ファンタジーゲームの主人公に転移したら、女主人公がすでにいた   作:瓜売り

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25話:教室のドアを開くと…

 教室の扉の前で、僕は立ち尽くす。

 

 昼の暖かみをおびた静かな廊下はどことなく淋し気で違和感がある。

 

 僕が学校の廊下にいるときはいつも他の生徒もいるので、にぎやかなのが当たり前になっているのだろう。

 

 そもそも、つい最近までファンタジー世界にいた僕からすれば、学校の廊下という時点でもう特別な場所に感じてしまうのだが。

 

 

 

 指の隙間に油汗がにじむ。

 いままで教室に入るだけでこんなに緊張したことはなかった。

 

 

 たかが教室に入ることに緊張している自分を嘲笑すると、深呼吸を大きく一回、二回として、自分の頬をペチンとたたいた。

 

「大丈夫、いつも通りでいいんだ」

 

 そう、学校の教室なんていままで散々見慣れている場所だ。

 今さら怯える必要はない。

 

 

 

 自分を鼓舞してから、右手で教室の扉の引き手をつかむ。

 

「おっと、忘れていた」

 

 ふと思い出した僕は、引き手を掴む右手を左手に持ち替える。

 そして、空いた右手は腰のベルトに装備した()()に添える。

 

 

 今度こそ、僕はそろりと教室の扉を引いた。

 

 

 

 

 廊下からだと教室の中が一望できた。

 そして、教室の中の様子は僕の予想通りだった。

 

 

 誰もいない教室はカーテンが引き裂かれて、窓ガラスも乱暴に割られていた。

 無造作に並んだ机はいくつか倒れており、倒れている机からは教科書がはみ出していた。

 

 この教室はかつて授業で使われていたのだろう。

 

 

「よし、いつも通りだな」

 

 

 僕は右手を()()にそえたまま、そろりそろりと教室に入った。

 

 

 目指すのは黒板の前に立っている教卓の机だ。

 生徒用の机よりも一段階大きなその机には、引き出しがついているのが見える。

 

 僕はあの引き出しの中を確認するために教室に来たのだ。

 

 

 忍び足で教卓の前にたどりつくと、その引き出しをゆっくりと開ける。

 

 

 中にあったのは、古びた出席簿と赤ペンだけだった。

 

「ふざけるなよ。この教室も外れじゃないか」

 

 僕はぼそりと呟く。

 

 

 

 ――――その直後、乱雑に並んでいた机の陰から、急に人影が飛び出してきた。

 

 その人影は、僕に向かって勢いよく飛び掛かる。

 

 

「うがああああああああ!!」

 

 

「ちくしょう!! やっぱりいやがった、このゾンビめ!!」

 

 

 

 

 僕は右手に添えた()()――――拳銃を抜くと、ゾンビに目がけてバンッバンッと二発撃ち込む。

 

 鉛玉をくらったゾンビは、体勢を崩して膝をつきそうになる。

 

「やったか!?」

 

 しかし、驚異的な体幹で体制を立て直したゾンビは、勢いをそのままに僕の肩に噛みついてきた。

 

 

「痛っっったああああ!!!」

 

 

 その激痛に思わず叫び声が漏れる。

 

 僕の肩を噛みちぎったゾンビは、今度は僕の首に狙いを定める。

 

「ッッッ! ふっざけるなよッ!!!」

 

 僕は右手に持った拳銃の銃口をゾンビの口の中に突っ込んで、また二発、三発と弾丸をお見舞いした。

 

 さすがのゾンビにもダメージが入ったらしく、「うががが…」と唸りながら、今度こそ倒れこんだ。

 

 

「ぜえ… はあ… ぜえ…」

 

 僕は肩で大きく息をしながら倒れたゾンビを見下ろす。

 

 僕に銃弾を撃ち込まれたゾンビは、緑色の血をまき散らして崩れ落ちていた。

 けれど、口元だけは真っ赤な血で汚れている。

 

 …僕の肩を食いちぎったのだから、僕の血だ。

 

 

 念のために倒れ込んだゾンビの眉間に最後の一発を撃ち込む。

 バンッと乾いた銃声が教室内に響いた。

 

 

 世の中には「ゾンビだって元は人間なんだよ。可哀想だよ」とか言うやつがいるらしい。

 そんな奴は、ぜひ一度ゾンビに肩を食いちぎられてみて欲しい。

 きっと激痛のあまり、考え方が180度変わるだろう。

 

 

 

 

 

「大丈夫かデキスギ!!」

 

 廊下の方を振りむくと、そこには長身で筋肉質な男が立っていた。

 

 男の頭には紫色のリーゼントがたしなめられており、その顔は、僕にとってはとても馴染み深い知人にそっくりの顔だった。

 

「ヴァニテュー!」

 

「ヴァニテュー? 誰だそれは?」

 

「……じゃなかった。えっと、隊長か」

 

「ああ、そうだ!」

 

 隊長は僕の元に歩み寄る。

 

 それにしても、この隊長はどこからどう見てもヴァニテューにしか見えない。

 

 

「ところでデキスギ、例のXファイルは見つかったか? あれが見つからないと、ゾンビパンデミックを防げないんだぞ」

 

 言われなくてもちろんわかっている。

 

 僕たちがXファイルを見つけないと、この世界はゾンビだらけになってしまうらしい。

 

 

 僕と、僕の目の前にいる隊長は、国連の対ゾンビ専門の秘密機関「ゾンビバスターズ」の部隊メンバーだ。

 僕たちの組織は、ゾンビパンデミックを引き起こした研究者が日本の学校で教員として過ごしていたという事実を突き止めた。

 そして今、ゾンビパンデミックに関するデータが隠されているはずの学校で、超重要データのXファイルを探しているのだ。

 

 

 

 これこそが、僕が転移してきたゾンビゲーム、『ゾンビよりゾンビ』の設定だ。

 

 『ゾンビよりゾンビ』、通称『ゾンゾン』は大ブレイク・ゲームズの開発したゲームで、フラットアース・ファンタジーに続く二作目だ。

 『ゾンゾン』は低予算かつ短納期で作られたため、キャラクターデザインを含めた様々なところで手抜きな設計が見受けられる。

 

 ……目の前の隊長なんて、キャラクターデザインがそのまんまヴァニテューだ。

 

 もちろん、こんなゲームが世間で評価されるはずもなく、『ゾンゾン』が会社倒産への着実な一手になったことは言うまでもない。

 

 

 

 

「ところでデキスギ。お前の右肩、ずいぶんと汚れているな」

 

「これは、……ついさっきゾンビに食いちぎられたんだよ!!」

 

 僕は右肩をなでた。

 

 その手には怪我一つなく綺麗な肌の感触が残る。

 食いちぎられた痕跡は見事に消えていた。

 

「流石は対ゾンビ特化の生物兵器だな」

 

「生物兵器って……。事実だから否定できないけどさ」

 

 『ゾンゾン』の主人公は、対ゾンビのために作られた生物兵器なのだ。

 

 その能力は凄まじく、刺されようが、撃たれようが、首がもげようが、一瞬にして怪我が治ってしまうのだ。

 

 まさに、ゾンビよりもゾンビだ。

 

 

 生物兵器を生産していた研究所は、試作段階の主人公を作った直後にゾンビの襲撃によって完全に破壊されてしまったのだ。

 そのため、対ゾンビの生物兵器は主人公一人しかいない。

 

 つまり、ゾンビを超えた耐久力というのは、主人公だけの唯一無二の能力なのだ。

 

 そして、この能力が備わっているのは主人公に転移した僕! …………ともう一人いるのだが。

 

 

 

「対ゾンビ用の生物兵器は人類最後の希望だ。だから、お前だけが頼りだデキスギ!!」

 

 隊長は僕に熱く語る。けれど、その言葉はあいつの存在を無視した発言だった。

 

「隊長……、いるだろもう一人。僕と同じ生物兵器が」

 

 僕に指摘された隊長は、気まずそうに頬をかく。

 

「……ああ。あのイカレ女のことか」

 

 イカレ女って…。

 相変わらずの酷い言われようだ。

 

「試作段階の生物兵器は一人しかいないって聞いてたのに、研究所に行ったらなんでか二人いたんだよな…」

 

 隊長は僕たちとの出会いを思い出したのだろう、不思議そうに唸る。

 

 

 

 

 

「おーーーい! こっちにファイルあったよ!!」

 

 廊下の奥の階段の方から大きな声が聞こえた。

 噂のイカレ女の声だ。

 

 

 声の方に向かうと、そこは職員室だった。

 

 職員室の中に入ると真っ赤なバラを頭に咲かせたイカレ女が僕たちを待っていた。

 

「遅いよ隊長、それにデキスギくん」

 

 イカレ女は両手で業務用サイズのチェンソーを抱えていた。

 

 イカレ女の足元には、緑色の血液にまみれた肉片が無数に転がっている。

 要所要所に人体のパーツっぽいものが転がっているが、その殆どは原形をとどめていない。

 

 

 ……腕、……足、……あれは頭か?

 ああ、目玉が近くに転がっているから恐らくそうだろう。

 

 

 

 ………いや。………いやいや。

 

 

「ゾンビだって元は人間なんだぞ!! さすがに可哀想だろ!!」

 

 グロテスクなゾンビの残骸に僕は思わず叫んだ。

 

 けれど、いったい何を怒られているのかわかっていないイカレ女は可愛いらしく首をかしげる。

 

「でも、人間には戻らないんでしょ? だったら敵だよね」

 

 この容赦のない価値観こそ、この女がイカレ女と呼ばれる要因の一つだ。

 

 ファンタジー世界出身のイカレ女は、ゾンビのことをモンスターだと認識している。

 そして、ファンタジー世界の住民はモンスター相手には容赦のない攻撃ができてしまうのだ。

 

 

「それで、Xファイルはどこにあるんだ?」

 

 隊長は表情を引きつらせたまま、それでも自分の仕事を全うする。

 

「それなら、ほら!」

 

 イカレ女は、まばゆい金髪のショートカットを嬉しそうに揺らしながら、古びた分厚い紙のファイルを数冊持ってきた。

 

「Xっていうのはわからないけど、ファイルを探してるんだよね?」

 

 隊長はイカレ女が持ってきた分厚いファイルを呆然と眺めてから、僕の方に視線を向ける。

 隊長の言いたいことは痛いほど伝わったが、僕はその視線を無視した。

 

 僕に見放された隊長は、大きくため息をつく。

 

 

「なあ、イカレ女。俺様たちはXファイルを探しているって言ったよな」

 

「え? うん」

 

「Xファイルはタブレットに入ったデータだって伝えたのは覚えているか?」

 

 隊長は怪訝な顔で質問をした。

 

 イカレ女は頭の上に大きな『はてなマーク』を浮かべながら、パチクリと瞬きをして答える。

 

「…たれぶっと?」

 

「タブレットだよ!! 見たことないのか!? スマートフォンを大きくしたやつだよ!!」

 

「……すまーとん?」

 

「だあああああ!!!」

 

 隊長はリーゼント頭をぐしゃぐしゃに掻きむしる。

 

「なんでスマートフォンすら知らねえんだよ!! このイカレ女は!!」

 

 

 『ゾンゾン』の世界は現代の地球が舞台になっている。

 

 そんな世界に、ファンタジー世界から転移してきた人がいれば、その人は何も知らない無知なイカレ野郎という扱いを受けてしまうのも仕方がない。

 これこそが、彼女がイカレ女たるもう一つの要因だ。

 

 

「タブレットもスマートフォンも知らないし、地球は平とか言い出すし。挙句の果てには魔法が使えるとか言ってたよな!? ほんと何なのお前!?」

 

「地球は平だよ?」

 

「んなわけあるかァ!!!」

 

 隊長は膝から崩れそうになるが、職員用の机に手をついてなんとか耐える。

 

 僕はこうなることが分かっていた。

 だからこそ、隊長が目で助けを求めてきたとき無視を決めこんだのだ。

 

 ファンタジー世界に転移した僕にはわかる、このイカレ女に現代社会の常識を説明するのは不可能だと。

 なにせ、自分が使っているチェンソーですら、魔法で動いていると思っているのだから。

 

 

「もういい…。職員室にXファイルがあるかは俺様が探す。お前たちは近くにいるゾンビどもを倒してこい」

 

「お前たちって… 僕もか!?」

 

「そりゃそうだろ、デキスギも生物兵器なんだから。それに、あのイカレ女を一人きりにすると何しでかすかわからないだろ?」

 

「それは… そうだけど」

 

「恋人の面倒くらいちゃんと見ろよ」

 

「…ッ! 僕とあいつは恋仲じゃない!!」

 

「そうなのか? いつもあんなにイチャイチャしてるのに」

 

「してない!!」

 

 ……はずだ。

 

 

 僕と隊長が会話しているうちに、いつの間にかイカレ女はお気に入りのチェンソーを担いで廊下に出ていた。

 

「なにやってるの? 置いていくよ?」

 

「……わかったよ。今行くよ、……カルム」

 

 僕はイカレ女という愛称がすっかり定着している少女―――カルムの元に駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 僕とカルムは横並びで学校の廊下を歩く。

 

 

 フラットアース・ファンタジーの世界をゲームクリアした僕は、元の世界に帰れる――――ことなく、まさかの二作目のゲームに挑む羽目になっていた。

 

 こうなった原因はもちろんイナリ助だ。

 

 

 

 しかも、このゲームでも一人しかいないはずの主人公が二人いるのだ。

 

 きっとカルムは、ここがゾンビゲームの世界であることも、自分がファンタジーゲームの世界から来たということも、ほとんど理解はできていないだろう。

 

 それでも、カルムは僕の隣で楽しそうに笑っている。

 

 ゾンビがはびこる学校なんて、いったい何が楽しいのだか。

 

 

 

 

「さっき、隊長と何の話をしてたの?」

 

 カルムは歩きながら僕の顔を覗き込んでくる。

 

「ん? ああ、僕とカルムの関係を聞かれてたんだ」

 

「へえ…。 それで、デキスギくんはなんて答えたの?」

 

 カルムは意地悪そうに聞いてくる。

 

「そんなの決まってるだろ」

 

 僕たちは友人というにはしっくりこないし、仲間というのも少し違う気がする。

 それに、恋人では――まだない。

 

 

 僕とカルムの関係は、環境や互いの感情に依存するような、曖昧なものではない。

 もっと理不尽で、不条理で、それていて孤独を感じる暇さえも与えられない関係性だ。

 

 

「僕たちは運命共同体だ」

 




 最後まで読んでいただきありがとうございます!!

 小説1冊分程度の分量で完結させることを目的に書いてみました。
 もし楽しんでいただけたなら幸いです!

 ありがとうございました。
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