「………。とりあえず、順をおって話してくれると助かる」
後輩の唐突な発言からしばらく。再起動をはたした私は、後輩に説明を求める。
「実は実家にダンジョンが出来まして」
「それは………。おめでとう」
ダンジョンで採掘されている魔石は、ありとあらゆる機械の燃料として用いられ、社会にとって必需品となっている。そんなダンジョンの所有権を持つ人間は、必然的に大金持ちになる。
「ありがとうございます、先輩」
「いやー私もびっくりしました。だってダンジョンですよ?家に金の泉が湧き出るような、そんな話ですよ?当時の私のうろたえっぷり、先輩にみせて上げたいくらいです」
からからとコップを振りながら、楽しそうに後輩が笑う。現状俺は宝くじの当選報告を聞いているようなものだけど。
「一生働かずに生きて行けるじゃん。羨ましいわ」
「ですよね、ですよね。だから先輩、婚約者に成りません?」
キュルリンと、かわいこぶった後輩が、またもや婚約を進めてくる。逆玉不労所得生活に憧れはあるものの、突然の話に怪しさが止まらない。
「いや、だから事情を話せって」
「先輩が好きだから。じゃ、だめですか?」
テーブル越しに上目遣いでにじり寄る後輩の可愛さに、一瞬負けてしまいそうになるものの、冷静に考えれば考える程、怪しさ満点である。
「いや、突然好きって言われても………。嘘であっても嬉しいけれど、あまりにもあやしいと言いますか………」
「気持ちはわかりますよ、先輩。私も祖父にダンジョンが出来たと言われた時は、認知症になってしまったのではないかと、気が気じゃ有りませんでした」
それは確かに心配にもなる。
「ですが、先輩。裏など有りません!さぁ先輩、婚約すると言ってください。不労所得が待ってますよ!」
だめだこりゃ。
「いい加減にしないと帰るぞ?」
「すみませんでした!」
スッパリと下げた頭に免じて、話を聞いてやるとしよう。
「婚約してほしい、って話はホントに本気なんですけど、ちゃんと説明しますね」
きちんと説明する気があるなら、最初からそうしてほしいところだ。
「まず先輩、家の家族構成覚えてます?」
鞄から取り出した赤いのメガネを掛け、キリっとした表情で続ける後輩。
「たしか、姉と兄がいるんだっけ?」
どうでも良いけどその眼鏡、度が入って無いんじゃない?
「正解です!で、姉と兄はどっちも結婚してるんですよね」
確かどちらも後輩が高校生のときに結婚したはず。結婚式に行った後輩が、式はチャペルであげたいと熱心に語っていたので覚えている。
「で、私の立場を考えて欲しいんですけど、現状、相続権を持っている人間の中で、私だけ配偶者がいないんですよね」
しかめっ面をしながらこめかみを叩く後輩。面が良いと何をやっても絵になるからずるいよなぁ。
「なるほど、つまり虫除けが欲しいって事?」
そりゃぁお姫様が独身なら狙うよね。
「イグザクトリー、そのとおり。現在、お金のために目の色変えた、銭ゲバ王子様がいっっぱい、私に婚約を申し込んで来ているわけです」
「具体的には下は15歳上は40代、イケメンフツメンナゾメン問わず、ありとあらゆる属性の、王子様からおじさんまで、たくさんのアプローチがありまして」
「それは、おめでとう?」
「どーも」
他人事だと思いやがって、そんな言葉が聞こえてくるようなしかめっ面をした後輩。
「私もね、最初は浮かれてテンション上がりました。イケメン選び放題。何だったら逆ハーも行ける。理想のショタを育成したって良い。でも、でもですよ。実際冷静になると、ちょっと怖くなっちゃって」
「冷静に考えて、お金持ちだからって、見ず知らずの人間にいきなりアプローチを掛けてくる。そんな人間がまともな訳あると思います?」
ずいっとこちらに身を乗り出した後輩。笑顔ながら、目だけは一切笑っておらず、普通に怖い。
「とはいえ、中にはきちんとした名家からの、ちゃんとした政略結婚もまぎれてるんじゃない?」
彼女はこれから超がたくさんつくようなお金持ちになるわけで、本人が望まなくとも政治の世界に巻き込まれる。その事を考えると、ここできちんと政略結婚に応じることは、悪くない選択だと思う。
「実は、兄の奥さんがかなり立派なお家のご令嬢でして」
そう言って彼女は、誰もが知るような巨大企業の創業者一族の名前を出した。
「なるほどね。縁はもうあるから、自分は別に問題ないと」
こちらに乗り出したまま、赤ベコみたいに頷く後輩。首の筋を痛めそう。
「ですです。すでに色々とお話は済んでまして、私は特に何も求められてないんですよね」
「なので現状、私にアプローチ掛けてきているのは、そういった話をわざと無視しているか、そもそも事情を知らない人ばかりな訳でして」
確かにそういった事情であれば、特に政略結婚を受けるメリットは無いだろう。
「だったら特に虫除けとか要らないと思うけど………」
別に自由に生きればよいのではないかと思う次第です。
「そんな簡単に諦める連中でないので、問題なんですよね」
机に突っ伏して、シクシクと鳴き真似をする後輩。
「事情は分かった。けど別に俺じゃなくても良くない?」
ガバっと起き上がった後輩が、ぐっと私の腕を掴む。
「金に目ん玉ギラギラさせた、ちょっとやんちゃな連中ですよ、そんな連中に婚約者がいると伝えたらどうなると思います?」
あまり愉快なことにはならないだろう。それだけはわかる。
「ごめん、ムリ。今回は後縁がなかったという事で」
君主危うきに近づかず。逃げるが百計、恥知らず。私は帰る事にした。
「わわ、まってくださいよ~。せめて話を最後まで、聞いて下さい」
すがりつくように抱きついてきた後輩に、思わずドキッとして、一瞬硬直した隙を逃すこうはいではなく、私は椅子に押し止められてしまった。
「はぁ、話を聞くだけ、だから」
隣に座った結衣が、グイグイと迫って来る。私は自ら壁際に押し込められてしまい、身動きが取れなくなった。
んん、んーとチューニングを済ませた後、上目遣いで擦り寄る彼女。
「先輩、私の婚約者になってください」
「断る」
かわいい悪魔の誘い。乗るわけにはいかない。病気の母と、年の離れた妹に、何かがあっては遅いのだ。父とした約束を、反故にする訳にはいかない。
「おかあさん」
「私なら、先輩のお母さんを,
助けられますよ?」
私の心を揺さぶる、悪魔の言葉を発した彼女は、泣きそうな顔をしていた。