ファンタジーゲームの主人公に転移したら、女主人公がすでにいた 作:瓜売り
カルムは少し焦げた法衣を拾い上げると僕に差し出す。
法衣は元から中二病全開の黒さなので、焦げていてもあまり違和感がない。
それどころか、程よいダメージ感がより中二病らしさを際立たせていた。
「すっかり得意技だね」
「僕のことをすっ裸になるのが得意な変態みたいに言うな」
カルムの言う得意技というのは、裸になってから透明魔法を使う一連の流れのことだろう。
この戦い方をしていくうちに自分でも裸に対する抵抗感がなくなっていくのを感じていた。
このままでは、いよいよ変態だ。
僕はカルムから法衣を乱暴にむしり取って、いそいそと着た。
僕たちがセルパンを倒したことで冥界の教団員たちはすっかり戦意喪失をしていた。
そんな教団員たちを守護竜やヴァニテューたちは一人残らず狩りつくしていく。
カルムといいヴァニテューたちといい、相変わらずファンタジー世界の住民は敵と認識した奴らには容赦がない。
教祖のセルパンを倒した時点で冥界の教団は崩壊したも同然だ。
そうなると、僕たちに残された問題は一つだけだ。
僕は枯れた世界樹を見上げる。
この世界樹を復活させないと、もうすぐ大地が崩壊してしまうらしい。
けれど、世界樹を復活させるには僕かカルムの命を差し出さないといけないのだ。
一度はそれが原因で決闘をした僕とカルムは、仲直りはしたものの問題の根本的な解決はできていなかった。
―――僕かカルム、どちらが命を差し出すかはまだ決まっていないのだ。
カルムも先ほどから悩まし気な表情で俯いている。
きっと、僕と同じことで悩んでいるのだろう。
「ねえ、『フル珍スケスケ』なんてどうかな?」
「……は?」
「デキ杉くんの得意技の名前」
…前言撤回。
このバカ女はずっと僕の技名を考えてやがった。
しかもなんだそのネーミングセンスは? 女の子なら『フル珍』とか言うな!
「カルム、それにデキスギも無事じゃったか」
冥界の教団員を狩り終えたレルヴ…ベールがランタンを担いだまま駆け寄ってくる。
レルヴ…ベールが担いでいるランタンは、ガラス部は割れてロウソクを支えるための四本の支柱はぐにゃぐにゃに曲がっていた。
いったいどれほどの激闘だったのだろう。
「お前の方こそ、その…無事だったのか?」
「ああ、童は見ての通り無事じゃぞ」
「そ、そうか……」
確かにレルヴ…ベール自身は大きなけがはなさそうだ。
その割には、ランタンだけが異様にボロボロになっていた。
「またたくさん殴ったんだねレルヴェルベール」
「ああ、おかげでランタンがベコベコにへこんでしまったわい」
……ランタン、物理攻撃の武器だったんだ。
てっきり魔法を使うための道具だと思ってた。
今さらだけど、このゲームの仲間キャラ物理攻撃多くないか?
「しかし、まさか五十年前に童や守護竜たちがうっかり逃がした蛇が、あんな大きな大蛇になっていたとはな」
「ん? それってつまり…。僕たちは尻拭いをさせられてたってことか?」
「き、気のせいじゃよ。そんなことよりじゃ!」
目を泳がせたレルヴ…ベールは露骨に話題を逸らした。
けれど、その表情はすぐに真剣なものに変わった。
ここからが本題というわけだ。
「世界樹を復活させないと大地が崩れてしまう。そのためにも……」
レルヴ…ベールは言葉を濁す。
その先は彼女自身の口では言いにくいのだろう。
「そのためにも、わたしの命を世界樹に捧げる必要があるんだよね!」
言いよどむレルヴ…ベールの代わりに、カルムが明るい笑顔でその言葉を引き継ぐ。
「任せてよ! ちゃちゃっと捧げて、世界を救っちゃうからさ。えっと、確か伝説の短剣を世界樹に突き刺せばいいんだよね?
そうすれば、伝説の救世主の伝説と同じように、わたしの命のエネルギーが世界樹に送られて……」
「おい、カルム」
僕はカルムの言葉を遮る。
僕に窘められたカルムは笑顔のまま表情を引きつらせた。
「……そうだよね。ちゃんと話し合わなきゃだよね」
カルムは無理な空元気をやめ眉をひそめた。
目が少し潤んでいるが、それでもしっかりと僕のことを見つめてくる。
「あのね聞いて! わたしは物心がついた時からおじいちゃんしか家族がいないの。そのおじいちゃんももう死んじゃった。……だから、わたしはもう一人だから、死んでも大丈夫なの!
デキスギくんはいるんでしょ、家族。……だったら、デキスギくんが生き残るべきだよ」
カルムの話し方は僕に言い聞かせるようで、それでいて自分自身にも言い聞かせているようだった。
けれど、僕はカルムの意見に賛同する訳にはいかない。
僕は冥界の教団に一人で立ち向かったカルムを追いかけた時から、
「わるいなカルム、僕はその意見には反対だ。世界樹の復活には僕の命を使う!!」
このゲームの世界で死んだとき、僕は一体どうなってしまうのだろう。
その答えはイナリ助との会話の中にあった。
イナリ助は僕が死んだ場合、元の世界で僕の人生を代わりに歩むと言っていた。
ということは、僕はこのゲームの世界で死んだとき元の世界でも死んだことになる。
ゲーム世界への転移というのは、きっとそういうことなのだろう。
では、僕がゲームクリアをしたと同時に死んだ場合はどうなるのだろう。
さっきの考えだと、ゲームクリア後であっても死んでしまったら最後、僕は元の世界に戻ることなく死ぬことになる。
……はたして、イナリ助がそんなことをするだろうか。
イナリ助が僕をこの世界に転移させた目的はゲーム世界を存分に味あわせる―――つまりはゲームを遊んでもらうことだ。
イナリ助は僕にゲームクリアをしてほしいと思っているはずなのだ!
……たぶん!
…………あいつの性根が腐ってなければ!!
当然、イナリ助はこのゲームのストーリーを把握しているだろう。
だとすれば、この世界で僕の命が尽きたとしても、それがゲームクリアの条件であるならば救済措置があるはずだ。
エンディングを迎えたプレイヤーが苦痛な表情で死んでいくのを、ゲーム会社の一員が喜ぶはずがない。
あれだけ自社のゲームに誇りを持っているイナリ助ならなおさらだ。
もちろんこれはただの仮説だ。
保証なんてどこにもない。
しかも、この仮説を証明するためには僕の命を懸けないといけない。
普段の僕なら自分を危険に晒すようなことは絶対にしない。
けれど、今回に限って僕は自分の命を懸けようと思えた。
なぜなら、ここでカルムの命を使って元の世界に帰れたとしても、生涯そのことが心の片隅に残り続けてしまうからだ。
高校を卒業して、一流大学を卒業して、どれだけ会社で出世をしても、ふと綺麗な星空を見上げるたびにカルムのことを思い出しては、悶々とした気持ちになるのだ。
……そんな人生はまっぴらごめんだろ?
「自分の命を使うだなんて……、何言ってるのデキスギくん!? そんなことをしたらデキスギくんは死んじゃうんだよ!」
「そうだな。
果たして、ゲームクリアのためであっても
それとも、救済措置はあるのだろうか。
これは賭け――――いや、僕の立てた仮説の検証だ。
「ふん。自分の立てた仮説を立証しないといけないとは、天才の宿命というやつだな」
僕はしたり顔でにやける。
もちろん本当は命懸けなんて怖いし普通に嫌だ。
けれど、そんな恐怖心とは裏腹に、自分の中で筋の通った仮説を見つけたとき、それを確かめたいという気持ちがどこからともなく湧いてくるのだ。
自分が閃いた発想が、積み上げた理論が、本当に正しいのか知りたいという気持ちが溢れそうになる。
この感覚は誰だってわかるはずだ。
……バカにはわからないかもだけど。
「僕の仮説が正しければ、僕は死ぬけど死なない」
「な、なに言ってるのデキスギくん?」
この仮説をカルムに説明するには、ここがゲームの世界であることから教えないといけない。
けれど、到底そんな時間はないし、時間があったところで、ゲームが存在しないファンタジー世界にいるカルムに、ゲームの世界について説明することは不可能だ。
理で説明ができないなら感情を押し付けるしかない。
あまり好きなやり方ではないが仕方がない。
僕はカルムの肩を両手でガシッとつかみ、カルムの目を真剣に見つめる。
「カルムが命を捧げれば、カルムは確実に死ぬ。けれど、僕が命を捧げた場合は死なないかもしれないんだ。だから、僕に任せろ!」
カルムに僕の仮説の全貌を伝えることはできない。
それでも、カルムを頷かせるにはこう説明するしかなかった。
カルムは困惑した表情のまま、僕の言葉を反復してつぶやく。
きっと、僕の真意をなんとか解釈しようとしているのだろう。
考えがまとまったカルムは、僕の目を見つめ返してきた。
「よくわからないけど……。それって、デキスギくんらしくないよね」
「…僕らしくない?」
「うん。だって、デキスギくんは他人のためじゃなくて、自分のために生きてるんだよね? だったら、少しでも死ぬ可能性があるなら、他人の命より自分の命を優先するんじゃないの?」
自分のために生きる? 何の話だ?
……ああ、いつかの夜に焚火の前でそんな話をしたっけか。
確かに僕は他人のためになんて頑張らないし、ましては命なんて懸けない。
けれど…。
「それは違うぞカルム」
「違う?」
「ああ。僕は僕のためじゃなくて、『僕の大切なもののために』人生を割くって言ったんだ」
「それって…。だから、デキスギくんが大切なのはデキスギくん自身で………」
どうやら僕の真意はまだ伝わっていないらしい。
まったく、鋭いんだか鈍感なんだかわからないな、こいつ。
こういう言葉を口にするのは、本来は僕の性分ではない。
けれど、言わないと伝わらないのなら言うしかない。
まったく、バカの相手は疲れる。
「だから、僕はお前が大切なんだよ! 僕は僕の大切なお前のためなら、命を賭けてやるって言ってるんだ!!」
僕の言葉を受けたカルムは、少し呆けた後みるみるうちに顔が火照りだした。
頭に咲いた髪飾りのバラと同じくらいに真っ赤になる。
そういう僕もさっきから顔が熱い。
きっと、僕も同じくらい赤くなっているのだろう。
だから言葉にしたくなかったんだよ……。
「で…でも! それだと…! ほら…!」
カルムは必死に口をパクパクとさせるが、続く言葉がでてこない。
この空気の中に居続けるのは耐えられないので、僕は伝説の短剣を鞘から抜いて、いそいそと世界樹の方に向かう。
ああ、ちくしょう、恥ずかしい…。
とっとと命を捧げて、仮説の証明をしよう。
僕が前へ進もうとした瞬間、肩をぐっと掴まれ足が止まる。
振り返ると、カルムが耳まで真っ赤に染まった顔で真剣な表情をしていた。
「それなら、なおさらわたしが命を捧げるよ! わたしだって…、デ…、デキスギくんのことが…、た、大切なんだから!!」
緊張のあまりか、最後の方は声が上ずっていた。
普通に言えばいいものを、見ているこっちが恥ずかしくなる。
「よくそんな恥ずかしいことを、本人を目の前に言えるよな」
「なッ!! そっちが先に言ったのに!?」
僕は剥き出しの短剣をカルムの方に向けた。
さっきまで真っ赤な顔で騒いでいたカルムだったが、僕の意図を感じ取ってか驚いた顔になる。
「これ以上話し合っても埒が明かないだろ」
僕は自分の仮説や気持ち、カルムに伝えるべきことは全て伝えた。
そして、カルムの考えも知ることができた。
そのうえで結論が変わらないのなら、それは仕方がない。
僕たちに残された時間は少ない。
それに、さっきから僕とカルムのやり取りを、レルヴ…ベールがとんでもなく恨めしそうな表情で見ている。
今にも呪いの儀式を始めそうな雰囲気だ。
……僕たちはイチャついているカップルじゃないぞ!!
そんなわけで、話し合いが平行線となるなら、これで決着をつけるしかない。
「いいの? この前はわたしが勝ったよ?」
「ああ。だが、今回は僕が勝つ」
「そう」
「時間もないことだ、今回は魔法はなしで短剣での決闘にしよう。それでいいか?」
「……デキスギくんがそれでいいなら」
カルムは頷くと、鞘から短剣を抜いて構えた。
こうして僕は、カルムと二度目の決闘をすることにした。
そして、この決闘は僕のフラットアース・ファンタジー世界での最後の戦いとなった。