ファンタジーゲームの主人公に転移したら、女主人公がすでにいた 作:瓜売り
習慣というものは怖い。
宿屋のベッドで昼過ぎまで寝ようと息巻いていた僕だったが、パチリと目が覚めてかけ時計を見ると、まだ朝の5時だった。
二度寝をしようとベッドに潜り込んでも、これっぽっちも眠気が湧いてこない。
どうやら僕はこの一週間程度で、超早起き人間に改造されてしまったらしい。
隣のベッドは既に空だった。
この小さな部屋を見渡してもカルムの姿はない。
散歩にでも行ったのだろうか。
部屋にいてもやることがないので、黒の法衣に着替えて村を散策することにした。
といっても、朝の5時から空いている店があるはずもなく、人の気配が全くしない村を五分ほど歩きまわると宿屋の近くまで戻ってきてしまった。
…そりゃそうだよな
大人しく宿屋に帰ろうと考えていたら、入り口でカルムの姿を見つけた。
カルムは紫色のフードを被った小柄な人と話している。
小柄な人の手には見覚えのある水晶玉があった。
「……って、占い師のババアじゃんか!」
僕の声に反応して、カルムと占い師のババアが同時に振り向く。
カルムの表情がどことなく苦しそうに見えた―――と思ったら、すぐに作り笑いに変わる。
「あれ? デキスギくんも早起きだね」
「カルム、お前…」
僕はいつもと少し様子の違うカルムが心配で声をかけようとしたが、カルムはそれを遮るようにいそいそと喋る。
「それじゃあ、おばあさん。占ってくれてありがとうね」
「う、うむ…」
「わたしたちはもう行くね。…というわけで、さっそく冒険にでよう!」
カルムは僕の手を掴むと、強引に引っ張って村の外に連れ出そうとする。
「お、おいカルム? どうしたんだよ?」
僕の呼びかけにも振り向かず、カルムは僕の手を引いて村を出る。
村を出てから数時間走り続けると、ついに森を抜け出した。
空間の裂け目とかいう訳の分からないものに巻き込まれてから、ずっと彷徨っていた森をついに抜けたのだ。それだけで達成感がある。
けれど、僕は達成感を感じるよりも先に、目の前の壮大な景色に圧倒された。
――――死ぬほど大きな木がみえるのだ
木は雲を突き抜けててっぺんが見えない。
今までこんなサイズの木を見たことがない僕は、自分たちのいるところから木までの距離を測りかねていた。
小さい頃に富士山を見たことがあったけれど、まさにその感じだった。
他に比較対象がないほど大きいので、遠いのか近いのかがいまいちわからないのだ。
「こんなにでかい木があるなんて………。 これが世界樹…だよな?」
世界樹は冬の枯れ木のように静かに立っていた。
遠くからでは葉の影も見えず、枝の一本一本が寒空に凍てついているようだ。
巨大な大木という力強いはずの存在なのに、どこか淋しさがある。
僕の想像していた生命に満ちた緑の樹とはまるで違った。
僕は呆けた顔のままカルムをみる。
カルムは僕の質問に答えることなく、ずっと深刻そうな顔をしていた。
今朝からずっとこうだ。
カルムは僕の方を向くと、真剣な眼差しをする。
そして、僕のまったく予想していない言葉を冷たく吐き捨てた。
「ねえ、デキスギくん。ここまで一緒に冒険してくれてありがとう。だけど、君はもういらない」
カルムは伝説の短剣を鞘から抜いて、その刀身を僕に向ける。
「この世界の救世主には、わたしがひとりでなる」
僕は大きくため息を吐く。
何を言い出すかと思えば、カルムはひとりでこの世界を救う―――つまりは、冥界の教団にひとりで挑むと言い出したのだ。
カルムは真剣な眼差しをしているが、その表情は重苦しく苦痛に歪んでいた。
いつものバカ笑いかニヤケ顔が似合うマヌケ面とは全然違う。
カルムの言葉が、その真剣な眼差しが彼女の本心でないことは一目瞭然だった。
さてはこいつ、自分が普段どれだけバカな表情をしてるか自覚がないな?
「この手の嘘をつくのは苦手なんだな」
僕の一言に、カルムは目を丸くして一瞬息をのむ。
「な…ッ し、知らない! とにかく、わたしは一人で行く!」
そう言われてもだ…。
そもそも、カルムも知っているはずだ。
カルムがひとりで冥界の教団と戦おうとしても、必ず僕が参戦してしまうということを。
「僕たちは運命共同体なんだぞ。お前が勝手にひとりで進もうと、僕も巻き込まれるに決まってるだろ?」
けれど、カルムは首を横に振る。
「そうかもしれないけど…。それでも、デキスギくんをその辺りの木にぐるぐるに縛り付けてたら、巻き込まれないかもでしょ?」
「発想が物騒すぎる!!」
こいつ、僕のことを木に縛り付けて放置していくつもりだったのか。
魔物のエサになったらどうするつもりだ!?
それに、運命の強制力は木に縛られた程度でどうにかなるものではないだろう。
縛られた木ごと戦場に放り込まれるのがオチだ。
「ハァ…。バカなこと言ってないで二人で行くぞ」
もうすっかり昼だというのにまだ寝ぼけているらしいカルムを置いて、僕は先に進もうとする。
けれど、カルムは短剣を強く握ってこちらに突き出したままだ。
「デキスギくん。わたしはここで君を倒す!」
「倒す!?」
あれ?
なんか話がおかしな方向に向かってるぞ。
カルムは勝手に一人でこの世界を救うと言い出したのだ。
であれば、僕を置いていくという話になるはずだ。
それなのに倒す?
「…倒した後に、木に縛り付ける!」
「なんで縛り付ける事に拘ってるんだよ! だから物騒すぎるんだよ!!」
冗談のようなやり取りをしてはいるが、先ほどからカルムの目はずっと本気だ。
覚悟が決まった表情で短剣を突き付けられているのでちょっと怖い。
とはいえ、流石のカルムも本当に刺してはこないだろう。
……と思いたい。
……本当か? 本当に刺してこないか??
この女は、目的のためなら平気でリスクを冒す。
しかも無自覚にだ。
どうやらカルムは僕を木に縛ってひとりで冥界の教団に挑むつもりらしい。
なぜそのつもりなのかは知らないが、カルムはその目的のためなら平気で無茶をするはずだ。
さすがに命まで奪おうとはしないだろうが、カルムのことだから「骨はくっつくから折っても大丈夫だよね?」とか、「足は心臓から遠いから、刺しても死なないよね?」みたいなことを平気で考えていそうで怖い。
カルムの真剣な様子を見るに、適当な会話で煙に巻くことはできそうにない。
そして、カルムはバカだ。僕が理屈と道理の限りを尽くして説明してもきっと納得しないだろう。
「仕方がないな…」
僕は小さくため息をつくと、伝説の短剣を鞘から抜いて構える。
僕にはカルムがなぜひとりで冥界の教団に挑もうとしているのかはわからない―――が、それ以前にカルムは大きな勘違いをしている。
カルムはずっと、なぜか僕と戦って勝てる前提で話をしているのだ。
僕に勝てると本気で思っているのか? このバカ女は。
「やる気になってくれたんだね」
「ああ。バカなお前の考えは勝ってからゆっくり聞いてやるよ」
僕たちは、同じ伝説の短剣を構えて向き合う。
僕とカルムは同じ主人公だ。
同じ武器を構えて同じ魔法を使う。
そうなれば、勝敗を分けるのは人間としてのスペックだ。
力はカルムの方が強いが、知力なら圧倒的に僕の方が上だ。
比べることすらバカらしいほどに。
僕は優秀で卓越したハイスペックな脳をフル回転させる。
この勝負のカギとなるのは必殺魔法だろう。
僕たちはどちらも昼の太陽の光を浴びてここまで来た。
そのため、僕もカルムも太陽光のチャージは完了している。
ただ、この必殺魔法は人に向けて撃っていい火力ではない。
流石のカルムも直接撃っては…………。
いや、この女は撃ちかねない。
なにせ、初めて市場で会った時にも僕に向けて撃とうとしたのだから。
そうとなれば、作戦は決まった。
「ねえ、どうして右目を瞑ってるの?」
「ああ、これはハンデだよ。女のお前に全力を出すわけにはいかないだろ?」
もちろんウソだ。
僕はこれから知力の限りを尽くしてカルムを打ちのめす。
どちらが上かハッキリさせるつもりだ。
カルムは小さく鼻を鳴らす。
「そう。それじゃあ、いくよッ!!」
カルムはそう叫ぶと、短剣を振り上げて上段から打ち下ろしてきた。
僕が身を守るように構えた短剣とぶつかって、ガキンッと硬い衝突音が響く。
受け止めた手どころか、腕にまで衝撃が伝わる。
あっぶねえ! こいつ、本気で打ち込んできやがった!!
右手を瞑った状態でこの攻撃を受け続けるのは無理がある。
本当は何度か短剣で打ち合ってから仕掛けるつもりだったが、そうもいっていられそうにない。
僕はカルムの短剣を払いのけると、今度はこちらから打ち込んだ。
僕の剣げきはカルムに軽く受け流される。
やはり、短剣での真っ向からの打ち合いはカルムに分があるようだ。
僕は払いのけられた右手を、短剣を握ったまま前に突き出す。
「必殺魔法!! サン・バイオ…」
僕の詠唱を聞いたカルムは、慌てて右手を突き出して同じく必殺魔法の詠唱を唱え始める。
まるで鏡合わせのような構図だ。
もちろん、僕の練った作戦というのは、魔法の早打ちでもなければ、必殺魔法にどちらが耐えられるかという我慢大会でもない。
僕は目の前の脳筋バカ女とは違う。
僕は魔法の詠唱を途中で止めて、代わりの言葉を口にする。
「夜になれ!!」
太陽が一瞬で地面の彼方に落ちていく。
先ほどまで明るく照らされていた森も草原も、瞬く間に夜の闇に溶け込んだ。
太陽の光を失ったことにより、僕の目の前は真っ暗になった。
カルムも同じく視界を奪われたようで、詠唱の途中で言葉を詰まらせた。
必殺魔法は例え太陽光のチャージが完了していても昼にしか撃てない魔法だ。
最後まで詠唱したところで魔法が発動されることはない。
僕はこの戦いの鍵となる必殺魔法を囮にすることを選んだのだ。
僕の目の前にはカルムがいるはずだ。
けれど、その姿は暗闇に包まれていて見えない。
人間の目は急激な明るさの変化に対応できないからだ。
今回のように明るい昼から一瞬で暗い夜になる場合、眼球がその暗さに順応する必要がある。
これを「暗順応」というのだが、暗順応は特に時間がかかる。
つまり、星空の光に照らされているにもかかわらず、僕もカルムも暗順応するまでの間は一時的に相手が見えなくなるのだ。
――――はじめから瞑っていた僕の右目を除いては。
僕は左目を閉じて、切り替えるように右目を開く。
瞼を閉じていただけなので完全に暗闇に慣れているわけではないが、それでも先ほどよりは断然よく見える。
カルムの表情までは見えないが、輪郭はしっかりと捉えることができた。
フフフフ、これこそ知力格差というやつだ。
甘んじてくらえバカ女!
暗闇で僕の姿を見失っているカルムに向かって、僕は短剣を突き刺す――――のはさすがに可哀想なので、代わりに素手でとびかかる。
―――その直後、黄色い光が僕の右目を襲った。
「眩しいッ!!」
咄嗟に叫び、無意識のうちに右目を手で覆った。
だが手遅れだった。
フラッシュを焚かれたような強烈な光が視界を焼き、頭の中まで黄色に染め上げられる。
なんだ!? いったいなんの光なんだ!?
一瞬で思考を巡らせた僕は、その正体に思い当たる。
「ちくしょう……ッ」
僕が悪態をついた直後、カルムの魔法の詠唱が聞こえた。
「防御魔法 ヴィーナス・ウォール!!」
カルムは防御魔法で作られた光の壁を僕たちの間ではなく、隣に並べた。
光の壁を"壁"としてではなく、暗闇を照らす"光"として使ったのだ。
カルムは僕の作戦に気が付いていたのだろうか。
……いや、それはないだろう。
おそらく、この光の壁を灯りとして使ったのも無意識というか、経験測からきたアイディアだろう。
きっと、子供の頃にでも防御魔法を灯りとして使ったことがあるのだ。
僕が頭を使って考えた作戦に対し、カルムは経験から学んだ方法で乗り越えてきた。
ここにきて、つい数週間前に能力を得た僕と、生まれたからずっとこの能力と共にあったカルムの差が出てしまった。
その直後、カルムの強烈なボディーブローをくらった僕は、地面に崩れ落ちる。
カルムは僕を仰向けに押し倒して、その上に馬乗りになった。
ようやく今頃にして、僕の目も明るさに慣れる。
僕の目には馬乗りになったカルムの顔が映っていた。
カルムは今にも泣きそうな表情をしている。
「わかったよ。僕の負けだ」
さすがの僕も、この状況から覆す策は思いつかない。
これ以上戦っても一方的に殴られるだけなので、この場は負けを認めることにした。
「ったく…。勝ったお前がなんで泣きそうなんだよ」
僕はにこやかに笑って見せる。
このまま、なんかいい感じの雰囲気にして勝敗をうやむやにしよう。
そういう魂胆をにじませての笑顔だった。
けれど、そんな僕の魂胆はカルムには通じなかったらしい。
カルムは今にも泣きそうな顔のまま呟く。
「ごめんね、デキスギくん。殴るけど許してね…」
「…へ?」
聞き違いかな?
――と思った直後、カルムは馬乗りのまま僕の顔面を思いっきり殴ってきた。
眉間に重たい衝撃が走り、頭の中で火花が散る。
せっかく明るさに慣れた目がチカチカと光る。
「痛ったああああぁ!!! なにするんだよ!!」
「だって……」
カルムは涙声で叫ぶ。
「だって、デキスギくんを気絶させるには、気絶するまで殴るしか思いつかなかったんだもん」
「ふっっっっざけるなよ!!」
この暴力女!!
なに泣いてるんだよ!?
泣きたいのはこっちだよ!!
「僕のイケメンフェイスを殴りやがって!! 御尊顔だぞ!! 傷ついたらどうしてくれ… ぶふぇッ!!」
こうしてカルムは馬乗りのまま僕を殴り続けた。
ありがたいことに、カルムの強烈なパンチはたった三発で僕の意識を刈り取ってくれた。
……全っ然ありがたくねえよ!! ふざけるなよ!!!