ファンタジーゲームの主人公に転移したら、女主人公がすでにいた 作:瓜売り
「えええええ!? 伝説の短剣の伝説を知らないの!?」
静かな夜の森にわたしの大声が響く。
情緒ある焚き火の音をかき消す声に、自分でも声量を間違えたなとは思う。
でも…、でも…、仕方ないじゃん。
デキスギくんがとんでもないことを言い出すんだから。
「そんなに驚くことかよ…」
「そりゃ驚くよ! だってデキスギくんは伝説の短剣を使ってるんだよ? それなのに何の伝説か知らないなんて……」
デキスギくんはわたしが大袈裟なリアクションをしているだけだと言いたげだ。
けれど、これに関しては絶対にデキスギくんの方がおかしい。
「それで、なんの伝説なんだよ?」
「なんのって…。 あの伝説の救世主が使ってた短剣なんだよ? 色々な伝説があるに決まってるじゃん」
「伝説の救世主!? また伝説かよ」
デキスギくんはうんざりそうにツッコミを入れる。
彼はどうして自分が正しいというスタンスでいられるのだろう。
伝説の救世主が伝説だということは子供だって知っていることなのに。
「…もしかして、伝説の救世主も知らないの?」
「ああ」
「うそでしょ!? じゃあ、伝説の救世主の伝説の物語も?」
「知らないって言ってるだろ!」
「それじゃあ、伝説の救世主が伝説の短剣で伝説的な伝説を築き上げた伝説も?」
「知るかぁ!? ていうかなんだその中身のスカスカそうな伝説は!!」
どうやらデキスギくんは本当に伝説の救世主ものことも何も知らないらしい。
この前は、わたしたちの立っている大地が丸いとも言っていたし、いったいどんな環境で育てばここまで無知になるのだろうか。
「もう無知すぎるよ。無知スギくんだよ…」
「僕に変なあだ名をつけるな!! あと、伝説の中身を早く教えろ!!」
伝説の短剣にはエナジードレインの効果がある。
突き刺した相手からエネルギーを奪ったり、逆に自分の生命力を送ったりすることもできるのだ。
その短剣の特性を利用して、伝説の救世主は数々の伝説を残した。
その伝説の数は余りに多すぎて、教えろと言われても教えきれない。
それでも、わたしの出身地のデビュ王国はもちろん周りの小さな村々でも、伝説の救世主を知らない人はいないだろう。
「ねえ、デキスギくんはどうしてそこまで無知なの? 無知スギくんなの?」
わたしは興味半分、からかい半分できいてみることにした。
デキスギくんはわたしの質問に―――いや、質問の仕方にわかりやすくしかめっ面になる。
デキスギくんは表情に出やすいからからかい甲斐があるな。
そう思ってニヤニヤしながらデキスギくんを見ていると、彼は不意に悲しげな表情をした。
そのまま、悩ましい面持ちで下を向いて黙ってしまった。
「あ、あれ?」
デキスギくんのいつものリアクションとの違いに戸惑う。
「もしかして、本気にしちゃった?」
やっぱり無知スギくんは言い過ぎだったかもしれない。
でも、デキスギくんだってわたしのことをバカとか脳筋とかよく言ってくる。
だから、ここでわたしだけ謝るのもおかしい気がする。
わたしがそんなことを悩んでいると、デキスギくんは俯いたまま重たい口を開いた。
「実は……、僕はこの世界のことを知らないんだ」
「……え? それってどういうこと?」
デキスギくんの突拍子もない言葉に、思わず聞き返す。
すると、彼はさらにとんでもない話をしだした。
「僕は、他の世界から転移してきたんだ」
そこからデキスギくんは、彼がわたしに出会うまでの
デキスギくんは元々、球体の星に住んでいて、そこから不思議な力でこの世界に来たのだとか。
そして、元の世界に帰るためには、世界樹を枯らそうとしている冥界の教団を倒して世界を救う必要があるらしい。
つまり、デキスギくんはわたしたちの世界を救うために、別の世界から来たことになる。
「……その話って本当なの?」
デキスギくんは黙ってうなずく。
普通に考えればありえない話だ。
けれど、デキスギくんの普段は見せないような悲しげな表情を見てしまっては、冗談だと切り捨てることもできなかった。
「そっか。じゃ、じゃあさ…」
デキスギくんは元の世界に帰りたいの?――――そう聞こうとして、言葉に詰まる。
そんなこと、聞かなくてもわかっている。
デキスギくんは自分勝手で自分本位な人だ。
そんな彼が世界を救うためにわたしと一緒に行動している時点で、その答えなら決まっている。
……あ、あれ?
とたんに、胸のあたりにポカリと穴が開いたような感覚に襲われる。
もちろん、穴が開いた痛みがある訳ではない。
ただ、体の質量が軽くなってしまったような、真ん中に隙間風が吹き抜けていくような、そんな感覚だった。
わたしが言葉の途中で黙ってしまったので、二人の間には沈黙が流れる。
……なにか、なにか言わないと変だよね。
「…えっと、その。…さっきは無知とか言ってごめんね」
自分の感情についていけないわたしは、思いついた言葉でごまかした。
デキスギくんは浮かない顔のまま、小さく首を傾ける。
「…ごめん、よく聞こえなかった」
「あ… その… デキスギくんの事情も知らないのに、無知スギくんとか言って、…ごめんなさい」
わたしは俯きながら言葉を絞り出した。
「ごめんなさいじゃなくて、すみませんだろ?」
「あ、うん。その、すみません」
「バカなのに人をバカにしてすみません、もな」
「うん。バカなのに人をバカにして…… え?」
顔を上げると、そこにはしたり顔でニヤニヤと笑ういつものデキスギくんがいた。
「な……ッ!」
か、担がれた!?
いったいどこからが演技だったのだろうか。
からかっているわたしを落ち込ませるために、わざと悲しそうなふりをしていたみたいだ。
「………ていうことは、さっきの他の世界から来たっていう話も嘘だったの!?」
「さあ? どうだろうな?」
「絶対に嘘じゃん! ムカつく!!」
どう考えてもおかしな話なのに、デキスギくんがあまりにも真剣に話すものだからつい信じてしまっていた。
心配になるような暗い顔を利用するのはルール違反だと思う。
何のルールかは知らないけれど。
デキスギくんがそんな手段を使うのなら、わたしにだって考えがある。
わたしは絶対に今度やり返してやると誓ったのだった。
寝床を整えたわたしは、デキスギくんの隣に寝転ぶ。
「デキスギくん。わたしが隣で寝てるからって、変な気をおこさないでよね?」
「安心しろ、お前を相手にそれはない」
「前みたいに抱き着いてこないでね?」
「抱き着くかぁ!? あれも不慮の事故みたいなもんだろ!!」
このやり取りをするのも何回目だろう。
わたしとデキスギくんの冒険は、一応は男女の二人旅ということになる。
なので、変な雰囲気になったり、お互いに変な気をおこさないようにするための気遣いから言い始めたのだ。
そんなやり取りも、今では寝る前の挨拶みたいになっていた。
デキスギくんはわたしが気遣いから言い始めたことは知らないだろう。
その辺りに関して、彼は見るからに鈍感そうなのだ。
わたしとデキスギくんは、いつもはお互いに背中を向けて寝ている。
だけど今日は、デキスギくんの背中を見ながら寝転ぶことにした。
わたしにとって、デキスギくんはいったい何なのだろう。
ふと、そんなことを考えてしまう。
デキスギくんが他の世界から来たと言ったとき、わたしは彼がその世界に帰ってしまうのではないかと思った。
その時にわたしの中で溢れた感情は喪失感だった。
まるで、自分の体の一部を失ったような、自分を形成する大事なパーツを落としてしまったうな、そんな感覚に苛まれた。
それは、唯一の家族だったおじいちゃんを亡くしたときの感覚に似ていた。
わたしにとってデキスギくんは運命共同体の相手だ。決して白馬の王子様ではない。
けれど、この運命共同体という関係は、わたしにとって白馬の王子様以上に大切な存在だったみたいだ。
わたしに何か起こるとき、必ずデキスギくんが傍にいてくれる。
デキスギくんに何かあったときも、わたしが傍にいられる。
それはもう、自分の一部のような気になっても仕方がないと思う。
わたしはデキスギくんが運命共同体の相手であることを――――つまりは、自分の一部になっていることを快く思っていたのだ。
そして、その分だけデキスギくんがいなくなると考えたときに淋しくなってしまったのだ。
デキスギくんの呑気に寝ている後姿を見つめながら、わたしは背中を小さく丸めて眠った。
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やっと小さな村を見つけた僕たちは、この村の宿屋で一泊することにした。
今日だけは野宿+干し肉生活とおさらばできる。
カルムと二人旅になってから約一週間。
僕は毎朝、日が昇る前に起こされてランニングをさせられた。
陸上部だってあんな早朝からランニングはしないだろう。
しかも、そのまま休憩なしで5,6時間はざらに走るのだ。
バカは漢字で『馬鹿』と書くが、あの女は馬や鹿よりよっぽど長い距離を走る。
つまりは馬や鹿よりよっぽど馬鹿なのだろう。
一度疲れて立てなくなったとき、カルムに冗談で「僕をおぶって走ってくれ」と頼んだら、本当におんぶをして走り出したのだ。
さすがに同い年くらいの少女に背負われて移動するのは恥ずかしすぎたので二度目は頼まないことにした。
…お前は抱っこされたこともあるだろだって? うるさい!
僕たちは村の飲食店でパンとシチューを食べた。
肉と魚以外のものを食べたのはいつ以来だろう。
それだけで、ただのシチューなのにほっぺが落ちるほどに美味しいと思えた。
宿の部屋は二部屋借りる予定だったが、カルムが言うには所持金が心もとないので節約しないといけないらしい。
そのため、一部屋に二人で泊まることになった。
まあ、あれだけ毎日一緒に野宿をしていたんだ。
今さらだ何も起きはしないだろう。
部屋は小さく、両端にあるベッドだけで半分以上の面積が埋まっていた。
二つのベッドの間に小さな机があり、その上ではランプが灯りをともしている。
僕は窓側のベッドに陣取り腰を落ち着けた。
最近はずっと野宿生活だったので、ふかふかなベッドに腰を預けるのは久しぶりだった。
ちょっと座っただけのつもりが、思わずそのまま寝てしまいたいという衝動に駆られる。
けれど僕は、その気持ちをぐっとこらえた。
寝てしまう前に、どうしてもカルムに念押ししておかないといけないことがあるからだ。
「今晩は久しぶりにベッドで寝れるんだ、せめて日が昇るまでは起こすなよ」
夜の間は寝る。これは僕に―――いや、人類に許された至極当たり前な権利だ。
けれど、この女との二人旅では、そんな当たり前の権利すら奪われてきたのだった。
現に今、僕の真っ当な要求を聞いたカルムは、不思議そうに首をかしげている。
「え? それじゃあ朝早くに出発できないよ?」
「だから、その朝早くに出発する前提をやめろ! 今晩くらいぐっすり寝かせろ!」
カルムは口を開いたまま何か文句を言いたそうにしている。
僕はそれを押さえつけるように釘をさした。
「あと、念のために言っておくけど、寝ている僕を農業用の三輪車に乗せるのもなしだからな!?」
僕も我ながらしつこい。
けれど、カルムはビュヴ―ルをそうやって運んだことがあるらしかった。
前科のあるこいつは、僕に対しても同じことをしかねない。
「ええ!? それもダメなの? せっかく三輪車の場所まで確認してたのに…」
やっぱりか…!
まったく油断も隙もないな、このRTA女は。
僕は自分のベッドに飛び込む。久しぶりのベッドで今晩はぐっすり眠れそうだ。
カルムも自分のベッドに腰かけて、ランプの灯りを消そうとしている。
「…いつものやつは言わないのか?」
僕に聞かれたカルムは、ぱちくりと大きく瞬きをした。
「いつものって?」
「ほら、いつもお前が言ってる『変な気をおこすな』ってやつだよ」
カルムは寝る前にいつも『変な気をおこすなよ』というのを冗談交じりで言う。
あれは、カルムなりの気遣いなのだろう。
その気遣いは冒険者としての暗黙のものなのか、カルム独自のものなのかは分からない。
ただ、男女の一線を超えないための配慮だということは僕にも伝わっていた。
「ああ。………………気づいてたんだ」
カルムは意外そうな顔をする。
どうやら僕はカルムに鈍感な男だと思われていたらしい。
そもそも、僕は普段はクール系だ。
カルムの口上に叫んでツッコミをいれたり、嫌そうな表情をしてやっているのは、カルムの気遣いを汲んで乗ってやってるにすぎない。
もう一度言うが、僕はクール系なのだ。
なので、本来はそんなオーバーリアクションなどしない。
「ねえ、デキスギくん」
「ああ」
「デキスギくんは、わたしが隣で寝てるとき、変な気をおこそうと思ったことないの?」
「…え?」
カルムはいつもと少しセリフを変えてきた。
赤いランプの灯りに照らされたカルムの顔は、いつもより赤く染まって見える。
カルムは潤んだ瞳で僕を真っすぐ見つめていた。
あ、あれ? 僕はいつもなんて答えてたんだっけ…?
「あ、安心しろ。お前を相手にそれはな…」
「いいよ、変な気をおこしても」
僕のセリフを遮って、カルムはとんでもない発言をする。
ランプの灯りだけが頼りの暗い部屋で、カルムはベッドの上でもじもじと手遊びをしている。
いつもはこんな雰囲気ならないためにしていたやり取りだが、今回に限っては真逆の効果を発揮する。
カルムの一言のせいで、この空気に充てられた僕の頭では無数の思考がめぐる。
正直、カルムのことを可愛いなと思ったことは何度かあった。寝顔をチラリと見たこともあるし、その時に何も思わなかったかといえばウソになる…。けれど、僕に相応しい女性というのは、やっぱり品があって教養があって実家が太い女性だ。それを考えるとカルムは僕に相応しくないっていうか…でも…。今ここで何もしなくて本当にいいのか?僕はこいつのことをどう思っているんだ?僕はこいつのことが………
「いいよ、変な気をおこしても…。 ちゃんと返り討ちにするから」
僕の思考を遮ってカルムはにこりと笑う。
冗談めかしながら、軽く握り血管の浮いた右の拳を見せつけてだ。
「ふっっっざけるなよ!!!」
僕はここが宿屋だということを忘れて大声で叫ぶ。
「僕の純情を弄びやがって!!」
ベッドから立ち上がって怒る僕を見て、カルムはケタケタと笑う。
「絶対にやり返そうって決めてたんだ。ありがとうね、スッキリした」
そう言うと、カルムはランプの灯りを消してベッドにもぐりこんだ。
暗い部屋の中、ベッドの前で立ち尽くした僕は、吐き出すタイミングを失った恨み言を頭の中で反復するしかできなかった。
色仕掛けでからかってくるなんて…!
やっぱりこの女は僕に相応しくない!!