M-ΛTCH――アルファ・インスタンス   作:P-PEN

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黒太陽の残滓

 

 旧湾岸線・廃倉庫街 23:58

 

 呪具の残響が霧散し、貨物ヤードはようやく“夜”へと戻った。鈴木佐藤が倒れたまま微動だにしない。その横で、鼎は静かに絶九嬰を巻き戻し、変身を解く。輝いていたリミッター内部の黒太陽は、既に解放されている二つだけを残し、ゆっくりと灯りを落としていく。アリサはその様子を、言葉もなく見ていた。

 

 (……あれほどの技量を持ちながら、油断も驕りも無い。けれど、壊れそうなほど繊細な光――)

 

 竜眼に映る鼎のシルエットは、変身を解除したとしても人の枠に収まらない怪物であり、そして間違いようもなく人のように見えた。自らの輝きで運命と向き合おうとする力強さを感じる。

 

 無意識のうちに、胸の奥で何かが疼く。

 渇望。

 羨望。

 所有欲。

 それを本人は自覚していない。

 

 ただ――目を離すことができなかった。

 

 「……ねえ、鼎。さっきの私と合わせた技、名前は?」

 

 最後の祓魔術については答える気はなかったが、アリサが聞いてきたのは鼎が飛び込み技として使用したものだった。少し考えて問題がないと判断。

 

 「……天影墜鴉(てんえいついが)。熊野鴉神流には無い技よ」

 

 「なるほど。“あなた”らしいですわね。冷たくて、美しくて……そして、容赦がない」

 

 竜が、興味深い宝物を見つけたときの声音だった。密やかに警戒を続けていた鼎は気づく。アリサの視線が、戦友を見るものではないことに。

 

 「ねぇ、その視線。少々不健全じゃないかしら?」

 

 「そうでしょうか?」

 

 アリサは無邪気に答えるが――その尾がゆっくりと左右に揺れ、捕食者が“獲物との距離”を測るときの動きだった。

 

 竜は孤独だ。社会から弾き出され、多くの物を諦めた。自分の力と存在を理解できる者は、どこにもいない。半界異組織アヴァンリベルテに身をおいてさえ、本当の意味で分かり合える相手は出会えなかった――理由は分かっている。自分は私は竜(さいきょう)であるのに、人の輝きもまた捨てられないからだ。自らを構成するものは竜と人なのだから当然なのかもしれない。アリサは仲間を護る――だが、アリサを護ってくれる仲間は居ない。

 

 (……なのに。鼎は、きっと私の全力を見ても怯えないのでしょうね。嫌悪もしない。ただ分析し、そういうものだと受け止める)

 

 その“対等性”が、アリサの心を無意識に震わせていた。

 

 (――あの最後に放った祓魔術。(さいきょう)ですら知らない力を持つ存在。そんな存在が、目の前にいる)

 

 手に入れたい。

 一緒に歩かせたい。

 理解し合える“可能性”すらあるかもしれない。

 

 単なる仲間ではなく――

 竜の宝に等しい。

 

 だがアリサ自身は、その感情の名をまだ知らない。

 

 空気は湿り、雨の残滓が鉄と油の匂いを運んでいる。だが二人の間に流れる緊張はその湿度すら蒸発させるほどだった。先に沈黙を破ったのは、アリサ。

 

 「……鼎。さっきから聞こうと思っていたのですけれど」

 

 「何?」

 

 竜眼が、夜の闇を押しのけるように光る。その光は――鼎の眼、黒太陽の中心まで、まっすぐに焦点を合わせていた。

 

 「貴女。アヴァンリベルテに来ませんこと?」

 

 鼎は驚かなかった。アリサは鼎を知らないだろうが、勤勉な鼎は最近日本に渡ってきた呪詛犯罪組織の名前や、その主な幹部の名前のリストを頭に叩き込んでいたため“アリサ・ドラクル”が何者か、どういう立場の者なのかと言う事は既に把握していたのだ。であれば、勧誘を受けるのは予想の範囲内だった。

 

 「随分急な話ね」

 

 「ええ。急ですわ」

 

 アリサは微笑む。

 

 「でも、貴女を見て確信しました。貴方は“人中の竜”、社会に収まる器ではない。貴女は――私たちと同じ側に立つべきです」

 

 その声音は滑らかだが、熱があった。アリサ自身も気づいていない“渇望”。竜が同格以上の存在を見つけたときに起きる、本能的な求心。

 

 「あなたの黒太陽。あれは国家の枠で運用されるべきものではありませんわ。境対?秩序?そんな小さなもののために使う器ではない」

 

 「……私を境界対策課の神祇官だと知った上でその言葉、もしかして私は馬鹿にされてるのかしら?」

 

 「事実ですわ」

 

 アリサは一歩鼎へ近づく。距離が近すぎる。竜の体温が触れるほど。鼎は単純にアリサの制空圏から逃れるために、近づかれた分の距離を空けたが、アリサは気にしなかった。鼎の眼に恐れが微塵も浮かばなかったからだ。

 

 「私の仲間になりなさい、鼎。私が保証しますわ。貴女は如何なる宝石より、黄金の山より価値がある。才能。器。恐ろしいまでの潜在能力――それを放置しておくのは罪です」

 

 まるで告白のようだ。いや、本人は自覚していないだけでこれはほとんど“求婚”に近く、もしアリサがまともな竜同士のやり取りを知っていたら、もう少し違うアプローチを試みただろう。ともあれ、鼎はそれらを知りながらも相手の様子から意図を誤解せず冷静さを保ち、代わりにほんの少しだけ眉を動かした。

 

 「……残念だけど」

 

 声は静かで、冷たく正しい。

 

 「お断りよ」

 

 アリサは瞬きをした。単純に“拒絶される”という未来を想定していなかったからだ。もし彼女を知るものがこの場に居たら、対話を拒絶したと襲い掛かられてもおかしくない程きっぱりとした鼎の拒絶に顔を青くしただろう。しかし、アリサは鼻白みながらも言葉を重ねた。

 

 「……理由は?」

 

 「もったいぶるほどのものではないわ」

 

 鼎はアリサの胸元で揺れる竜角を見つめる。

 

 「私は祓魔師よ。私が人間を護るという使命を背負うと決めたの」

 

 蒼い四葩にかけて、それが揺らぐことなどありえない。

 

「あなた方の理念がどういう物で、貴方がどういう派閥に属しているのかも知っているけれど――どれほど魅力的に聞こえようと、私は私の運命から逃げだりたりしない」

 

 アリサの顔から、表情がゆっくりと消えた。獲物に逃げられたときのような、沈痛な、しかし静かな反応。

 

 「……そう。なら、少し強引に――」

 

 その瞬間。アリサの背筋で、竜の闘気が立ち昇った。力づくで連れていく。そうする選択肢を、迷いなく選びかけていた。竜にしてみれば“自然な行動”だった。欲しいものは掴む。それだけ。だが――鼎はもう動いていた。白さを取り戻した重装狩衣の裾から金属音と共に、何かが転がり落ちる。

 

 「――AM10、起爆」

 

 閃光。

 雷鳴。

 高純度の加護が爆発的に空間を満たす。

 

 アリサの視界が、白で染め上げられた。

 

 「――ッ!?」

 

 竜の身体は強靭だが“加護密度の偏差”には構造的な弱点がある。アリサはその一瞬、竜としての感覚を奪われた。視界が乱れ、尾が軋み、膝が震える。

 

 「鼎ッ……!」

 

 しかしそれは一瞬の間、視界から消えた鼎の移動する距離は高が知れている――本気のアリサの機動から逃げるのは、変身していない今は難しいはずだ。その痕跡を見つけアリサが追う――はずだった。

 

 が。

 

 嗅覚に従って痕跡を追って辿り着いた水路の濁った汚水を見た瞬間、足が止まった。竜は清浄を好む。不浄の水の中へ飛び込むのは、本能的に忌避が走る。アリサは歯を噛みしめ、拳を握った。しかし、一歩だけ前に出た足が動かない。

 

 「……こんな……汚水ごときで……!」

 

 止められなかった。気配の残滓はすでに下水の闇へ消え去り、残るのは冷い風だけだ。アリサはその場で立ち尽くす。

 

 呼吸が荒い。

 胸が熱い。

 悔しさと――別の“痛み”が胸の奥を刺す。

 

 アリサ自身が気づいていない感情。それは憧れとも、嫉妬とも、恋情とも違う。もっと原始的な、竜が唯一の理解者に向ける“所有の渇望”だ。

 

夜風を裂くように、アリサが呟いた。

 

 「鼎……次は逃がしませんわ」

 

 取り出したスマートフォンに映る《M-ΛTCH》のアプリを睨みながら、アリサは少しだけ機嫌を直した。境界対策課が調査を続ける意思を持つ限り、まだ自分たちの“縁”は断たれてはいないのだから。

 

 

 

>MATCH FOUND “黒星オーバーフォールド”

 

 

 

 

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