キングダム世界でファンタジーチート転生者が傭兵をするだけの話 作:鈴木颯手
実は昔、一度だけだが昭王に会ったことがある。と言っても遠目で見ただけで会ったというには微妙なところだが一応鑑定をしてみたのだ。そしたら軍神と言われるだけの事はあるステータスをしていた。綺羅星の六将たちが忠誠を誓うわけだと納得させられたが目の前の秦王は昭王を凌駕している。
恐らくこのまま成長すれば偉人として名をはせるんじゃないかと思わせる程だ。もしかしたら秦の始皇帝ってこいつなんじゃね? と思っちゃったよ。
とはいえ現状では呂不韋の専横を止める事すら出来ない哀れな王様に過ぎない。ここから飛躍できるのか、それとも傀儡で終わるのか、はたまた呂不韋に負けて闇に葬られるのかは分からないし興味はない。こいつが何をしようと俺は好きに生きるだけなのだから。
「ひっひっひっ、茶番はもう済みましたかな?」
と、おじいちゃんが立ち上がって大王の元に近づいていった。確か元々呂不韋と同じ丞相の地位にいたんだっけ?
「お久しゅうございますな、大王様。お元気そうで何よりです」
「蔡沢か。久しいな」
あ、おじいちゃん蔡沢っていうんだ。うん、何回も言われていた気がする。そして多分また忘れそうだ。死ぬまでには覚えておきたいが、うーん忘れそうだ。おじいちゃんで十分だし。
「早く大きくなりなされ。この蔡沢、強き者にお仕えしますゆえ」
あー、それはつまり今の王様は弱いって言っているわけだよね。まぁ、仕方ないね。将来に期待って事で。
あ、そしたらなんか熊さんも茶番とか言い出して小言おじさんがそれに反応して口喧嘩を始めた。うわぁ、これ結構ヤバい光景だよね。敬うべき王の前で軽んじているかのように喧嘩を始めるんだから。
……まぁ、でもこの二人の話はどうでもいい。少し、黙っていてもらおうか。
「「っ!!??」」
「っ! これは……!」
俺はずっと放っていた『威圧』のスキルの効果を上げる。先程までは王様たちに利くようにしたが今度のは全体に、だ。それもさっきの比ではない威圧を出す。
「……うるさい」
スキルと合わせてこれだけで十分だ。二人はこの場ではもう、喧嘩をしないだろう。
秦王、政は一瞬だが、目の前にいる人物が化け物に見えていた。先程まで感じていた呂不韋派閥への苛立ちも自分の情けなさ、惨めさも一瞬で消え去り、心を支配したのは純粋な恐怖心だった。
炎鬼。戦場での活躍からいつしかそう呼ばれるようになった名前が分からない男。政は報告で知っていたが実際に目にするのは今日が初めてであった。
最初に目にしたときには蒙武や王騎とはくらべものにならない圧を感じたがそれでも呂不韋や竭氏と言った傑物を相手にしてきた政にはまだ耐えられるものであったが今度のは違う。
蒙武や李斯、果てはあの呂不韋でさえ目を見開き、炎鬼の方を見ていた。中には失禁してしまう者もいたがこれを受けてはそれを咎める事は出来ないだろう。むしろ、気を失わないだけマシかもしれない。
「……ん。静かになった」
その言葉と同時に、炎鬼が放ったであろう強烈な圧、濃厚な殺気と言っても良いそれは消え去った。瞬間、一瞬で体は軽くなったかの如き錯覚を受ける。服はびっしょりと濡れ、手は政の内心を表すように震えていた。
「(これが、戦場の悪鬼か……!)」
はっきり言ってしまえば想定をはるかに上回る化け物だった。これを呂不韋はよくも手元に置いていたとむしろ感心する程の相手であり、敵としても、味方としても近くにいてほしくはなかった。
「……は、はは。大王様。どうやら部下たちが少しはしゃぎ過ぎたようです。今日はこれにて失礼させていただきます」
「……ああ。今後とも変わらぬ忠誠を期待する」
そして、いち早く回復したのも呂不韋であった。彼は何とか取り繕った言葉を並べると王宮を出ようと動き出した。他の者達も同じようでそそくさと呂不韋の後を追いかけていく。
最後に、炎鬼だけが残されたが王宮に入ってから変わらない気だるげな表情で政を一瞥すると呂不韋たちの後を追って出ていった。
バタン、と扉が閉まった瞬間、全ての緊張が解けたように誰もが力が尽きたように崩れ落ちた。それは政も同様であり、荒くなり始めた呼吸を整えようと必死に胸を押さえていた。
「大王様!? 大丈夫ですか?」
「これが、大丈夫に、見えるか? 昌文君!」
呂不韋の言動も、部下の態度も、何よりも炎鬼そのものが政の心をかき乱し、苛立ちを与えていた。それらは直ぐに怒りへと変わり、政の心を支配していく。
「炎鬼……! あれほどの化け物とは……!」
「……炎鬼は基本的に戦場で戦っているか呂不韋に招かれて屋敷にいるかしかありませんからな。どうしても正確な情報は入手しにくいので……」
「情報ではあれを知るのは無理だろう……」
呼吸が落ち着いた事で一度深く深呼吸をした政は改めて炎鬼について考える。呂不韋もそうだが今後は炎鬼も敵に回る可能性があった。派閥争いで炎鬼が何かを仕掛けてくることはないだろうがあの圧を受けて呂不韋と敵対する道を選ぶ者は早々いないだろう。そういう意味では呂不韋は最強の駒を持っていると言えた。
「だが、幸いにも奴は傭兵だ。引き離すことはまだ可能だ」
傍から見れば炎鬼は呂不韋派閥にいるように見えるが実際はそうではない。呂不韋との付き合いが長い故に近くにいるだけなのだ。呂不韋を超える何かを、炎鬼が飛びつく物を用意できれば炎鬼は呂不韋ではなく政の派閥につく可能性は高かった。
無論、それが現実的に可能かは分からないがそれでも呂不韋のそばから引きはがす事も可能かもしれないと感じていた。
「昌文君。絶対に秦を取り戻すぞ」
「はっ!」
炎鬼という強大な存在を前に、政は改めて呂不韋との戦いに挑む覚悟を決めるのだった。