ファンタジーゲームの主人公に転移したら、女主人公がすでにいた 作:瓜売り
掛布団に顔をうずめた途端、全身が安堵に包まれる。
今の気持ちを一言で表すなら──そう、「何とかなったぁ~」だ。
風の守護竜はわたしが想像していたよりずっと大きく、今まで戦ったどのモンスターよりも強かった。
デキスギくんの手前「わたしが守ってあげる」なんて言ったけれど、本当は彼もいっしょに戦ってくれて助かった。
なにせ、風の守護竜の攻撃は全部彼が引き受けてくれたのだ。
おかげで、わたしやビュヴ―ルはほとんど無傷で勝てた。
ビュヴ―ルは言わなかったけれど、守護竜は性格の悪そうな人を重点的に狙う習性があるらしい。
そう考えると、デキスギくんが狙われ続けたのも納得できる。
ちゃんと性格の悪そうな人を見極めて攻撃するなんて、さすがはこの世界を守護するドラゴンだ。
「えいっ!」と気合を入れて、わたしはベッドから起き上がり、温泉の支度を始めた。
正直、このまま眠ってしまいたい衝動もあったのだけれど、ここの温泉は宿屋の店主が「ぜひ入ってほしい」と太鼓判を押すほどのものだとか。
そんな温泉、入らないわけにはいかないよね。
わたしはベッドから起き上がった勢いをそのままに、温泉に向かったのだった。
温泉を十分に堪能したわたしは、部屋に戻る途中、宿の通路で思わぬ人と出会った。
その人は、いつもは紫色のローブを着ているのだけれど今日は薄紫色のワンピースを着ていた。
そのため、誰なのか気づくのに少し時間がかかってしまった。
「こんばんわ。占い師のおばあさんだよね?」
わたしが声をかけると、占い師のおばあさんは顔を上げてにこやかにほほ笑む。
「おお、そなたはカルムじゃったな」
「はい!」
占い師のおばあさんはわたしの名前を憶えてくれていたみたいだ。
ちなみに、わたしは自分の名前を名乗った覚えは一度もない。
…なんで知ってるんだろ。
占い師のおばあさんの手には、着替え一式の入った手提げ袋があった。
どうやら、これから温泉に入ろうとしているらしい。
挨拶だけして通り過ぎるのも味気ないので、軽い世間話を振ってみる。
「ここの温泉、すごく気持ちよかったよ」
「おお、そうかそうか。わざわざこの村まで来た甲斐がありそうじゃな」
占い師のおばあさんは表情をやわらげ、満足そうにうなずく。
すると、足を止めたついでと言わんばかりに、ワンピースの袖から水晶玉を取り出し、「占っていかんか?」とわたしに勧めた。
「ここで出会ったのも何かの縁じゃろ?」
「そうだね。ん~、じゃあ、お願いします」
温泉上がりのわたしは、今日はこのまま何も考えずにふかふかベッドで寝ようと思っていた。
けれど、せっかくだから占ってもらうことにした。
占い師のおばあさんは片手で水晶玉をささえて、もう片方の手をかざす。
すると、水晶玉は淡く輝きだした。
「ふむ、そなたは『港湾都市ムエット』の商人たちを助けるため、『水の守護竜』と戦うことになるじゃろう」
占い師のおばあさんは、わたしの運命を告げる。
港湾都市ムエットか…。
ムエットは貿易が盛んな商人たちの街だと聞いたことがある。
「ムエットで商人たちが困ってるんだよね。じゃあ、わたしが助けなきゃだね!」
わたしはこの後、ふかふかのベッドでぐっすりと眠るつもりだったけれど、それを諦める。
今この瞬間にも困っている人がいるのなら助けに行ってあげよう。
部屋に戻ったわたしは、バラの髪飾りを外してベッドの傍に置く。
そして、ベッドを未練がましく数秒眺めてから、掛け布団だけをはぎ取った。
そのまま掛布団を部屋の床に置いて、その掛け布団に包まる形で寝る体制を整える。
…うん、硬いな。
薄い掛布団を床に敷いただけだから床の硬さが直に伝わってくる。
そのおかげで、ベッドと比べると寝心地が数段悪い。これで眠りは浅くなるだろう。
困っている人がいるのに、ぐっすり眠るわけにもいかないよね。
ふと占いのお告げを思い返す。
人助けをすることばかりに気をとられていたけれど、確か『水の守護竜』と戦うことにもなるのだ。
風の守護竜のときと同じように、また無茶な戦いになるかもしれない。だからこそ、一緒に戦ってくれる仲間が欲しい。
けれど、わたしはまだビュヴールに「仲間になってほしい」と正式に伝えられていなかった。
ちなみに、わたしはデキスギくんたちにも声をかけようかなと一瞬だけ考えたりもした。
けれど、これまでの言動を思い返すかぎり「一緒に人助けをしよう」なんて誘っても、絶対に断られるので、誘うのはやめておくことにした。
「起きたらビュヴールだけ誘って冒険にでよう」
そう独り言をつぶやいてから、浅い眠りについた。
************
女主人公のカルムはまだビュヴールのことを正式に仲間にしていないらしい。
そんな噂を聞いた僕は、ビュヴールを仲間にするため宴を抜け出して彼女に会いに向かっていた。
カルムには悪いがビュヴールを先に仲間にするのは僕だ。
なにせ、ゲーム世界を攻略するうえで、仲間が多いに越したことはないからな。
別にビュヴールが美人でナイスバディなお姉さんだから仲間にしたいとか、そういう下心はない。
…本当だからな?
宴で一緒になった連中から聞いた話だと、ビュヴールは協会にいるらしい。
こんな深夜に一人で女神様に祈りをささげているのだろうか。
僕は深夜の教会で美女が祈りをささげている姿を想像する。
うん、悪くないな!
協会についた僕は入り口の大きな扉をそろりと開けた。
協会の中は一番奥に祭壇があり、その祭壇の中心には女神様の銅像が佇んでいる。
月明かりに照らされた女神様の銅像は神秘的な雰囲気を醸し出していた。
そんな女神像の前にビュヴールは座り込んでいた。
ビュヴールは祈るようなポーズをとっている。
けれど、その祈りは僕が想像していたような静かなものではなかった。
ビュヴールは大粒の涙を流しながら、ヒックヒックと泣いていたのだ。
「…ビュヴール? どうしたんだ!?」
僕はビュヴールの様子が心配になり駆け寄った。
ビュヴールは僕の声に少し驚いた様子で振り返る。
そして、振り返ったまま大粒の涙を流して、またシクシクと泣きじゃくりだした。
ドラゴン戦の時の堂々と、かつ飄々とした様子しか知らない僕としては、ビュヴールの泣いている姿は別人にすら見える。
ビュヴールの傍まで着た僕は、彼女の声を聞こうと耳を近づける。
しかしその直後、僕の鼻に強烈な臭いが突き刺さる。
「くさ!!」
思わず叫んでしまうほどだった。
その臭いはビュヴールから発せられたものだ。ただ、汗臭いや泥臭いといった臭さではない。
この匂いは、そう、酒臭いだ。それも完全なビール臭だ。
よく見るとビュヴールの横にはビールが満帆に入った大樽が置かれている。
きっとビュヴールが協会に持ち込んだのだろう。
「まさか、協会で酒盛りしてたのか? …さすがに罰当たりすぎだろ!?」
僕に指摘されたビュヴールは、涙声でそれを否定する。
「協会で酒盛りなんてしないよ… グスッ。 ただ、あたしは女神様に
ビュヴールは嗚咽しながら言葉を紡ぐ。
「…そうなんだ。ところで、ビュヴールは何を懺悔していたんだ?」
「あたしは、今までお酒を飲んでしまった。何度も、何度も、何度もだ。そして今日の守護竜との戦いでさえ、あたしはお酒を飲んでしまった… グスッ」
「ふんふん、それで?」
「お酒を飲むことはとても罪深いことなんだ。だから、あたしはこの罪を償おうとした。けれど、あたしにはこの重たすぎる罪の償い方がわからないんだ… ヒック」
「そんなに気にすることか?」
どうやらビュヴ―ルはお酒を飲むことを罪だと認識しているようだ。
僕はこの世界の宗教観なんてさっぱりわからないので、ふーんそうなんだ…としか思わない。
「あたしは、一体どうすればいいんだろう… エッグ。わからない、わからないから、とりあえずお酒を飲んで忘れることにしよう」
「ふむふむ、…うん?」
…こいつ今なんて言った!?
僕がビュヴ―ルの言葉に違和感を持った時には、既にビュヴールは大樽を持って口にビールを流し込んでいた。
口に入りきらずにこぼれたビールが協会のカーペットにドバドバと飛び散っていく。
ビュヴールは大樽の半分くらいの量を一気に飲み干すと、「ういー」と満足げに声を漏らして、口元を手でぬぐった。
「あれえ~? どうしたのデキスギくん? 随分と辛気臭い顔をしてるじゃない~」
「……ええええ」
ビュヴ―ルは先ほどまでの泣き顔が嘘のようにケロッとしている。
そのあまりの豹変ぶりに僕は戸惑いながら声を漏らすことしかできなかった。
「辛気臭い顔と言えば、女神様もいつも辛気臭い顔をしているよねえ~?」
ビュヴールはそう言うと、大樽を持ったまま女神像に絡みだす。
「女神様もさ、一緒に飲もうよお~。 そうだぁ! そうすればあたしの罪だってきっとお酒に流してくれるはずだよねえ~!!」
ビュヴールは女神像に向かって、大樽の中身を一気にぶちまけた。
バッシャー!!と大きな音を立て、女神像は全身にビールを浴びせられる。
先ほどまで神秘的な空気をまとっていた協会は一変してビール臭くなる。
辛気臭い顔をした女神像の顔からは、ポタポタとビールの雫が垂れ落ちていた。
「…ば、罰当たりすぎるだろ!!!!」
僕は思わず叫ぶ。
どうやらビュヴールは、お酒を飲むことを罪だと認識し、その罪から逃れるためにお酒を飲み続けているらしい。
要するにクズな大人だ!
「ところでデキスギくん。あたしに何か用があったんだよねえ~?」
ビュヴールは先ほどまでの泣き顔が嘘のように明るい表情をしており、口から、肌から、否全身からビール臭を漂わせて僕に近づいてくる。
"良い女が台無しだぜ…"大会があれば、今のビュヴールは間違いなくこの世界の代表選手に選ばれるだろう。
「ねえ、デキスギくん?」
ビュヴールは少し腰を曲げて僕の顔を覗いてくる。
自然と、ビュヴールのはだけた胸元に目線が吸い込まれた。
もう正直に言おう。この協会に来るまで僕は、美人でナイスバディなビュヴールと旅をしたいと思っていたのだ。
けれど、けれども…。
今の僕の脳内ではビーッビーッという警告音が流れている。
この音は、ヴァニテューというとんでもない奴を仲間にしてしまった僕の経験が、ビュヴールを仲間にすることに対して警告しているのだ。
迷う僕の脳にビール臭が直接訴えかけてくる。
普通、アルコールの匂いは人から正常な判断能力を奪うのだが、僕は返って冷静さを取り戻せた。
「ぼ…、僕とヴァニテューは明日旅にでるから、別れの挨拶だけでもしようかと思って…」
「そっかあ~、デキスギくんは礼儀正しいねえ。あたしと一緒だあ!」
「ははは、そうだな…」
僕はビュヴールから視線を逸らして答える。
逸らした先にはビールの滴る女神像が映っていた。
礼儀って何だっけ?
僕はビュヴ―ルを仲間に誘うことを諦めた。正直かなり苦渋の決断だった。
これでまた僕はヴァニテューと男二人旅を続けることになってしまったのだ。
けれど仕方がない。ビュヴ―ルを仲間にすると三人のうち二人が酒好きのパーティになってしまうのだ。
控えめに言っても地獄だ。
僕は頭を切り替えて別の作戦に移る。
ビュヴ―ルを仲間にしない代わりに、彼女には別の役割を果たしてもらおう。
「そうだ。確かカルムがビュヴールのことを探していたぞ。ビュヴールを仲間に誘いたいんだって」
「え~? そうなのお~?」
「ああ。カルムは宿をとっているみたいだから、その部屋の前で待っててほしいって伝言を頼まれていたんだ」
僕はカルムから頼まれた伝言をビュヴールに伝えた。
――が、この伝言は嘘だ。
僕は伝言など頼まれていないし、カルムがビュヴールのことを仲間にしたがっているかなど知らん。
僕がなぜこんな嘘をついたのか。それは、
僕とカルムはたった一つのストーリーを奪い合っているのだ。
であれば、カルムの足止めをするのは実に有効な作戦だろ?
僕はできるだけ誠実そうな顔をして続ける。
「カルムは明日の夕方くらいまで宿に泊まる予定らしいぞ。だから、二日酔いになるまで飲んでいても大丈夫だって言ってたぞ」
もちろんそんなことは言っていない。
だが、こう言っておけばビュヴールは歩けなくなるまでお酒を飲むだろう。
そうなれば、カルムは酔っ払って歩けないビュヴールのために冒険の出発を遅れさせるはずだ。
さすがは僕、完璧な計画だ。
「わかったあ~。カルムの部屋の前でお酒飲みながら待ってるねえ~」
ビュヴールは空になった樽を担いで、千鳥足で教会を後にした。
「フフフフ! チョロいなビュヴール!」
僕はその後ろ姿を眺めながらにやけるのだった。
カルムとビュヴールは明日の夕方ごろまでは冒険に出られないだろう。
その隙に、僕たちは次の街へ冒険を進める。
次は確か『港湾都市ムエット』とかいう街だ。配信動画で見たから間違いない。
日が昇った早朝にでも冒険に出よう。
そうすれば、きっとカルムは僕に追いつけなくなる。
さすがは僕、天才だ!