ファンタジーゲームの主人公に転移したら、女主人公がすでにいた 作:瓜売り
目が覚めたら昼だった。
殴られた顔に痛みはない。
きっとカルムが回復魔法を使っていったのだろう。
「本当に木に縛っていきやがった。ツタでぐるぐる巻きじゃんかよ」
僕が縛られた木は森の入り口にあたる。
そのため、僕の正面には草原と、そのはるか先にある世界樹が見える。
けれど、僕の後ろは森だ。
森からいつモンスターがひょっこりと現れるかわかったものではない。
殴られて気を失っただけなので、何時間も意識が飛んでいたとは考えにくい。
きっと、夜はモンスターが活発になるのでカルムが昼にしていったのだ。
…そんな気遣いをするくらいなら、木に縛らないで欲しかった。
おそらくカルムは、昼にさえしておけばモンスターが寄ってこないという安直な考えで僕を縛り付けて放置したのだ。
別に昼だってモンスターが現れないわけではないのに…。
そんな心配をしていると、背中越しにガサゴソと草木をかき分ける音が聞こえた。
「おい! ふざけるなよ!! 縛り付けるのならせめてモンスターよけの、その…、なんかアイテムも置いていけ!!」
カルムのRTAばりの速度に振り回されてきた僕は、このゲームの終盤だというのにアイテムについてはロクに何も知らない。
道具屋でのんびりとウインドウショッピングをしゃれこむ暇などなかったからだ。
森の方からザックザックと足音が近づいてくる。
足音からして相手は一体だ。
けれど、相手の数なんて関係ない。
ぐるぐる巻きに縛られている僕はモンスターどころか野生動物にだって負ける。
「誰か助けてくれ!! ちくしょう! ふざけるなよ!! ……助けてくれドラ〇も~~ん!!」
錯乱して騒いでいると、足音の主がひょっこりと僕の前に現れた。
その姿は、紫色のフードを被っ―――
「って占い師のババアじゃねえか!!!」
ババアはフードの中から、シワまみれの顔をさらにシワくちゃにして笑う。
「おや、そなたはデキスギじゃな。元気そうじゃのう」
「元気なわけあるか!!」
――と叫んだところで、僕は今の状況を改めて思い返す。
僕はツタでぐるぐる巻きに縛られている。そして、そのツタを解けるのは目の前のババアだけだ。
であれば、ここでババアの機嫌を損ねるわけにはいかない。
なんとしてもババアに取り入ってツタを解いてもらわないといけないのだ。
爆速で表情を切り替えた僕は、できる限り誠実そうなほほ笑みを作る。
「偶然ですね占い師のおばあさん。こんな森の近くで一人だと危ないですよ。僕が送っていきましょうか?」
「老人を労うとは見上げた心がけじゃのう」
ババアは僕の言葉に感心したようで、うんうんと頷く。
しめしめ、コロッと騙されやがったなババア。
「そんなの当たり前じゃないですか。おばあさんが僕のツタを解いてくれれば…」
「心の中でのババア呼びがなければ完璧だったんじゃがな」
なッ……、
「なんで心の中までバレてるんだよ!」
「そなたは表情にでやすいのう……」
「こ…このクソババア!!」
占い師のババアはローブの袖から水晶玉を取り出す。
…普段どこにしまってるんだよ。
「どうじゃ、占っていかんか?」
「先に言っておくが、僕は一文無しだぞ」
ポーチを火山に置いてきた僕は、カルムと二人旅が始まった時点ですでに一文無しだった。
その上、ポーチがないとお金を収納できないので、道中のモンスターが落としたお金はすべてカルムに預けていたのだ。
……よく考えたら、カルムにお金を持ち逃げされたことになるのか。 あの窃盗女!!
「一文無しなら占ってやれんな。じゃが、わしはカルムも占ったからのう。運命共同体であるそなたも同じ結果になるじゃろうから、占いの結果が気になるならカルムに聞くんじゃな…」
占い師のババアはそう言うと、僕を放置して立ち去ろうとする。
「ちょ…ちょっと待ってくれ!!」
僕はババアを呼び止めながら、必死で頭を整理する。
確かカルムは今朝、小さな村で占い師のババアと出会っていた。
その時に占ってもらっていたのだろう。
カルムの様子がおかしくなったのはそこからだ。
つまり、カルムが僕と決闘をすると決めたのは占いのお告げが原因だ。
「ババアって呼んで悪かったよババア! それでも、僕を占ってくれ! どうしても知りたいんだ!!」
カルムが僕と戦った理由を、カルムが涙を流したその理由を―――。
僕の叫びを聞いたババアは、足を止めて振り向く。
僕の本気の思いが通じたのか、水晶玉を持ったまま再び僕の前まできて立ち止まった。
「仕方がないのう。それなら入るかい? 占いのサブスクに」
「う…占いのサブスク!?」
「月額たったの1,000ロワ―。今なら入会料および初月無料じゃぞ」
「商売がアコギすぎるだろ!!」
ノーといえない人間に契約を押し付ける、これって何かの法律に引っかからないのか?
というか罰せられろ!!
「ほれ? どうするんじゃ?」
「うッ……は、入ります。入会します」
まさかファンタジー世界にまできて月額のサブスクに入ることになるなんて……。
占い師のババアは「うむ」と満足気に頷くと水晶玉に手を添える。
「そなたは、世界樹を枯らそうとしている冥界の教団と戦うことになるじゃろう。そして、冥界の教団の教祖である『セルパン』という男と決着をつけることになるじゃろうな」
「はあ…」
僕は占いの結果のあまりのあっけなさに落胆の息を漏らす。
なんていうか…予想通り過ぎる。
僕たちが冥界の教団と戦うことはわかっていたし、教祖の名前がわかったところでだ。
「ババアはカルムを占ったんだよな。その結果は同じだったのか?」
「もちろんじゃよ。そなたらは運命共同体じゃからな。ただ……」
ババアは珍しく言いよどむ。
僕はババアを真っすぐと見つめて続きの言葉を促した。
「……カルムは、『世界の救世主』の役割もきいてきたのう」
世界の救世主とは、フラットアース・ファンタジーの主人公―――つまり僕とカルムのことだ。
「それで? 世界の救世主ってのはなんなんだよ?」
きっとその答えに、カルムが僕と戦う決意をした理由があるのだろう。
ババアは少し躊躇いを見せたが、ゆっくりと口を開いた。
「世界の救世主とは、世界樹のスペアの命のことなのじゃ。世界樹が枯れたときに、代わりに命を差し出すことで世界樹をよみがえらせることができる。それが、世界の救世主というものなのじゃ」
「命を…代わりに……?」
僕はババアの言葉を理解した。
けれど、僕の頭はそれを現実だと受け入れることを拒む。
僕の目には、遠く、遠くの方ですでに枯れ木となった世界樹が映っていた。
「それってつまり……。世界を救うには僕かカルム、どちらかが命を差し出さないといけないのか…?」
世界樹は既に枯れている。
それは、遠目に見てもわかることだった。
「つまり、世界を救うには僕かカルムが命を差し出す必要があるのか…?」
僕はてっきり冥界の教団をつぶせばハッピーエンドでエンディングを迎えると思っていた。
けれど違ったのだ。
このゲームはラスボスに挑む前から、主人公が死んで世界が救われるというシナリオが見えているのだ。
なんて趣味の悪いゲームだよ…。
こんなゲームを作った会社はとっとと倒産しろよ…!
ああ、もう倒産してるんだったな。
「……てことはだ。カルムは僕を拘束して命を差し出させようとしているのか!?」
僕は思い出したように叫ぶ。
そんな僕をババアは呆れた顔で見下ろしていた。
「そなた… 本気で言っておるのか?」
「…わかってるよ」
カルムは森を抜けてすぐに、僕と一緒に枯れた世界樹を目撃したのだ。
その時点で、自分か僕、どちらかの命を差し出す必要があると察したのだろう。
そして、カルムは自分を犠牲にすることを選んだのだ。
僕を巻き込まないために森の木に縛り付けて、冥界の教団との戦いに一人で向かった。
冥界の教団に勝っても自分の命は犠牲になることを承知でだ。
まったく、とんだお人好しだ。
僕かカルム、どちらかが命を差し出さないとこのゲームはクリアできない。
そんな状態でカルムが立候補してくれたのだ。
であれば、僕はそれを安全なところから見守るのが一番効率的だ。
さすがは僕だ。情にながされず一番賢い方法を見極められている。
カルムの犠牲の上で、僕はゲームクリアをして元の世界に帰れるのだ。
完璧だ……!
…………。
……………………。
…………………………・
「あああああああああ!! ふっっざけるなよ…ッ! おいババア、このツタを解いてくれ!」
「おや? どこへ行くつもりなんじゃ?」
「決まってるだろ…ッ! 持ち逃げされた金を取り返しに行くんだよ! ……カルムのところに!!」
足をバタつかせて喚く僕を見て、ババアはニヤニヤとしている。
ちくしょう、なんかもう全部に腹が立つ!
ババアのニヤケ顔も、カルムのお人好しも、利に合わない行動をとろうとしている僕自身にもだ。
「そうかそうか。じゃが、ワシはそなたのツタは解かんよ」
「はあ? なんでだよ!?」
「それはワシの役目ではない」
「はあァ!?」
ババアの役目じゃないというのなら、いったい誰がツタを解いてくれるというのだ。
こんな森の前を、誰かが偶然通り過ぎるのを待てと言っているのか?
ババアは改まって背筋を伸ばし真面目な顔をする。
フード越しでも皺だらけの顔がよく見えた。
普段は意地悪そうで、だけど笑うと皺がよって愛嬌のある顔になる、僕がこのゲームの世界に転移して一番初めに見た顔だ。
ババアはいつもの鋭い目つきとは違い、穏やかな目でこちらを見つめていた。
「じゃあのデキスギ。もしそなたが来月もこの世界で生きておったら、サブスクの料金を請求しに会いにくるわい」
ババアはそう言い残すと、僕に背を向けて森の方へと帰っていった。
僕は自力でツタから脱出しようともがいていた。
けれど、もがけばもがくほどツタが食い込んで痛いだけだった。
どんだけ強く縛り付けてるんだよ…。
ツタを解こうと試行錯誤をしていると、遠くの空からこちらに飛んでくるものが見えた。
「なんだあれ? モンスター? いや違う!?」
その姿には見覚えがあった。
…風の守護竜だ!
その後ろには氷の守護竜と炎の守護竜までいる。
三頭とも僕たちが倒したドラゴンだった。
「ド、ドララ……ッ」
三頭のドラゴンは低空飛行で周囲をきょろきょろと見渡して飛んでいたが、僕を見つけると完全にロックオンしたようで、僕に向かって真っすぐ飛んできた。
もしかして、僕に復讐をしに来たのだろうか。
…しまった、大人しくなったからといって足なんて蹴らなければよかった。
ドラゴンたちは僕の目の前までくると、大きな翼をバサバサと仰いで、ゆっくり地面に着地する。
僕は木に縛られたままの状態でドラゴンに囲まれてしまった。
絶体絶命が過ぎる…!!
すると、風の守護竜から飛び降りる人影が見えた。
その人影は地面に着地すると、そのまま僕に向かって歩いてきた。
「よおデキスギ! 随分と楽しそうな恰好をしているな!」
「お前…ヴァニテューかよ!!」
ヴァニテューは紫髪のリーゼントを僕の方に向けて二カッと笑う。
「デキスギくんじゃん、久しぶりだね。なんで縛られてるの?」
風の守護竜からもう一つの飛び降りる影があった。ビュヴ―ルだ。
どうやら今は酔っ払っていないらしい。
…珍しいな。
「ビュヴ―ルも久しぶりだ……ぬぉあ!」
僕がビュヴ―ルに挨拶を返していると、氷の守護竜から直接僕の元にダイブしてくる人影があった。
それは小さな女の子のようなシルエットだった。
そいつは、僕に飛びついてハグをする。
「おお!無事であったか!!
「ああ…、えっと…、レル…ヴェ? ベ? …カルムの仲間だったやつか」
確か火山の火口で初対面した、カルムの仲間の設定モリモリ女だ。
名前は忘れた。
覚えにくい名前だったことだけは憶えている。
「レルヴェルベールじゃ。それよりも、童はお前さんに会いたかったんじゃ!!」
レルヴ…ベールはヴァニテュー以上に僕のことを大歓迎してくれた。
…あれ?
こいつと僕ってそんなに仲良かったっけ?
全然絡んだ覚えがないぞ?
「デキスギとカルムがいなくなってから、俺様たちは必死にお前たちのことを探し回ってたんだぜ」
ヴァニテューは自慢のリーゼントをクイッと持ち上げて誇らしげに胸を張る。
「そうだったのか。よく僕の居場所がわかったな?」
「ああ、それなら…」
「それは童のおかげじゃ!」
レルヴ…ベールはヴァニテューの言葉に割って入ると、手に持ったランタンを僕に見せつける。
「童がこのランタンでお前さんの居場所を特定したんじゃ」
「ランタンで!?」
「そうじゃ。童はランタンの炎でお前さんの置いていった服やズボンを少しずつ燃やしたのじゃ。そうすれば、炎が揺らいで持ち主のいる方角を示してくれるからな。便利じゃろ?」
確かに便利だけど…。
どうやら僕の学生服は勝手に燃やされてしまったらしい。
この先も僕は真っ黒な中二病コスチュームでいないといけないのか………。
「…ところで、炎に氷、風の守護龍までいるのに、どうして水の守護龍はいないんだ?」
僕はふと思いついた疑問を口にした。
すると、ビュヴールは気まずそうに目をそらす。
「もちろん、水の守護龍にも一緒に世界を助けてほしいってお願いしに行ったよ。でも、ほら。カルムが………ね?」
「カルム? ……ああ、そうだったな」
水の守護龍とのボス戦で、先に戦闘を開始したのはカルムだった。
水の守護龍にはギミックがあり、そのまま攻撃をしても、頑丈なうろこに守られてダメージが通らない仕組みになっていた。
僕は配信動画で対処法を知っていたのだが、それを知らなかったカルムは水の守護龍のうろこを一枚一枚剥ぎ取って攻撃したのだ。
そのせいで、水の守護龍は正気を取り戻した後も、カルムのことを親の仇を見るような目で睨み続けていた。
これは…、いや、これも大概カルムが悪いな。