ファンタジーゲームの主人公に転移したら、女主人公がすでにいた 作:瓜売り
僕たちはカルムが持っていた方位磁針だけを頼りに深い森を突き進んでいた。
二人揃って仲間から逸れた僕たちは、きっと現地で落ち合えると信じて世界樹のふもとまで向かうことにしたのだった。
古びた協会に放り込まれる際にすっ裸になった僕は、その後ジェオの法衣を拝借することにした。
真っ黒な法衣はいかにも中二病を彷彿とさせるコスプレ衣装のようだったが仕方がない。
裸よりはましだ。
古びた協会を出発してからの2日間、僕はカルムと二人で行動していた。
そこで僕は衝撃の事実を知らされた。
それは、カルムがRTAばりの速度で攻略をする要因の一つだった。
この女、デフォルトの移動が「歩く」ではなく「走る」なのだ。
森の中を移動する道中、熱い太陽の下でも、暗くて足元が見えづらい夜でも、変わらず走り続けるのだ。
僕とヴァニテューはずっと「冒険」をしてきた。
けれど、カルムがしているのは「冒険」ではなく「マラソン」だったのだ。
それも朝から晩まで走り続ける鉄人レースだ。
どおりで攻略速度に差が出るわけだ。
冒険家とマラソンランナーが競えばそれはマラソンランナーが勝つだろう。
…ゲームの主人公は「移動=走る」のパターンが多いけれど、そんなところまで再現しなくてもいいだろ。
「なにやってるの? 置いていくよ」
森でトカゲに似たモンスターを倒した僕は夜の森で星空を眺めていた。
そんな僕を置いて、カルムはタッタッタと元気よく駆け出し、随分前に進んでから後ろにいる僕の方を振り向く。
「だから、走るなよ…」
僕は重たい足を引きずって、ため息を吐きながらカルムの背中を追った。
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「……ちょっとまってくれ。僕はもう走れそうにない」
意気揚々と駆け足をしていたわたしのかなり後ろからデキスギくんの情けない声が聞こえた。
その声は、木漏れ日の差し込む穏やかな森にはとても似合わない、悲痛と疲労に満ちた声だった。
古びた協会を出発してから3日間、わたしはデキスギくんと二人で行動していた。
この3日間でわかったことだけれど、デキスギくんはまったくもって体力がない。
たった数時間走っただけですぐに休憩をとろうとするのだ。
「まだ出発してから6時間くらいしかたってないよ?」
わたしはデキスギくんにもうちょっと頑張ろうよと声をかけたつもりだった。
けれど、返ってきたのはわたしへの恨み節だった。
「6時間も休憩なしで走り続けたんだぞ!? 馬車馬じゃないんだぞ僕は、…ていうか馬車馬だって休憩は挟むだろ!!」
デキスギくんは木陰で座り込んで、これ以上動くつもりがないことをアピールしている。
これもいつものパターンだ。
こうなってしまっては仕方がない。
この深い森にデキスギくんを一人置いていくわけにもいかないので、わたしも彼の近くで休むことにした。
わたしはぐったりとしているデキスギくんの横に座り込む。
森の木々の隙間から見える太陽は、オレンジがかりつつあるけど、まだ昼の名残を残していた。
「今日はこのくらいにして、飯と寝床の準備をしようぜ」
デキスギくんは疲れ切った様子で独り言のようにつぶやく。
夜になると魔物が活発に動き出すのでその前にできるだけ走っておきたかったのだけれど、デキスギくんはもう動くつもりはないらしい。
わたしはまだ走り足りないのにな…。
飯の準備――と言われても準備するほどのことはない。
わたしは道具袋からモンスターの干し肉を取り出してデキスギくんに差し出す。
このモンスターの干し肉は雪山を登る前に村で買ったものだった。
デキスギくんは差し出されたモンスターの干し肉を恨めしそうな目で見るだけで食べようとしない。
「デキスギくん食べないの?」
わたしが促すと、デキスギくんはため息交じりにうなだれる。
「フルマラソンを完走した直後に干し肉を食べるやつなんかいないだろ。せめて先に水をくれ」
そう悪態をつくと、デキスギくんは干し肉をわたしの手からもぎ取り、わたしの目の前でヒラヒラと揺らす。
「あとさ、なんで食べ物が干し肉しかないんだよ。荷物を全部おいてきた僕が言うのもなんだけど、もっと他の食べ物も買っておけよ」
デキスギくんは干し肉と、それを買ったわたしに対してぶつぶつと文句を言う。
…わがままだな。
モンスターの干し肉は冒険者にとっては王道な食べ物だ。
長持ちするし、栄養もあるし、モンスターとの戦いでは囮に使うことだってできる。
あと、わたしの好物でもある。
デキスギくんは頭がいいと自負する割には、冒険者の心得のようなものを全く理解していない。
今まで彼がどんな人生を歩んできたのか興味がわくほどにだ。
「…わかった。次に村を見つけた時には干し魚を買うようにするね」
わたしは干し肉の方が好きなのだけれど仕方がない。
わがままなデキスギくんに合わせてあげよう。
「…あ、いや。干し魚はいいや。魚はもう食べ飽きたっていうか…」
本っ当にわがまま!
わたしが近くの川で水を汲んで、寝床を用意してと至れり尽くせりで動いている間、デキスギくんはずっと木陰で仰向けになっていただけだった。
夕日が沈み始めた頃になって、彼はやっと干し肉に手を伸ばしてかじりつく。
そんなデキスギくんの横顔を、わたしはまじまじと見つめてみた。
口が悪くて、性格が悪くて、顔だけはいい彼は、わたしの運命の相手らしい。
運命の相手――なんて言うと、まるでロマンティックな恋愛物語のようだけれど実際はそうではないらしい。
占い師のおばあさんが言うには、わたしとデキスギくんは同じ運命を辿る、いわば運命共同体なのだとか。
よくわからないけれど、人生における重要な出来事には二人揃って立ち向かうことになるらしい。
その話を聞いてすぐは、さすがに信じられなかった。
けれど、わたしの身に降りかかった突拍子もない出来事もそれが原因だと聞くと納得できてしまった。
デビュ王国の市場で急に現れた羊の大群に運ばれたこと。
氷の守護竜と戦おうとした直後、雪山が噴火して大きな氷塊ごと上空に突き飛ばされたこと。
それらは全てわたしをデキスギくんの元に連れていくための運命の強制力というものらしい。
逆もあって、わたしのピンチにはいつも彼が文字通りに飛んできてくれた。
ピンチに駆けつけてくれる男の子。
その言葉だけ聞くと、世の少女たちが夢に見るような白馬の王子様を連想させられる。
白馬の王子様か…。
わたしは、干し肉にかじりついているデキスギくんの顔をまじまじと見つめる。
本当に顔だけはいいのだ。
少し癪だけれど…。
そのせいもあってか、デキスギくんには何度かドキドキさせられてきた。
そういう意味では、白馬の王子様とまではいかないけれど、わたしにとって彼は――――いや、これ以上は本当に癪に障るので止めておこう。
「…なんだよ、僕の顔をまじまじと見やがって。言っておくが干し肉ならやらないぞ」
デキスギくんはわたしの視線を不快そうにあしらう。
しかも、わたしがあげた干し肉にもかかわらず、彼は図々しくも自分のものだと主張しているのだ。
「はあ~~」
わたしは思わず大きなため息を吐いてしまう。
「人の顔を見ながらため息吐くなよ」
わたしは不満げなデキスギくんの顔を見ながら、もう一度大きなため息をする。
「はああ~~~」
「本当になんなんだよ!!」
日が暮れて星空が輝きだすと、わたしは森で拾った枝を集めて焚き火をおこした。
パチパチと音を立てて燃える炎を眺め、沈黙した時間がゆっくりと過ぎる。
デキスギくんと二人で行動をし始めてまだ数日しかたっていない。
けれど、なぜか彼と二人きりだと沈黙でも気まずいと思わなくてすんだ。
気をつかわなくていいからだろうか。
わたしたちは、こうやって焚き火を眺めながらぽつぽつとおしゃべりをして、それから寝るようにしていた。
デキスギくんは性格も口も悪いけれど、わたしにはない価値観や常識をもっている。
そのため、彼と話していると、まったく別の世界から来た人と話しているような気分になれた。
それが案外面白かったりする。
「お前はどうして人助けに必死なんだ?」
揺れる炎をぼんやり見つめていると、デキスギくんが不意にそう問いかけてきた。
どうして急にそんなことを気にしたのだろう。
普段のデキスギくんなら、わたしが人助けをする理由になど興味を示さないはずだ。
質問されたのはわたしなのに、思わず疑問の視線を向けてしまう。
「いや、お前の人助けにかける情熱は異常だろ? はっきり言ってストイック過ぎて意味がわからないぞ。そこまで執着されたら、その理由くらいは気になるだろ?」
わたしの視線に対して、デキスギくんは呆れた表情で答える。
い、異常……
執着……
自分でも少し、人助けを頑張りすぎているかなと思うことはあった。
けれど、デキスギくんから見たわたしは、頑張っているとかそういう次元ではないらしい。
わたしが人助けをしている理由、か……。
わたしには人助けを始めたきっかけがある。
けれど、それは余り楽しい話ではない。
そんな話をするくらいなら、デキスギくんの話がききたいな。
わたしは眉を下げて、さっきのデキスギくんの呆れ顔をそっと真似してみせた。
「わたしの話より…、デキスギくんの方こそ、逆になんで人助けをしようとしないの?」
質問をはぐらかしたわたしに対して、デキスギくんは何も言わず面倒くさそうに睨んでくる。
その見透かしたような冷たい視線に胸の奥がひやりとした。
わたしの呆れ顔が作り物であることも見抜かれてしまったのかもしれない。
けれど、デキスギくんは小さくため息を吐くだけで、これ以上言及はしてこなかった。
その代わりに、わたしのした質問に答えてくれた。
「そもそも、人助けをしないことに理由なんてないだろ。なにせ、人助けなんて所詮は娯楽だからな」
「……え? 人助けが… 娯楽??」
デキスギくんの信じられない発言にわたしは言葉を失う。
無意識のうちに彼の顔をガン見してしまったほどだ。
「いいか、そもそも人助けっていうのは人に感謝されて承認欲求を満たしたり、人の役に立っている自分に酔うことができるっていうただの娯楽なんだ。
要するに酒やギャンブルで気持ち良くなるのとそんなに変わらない。
だから、人助けが趣味な奴はいるかもしれないが、人助けをしないことに理由なんてないんだ。わかるか?」
デキスギくんは頭の悪い人に一から教えるときのように、懇切丁寧にとんでもない価値観を語った。
本当に別の世界からきた人の発想のようだ、お願いだからそうであってほしい。
わたしのモットーは、困っている人は助ける、困っている悪党は気が向いたら助けるだ。
わたしはこのモットーを掲げている自分のことを善人だとは思っていない。
きっと善人なら、困っている悪党も助けるからだ。
けれど、デキスギくんと話していると、わたしは自分のことを善人どころか聖人君主かもしれないと思えてくる。
女神様にだってなれそう。
「で、でも…。デキスギくんだって私と同じで特別な力を持ってるでしょ。その分、他の人のために生きようって考えないの?」
わたしやデキスギくんは昼と夜を切り替える能力や、他の人よりも優れた魔法を使うことができる。
そんな力を女神様から与えられたのなら、普通は少しくらい人の役に立てようと思えるはずだ。
…そうだよね?
「はあ? どうして僕が他人のために生きなきゃいけないんだ? 僕の人生は僕の大切なもののために割くべきだろ。僕の大切なもの―――つまり僕のためにな!」
人ってここまで堂々と自分勝手になれるんだ……。
わたしが今まで見てきた悪党たちも、ここまで潔くはなかった。
自分勝手もここまでくると清々しくなる。
一応、デキスギくんはこの大地が冥界に落ちないように、世界樹を守ろうとしてくれているらしい。
けれど、彼の場合はどのみち冥界に落ちそうな気がする。
「ねえ、デキスギくん。わたしたちって運命共同体だよね」
「ん? ああ、そうだけど、それがどうかしたのか?」
「お願いだから、死んで冥界に落ちるときはわたしを道連れにしないでね」
デキスギくんは人助けに興味がなく、自分のためにしか能力を使わないらしい。
ならどうして、彼は世界樹を守ろうとしてくれているのだろうか。明日にでも聞いてみよう。
寝床を整えたわたしは、デキスギくんの隣に寝転ぶ。
「デキスギくん。わたしが隣で寝てるからって変な気をおこさないでよね?」
「安心しろ、お前を相手にそれはない」
「そう言い切られると、それはそれでムカつくなあ」
わたしがそう言うと、デキスギくんは「じゃあ、どうしろと?」という顔でこちらを睨んでくる。
その様子を見てわたしはくすくすと笑う。
打てば響くというのだろうか。
デキスギくんの、わたしの言葉や行動にいい反応を返してくれるところは結構好きだったりする。
焚き火を消した後の静かな森で、わたしは眠りにおちる。
この自分勝手でわがままで、それでも一緒にいて居心地のいい男の子と、明日の夜は何を話そうかなと考えながら…。