「はぁはぁ……零はいないのかしら」
真姫は零の家の前に到着していた。家を出てから終始急ぎ足であったため息切れが激しい。だが自分の心配などよそに、真姫は門を開け家の敷地内に侵入する。勝手に他人の家の敷地に入るのは言語道断だが、真姫はそんなコトよりも零の心配を1番にしていた。それにこの家には奇妙な点がいくつかある。
まず明かりが一切付いていない。1階も2階も真っ暗なままだ。次に郵便物がポストに入ったまま取り出されていない点。つまり零は今日家に帰って来ていないのだろう。
最後に…
「この窓、空いてる……誰かが中に入った?」
窓の下には足跡が残されていた。しかもその足跡が2種類あるのも不気味である。大きさ的に零の足跡ではない。となれば、真っ暗な家を狙った泥棒の仕業かμ'sメンバーの誰かに違いない。その足跡をよく調べてみると、どちらも大きさは自分とほぼ同じぐらいだと分かった。だとすれば間違いなく後者だろう。
「一体誰なのよ、こんな時間に……それは私も一緒か」
そうと分かった真姫は迷わず窓に手を掛けて家の中に潜入した。
~※~
真姫が到着する10分前、凛は既に零の家の敷地内に侵入していた。
「かよちんが言ってた窓は……あった!これだにゃ」
凛が足を止めたのは洗面所の窓の前だった。窓に手を掛けゆっくりと開ける。
「さすがかよちん!用意周到だにゃ」
この洗面所の窓の鍵をあらかじめ外しておいたのは花陽だった。今日朝早くに作っておいた合鍵を使って家に入ったのである。元々は花陽専用の侵入経路であったのだが、凛と協力する際にこのルートも共有するコトになった。
窓から侵入するのは、玄関から直接入るともし誰かが中にいた場合に気付かれてしまうかららしい。ちなみに合鍵を作ったのは、零の私物を勝手に持っていくだけという欲望にまみれた理由であった。
「うわ~真っ暗だにゃ」
躊躇なく家に侵入した凛は、懐中電灯を付けて零の部屋へと向かった。
「なんだかスパイみたいで楽しいにゃ」
この状況を完全に楽しんでいる凛。分かっていると思うが、他人の家に無断で入るのは犯罪である。
零の部屋の前に到着した凛はドアノブに手を掛け、音を立てないように慎重にドアを開ける。
「お邪魔しま~す」
足音にも最新の注意を払い、忍び足で部屋に侵入する。
「う、う~ん」
「!?」
刹那、誰かの声が聞こえた。凛はその場で踏み止まり、懐中電灯の光を声がした方に当てた。光を当てたのは零のベッドだ。誰かが寝ている。零ではないコトだけは確かだ。彼は花陽と一緒にいるのだから…
凛は光で寝ている人を起こさないように極限まで光を弱め、ゆっくりと顔の方へ近づけていく。
「穂乃果ちゃん……」
「すぅすぅ……」
ベッドで寝ていたのは穂乃果であった。まるで自分のベッドかのように気持ちよさそうに眠っている。
「……」
凛は穂乃果を数秒間見つめた後、何も言わず懐中電灯を切って後ずさりする。そのまま部屋から抜け出し、音を立てずにドアを閉めた。
そのまま凛は階段を下りて1階へと向かった。
~※~
真姫は零の家へ侵入し、息を殺して様子を伺っていた。もうこれ以上外から誰も入れないように洗面所の窓は閉めてある。
帰ってなければ、自分以外に少なくとも2人はこの家にいるコトになる。比較的マトモだと思われる海未やにこを除けば、残るメンバーは穂乃果、ことり、花陽、凛、絵里の5人。危険すぎて誰とも顔を合わせたくないのが真姫の心情だ。
だが逃げたくはない。いくら自分が更生できたとしても、零を想う気持ちは変わらない。彼は疲れなど一切見せずに自分たちと接してくれるが、本当は精神的苦痛を背負っているに違いない。少しでも自分が一緒に背負ってあげたいという一心であえて危険に飛び込んでいるのだ。
真姫は洗面所のドアを片目で覗けるサイズまで開け、リビングへと続く廊下を監視する。
ゴソゴソ
わずかに音が聞こえた。並の人間には聞き取れない音なのだが、音楽に精通している真姫なら音だけでなくその音がどこから聞こえているのかまで把握できた。
「上から聞こえる……階段を下りてきてる……」
慎重に階段を降りているせいか、その人の姿を確認できるまで数十秒が経過していた。
「あれは……凛?」
真っ暗で見えにくいがいつも一緒にいるため、シルエットだけでもすぐに分かった。凛は周りを警戒しているようだがあちらからは真姫は見えないのだろう、こちらには気付かないままリビングの方へ向かった。
凛を探るため自分も行こうと考えたが、ふとあるコトが頭に浮かぶ。
『凛と会ってどうする?』
自分が勇気を出せば凛と向かい合うのは可能だ。だがそれからどうする?どう言葉を掛ければいい?どう説得すればいい?そもそも凛の本当の気持ちを知らない。何もかもが分からない。闇雲に出て行って掛ける言葉が見つからなければ、凛の逆鱗に触れてしまうだけだろう。無計画だった。ここまで踏み込んで大きく反省をする。
真姫は想定外の事態に弱い。あらかじめ引かれたレールの上を進むのは誰よりも得意だ。学校の勉強が確固たる例だろう。教科書を見れば勉強する範囲はすぐに分かるし、テストも決まった範囲内からしか出題されないからである。
ただし彼女は、そのレールから逸れてしまうと途端に融通が利かなくなる。つまり、真姫が誰がいるかも分からない零の家に1人単身で乗り込むのは無謀と言える行為であった。
「っ……」
結局真姫はその場から様子を伺うコトしかできなかった。
ゴソゴソ
「!!」
再び階段から物音が聞こえた。今回も音の大きさは最小限だったが、真姫にははっきりと聞き取れた。
「今度は一体誰よ……」
様々な想いが頭の中で交錯していた真姫は一旦すべてを忘れ、目の前の状況に集中する。
シルエットが見えた。右手に何か持っている。身長は自分より僅かに低い。それにあの特徴的なサイドテールは……
「穂乃果…」
2階から降りてきたのは自分の1学年上でμ'sのリーダー、高坂穂乃果であった。
~※~
「誰も戻ってこねぇ……」
俺は監禁部屋で1人佇んでいた。花陽が出て行ってから15分ぐらいは経っているが、一向に戻ってくる気配はない。
「ここからどうしようか……ん?」
ベッドの近くに何か落ちている。かろうじて手錠をされていても動ける範囲にあったため、それを拾ってみる。
「これって髪留めか?」
女の子の髪留めについてはよく分からないが、凛が着けていたのを見たコトがある。
俺はここで昨日見ていた動画を思い出した。内容は手錠の外し方という、一般人には全く役に立たない動画だ。俺にとっては神動画であったのだが。実際の方法も髪留めを利用した外し方を実演していたので、今は絶好の機会だ。
「ふん!」
手錠の鍵穴の形状を大まかに把握し、髪留めを伸ばす。その髪留めを鍵穴の形に合うように身体全体を使って思いっきり曲げる。
「よしできた」
左手で変形した髪留めを持ち、右手首に繋がれている手錠の鍵穴に差し込む。
カチャカチャ
カチ!
「よし!ビンゴ!」
意外にもあっさりと手錠は外れた。右手を何回か振って調子を確認する。
「さて、それじゃあとっととケリをつけないとな」
夜道で花陽に脅迫された時は気が動転してしまったが、もう大丈夫だ。彼女たちと真剣に向き合って、絶対に元の2人に戻してみせる。
ガキン!!
突然、部屋のドアから鈍い音が響いた。
ガキン!!ガチャン!!
誰かがドアノブを破壊している。そして今の音はまさに鍵を無理矢理開けた音だ。俺は近くにあった手錠を持って身構える。
ガチャ
入ってくる……!
「なっ!お前!」
「なーんだ、元気そうじゃない」
「にこ……」
部屋に入ってきたのは我がμ'sメンバーかつ部長、矢澤にこであった。
~※~
凛は台所で息を潜めていた。穂乃果がいたコトに関しては予想してなかった訳ではなく、むしろ誰かがいる前提での行動を心がけるように花陽から言いつけられていた。
ガチャ
誰かがリビングに入ってくる。
ブン!
シルエットがリビングに顔を見せた瞬間、凛はその顔に向かって台所のナイフを一直線に投げつけた。誰の顔を刺そうが凛には関係がない。零以外を潰す。別にもしそれが花陽であったとしてもだ。
グサ!!
「やったにゃ」
ナイフは完全に刺さった。これで1人脱落だ。
「アハハハハハハハ!!やっぱり馬鹿だねぇ凛ちゃんは!!」
「!!」
高笑いしているのは穂乃果の声だった。ナイフが床に落ちた音はしていないし、それに何より刺さった音がしたハズだ。凛は顔を上げ、穂乃果の様子を確認する。
結果だけ言えば穂乃果はピンピンしていた。顔も綺麗なまま、もちろん血など1適も垂れていない。
凛は少し顔を下げると、穂乃果が何か持っているコトに気が付いた。
「何それ?」
「コレ?零君の部屋にあった英和辞典だよ」
その辞書を見てみると、さっき凛が投げつけたナイフが真ん中にグッサリと刺さっていた。さすがに人の力で投げたナイフで、分厚い辞書を貫通させるのは無理な話である。
「ふ、ふ~ん結構やるにゃ。でもさっきの”馬鹿”っていうのは聞き捨てならないにゃ」
「そのまんまの意味だよ。凛ちゃんって行動が丸分かりなんだもん。穂乃果が寝たふりをしているのが分かってて台所で待ち伏せるとか、ゾウリムシでも思いつくよ」
「じゃあ凛が家に入って来たコト知ってたの?」
「この家静か過ぎるから、ちょっとでも物音がすればすぐに分かるよ」
「頭を使うとか、穂乃果ちゃんらしくないにゃ」
状況的にも精神的にも余裕を見せる穂乃果に対し、奇襲に失敗して状況的に不利となり精神的にも追い詰められた凛。凛は話をできるだけ伸ばそうとしながら、状況打破のための1手を考える。
「でも零君も大変だよね~。穂乃果、同情するよ」
「?」
「こんな雌豚に懐かれてるんだもん、そんなのサッサと切り刻んじゃえばいいのに」
そう言って穂乃果は辞書からナイフを抜き取る。もう使いモノにならなくなったその辞書は廊下に捨てた。
そして、μ's同士の対決が再び始まる。
~※~
「そんな……」
真姫は洗面所のドアの隙間から2人の会話を聞いていた。想像以上の残虐さに震えが止まらない。
ドン!
「あれって……」
穂乃果が廊下に何かを捨てた。さっきの会話から察するに英和辞典だろう。その辞書の真ん中にはザックリと穴が空いていた。
「!!」
真姫が顔を上げると穂乃果が左手でナイフを握っていた。ここからでは廊下にはみ出ている左手しか見えなかったが、真姫の恐怖を煽るには十分だった。
そこからの行動は早かった。真姫は立ち上がり、自分で閉めた洗面所の窓を再び開けて脱出した。
心臓がバクバク音が鳴り、疲れていないのにハァハァと息が出る。
もうここへはいられない。あの2人は本気で命を取り合おうとしている。そんな光景を想像するだけで悲鳴が出そうだった。
「零に知らせなきゃ……私じゃ無理だわ……」
壁に手を付きながらよろよろと歩く。
「どこへ行くのかなぁ~真姫ちゃん♪」
「!!」
恐怖に襲われている真姫は後ろを向く勇気はなかった。向かなくともこの声の主を知っている。
「は、花陽……」
真姫の後ろには、天使のような笑顔でニコニコしている同級生、小泉花陽が立っていた。
零とμ'sメンバーの対決がメインですが、μ'sメンバー同士の対決もヤンデレモノとしてのリアリティが高まるので積極的にやっていきたいと考えています。
今回は会話が少なかったため、地の文多めになってしまいました。また、今まで面倒だったのでいいかなぁと思ってたのですが、文頭を1マス開けてみたり3点リーダーは2回使用するなど文法に拘ってみました。読みにくよって方がいたらご報告下さい。
ではまた次回!