおばあさんに会った時にもそう言われたのだ。
わたしは、自分が世界の救世主だという自覚なんてもちろんない。
「たとえ私たち冥界の教団が世界樹を枯らしても、救世主のあなたがいれば、世界樹が復活してしまうのですよ。ですので、先回りしてあなたを殺そうとしているわけです」
「わたしがいれば、……世界樹が復活する?」
いったい何の話かさっぱいわからない。
けれど、一つだけわかったことがある。
それは、ジェオはわたしをここで始末するつもりということだ。
わたしは短剣を握る手に力を籠める。
それを見たジェオもまた、大きな杖を槍のようにして構えた。
「御託はもういいでしょう。さあ、かかってきなさい『世界の救世主』!!」
あれから何回杖で殴られたのだろうか。
全身がきしむように痛い。
ジェオは勝利を確信したような笑みを浮かべている。
「ぬふふふふ、無駄な足掻きを。あなたはここで私に殺される運命なのですよ」
………運命?
わたしはその言葉を聞いて思わず笑ってしまう。
こんなにピンチだというのに、魔力は尽きて体もボロボロだというのに、それでも笑ってしまう。
「そうだね。これが運命だといいね、そうだとすれば…」
――その直後、鈍く軋んだ音が協会内に響き、屋根が一部崩れ落ちた。
長く手入れされぬまま老朽化していたのだろう。
瓦と木材の破片が重々しい音を立てて床に散らばった。
天井にぽっかりと空いた穴からは星明りが差し込む。
「何事ですか!?」
屋根の崩壊に驚いたジェオは咄嗟に振り向く。
「……屋根が崩れただけのようですね。この協会はもう何年も前から使われていませんから。
ご存じでしたか? かつてここは冥界の教団の聖地だったのですよ。世界の救世主であるあなたが死ぬ場所にぴったりです」
ジェオは何でもないことだとわかると元のにやけ顔にもどる。
けれど、ジェオの言葉はわたしの耳には届いていなかった。
わたしは落下した瓦と木材の破片に交じってチラリと見えた、
……となれば、わたしの役割はジェオの注目を引き付けることだ。
わたしはジェオにわざと大きな声で話しかける。
少しくらい物音がしても気づかれないために…。
「ねえ、ジェオはどうしてわたしをここに連れてきたの? わたしを殺すだけなら、冒険の途中にでもできたでしょ?」
わたしの質問に対し、ジェオは待っていたと言わんばかりに得意になって答える。
「…ぬふふふふ。それは、こうやってなぶり殺すことであなたへの恨みを晴らすためですよ」
「わたしへの… 恨み?」
わたしはジェオに恨まれるようなことをした覚えはない。
そもそも、わたしとジェオは出会ってから2日しかたっていないのだ。
「もしかして、わたしのおじいちゃんと何か因縁があるの?」
わたしの家族はおじいちゃんしかいない。
わたしを恨んでいるとすれば、きっと生前のおじいちゃんと関係があるのだろう。
…そうに違いない。
「おじいちゃん? いえ、私はあなたを恨んでいるのはここ2日間の冒険に関してですよ?」
「……へ??」
予想外の返答に、思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。
どうやらおじいちゃんは全く関係なかったらしい。
疑ってごめんおじいちゃん。
それにしても、ジェオは2日間の冒険の出来事で、いったい何に対して恨んでいるのだろうか。
やっぱり、わたしには全く心当たりがない。
「…あなた、本当に自覚がないのですね。これは笑えません」
ジェオは顔をしかめて吐き捨てるようにつぶやいた。
あれ? いつもの「ぬふふふふ」って笑いすらしなくなっちゃった。
わたし、また何かやっちゃた?
「私たちは氷の守護竜に会うために二つ雪山を登りましたよね。あなた、一つ目の雪山を登り終えた後に何をしたか覚えていますか?」
「何をって…」
確か、一つ目の雪山を登り追い終えたのだけれど、氷の守護竜が生息しているのはその奥にある二つ目の雪山だったのだ。
それを知ったわたしは、一つ目の雪山を急いで降りるため簡易的なソリを作ったのだ。
あのソリはけっこう上手く作れた。
「ソリを作って下ったよね?」
「ソリ!? あの木材を結んだだけのものをソリだというのですか!?」
ジェオは裏返った声で叫ぶ。
「それにあの雪山の斜度を覚えていますか? ほとんど直角だったじゃないですか!? あんな直角の斜面をあんなボロいソリで滑れると本気で思ったのですか??」
ジェオは今まで見たことがないくらい目を見開いて問い詰めてくる。
確かにジェオの言う通りあの雪山の角度が凄かった。
けれど、けれども…。
「え……? だって滑れたじゃん」
「あれは滑ったのではなく転げ落ちたのですよ! それに私言いましたよね。この角度は無理だから押さないでくださいと。
何度も押すな押すなといったのに、あなた押しましたよね!? いったいなぜ!?」
「えっと……。あの「押すな」は「押せ」って意味かなって思ったんだけど…」
「「押すな」は「押すな」でしょ!! なぜ他の意味があると思うのですか!? 実は裏切り者だと正体がばれていて、逆に命を狙われているのではないかと本気で焦ったのですよ!?」
「で…でも、助かったじゃん! それにほら、困ってる人を一刻も早く助けたかったし」
「私が死ぬほど困りましたけどね。空間移動魔法がなければ私、あの雪山で死んでいましたよ!」
う…うぐ。
以前、水の守護竜と戦った後にビジネにも似たようなことを言われた。
それ以来、自分の中では直すようにしていたつもりだったのだけれど…。
裏切り者であるジェオに、まっとうな理由で怒られているとなんだか気恥ずかしくなってくる。
わたしは協会内の誰の姿も見えない場所に向かって叫んだ。
「…っていうか、もうこれだけ時間を稼いだんだから、早くしてよ!」
わたしの目には誰も映っていない。
ただ、そこには空中に浮かんだ
わたしの声に反応した短剣は、鞘から抜かれると、ぐさりと一直線にジェオの背中に突き刺さる。
「ぬはっっっ!! こ…これはいったい!?」
いきなり背中に短剣が刺さったジェオは、驚きの余り目を見開らく。
「な……なぜ短剣が私の背中に? それにこの短剣は… あの伝説の短剣!? ぐ、ち…ちからが抜けていく…」
ジェオは「ぬふふふふあああ」と叫びながら、黒い霧となって分散していく。
冥界の教団に入団すれば最後、人ではなくなるという噂は本当だったみたいだ。
ジェオが完全に消え去るのを見届けたわたしは、膝の力が抜けてどさっと尻餅をつく。
そして、空中に浮いた伝説の短剣に向かって呟いた。
「助けてくれてありがとう、デキスギくん」
来年もよいお年をお迎えください。