百合厨のあたしのいる吹部は百合の花が咲く【完結】   作:合間理保

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百合を見たい
ならば自分で作るしかない
そういう物語


第1話

「古戸さん。私、あなたと仲良くなりたいのだけれど」

 

 そう言って、大江先輩は細いフレームのメガネの位置を直した。

 夕方の日が差し込む、誰もいない校舎の片隅でのことだった。

 

 

 あたし、古戸みなとは百合厨だ。

 

 オタクの友人には公言しているけど、所属している吹奏楽部の仲間には言っていない。

 吹部の部員にもマンガやアニメが好きなオタクであることは知られているけども、百合が好きだとは知られていないはずだ。

 そもそも、「百合ってなに?」と首をかしげる子のほうが多いだろう。

 

 オタクに理解のある女子高生というのは稀だ。

 

 そんなあたしが、吹部にいるのには二つの理由がある。

 

 ひとつは、昔からやっているフルートがそれなりに好きだから。

 それなりにというのは、コンクールを狙っている一部の部員ほどの熱意は持ち合わせていないからだ。

 

 もうひとつは、吹部には女子が多いから。

 女子が多いということは、それだけ多くの百合を観測できるということだ。

 恋愛、友愛、嫌悪。女から女へ向かう矢印があれば、あたしはそれを百合だと思える。

 吹部ほど大きな女所帯ともなれば、その人間関係は様々だ。そこには溢れんばかりの百合が咲き乱れるに違いない。

 

 そんな純粋無垢な動機があって、あたしは吹部に入ったわけだ。

 

 あたしとしては色々な百合の花を愛でたいと思っていたので、誰と特別に近づくわけでもなく、誰と険悪になるわけでもない、ふわふわとした立ち位置を確保した。

「古戸さん? 私は特別詳しいわけじゃないけど、悪い人じゃないよ」と言われる位置だ。

 

 決して浮いているわけではない。決して。

 

 そんなあたしに言われたのが先ほどの言葉だ。

 

「古戸さん。私、あなたと仲良くなりたいのだけれど」

 

「ええと、大江先輩。どうしたんですか? 急に」

 

「そのままよ。私、古戸さんとあんまり話したことないなって」

 

「そうですか?」

 

「そうよ。あなた、誰のグループとも距離を置いているじゃない」

 

 そう言った大江先輩は、仲の良い人たちをまとめる三年生で、言ってしまえば、いくつかある大派閥のうちのひとつのリーダーだった。

 そんな大江派閥のトップ直々にそんなことを言われて、あたしは少し戸惑った。

 

 そんなあたしを見て、大江先輩は薄く笑う。

 

「別に人付き合いに興味が無くて、楽器ができれば良いってタイプでもないでしょう? それとも私たちみたいに特定の子とだけ仲良くするのは嫌い?」

 

 かすかに首をかしげる大江先輩は、人畜無害な落ち着いた態度だ。頼りにするのにふさわしい、優しい先輩といった雰囲気がうかがえる。

 

「そういうわけじゃ……。あたしはただ、だれかと特別に険悪な感じになるのは嫌だなって……」

 

 そう。彼女は大江派閥そのものだ。

 派閥を作っているということは、それに近しい派閥もあれば、険悪な派閥もあるわけで、大江先輩と仲良くなれば、彼女と距離のある人たちの百合を観測できなくなってしまう。

 

 それが嫌なのだが、なんと言えばいいのか。

 

 大江先輩が、ふぅんと息を吐いた。

 

「そっか。ねえ、古戸さん。ところでユリチュウってなに?」

 

「うぇ!?」

 

 思わず変な声が出た。

 彼女からそんな言葉を聞くとは思ってもみなかった。あたしはワタワタと手を動かす。

 

「どこでそんな言葉を……!?」

 

「いや、前に古戸さんが自分はユリチュウだって言ってたのを小耳に挟んで……。気になってたの。それで声をかけたのよ」

 

 きっとオタク友達とバカ話をしていた時だろう。その時に声が大きくなりすぎていたに違いない。

 うぅ、あぇ、としばらくうめき、

 

「女の子同士が仲良くしているのが好きな人といいますか……」

 

 と目を逸らしながら声を漏らした。

 

 大江先輩は形のいいアゴに指先を当て、しばらく考えこむ。それから急にあたしの手を取った。一歩近づき距離を詰められる。胸の前で握った手がわずかに撫でられた。メガネの奥の理知的な瞳が、キラキラと輝いていた気がした。

 

「こういう距離が近いのが好きってこと? それなら、私もっと古戸さんのことが知りたいわ」

 

「あわっ、えっと! あたしは違うといいますか、他の女の子同士が仲良くしているのを見ているのが好きと言いますか……!」

 

 近づいた大江先輩の顔に慌てて、まばたきを繰り返しながら弁明する。すると彼女は手を離して半歩離れてくれた。

 ほう、とかすかに息をつく。

 

「そっか。それじゃあ……」

 

 と大江先輩は辺りを見渡して、近づいてくる女の子を呼び寄せた。

 あれは確か同じ学年のクラリネットの子だったはずだ。彼女はこちらに気付いたようだ。

 

「大江先輩。どうしたんですか?」

 

 言いながら、その子はとてとてと近づいてきた。

 彼女は茶色がかったボブより長いくらいの髪をひとつに結わえている。その尻尾が歩くのに合わせて揺れた。

 

 小型犬のようなくりくりとした目で大江先輩を見やる。

 

「ちょっとね。ほらこっち来て」

 

 大江先輩は彼女を手で呼ぶ。頭に疑問符を浮かべながら素直に近寄った彼女を、大江先輩は横からぎゅうと抱きしめた。

 

「ひゃっ」

 

「うぇ!?」

 

 彼女の可愛らしい声と、あたしの声が重なる。

 急に抱きしめられ、ほおを染める彼女の顔をちらりと見た大江先輩はそれからこちらを見た。

 

「こういうのが好きってことね。どう?」

 

「う、え、えーと……あの」

 

 言葉に詰まるが、あたしは興奮を隠しきれなかった。鼻が大きくなる。

 

(クール系先輩と可愛い系後輩の百合! しかも後輩側はよく分かってない! けどなんかまんざらでもなさそう! 嬉しいけど急になんで!? どういうこと!?)

 

 口をパクパクと動かし、返事をできずにいる私を見て、それでも興奮していることは伝わったのだろう、大江先輩は口元を緩めた。

 

「私と仲良くなればこういうのいっぱい見れるわよ」

 

 考えておいてね、と言いおいて彼女は去っていった。去り際にクラリネットの子にありがと、と礼を言う。

 

 あまりの展開についていけず、半ば呆然と彼女を見送った。

 

 大江先輩が見えなくなってしばらくすると、クラリネットの子が声をかけてきた。

 

「な、なに? どういうことなの? 古戸ちゃん」

 

 困惑げに眉を下げた顔をこちらに向ける。

 考えてみればそれもそうだろう、彼女からしてみたら急に呼ばれて、抱きつかれて、何も説明されず消え去られたわけだから。

 

 ええと、確か彼女はクラリネットの、

 

「いや、倉木さん。実はあたしもよく分かってな……」

 

「ちゃん」

 

 と、言葉を遮られた。え、と首をかしげる。

 

「倉木ちゃん、がいいな。そっちの方が可愛いでしょ」

 

「うぇ? いや、でも……」

 

 ちゃん呼びするほど近しい間柄でもないけど、と思って戸惑ってしまった。そんなあたしを見て、彼女は人差し指を立てた。

 

「わたしは同学年にはみんなちゃんだよ。だから古戸ちゃんもわたしのことはちゃん付けで呼んで」

 

 分かった? とやや下から覗き込まれる。あたしはこくりと頷いた。

 

「ええと、うん。分かった。倉木ちゃん」

 

 それでよろしいとばかりに彼女は笑う。それで説明してほしいな、と続きを促された。

 

「と言ってもホントによく……。大江先輩から急に仲良くなりたいって言われて……」

 

「はぁ!? 大江先輩から?」

 

 言って、彼女は思わずといった風に口元を押さえた。けれど、そのあまり品の無い驚きの声はしっかり聞こえていて、あたしは思った。

 

 この子可愛い顔して意外と口が悪いかも。

 

 彼女は咳払いをして、調子を取り戻した。

 

「そんな……ずるいよ! 古戸ちゃん! わたしだって大江先輩ともっと仲良くなりたいのに」

 

「え? でも確か倉木ちゃんも大江先輩の仲良しグループでしょ?」

 

「わたしはまだグループのひとりってだけ! もっと仲良くなりたいの」

 

「ふぁ」

 

 にやけた声が漏れた。

 

 そっか、倉木ちゃんはただの派閥の一員じゃ嫌なんだ。大江先輩の特別になりたいんだ。

 

(百合じゃん!)

 

 鼻息を荒く、あたしは目を瞬かせた。

 こちらが興奮している事に気付かないまま、倉木ちゃんがあたしを可愛らしく睨みつけた。

 

「わたしはなんとか距離を詰めようと頑張ってるのに、あんたはなんか気に入られたってこと? そんなのズルじゃん」

 

 ほおを膨らます彼女は、やはり愛らしく、こんな子が自分の近くにいれば、大江先輩も可愛がるだろうと思うのだが、なかなかそうもいかないらしい。

 とにかく、あたしとしても、大江先輩に声をかけられる心当たりがまったくないのだ。

 

「ズルって言われても……。何も目立ったことしてないし、なにが引っかかったのか……」

 

 うぅん、とうなっていた倉木ちゃんが、ぱんと手を打った。

 

「それじゃあ、わたしが聞いてくる!」

 

「うぇ!?」

 

「大江先輩と話すきっかけにもなるし、古戸ちゃんの気に入った部分が分かったら、わたしも参考にして好かれるかもしれないし!」

 

 うんうんとひとりで納得する彼女に、あたしは待ってほしいと手を伸ばしかけた。手は中途半端な所で宙をさまよう。

 

「ええ……。なんか探りを入れさせてるようで、なんかなあ」

 

「いいのいいの! わたしが気になるんだから」

 

 そこで、笑みを浮かべた彼女が、一転してじとりとした目でこちらを見た。

 

「けど、えっと……。古戸ちゃんは大江先輩のこと好きってわけではないんだよね?」

 

「え、いや! 違うよ!」

 

 手を胸の前でブンブンと振る。

 その慌てた様子を見て、彼女は胸を撫で下ろした。

 

「それならいいの。古戸ちゃん! 大江先輩のこと盗っちゃダメだからね!」

 

 いや別に盗るもなにも、と思ったが黙ってこくりとうなずいた。

 

 それじゃあ探してくるね、と倉木ちゃんは歩いていった。いちおう小さく手を振って見送る。

 見えなくなった所で細く長い息を吐いた。

 

 ええと、だ。

 倉木ちゃんは大江先輩のことが好きで、グループのひとりになった。

 でも、大江先輩は倉木ちゃんのことをなんとも思っていないらしい。その上、なぜかあたしに興味を示している。

 倉木ちゃんはそのことを、まあ、よくは思っていないだろう。

 

 なるほど、つまり。

 

「なんか百合に巻き込まれた」

 

 あたしの声は宙に消えていった。




古戸
主人公、百合厨、フルート担当
女が二人いれば百合を生み出す能力を持つ
なんならいなくても生み出す
そんな人
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