キングダム世界でファンタジーチート転生者が傭兵をするだけの話 作:鈴木颯手
「ほう? これは……」
「なんと……」
李牧が自らの首の代わりとして用意した手土産、その正体は地図であった。それも中華の七国が記された中華全土の精巧な地図であった。大きさはかなりのもので上等な代物で出来ていたがそれが手土産になるかと言われれば微妙なところであった。ましてや李牧の首に等しいかと言われれば確実に否と答えられる程度の物でもあった。
「失礼ですが私はこれより秦国の軍略家として話をさせていただきます」
「よかろう」
唐突な言葉にも呂不韋は動じずに興味深そうに話しをさえた。そこから語った李牧の話は秦国が抱える問題についてだった。秦国が中央に打って出るには韓国が邪魔であるが秦国の勢力拡大を防ぐためにも韓が滅びる事はなく、魏と趙が援軍を出すという物であった。実際、そうして韓は幾度となく滅亡の危機を免れてきたのだ。
「なので韓を潰す前に魏を叩く必要があります。韓を助ける事も出来ない程に魏を弱らせる事が出来れば残る問題は趙だけです。ですがこの時、李牧宰相は韓を助けない事をお約束しましょう」
最後の一言、それはこの場の誰もを騒めかせる威力を持っていた。趙が韓を助けない。それが何を意味しているのか、理解できない者はこの場にはいない。しかし、脳で処理できない程にそれはあまりにも強烈な一言だった。
「続いて、私は趙の宰相に戻ります。我が麗しき趙国を見れば因縁深い秦と燕。この二か国に挟まれてしまっています。これでは国力を東西に分けねばならず、不利な戦いを強いられてしまいます。ですので秦国には我々を攻めない事を約束していただきたい。そうすれば我々は燕との戦に集中する事が出来ますので」
秦が魏や韓を攻める間、趙国は手を出さず、趙が燕を攻めている間に秦は趙に対して侵攻しない。李牧が言っている事は簡潔に言えばそういう事だった。
「それはつまり……」
「ええ、秦趙同盟です」
同盟の提案。それが李牧が自らの首の代わりに用意した手土産の正体であった。宰相という国王に次ぐ権力を有する李牧だからこそできる提案でもあった。
会見の場の誰もが、それこそ趙国の人間たちでさえ驚きを隠せない程の提案。1年前に多数の死者を出し、王騎を殺した李牧が提案するとは思えなかった者だった。
「ふ、ふざけるな!!!」
しかし、当然ながらそれを受け入れる事が出来ない者は大勢いる。その筆頭と言わんばかりに声を上げる者がいた。王騎将軍配下の軍長と呼ばれる将軍にも匹敵する実力者の一人、録嗚未は剣に手を置き今にも抜きそうな勢いのままに怒声を上げた。
「何故我らが趙などと同盟を結ばねばいかんのだ! 納得できん!」
録嗚未の言葉は荒々しくも仕方のない言葉でもあった。何しろ彼の主君たる王騎将軍は李牧の策略で死ぬ羽目になったのだから。
「丞相! 今すぐ命じてくだされ! この録嗚未に李牧を切れと! こんな茶番、もうこりごりだ!」
録嗚未の必死の叫び、それに対する呂不韋の言葉は……。
「場を弁えぬか!!!」
誰もを黙らせる圧が込められた怒りだった。
「今この場に貴殿ら武人の出る幕はない! ……貴殿らの気持ちも痛い程理解できる。が、それを表に出してよい場ではないのだ!」
威厳ある呂不韋の言葉に録嗚未は歯を食いしばりながら隣を見た。そこには王騎の副官を務めあげ、王騎軍残党を率いている騰がおり、静かに座るように促していた。それによって録嗚未も怒りを押さえつけ自分の席に座りなおした。
録嗚未の怒りの言葉で静かになった会場内で呂不韋が声を発した。
「……しかし、同盟を提案してくるとは李牧殿も中々やりおるな。確かに、この時期に趙と盟を結び、北方の安全を確保するという事は秦国に多大な利をもたらす事になる。それは理解できる」
「だが、断る!!!」
呂不韋の否定の言葉。それは誰もが驚きで固まる衝撃であった。何しろ、録嗚未のように感情では嫌だと言っても同盟自体は魅力的なものだったからだ。六国の信用を無くしてまで李牧を殺すよりは安全かつ確実な利益をもたらすことは確実だったのだ。
「このような提案を持ってきた李牧殿は趙国唯一無二の宝に間違いはない。秦趙同盟だけでは李牧殿の首には僅かだが及ばんな」
「……それはつまり、他に何かを差し出せ、と?」
李牧もここで呂不韋の言葉の意味を理解した。呂不韋は元は商人である。秦趙同盟だけではなく更にもっと吹っ掛けたいと考えてしまったのだろう。
「んー。そうであるな……。では李牧殿、城でも一つおまけしてくれぬかのぅ?」
「城を、明け渡せと?」
「なに、そう硬くなる必要は無い。ワシとて無理強いをするつもりは無い。どうもこの歳になると昔の思い出に耽る機会が増えてのぅ、久しぶりに訪れたいと思う事もあるのだ」
呂不韋は懐かしそうな表情を浮かべながら立派な髭を触りながら何を思案するようにうねると言った。
「……おお! そうじゃ! 李牧殿。
「っ!!?? 韓皋、ですか……!」
李牧が驚くのも無理はなかった。韓皋とは秦、趙、魏の国境付近に建設された巨大な城の事であり、近年の国境の変化から重要地点となったそこに李牧は巨大な城を作り上げ、一帯防衛の要としていたのだ。その城は完成間近であり、防衛能力は十全に機能している状態にあった。
そんな巨城を落とす場合、一体どれだけの兵の命を出せなばいけないのか分からない程であり、それをおまけ程度で譲ってくれという呂不韋の発想に誰もが驚きを隠せなかった。
「……城一つなれど私の権限では難しいですね。一度帰国して王の裁可を頂かねば……」
「いいや。趙王はお主が差し出すと言えば素直に差し出すだろう。何しろこちらには貴殿に命をかけさせる程の人質がいるからな」
実際、その通りであった。趙王は王としてみれば最悪も良い所であるがお飾りである事を自覚しており、あれこれと口を出すことはなかった。それ故に例え春平君がいなくとも李牧の言葉であれば素直に言う事を聞く可能性が高かったのだ。
「なれば、韓皋以外の城で……」
重要拠点を易々と明け渡す事は出来ない。そう考え、妥協案を出そうとした時だった。
グウゥゥゥゥ
会見の場全体に聞こえる程の空腹音が響き渡った。あまりにも場違いなその音に誰もが目を丸くするが笑いそうになる者が出てくる寸前でその音を発した人物が誰かに気づき慌てて聞こえないふりを始めた。
「お腹、空いた……」
その音の主、炎鬼は弱弱しくそう呟いた。あまりにも長い会見は炎鬼の想定外だったようで空腹に耐えかねたのだ。
そして、炎鬼は立ち上がると李牧に視線を向けた。
「っ!!??」
瞬間、李牧は全身に自分の体重の何十倍もの圧力を浴びる事となった。それは道中で、感じていた物がそよ風に感じる程の濃密且つ重すぎる圧であり、全身の骨が肉が、軋むのを感じていた。
片膝をついた状態のまま立ち上がる事が出来ない李牧に炎鬼は言った。
「お腹空いたから早く終わらせて」
そう言って炎鬼は剣を抜いた。帯剣を許されているとはいえまさか武器を抜くとは思えず、圧を感じない他の趙の面々も武器を抜こうとするが李牧に感じる圧を趙の者、どころかこの場の全員に駆けたのである。
「「「「「っ!!!!???」」」」」
あまりにも強力なそれは立っていた趙の人間たちをその場に崩れさせるには十分なうえに秦相手にすら放ったことで誰もが脂汗を流していた。
「……ふ、フフフ。ハーッハッハッハッハッ!!! 流石は炎鬼殿! 秦も趙も関係ないか。そなたの空腹を満たすためにも一度圧を解いてくれ。これでは話し合いも出来ないぞ」
「……ん。呂不韋凄いね」
そんな中で一人だけ、普段と変わらない様子で声を上げたのは呂不韋だった。大王にさえ感じる圧を平然と受け流して見せた呂不韋に炎鬼も少し驚きの表情を見せていた。呂不韋の言葉と行動で圧をかける気も失せたのは圧は霧散した。しかし、炎鬼は剣先を李牧に突き付けた。
「どうする? 死ぬ? 呂不韋の提案を受ける?」
「……」
長考なんて許さない。即決しろと視線で言ってくる炎鬼に李牧は諦めたように笑うといた。
「……残念ですが、どうやら提案を受け入れるしかなさそうですね。良いでしょう。韓皋をお譲りしましょう!」
「良かろう。……秦趙同盟、成立じゃ」
そう言って呂不韋と李牧が手を取り合った事により、誰もが声を上げた。予想外の乱入こそあったものの同盟が結ばれた事で誰もが雄たけびを上げていた。
そんな中で、一部は興奮さえせずに静かに見ている者達がいた。大王にスケールが大きすぎて話についていけていない信、そして空腹を訴える炎鬼だった。大王は一切の声を上げる事無く動向を見守るだけであり、そんな様子の大王、政に驚きの表情で信は見ていた。
「……ごはん」
そして、ただただ空腹で叫ぶ気力も沸かない炎鬼は限界を迎えつつあるのかふらふらとしながらもその場に座り込み、天井を見上げてブツブツと呟くのだった。
可笑しい。呂不韋がどんどん傑物になっている気がする……
原作にも出てきた韓皋って位置的に山陽の上なんですかね? 山陽が黄河の上にあって三国の中間地点にあるってなっているので。