百合厨のあたしのいる吹部は百合の花が咲く【完結】   作:合間理保

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第2話

 校舎の最上階、誰も来ないような行き止まりのような所で、大江先輩をやっと見つけた。わたしは彼女に駆け寄った。

 あちらがわたしに気づく。誰から見ても可愛らしい笑みを浮かべて近づいた。

 

「倉木さん、どうしたの?」

 

「どうしたの、じゃないですよぅ! 急に抱きついて、急に居なくなるんですからびっくりしました!」

 

「あら、それはごめんなさいね」

 

 大江先輩が口元に手を当てて笑う。ちっとも悪いと思ってなさそうだったが、わたしも嫌なわけではなかったから、にこにこと笑って返す。

 

「それで、何があったんです? 古戸ちゃんと」

 

「なにもないわよ?」

 

「何もなくわたしは抱きつかれたわけですか? そんなことないでしょう」

 

「あら、手厳しいわね」

 

 大江先輩が笑い声を漏らす。それから、こちらの瞳をじっと見返してきた。メガネの奥の瞳がわたしの中の何かを見定めようとしている。そう感じた。

 

「私はね、古戸さんとも仲良くなりたいの」

 

「あの子をグループに入れたいってことですか?」

 

 そうよ、と彼女は首肯する。やはり、どうも古戸ちゃんは気に入られているらしい。そのことにちょっとムッとした。

 

「なんでですか? あの子そんなに目立つタイプでもないじゃないですか」

 

「だからよ」

 

 短い答えに、え、と返す。

 

「古戸さんはいろんなグループから距離を取ってる。そしてそれを周りも受け入れている。宙ぶらりんの状態を良しとされている。ハブられてるわけでもないしね。だから彼女はまだ誰のものでもない。それを……」

 

 そこで、大江先輩は目を笑わせた。

 

「それを、私のものにしたいじゃない?」

 

 その笑みに、背筋を寒いものが走った。

 この先輩にそんな独占欲じみたものがあったとは知らなかった。ごくり、と喉を鳴らす。

 

「大江先輩は、古戸ちゃんが好きなんですか?」

 

 声の震えは隠せているだろうか。ぽつりと問いかけた。

 

「まさか! 彼女はグループに入れてみたいだけよ。ただの好奇心。人の手が伸ばされてないものは手に入れてみたいでしょう?」

 

 ねえ倉木さん、と彼女は一歩こちらに寄ってきた。細い指でわたしのほおを撫でる。その感触にほおが緩んだ。

 

「倉木さん。私に協力してくれる? 古戸さんは女の子の距離が近いのが好きみたい。古戸さんの前で、あなたはいつも通りに振る舞ってくれればいい。あなたが良ければ、だけど」

 

 それできっと彼女は私たちのグループに入ってくれるわ、と大江先輩が笑う。

 大江先輩がわたしの手を取り、指を絡ませる。

 

「倉木さん、あなたにも得があるわ。みんなに得がある。だから私に協力してちょうだい」

 

 わたしの耳元に口を寄せ、あなたが良ければ、と彼女はくり返す。

 その蠱惑的な誘いに、わたしに首を縦に振る以外の選択肢はなかった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 倉木ちゃんを見送ったはいいものの、あたしはどうすればよいのだろう。ここでずっと待っていればいいのだろうか。

 日は落ちつつある。そのうち下校時間になるだろう。

 彼女が去る前に、また次の日に会おうとでも言えば良かった。

 

 しまったなあ。待ちぼうけだ。と思い悩んでいると、倉木ちゃんがこちらに戻ってきた。

 

 手を振って近づいてくるので、あたしも控えめに手を振りかえした。

 どうやら、言っていたとおり大江先輩と話をしてきたらしい。

 

「ええと、それで、大江先輩はなんだって?」

 

 聞けば、彼女は眉を寄せた。

 

「やっぱズルだよ、古戸ちゃん! 何もしないのに気に入られて!」

 

「えぇ……?」

 

 まったく、とぷりぷりと怒る倉木ちゃんは腰に手を当てた。

 

「あたしの何が気に入ったって? 結局なんにも全然分かってないんだけど」

 

「そんな風にぼけっとしているところじゃない?」

 

「うぇ……」

 

 本当だろうか、いや絶対に適当を言っている。でも、それを聞いたところではぐらかされそうだ。別に彼女と大江先輩のやり取りを根掘り葉掘り聞くつもりもないけど。

 

「まあいいよ。わたしも古戸ちゃんきっかけで大江先輩と仲良くなれそうだし」

 

 聞き捨てならない言葉に、眉がぴくりと動いた。

 

「仲良く? 何があったの?」

 

 二人の百合が何かあったか、という好奇心を抑えきれずに聞けば、彼女は目を宙に漂わせた。

 

「ええと、まあ、うん。気にしないで。古戸ちゃんはそのままでいればいいから」

 

 ごにょごにょと妙に歯切れが悪くなる彼女に、首をかしげる。

 

 うぅん、何もわからない。なんだろうか。

 

 

『あら、倉木さん。抱きつかれた理由が知りたいだなんて、そんなの私があなたを好きだからに決まってるじゃない』

 

『うれしいです! 大江先輩……!』

 

『もう、可愛らしい子ね』

 

 

 (みたいなやり取りがあったとか!?)

 

 想像に鼻息が荒くなる。

 やっぱ百合って最高だ。

 

「それでね、古戸ちゃん」

 

 そんな妄想をしていたら、倉木ちゃんの顔が目の前にあった。

 しまった、意識がどこか遠くへ行っていた。

 

「えっと、ごめん。なんだっけ?」

 

「はあ……。だからね」

 

 息をつき、彼女は指をあたしの方に向けた。眉根をひそめた顔をしていた。

 

「わたしはあんたが気に食わないの」

 

 え、と体が固まった。

 

「大江先輩に気にかけられてずるいと思っちゃう。でも、まあ、それはいいよ」

 

 そこで言葉を切り、彼女は胸の前で手を握った。

 

「わたしとも仲良くしようよ、古戸ちゃん」

 

「え? 今、あたしのこと嫌いだって……」

 

「でも、今は大江先輩の目は古戸ちゃんに向いているの。そこに、わたしはあんたの隣で仲良くするのよ。そして大江先輩の目をわたしに向けさせるの。『倉木さんって可愛いな』って大江先輩に思ってもらう」

 

 大江先輩の目を古戸ちゃんから奪ってやる、と彼女は意気込んだ。

 

「古戸ちゃんを追っている大江先輩に、わたしを見てもらうの。そのためには古戸ちゃんの隣にいるのが一番いい」

 

 ふふん、と倉木ちゃんは鼻を鳴らした。それから人好きのする甘い笑みを顔いっぱいに浮かべる。

 

「だから、これからよろしくね! 古戸ちゃん!」

 

 じゃあまた明日、と言いおいて彼女は去っていった。

 その時には、さっきまでの挑戦的な雰囲気は鳴りを潜めていた。去り際の笑っていた彼女は、誰から見ても無垢な可愛らしい女の子だろう。

 その変わりように少しばかり驚いた。

 

 いや、正直に言おう。若干ビビった。

 

(ただの可愛らしい子じゃなかったんだなあ)

 

 でも、だ。

 

 それならこっちも倉木ちゃんと大江先輩の百合を間近で見れるってことだ。うれしい。

 

 あの無垢な顔をして意外とトゲのある倉木ちゃんが、クールな大江先輩を笑顔で落とすのか。

 それとも、大江先輩が倉木ちゃんのトゲを見抜き、そしてそれごと好きになっていくのか。

 

(他にもまだまだいろんな展開がありそうだなあ)

 

 まだ見ぬ二人の百合に思いを馳せ、あたしはルンルンで帰路についた。




大江先輩
3年、大派閥の中心人物、オーボエ担当
古戸に興味を示している優秀な上級生
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