百合厨のあたしのいる吹部は百合の花が咲く【完結】 作:合間理保
「あれ……?」
あたしの漏らした声に、倉木ちゃんが返事をした。
「どうしたの? 古戸ちゃん」
「いや、ペンケースがどっか行っちゃって」
困ったなあ、もうすぐ下校時刻なのに、とつぶやく。
夕方の音楽室には、あたしたち以外にも何人かの生徒が残っていた。
しょうがないなあ、と腰に手を当て、倉木ちゃんが一緒に部屋を探してくれる。すると、周りの人も何かあったのかと感じて声をかけてくれた。
「ふたりともどうしたの?」
「古戸ちゃんのペンケースが見当たらないみたいで」
「そうなの? それじゃ、私も探してみるわ」
そう言ったのは二年の先輩だ。他の残っていた部員も協力すると言ってくる。さすがに大ごとになりすぎだと思って手をワタワタと振った。
「いや、そんな。悪いですよ。皆さん先に帰られてください」
「下校時刻までダラダラしたかっただけだから全然いいよ。もうちょっとで下校時刻のチャイムなるでしょ? それまでの暇つぶし」
ねー、と他の人に声を掛ける。周りもうなずいた。これ以上固辞するのも逆に失礼だと思って、素直に頭を下げる。
「ありがとうございます。ええと、色とかは……」
手分けしながら探していると、先輩のひとりが、そういえばと切り出した。
「最近倉木ちゃんと古戸さんって仲いいよね」
「あっ、思ったー」
「ええ? そうですかあ?」
同意する部員に、倉木ちゃんが小首をかしげた。あたしも彼女のほうを向く。
「ちっちゃいわんこみたいに『大江先輩!』ってついてってたのが、最近は古戸さんと一緒なこと多いもんね」
「ねー。古戸さんも倉木ちゃんみたいなタイプと絡んでるの意外だったわー」
彼女らの視線がこちらに向く。注目されているようでなんとも据わりが悪い。
倉木ちゃんは笑っているが。その目は鋭くこちらを見ていた。
『余計なことを言うんじゃないぞ』
と、その目で雄弁に語っていた。
周りの部員も近寄ってくる。これはもうペンケース探しはお開きだろう。おしゃべりの時間の始まりだ。
「何かふたりにあったの?」
「なにかと言われても……うぅん」
と悩んでいると、ほかの部員が腕を組んで訳知り顔でうなずく。
「ま、友達なんて大きなきっかけがあってなるもんでもないか」
「いつの間にかなってるものよねえ」
「そうですよう。大したきっかけなんて無いです。……あっでも、古戸ちゃん、こんな感じにぬぼーっとしてるからお世話焼きたくなっちゃって」
「うぇ」
そう言って笑う倉木ちゃんや部員に、あたしは肩を落とした。
「あたし、そんなぼけっとしてます?」
「してなきゃペンケース失くしてないでしょ!」
人差し指であたしを指さす倉木ちゃんに、今度こそ周りが大笑いした。
「まあ、でも、ふわふわしてるというか。そんな感じではあったね」
「誰かと距離を縮めて、グループ間のあれこれに首つっこみたくないのかと思ってた。それが大江さんのグループに近づくなんてね」
鋭い指摘に声を漏らす。実際そんなもんだったので、乾いた笑いでやり過ごした。
こちらを見ている倉木ちゃんと目が合う。あたしたちの仲のきっかけは間違いなくその大江先輩だ。
けれど、
「大江先輩に近づきたいとかそういうわけじゃ……」
あたしの目的は一貫している。百合が見たい。それだけだ。
ふぅん、と先輩がうなずいたところで下校時刻のベルが鳴った。
「やっば、帰らないと。古戸さんごめんね、ペンケース見つけられなくて」
「いえ、大丈夫です。明日になったらなんか出てくるかもしれませんし」
慌てて支度をして帰っていった部員を見送る。倉木ちゃんが少し時間がかかっていたので、あたしは彼女を待った。
用意ができたようなので、ふたりで音楽室を出る。
「結局見つからなかったね」
「ごめんね倉木ちゃん。付き合わせちゃって」
「いーのいーの。でも音楽室には無さそうだったね。ほかの場所なんじゃない?」
言われ、確かにそうかもしれないと気づく。
「他って言うと……。あっ、最後の授業、クラスとは別の教室だったからそこかも」
「ほんと? じゃあ帰る前にそこ行ってみよ!」
まだ付き合ってくれるという彼女を引き連れ、教室へ向かった。
その教室は普段は空き教室で、さらに下校時刻ともなれば、閉まりきっていて誰もいないはずだ。
そんな思いとは違い、教室のドアは少しばかりすき間があった。そこからわずかに物音が聞こえてくる。
誰かいるのだろうかと倉木ちゃんと顔を見合わせた。
そっとふたりですき間から中を覗く。
中を見て、倉木ちゃんが慌てて口を押さえた。
中では、残っていたふたりの女子生徒が、顔を寄せあい、唇を合わせていた。しかも、その、
(うぇっ!? なんっ!? えっ、えぇっ!?)
あまりの光景に驚きすぎて声も出てこない。
彼女らはこちらに気づく様子もなくキスを続けている。
開かれた口から覗く鮮やかな舌が、溶けるように絡みあう。その口から漏れてくる吐息が耳元から聞こえる気がした。
抱き合っていたふたりの手が互いの制服の上を滑る。スカートの上だ。
(な、なんか、まさぐってない!? うわ、うわぁ……!)
興奮に鼻が大きくなる。倉木ちゃんのほうを見た。
「倉木ちゃん、凄いところに出くわしちゃったね」
小声で彼女に話しかけると、倉木ちゃんはゆっくりとこちらを向いた。
照れているのか、その頬は真っ赤に染まり上がり、半開きの口から吐息が漏れてくる。
「古戸ちゃん」
彼女はあたしの袖をつまんで一歩近づいてきた。
その様子に違和感を覚える前に、彼女はゆっくりと顔を寄せてくる。
「古戸ちゃん……」
そのとろんとした瞳を見て、あたしはハッとした。
(なんか、倉木ちゃん、
熱に浮かされたような表情は、とても平静な様子に思えない。
彼女は袖をつまむ手に力を入れ顔を近づける。その瑞々しい唇に思わず目がいき、体がこわばった。
「古戸ちゃん」
と、三度呟かれるあたしの名前を聞いて、まずいという理性がようやく体を動かした。
一歩退くように足を引く。
ガタンと扉に肩をぶつけた。
「誰かいるのっ!?」
教室の中から驚いた声が聞こえてくる。その声に、倉木ちゃんが夢から覚めたように目を見開いた。
あたしは彼女の手を引いた。
「に、逃げるよ……!」
小声で叫び、倉木ちゃんを引き連れてその場を離れる。
昇降口に着いたころには肩で息をしていた。そんな距離があったわけではないが、緊張したせいだろう。
倉木ちゃんもうつむきがちに荒い息を吐いている。
誰にも追いかけられてないことを確認して、大きく息をついた。
「よかった。バレなかったみたいだね」
倉木ちゃんのほうを向けば、彼女は口元に手を当て、あちこちに目をさまよわせていた。
返事がないことを不思議に思い、もう一度呼びかける。
「えっと、倉木ちゃん?」
名前を呼ぶと、彼女はびくりと肩を震わせた。
「えっと、その……。古戸ちゃん、さっきのは、その、違くて……」
さっきの、とは扉の前の浮かされた様子だろう。
教室の中のふたりの雰囲気にのまれて、顔を寄せてきた。言ってしまえば、あたしはキスされそうになった。
さすがにそれが分からないほどではない。
けれど、
「ええと、倉木ちゃん」
言いかけたところで、彼女は弾かれたようにこちらを見て、顔を真っ赤にする。
「違っ、その、あの……ごめん! 古戸ちゃん!」
「えっ! ちょっと!?」
こちらの返事も待たず、倉木ちゃんは駆けていった。
気にしてないよ、と伝えたかったのだが、その前に逃げるように去ってしまった。
本当に気にしてないんだけど……。
「ええと……」
どうしよう、とあたしは首をかしげた。
そろそろ一人称書き間違えそうで怖い