ファンタジーゲームの主人公に転移したら、女主人公がすでにいた   作:瓜売り

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3話:女主人公カルム

 

 始まりの王国『デビュ王国』にある市場に放り込まれた僕は、早々に元の世界に帰ることを決意した。

 

 あのマスコットキャラクターのイナリ助はゲームをクリアすれば元の世界に帰れると言ったのだ。

 ならば、それを信じて最速でクリアを目指すしかない。

 

 

 ゲームのプレイ動画を2倍速で流し見しただけの僕は、念のため占い師のもとを訪れることにした。

 占い師は人の運命を占うという設定だが、実際はプレイヤーが次に何をすればよいか教えてくれるナビゲーターなのだ。

 

 

 

 

 僕は市場の裏路地にひっそりと佇む占いの館に入った。

 

 占いの館は紫色を基調としたテント状の建物で、その中にいる占い師のババアもまた紫色のローブを羽織っている。

 館全体を通していかにも「占いの館といえばこうだよね」を詰め込んだ空間だった。

 

 

 占い師のババアは目の前にある水晶玉に手をかざす。すると、水晶玉が淡くピンク色に光った。

 

「…そなたは、この世界の救世主じゃ! この世界の崩壊に立ち向かうという、大いなる運命を背負っておる」

 

 占い師のババアは目を見開いて、力強い声でそう宣言する。

 

 この世界の救世主、それが主人公の役割なのだろう。

 けれど、そんな設定はどうだっていい。僕はゲームクリアさえできればいいのだから。

 

「それで、僕はまずは何をすればいいんだ?」

 

「ふむ。そなたの直近の運命は…… 市場を歩いていると大切なものを盗まれるじゃろう。その大切なものは、市場の東にある盗賊団のアジトに向かえば取り戻せるじゃろうな」

 

 うむ。とババアは頷く。

 

 

 占いの結果は僕の予想通りだった。

 

 このゲームは主人公が盗賊に短剣を盗まれるところから始まるのだ。

 そして、主人公は短剣を取り返すために盗賊団のアジトを攻略しに行く。

 そこでの戦闘は、このゲームのチュートリアルの役割を果たすのだ。

 

 わざわざチュートリアルから進めるなんてまったくもって面倒くさい話だ。

 

 

「…盗賊団と戦うのはそなたの運命。()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃ」

 

 占い師のババアは仰々しい声で決まり文句を言い終わると、芝居が終わった役者のように、ぱたんと無言になる。

 

 ふん、何が運命だ。ただゲームの次の展開を述べただけだろ。

 

 僕は占いの館の怪しげな雰囲気を鼻で笑う。

 

 当然だが、僕は占いなんて非科学的なものは信じていない。

 

 ただ、それでもゲームクリアのために次に何をすればいいか知れるのはありがたい。

 この"占い師のつもり"のババアは今後も役に立つかもしれないので、今のうちに愛想でも振りまいておくことにした。

 

「占ってくれてありがとう、おばあさん」

 

 僕はババアに爽やかな笑顔で会釈をする。

 

 すると、ババアは皴まみれの手をスッと僕の方に差し出した。

 

「うむ。お代は300ロワ―じゃ」

 

 …お代? 確か僕が見たプレイ動画では占い師のババアはタダで占いをしていたはずだ。

 

「…金をとるのか? しかも300ロワ―って高くないか?」

 

 僕は腰のベルトに巻き付けたポーチを開き所持金をチラリと確認する。

 

 ゲーム開始時の主人公の所持金は350ロワ―だった。

 300ロワ―も持っていかれたらほとんど一文無しになってしまう。

 

 僕は誠実そうな困り顔を作り、とっさに嘘をつく。

 

「ごめんなさい、おばあさん。僕お金を持ってないんだ…」

 

 すると、ババアは驚いた表情になる。

 

「おや、それは困ったねえ。それなら近くにいる王国兵に言いつけるしかないのう」

 

「お、王国兵!?」

 

 元の世界で言うところの「警察に言いつけるぞ」という意味だろう。

 僕の誠実そうな困り顔を見ても金を無心するとは、人の心がないのかこのババアは。

 

 僕が内心で毒づいていると、ババアは僕の目を覗きながら、少しドスの効いた乾いた声でつぶやく。

 

「のう少年、ワシが50ロワ―残してやっているのは、せめてもの温情じゃよ。その気になれば350ロワ―きっかり請求することもできるんじゃぞ」

 

「なんで僕の所持金を知ってるんだよ!?」

 

 今の所持金をぴったり言い当てられたことで、僕は思わずお金を持っていることを口に出してしまった。

 すると、先ほどまでシリアスな雰囲気を醸し出していたババアは、ケロッと表情を変えて穏やかな笑顔になる。

 

「おや、350ロワ―持っておるんじゃな。それなら、お代の300ロワ―は払えるのう。よかったのう少年」

 

「この… クソババア!」

 

 支払い問答に負けた僕は、捨て台詞を吐いて水晶玉の載った台に300ロワ―を叩きつける。

 

 このババアのせいで、ゲーム世界に転移していきなり所持金がほとんどなくなってしまった。

 

 怒りをあらわにしている僕をよそに、ババアは穏やかな笑顔のまま手を振る。

 

「ではまた来るんじゃぞ少年。……いや、デキスギよ」

 

「なんで僕のプレイヤー名まで知ってるんだよ……ッ!」

 

 

 

 『デキスギ』という僕のプレイヤー名は、僕が黒い渦にのまれる直前にイナリ助が命名したものだった。

 

「プレイヤー名は君の子供の頃のあだ名にするナリ。これを機に童心に帰ってゲームを楽しむナリよ。

 ただ、出木杉だと版権の問題もあるナリから、カタカナ表記にするナリ」―――だそうだ。

 

 コ〇助よろしく語尾にナリを付けている時点で、版権など今さらだろう。

 

 

 こうして、占い師のババアに所持金の大半をとられた僕は、このゲームの世界で幸先の悪いスタートを切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人ごみで賑わっている市場の通路で、僕は人の流れを遮って一人で立ち尽くす。

 

「そろそろか? ここで盗賊に出会うはずなんだけど…」

 

 市場の中心と言われている大きな噴水から少し離れた通路。

 この通路こそが、僕がこれから盗賊に持ち物を奪われる場所なのだ。

 

 主人公に転移した僕はこれからゲームのストーリーを辿ることになる。

 

 このゲームの主人公は、間抜けにもこの通路で盗賊に武器を奪われるのだ。

 そして、その武器を取り返すために盗賊団のアジトに乗りこみ、戦闘のチュートリアルをすることになる。

 

 

 …しかし、しかしだ。

 

 

 わざわざストーリー通りに盗まれるのを待つ必要はあるのだろうか。

 盗賊がくるとわかっているなら、返り討ちにしてやればいい。その方が効率的だ。

 

 …よし、そうしよう!

 

 

 

 僕は短剣を鞘から抜いて高く掲げた。薄く鋭くとがった刃は紫色をしており、日光を反射して僕の顔を照らす。

 

 僕の持っているこの短剣は『伝説の短剣』という武器だ。

 いったい何の伝説があるのかは知らないが、この短剣は死んだおじいちゃんの形見という設定らしい。

 

 

 僕は短剣の刀身をむき出しにして構える。

 

「さあ、どこからでもかかってこい盗賊。僕の短剣を盗もうとするその愚かな選択を後悔させてやる。フフフフ…」

 

 僕は口角を上げて二ヤリと不敵に笑う。

 

 市場の人ごみの中、にやけ顔で短剣を構える僕を見た通行人たちは「うわッ」や「ひえぇ」という小さな悲鳴を上げながら速足で遠ざかっていく。

 どうやら傍目には僕の方が不審者に見えるらしい。

 

 頼むから早く来てくれ盗賊、そうじゃないと今度こそ王国兵のお世話になってしまう。

 

 

 

 そんな僕の祈りが通じてか、僕の方を見て大声を上げる人がいた。

 

「あーー! その短剣!!」

 

 僕は背中越しの大きな声に振り返る。

 

 ついに来たか盗賊!!

 

 しかし、振り返った先にいたのは盗賊というイメージとはかけ離れた可愛らしい少女だった。

 

 その少女は飾り気のない素朴で、けれど整った顔つきをしていた。

 その反面、頭の方は派手で、まばゆい金髪のショートヘアの上で赤いバラの髪飾りが悪目立ちをしている。

 

 その少女は僕の方を指さしてまた大きな声で叫ぶ。

 

「あなたが手に持っているその短剣、わたしの大切なものなの! 返してよ盗賊!」

 

 やはり近くに盗賊がいるようだ。僕も短剣を盗まれないように気を付けないと…。

 

 僕が短剣を構えて周囲を警戒していると、その少女はずいずいと人ごみをかき分けて突き進み、僕の目の前で仁王立ちをする。

 

 そして、今度は明確に僕を指さした。

 

「だから、その短剣だってば! 盗賊さん」

 

 

 ……え?

 

 

「ぼ、僕が盗賊!?」

 

 

 いったい何を勘違いしているのだろうか。

 あろうことか少女は、盗賊を迎え撃とうとしている僕を盗賊呼ばわりしてきた。

 

 当然だが僕は盗賊ではないし、盗賊と呼ばれる筋合いもない。

 

 そもそも、見た目で分かるはずだ。僕のようなイケメンで真面目そうな好青年が盗賊なわけがないだろう。

 

「なんだお前は!? いきなり人のことを盗賊呼ばわりしやがって」

 

 僕は近づいてきた少女の顔を睨みつける。

 

 その時、ふと目の前の少女に見覚えがある気がした。

 

 いったいどこで見たのだろうか。

 こんな目立つ金髪頭の知り合いなんて、僕にはいないはずだけど…。

 

 その直後、僕の優秀な脳が記憶を手繰り寄せた。

 

 その少女について思い出した僕は思わず指さす。

 

「あーー!お前は!!」

 

 この金髪、この顔、間違いない。

 

 目の前の少女は『フラットアース・ファンタジー』のパッケージに描かれていた女主人公にそっくりなのだ。

 

 ということは、目の前の少女はこのゲーム世界の主人公というわけだ。

 

 

 そうかそうか、主人公か………。

 

 

 

「…って! 僕がいるのに、お前もいるのはおかしいだろ…!!」

 

 僕の叫び声は市場中で注目を集めてしまったが、それに気を使えるほど冷静にはなれない。

 

 なにせ、僕は確かにこのゲーム世界の主人公に転移したはずなのだ。

 それなのに、目の前にはこのゲームの主人公がいる。

 

 つまり、主人公が二人いることになるのだ……。

 

 いったいどういうことだ!?

 

 

 

 女主人公の少女は、口を大きく開けて驚く僕に少し困惑した様子だったが、すぐに元の怒り顔に戻る。

 

「ちょっと、指をささないでよ。人を指さすのは失礼でしょ」

 

 女主人公は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

 さっきお前も僕のことを指さしただろ―――とツッコミを入れられるほど僕はまだ状況を飲み込めていなかった。

 

 しかし、そんな僕には構わず女主人公は話を続ける。

 

「その伝説の短剣はわたしのおじいちゃんの形見なんだから、返してよ!」

 

 急に現れた女主人公に少しパニックになっていた僕だったが、次第に頭の中で整理がつき始めた。

 

 

 どうやら僕と女主人公、この世界には二人の主人公がいるらしい。

 なぜそうなったかはわからないが、もしかしたらゲーム世界だけあってバグなのかもしれない。

 

 そういえば、僕がこの世界に転移するのを拒み続けたせいで、黒い渦からやたらと警告音が響いていたな。

 

 もしかしてそれが原因か?

 

 

 主人公が二人いる理由ははっきりとはわからないが、目の前の女主人公は僕のことを盗賊だと勘違いしていることは理解できた。

 

 女主人公は僕の持っている伝説の短剣が自分のものだと思いこんでいるようだ。

 だが生憎、この短剣は女主人公のものではなく僕の初期装備品なのだ。

 

 となれば、まずはその誤解を解く必要がある。

 そうしないと、余計な面倒事に巻き込まれかねない。

 

 

 

 

「なにか勘違いしてないかな? 僕の持っている短剣はこの世界に転移… じゃなくて、昔から持っていたものだよ」

 

 僕は "つい助けてあげたくなる困り顔のイケメン" の表情で女主人公に説明をする。

 

 この表情は鏡の前で何時間も試行錯誤し習得したキメ顔シリーズのひとつだ。

 そこら辺の女子なら、イケメンを困らせた罪悪感で精神が崩壊するだろう。

 

 しかし、この女主人公は僕の完璧な演技になびくことなく、あろうことか小さくため息を吐いた。

 

「あのね盗賊さん。伝説の短剣は世界にたった一本しかない物なの。だから貴方の持っているその短剣はわたしから盗んだとしか考えられないの」

 

 女主人公は僕に靡くことなく怒ったままだ。

 

 どうやら僕のイケメンフェイスは通用しなかったようだ。

 

 …さてはブス専だなこの女。

 

 

 

 

「なるほど、君の言い分はもっともだね。だけどね、一度冷静に……」

 

 僕が本心と真逆の対応をしていると、ふと野次馬が僕たちを囲んでいることに気づいた。

 いつの間にか、僕たちは市場の人たちの注目の的になっていたようだ。

 

 野次馬の先頭にいたおばさんが声を上げる。

 

「あたし知ってるよ、その短剣はカルムちゃんのおじいちゃんの形見なんでしょ!」

 

「カルム?」

 

 その名前に聞き覚えはなかった。もしかしたら女主人公のデフォルトネームか何かだろうか…

 

 僕が考え事をしていると、野次馬たちは次々と騒ぎ立てる。

 

「そう言えば、カルムちゃんはいつも伝説の短剣を持っていたね」

 

「確かおじいちゃんから受け継いだんだよね。思い出したよ」

 

 野次馬の意見が一致するにつれ、僕は肩身が狭くなるのを感じた。

 

 何も知らない外野が間違った意見を持ち上げるという、現代社会の縮図のような状況だ。

 

 このファンタジー世界の愚民どもめ。

 

 

 

 僕が愚かな野次馬を睨みつけていると、女主人公のカルムは右手の甲を僕に突き出した。

 

 その甲には太陽の紋章が刻まれている。

 それは紛れもなく主人公の特徴だった。

 

 太陽の紋章には、必殺魔法を撃つ力が宿っている。

 そして、カルムはその紋章を僕に突き出している。

 

 それはつまり…。

 

「これは最終忠告だよ盗賊さん。もし潔く返してくれるなら許してあげる。

 でも、もし返してくれないなら、覚悟してよね」

 

 カルムは短剣を渡さないと必殺魔法を撃つぞ―――と僕を脅してきたのだ。

 

 これは立派な強盗だ。窃盗した盗賊よりもタチが悪い。

 

 僕がこんな理不尽な要求を受けると思ったのか?

 この恫喝女!

 

 

 カルムの右手の紋章が赤く光りを放ちだす。

 

 

 僕がこんな… こんな理不尽に……。 

 

 

 

 

 

「あれ? 本当に返してくれるんだ…」

 

 僕から伝説の短剣を受け取ったカルムは不思議そうな顔をする。

 

「お前が返せって言ったんだろ! 僕は盗んでないけど…!」

 

 カルムは腰のベルトに短剣の鞘を固定しながら、少し腑に落ちていない表情をしている。

 

 いったい何が不満なのだろうか。

 

「そうなんだけど…。 さっき占い師のおばあさんに、わたしは盗賊と戦闘をする運命にあるって言われたんだよね。だから、てっきり君と戦うことになると思ってたんだけど」

 

「僕は盗賊じゃない! それに、その運命はお前が受けるべきチュートリアルだからな!」

 

 どうやらカルムも占い師のババアに占ってもらっていたらしい。

 そして、僕と同じ予言をされたようだ。

 

 問題なのは、本来は短剣を盗まれたカルムこそがチュートリアルを受けるべきなのに、こいつは僕から短剣を奪うことでチュートリアルを回避しやがったのだ。

 

「チュートリアル? よくわからないけど、返してくれたから許してあげる。もう盗みはしちゃダメだよ」

 

 そう言い残すと、カルムは野次馬の中に消え姿が見えなくなった。

 

 

 

 結局、僕は所持金についで武器まで盗まれてしまった。しかも、女主人公がやるはずのチュートリアル戦闘まで押し付けられたのだ。

 

 

 あの女主人公………いや女盗賊め、絶対に許さん!

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