百合厨のあたしのいる吹部は百合の花が咲く【完結】   作:合間理保

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第7話

「私、堀先輩とは幼なじみなの」

 

 千葉さんはそう言った。

 

 どういうことだろうか。あの状況とは関係ないことのように思える。しかし、きっとそれがスタートなのだろう。

 倉木ちゃんが静かにうなずいて続きを促した。

 

「小さい頃からずっとふたりで遊んでて、ずっと一緒だった。二つ歳は違ったけどそんなの関係なかった。家に遊びに行ったりしてね。夜まで一緒に遊んでたんだ。私は堀先輩が大好きだったし、堀先輩も私を大好きだって言ってくれていた」

 

 その告白に、あたしはもうとんでもなく興奮したのだけれど、さすがに涼しい顔を取り繕ってうなずく。

 変な顔になっていても、倉木ちゃんの陰になっててバレはしないだろう。

 

 幼なじみ百合だ。それも歳の差の。大好きだ。

 

 千葉さんがぽつぽつと続ける。

 

「でも、堀先輩が中学生になって、私たちは離ればなれになった。私ね、すごく寂しかった。堀先輩だけ制服で、ひとりだけ大人になったみたいで……。放課後には遊んでたけど、やっぱりなにかが違ったの」

 

 学年が違ければ学校も違う。それは彼女たちにとって大きな分断だったのだろう。

 それでもふたりの縁は切れなかった。あたしはつぶやく。

 

「仲がいいままでいれたんだね」

 

「うん。けど、けど……。二年経って、私も中学生になった。また同じ学校に通えるようになった。また一緒にいられるんだって思った。そう思って、中学校で会いにいった。三年生になった堀先輩のところへ。そうしたら……」

 

 千葉さんは震える手を握りしめる。その横顔は真っ青になっていた。

 

「そうしたら、言われたの。『これからは堀先輩って呼ばないとダメよ。千葉さん』って」

 

「それは……」

 

「それまではずっと名前で呼びあっていたのに、急に千葉さんって言われて、その時私どうしたらいいのか分からなくなって……」

 

 彼女は今にも泣きだしてしまいそうだ。手で目元を覆うように押さえてうつむく。

 

 確かに違和感を持っていた。

 幼なじみにしては彼女らの呼び方は他人行儀だと思ったのだ。

 小学生から中学生になるというのは、あたしたちにとってとても大きな意味を持った。あたしもそうだ。あたしたちは制服に腕を通した瞬間、確かに何かが変わったのだ。

 

 彼女たちの関係もそうなってしまった。

 歳の違う幼なじみという関係から先輩後輩という関係にされてしまった。

 

「私、何かしたのかな? 私が何かしたから、堀先輩は私のことを遠ざけたくなったのかな」

 

「千葉ちゃん……」

 

 倉木ちゃんが千葉さんに寄り添う。

 

「私、堀先輩の言う通りにしたよ。嫌だったけど、先輩って呼んだよ。それでも私のことを嫌いになっちゃったのかな。それで、丹羽さんのほうと一緒にいたくなっちゃったのかな」

 

 彼女は誰にともなくつぶやく。

 

「あんなに誰かを近づけるなんて、私は知らない」

 

 きっと、彼女が震えている根っこの部分はそこなのだろう。

 ずっと一緒にいた幼なじみ、何もかもが同じだと思っていたはずだ。それが中学生になったことでズレが生じ、高校生の今、自分の知らない堀先輩の姿を目の当たりにしてしまった。

 幼なじみに知らない面があった。

 

 それで、彼女は震えているのだ。

 

 けれど、と思う。

 

「古戸ちゃん」

 

 そこで倉木ちゃんがこちらに顔を寄せてささやいた。あたしはこくりとうなずく。彼女が何を言いたいのか、口に出さずとも伝わった。

 

「あたしは堀先輩を探してくる」

 

「お願い。わたしは千葉ちゃんともっと話してるよ」

 

 あたしはベンチから立ち上がって駆け出した。

 

 けれど、とあたしは思ったのだ。

 

 千葉さんは堀先輩と心の距離が離ればなれになってしまったと思っている。けれど、そんなことはないと思えた。

 

 千葉さんはショックでよく見えてなかったのだろう。

 覗かれていたことが彼女にバレたときの堀先輩の愕然とした表情を。

 そして彼女は知らない。あの後、丹羽さんにくっつかれた堀先輩が、それを突き飛ばしたことを。

 

 堀先輩を探しながらあたしは思う。

 ふたりの距離は離れてなんてない。堀先輩だって千葉さんのことを想っている。

 

 あたしは百合が好きだ。周りの部員で百合妄想をするくらい百合厨だ。片思いも悲恋も、ろくでもない関係も大好きだ。

 けれど、

 

(妄想の中じゃないリアルでくらいハッピーエンドでいてほしいじゃん!)

 

 そう思えるくらいのものは持っているつもりだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 屋上へ続く階段で、あたしは堀先輩を見つけた。彼女は階段を椅子にするように座っていた。頭をひざにうずめるようにしている。あたしは隣に座った。彼女はぴくりと反応したようだった。

 

「堀先輩」

 

「……なに?」

 

 真面目な彼女にしては冷たい声が返ってきた。

 

「会いに行きましょう。千葉さんに。会って、話しましょう」

 

「……なにをよ」

 

 自嘲するように言って、彼女は顔を上げた。

 

「何を言えっていうのよ」

 

「なにもかもを、です」

 

 彼女は黙りこんだ。あたしはさらに続ける。

 

「そもそも今日何があったんです?」

 

「丹羽さんに言い寄られただけよ。話しているうちにどんどん距離を詰めてきて、壁に押しつけられた。無理やりって力でもなかったから、突き飛ばすのもやり過ぎかと思ってできなかった」

 

 彼女はほう、と息を吐いた。

 

「私には大切に思っている子がいるからあなたには応えられない、って言ったわ。そしたら彼女……」

 

 堀先輩は一度目をつぶる。

 

「彼女、言ったわ。『千葉さんでしょ。知ってますよ。今も見られてますしね』って。分かっててやってたのよ。あの子」

 

 それはなんとも、噂に違わぬ行動だった。

 

「好きな子のいる相手に手を出して、面白がって遊んでいるのよ」

 

 その言葉にあたしは食らいついた。

 

「好きな子って言いましたね。好きなんですよね、千葉さんのことが」

 

「それはそうよ。ずっと一緒なんだもの」

 

「でも先輩って呼ばせていますよね」

 

「それはそうよ。先輩なんだもの」

 

 真面目な彼女らしいと思った。学校では立場をわきまえたいということなのだろう。

 

「堀先輩、でも幼なじみなんでしょう。だったら幼なじみとしてふたりで話すべきです。変わってしまったものもあるかもしれません。けど、変わってないものだってあるはずです」

 

「……」

 

 彼女は考えこむように口元を覆う。

 

「合わせる顔がないわ。あんなところを見られて」

 

 ああもう、と口に出したくなった。会えば絶対にことは収まるはずなんだ。

 あたしは堀先輩の手を引いて立たせた。

 

「いいから行きましょう。千葉さんはあなたに会いたがってます」

 

 千葉さんのことは倉木ちゃんがうまくやっているだろう。そこに不安はなかった。

 

 だから早くふたりを向かい合わせよう。あたしは堀先輩を引き連れ階段を降りていった。

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